港町の闇
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第五章
第五章
「相手は人間ではありません。まずこれが第一です」
「はい」
「そうした相手が人間と同じ行動をとるとは考えられない方がいいです。おそらくまだこの辺りで獲物を狙っていますよ」
「獲物ですか」
「この場合は人間が。ですから注意が必要なのです」
「待って下さい」
獲物と聞いて大森巡査が声をあげた。
「我々が獲物ですか」
「ええ」
本郷は素っ気無くそれに答えた。
「人間も獲物になるのですか」
「彼等にしてみればそうです」
「そうなのですか」
それを聞いてあらためて落胆したようであった。
「そうなのですよね。彼等は人間ではないのですから」
「そういうことです。それでは宜しいでしょうか」
「はい」
「今夜はここに捜査網を張りましょう。そして敵を待ちましょう」
「わかりました」
巡査と刑事は役の言葉に頷いた。そして彼等はその夜中華街に篭り捜査の網を張るのであった。
夜とはいえ観光地なので明るかった。この中華街は神戸においては有名な観光スポットなのである。これは同じく中華街のある横浜や長崎においても同じである。神戸の中華街は横浜のそれと比べると小さいがそれでもかなりの賑わいがある。そこに彼等は潜んでいた。
「そちらはいいか」
七尾刑事は携帯で連絡を入れていた。彼はビルの屋上にいた。
「はい」
携帯に返事がかかってきた。
「こちらは大丈夫です」
「よし」
刑事はそれを聞いて頷いた。
「じゃあこれからはメールでやりとりをするぞ。いいな」
「はい」
こうしてとりあえず電話を切った。そして下に広がる街を見た。
「この中にいるのか」
「おそらく」
横にいる役がそれに答えた。
「今下には本郷君がいます。彼なら探してくれるでしょう」
「本郷君・・・・・・ああ、彼ですね」
刑事は記憶を辿って本郷の名前と顔を一致させた。
「そして貴方が役さんでしたね」
「そうです。覚えて下さいましたか」
「ようやく」
彼は厳しい顔に苦笑いを浮かべてそれに答えた。
「今日はじめて御会いしてから、ですからね。けれどやはりこうしたお仕事は人の名前と顔を覚えることが多いでしょう」
「それも仕事のうちです」
刑事はそう答えた。
「もっとも怪物の名前と顔を覚えたことはないですけれどね」
「まあそうでしょうね」
役はその言葉を聞いてすっと笑った。
「けれどすぐに覚えられると思いますよ」
「それはどうしてですか」
「その理由もすぐにご理解頂けると思います」
「はて」
まだこの時彼はその理由がどうしてかわからなかった。だが役はそれもわかっていた。
「まあ今は捜査に専念しましょう」
「はい」
「大変なのはこれからですからね。いいでしょうか」
一言そう前置きした。
「おそらく敵は我々とそう変わらない姿をしております」
「しかし鏡には映らない、と」
「残念ですが」
しかしそれには首を横に振った。
「映る場合もあります。鏡はその魂を映すものですから」
「あれ、けれど映画では」
「あれも映画でできた話なのですよ。実際の吸血鬼はそうとは限りません」
「またですか」
「はい。あれはドイツとかその辺りの話です。吸血鬼には魂があります。いえ、わかりやすく言うと死体によからぬ魂が宿っていると言いましょうか」
「すなわち魂が本体で死体はかりそめの宿、ということですか」
「はい。あくまで本体は魂です。ですから問題なのです」
彼はそう言った。
吸血鬼に限らず幽霊も鏡に映らない場合がある。だがこれはその地域によって違う。鏡に映るものもいるのだ。中には鏡から姿を現わして人を魔界に引き込もうとする存在もいる。鏡は魂を映すものであると共に異界への出入り口なのである。時にはそこからよからぬ者が出入りすることもあるのだ。
「例え身体を傷つけても魂さえ無事ならば彼等は甦る場合があります」
「しぶといですね」
「それは映画のドラキュラ伯爵でもそうでしたでしょう。魂さえ無事ならば甦るのです」
「そういえば」
刑事は若い頃見た映画を思い出しながら呟いた。
「その魂自体は人間と同じ姿です。しかし」
役の言葉に剣呑なものが混じった。
「根幹が違う。それはよく覚えておいて下さい」
「わかりました」
刑事は頷いた。そしてそのまま下を覗き込んだ。下には無数の光が輝いていた。本来は実に美しい色取り取りの光である。しかし今刑事にはそれは魔物が潜む魔界の灯火に見えていた。
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