吸血花
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第十二章
第十二章
髪に白いものが混じったやや小柄な人である。一見頑固で怖そうであるが話してみると温厚で気配りの出来た人である。
「女の霊、ですか」
教官室で幅の広い椅子にすわりさえ佐伯准尉は二人と話をしていた。それを聞いて彼は口に右手を当てた。
「ご存知ですか?」
本郷は思わず身を乗り出した。
「ええ。一応は」
准尉は口から手を離し答えた。
「ですが赤煉瓦とは関係ありませんよ」
「えっ!?」
その言葉に二人はいささか拍子抜けした。ちなみに女怪の事は校長以外には話していない。
聞くところによると戦前兵学校の時代に学校で訓練を受けている夫に赤子を見せる為に入った女性が撃たれたという。その場所は赤煉瓦の前のグラウンドだという。
「あそこだったんですか」
本郷はあの緑のグラウンドを脳裏に映し出した。伊藤二尉に案内してもらった場所だ。
「はい。夜になると女の声が聞こえるとか」
「そうですか。哀しい話ですね」
「ええ、まあ」
佐伯准尉はそう言うと顔を暗くした。どうもあまり話したくはなかった話らしい。
その話の後二人はそのグラウンドに出た。
「どうです?何か気配はありますか?」
本郷が尋ねる。こうした事は役の方が得意だ。法力は彼の方が断然凄い。
「ううん・・・・・・」
役は顔を顰めた。
「霊力は感じるが少し違うな。あの女怪のものとはまるで異なる」
「そうですか。やはり」
「君も感じるだろう?この場で感じられる気は人のものだ。あの女怪のものは明らかに魔物のものだ。しかも強さが違う。あの者からは強烈な妖気と憎悪が感じられた」
「ですね。それは俺にもわかりました」
本郷が頷いた。
「あともう一つ気になるんだが」
そう言って顔を海の方へ向けた。
「君が攻撃を受けたのはあそこだったよな」
短艇庫の方へ指を向けた。
「ええ」
「気になるな。見ておこう」
二人は短艇庫の方へ向かった。
「丁度あの辺りでしたね」
短艇置き場のところから先日本郷が襲われたあたりを指差す。
「そうか、あの場所か」
役もその場所を確認した。目の光が強くなる。
「何か感じますか?」
「・・・・・・いや。海の方にもこちらにも妖しい気配は一切感じられない」
役は首を振った。そこで視線を移した。
「そういうわけでもないな。この砲台から妙な気を感じる」
左手にある巨大な戦艦らしきものの砲台を見る。
「これですか、確か陸奥の砲台ですよね」
「うん。第二次大戦の時に爆発事故で沈没した艦だったね」
陸奥はワシントン軍縮会議開催中に竣工した艦であり第二次世界大戦中も南洋に展開していた。この艦はある事件で有名である。
昭和十八年六月八日、第三砲塔付近から突如として白煙を吹き上げた。そして火薬庫の爆発が生じ船は真っ二つになり沈没したこの際多くの船員が船と運命を共にしている。その数千百二十一名であった。その沈没の原因は放火とされるが今ひとつよく解からない。不明な点も多い事件であった。
その後靖国神社や高野山にレリーフや碑文が贈られた。船と共に海に沈んだ英霊達は今静かに眠っている。
この砲塔はその主砲塔である。爆沈後に引き揚げられたものではなく軍縮条約の時に取り外されたものである。
「何か妙だな。ごく普通の砲塔なのに」
「まあああいう事故のあった艦の砲塔ですけれどね」
二人がそういった話をしていた時だった。不意に後ろから声がしてきた。
何しとるんですか?」
中年の髪の黒い男性である。顔は見た事がある。大熊三佐という。この人も教官の一人だ。
「いえ、ちょっとこの砲台が気になりまして」
役が答えた。
「おお、流石ですな。やはり気付かれましたか」
大熊三佐は笑って言った。
「えっ!?」
その様子に二人は目を点にした。それを見ても笑っている。どうやらその様子が楽しいらしい。どうも少し人が悪いところがあるらしい。
「実はこの砲台には面白い話がありまして。夜の十二時になると旋回するらしいのですわ」「本当ですか!?」
その話に二人は驚いた。
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