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吸血花

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第一章


第一章

                      吸血花
「総員起こし、五分前」
 隊舎に放送が入る。ベッドの中にいる者が一斉に身構える。
 ここは海上自衛隊幹部候補生学校。瀬戸内海に浮かぶ江田島にそれはある。
 かっては海軍兵学校があった。その跡地につくられたものである。
 かって世界にその名を知られた帝国海軍の息吹がここには残っている。ここにいる者達は皆その意志の継承者達なのである。
 その生活はかっての海軍のそれをそのまま行なっている。五分前精神に五省、そして厳格な規律。訓練の内容も旧帝国海軍のものをそのまま行なうか、基にしている。
 象徴となっているのが赤煉瓦と呼ばれる建物である。全てイギリスから直接輸送した煉瓦により作られたこの建物で海軍を支えた多くの軍人達が育った。今は海上自衛隊の指揮官の卵達を育てている。
 その赤煉瓦から歩いて数分の距離に隊舎はある。指揮官としての教育を受けている自衛官達、自衛隊でいう『幹部候補生』達がここで寝起きしているのである。
 中は六階建てで廊下はカーペットが敷かれている。部屋は二つの部屋がドアを挟んで結ばれておりそれぞれ四人ずついる。候補生それぞれに一つずつベッドと木製のロッカーが支給されている。ベッドには濃い紫の作業服と黒い帽子、そして黒靴下が掛けられている。海上自衛隊の指揮官、自衛隊でいう『幹部』の作業服の色は濃い紫である。下士官や兵士は青である。
 部屋の外をジャージ姿の教官達が歩いている。ちらちらと部屋の中を見る。五分前になると動いてはいけない。それを監視しているのだ。
「総員起こし」
 ラッパの音が放送される。かっての海軍の起床ラッパの音だ。
 候補生達が一斉に飛び起きる。そして服を素早く着込み帽子を被り黒い革靴を履く。そして全てを身に着けた者から順に部屋の外へ駆け出していく。
 階段を飛ぶように降りていく。そして隊舎の前にあるグラウンドに出た。
 そこにもジャージ姿の教官達がいた。彼等は『分隊長』と呼ばれる。候補生達は三十人程を一つの単位としてグループごとに分けられている。そのグループを『分隊』という。分隊長はそれまとめて指導する者である。学校でいうと担任といったところか。ちなみに彼等を補佐する者として『分隊士』がいる。彼等もジャージ姿でグラウンドにいる。
 候補生達が降り立った。そして各分隊ごとに並び何やら大声で叫びだす。よく聞くと命令する声だ。それは軍隊、とりわけ海軍でよく使われる号令である。『号令調整』という。部隊で部下達を指揮する時の為の練習である。
「号令調整止め」
 また放送が入った。すると候補生達はそれを止めた。そして皆作業服の上着を脱ぎはじめた。男は下の白いシャツまで脱ぐ。女はシャツは着たままである。
 上着とシャツを丁寧に畳み下に置く。そして体操を始めた。
 ラジオ体操とは違う。かなり独特の動きだ。『海上自衛隊体操』というものである。
 隊舎を見る。時々窓から何か落ちてくる。毛布や枕である。隊舎を出る際畳み方が悪かったりすると落とされるのである。
 これは幹部候補生学校で『赤鬼・青鬼』と呼ばれる教官達が行なっている。彼等の役職は『幹事付』。候補生達の生活指導全般を監督及び指導する。
 毛布や枕が落ちるのを候補生達は体操をしながら黙って見ている。ひょっとしたら自分のものかも、そう不安を抱く者もその中にはいる。だが彼等は今動けない。今は体操をしなければならない。それが終わったら腕立て伏せ等の体力錬成、そして掃除。彼等の生活は朝から忙しい。
 毛布や枕はまだ落ちてくる。それを見る候補生達。顔や態度には出さないが不安そうである。その落ちるものの中でいっぷう変わったものが落ちてきた。
「!?」
 それは枕ではなかった。かなり大きかった。毛布か、いや違う。平べったくはなかった。それにそれは窓から落ちてきたのではなく隊舎の屋上から落ちてきたのである。
「何だ、あれは」
 グラウンドは騒然となった。教官達が屋上から落ちてきたそれへ一斉に駆け寄る。そしてそれを見て皆顔を蒼ざめさせた。
「これは・・・・・・」
 それは人間の屍だった。既にその両眼に生気は無い。肌も蒼白となっている。
 その屍で奇妙な点は異様に軽いことだった。身体は干乾びミイラの様であった。まるで全身から血が吸い取られたように。
「?この匂いは・・・・・・」
 鼻のいい教官の一人がふと辺りに漂う香りに気付いた。それはダリアに似た花の香りだった。
 
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