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港町の闇

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第二十章


第二十章

「その銀貨さえ手の中にあればね。何とかしてみますよ」
「わかりました」
 神父がその言葉に対して応えた。
「それではお願いできますか」
「はい。ではこちらこそお願いします」
「では」
 神父は懐から皮の袋を取り出した。そしてそれを本郷に手渡した。
「どうぞ」
 それはズシリと重みがあった。銀は重いものである。
 そして持つとジャラジャラと音がした。かなりの量があるようだ。
「結構ありますね」
「三十枚ありますからね」
 神父はそれに答えた。
「三十枚ですか」
「ええ。ユダが主を売ったのは三十枚の銀貨を以ってでした。これがその三十枚の銀貨なのですから」
「ふうん」
 本郷は学校の授業を聴くような顔をした。そしてその袋を見た。
 ユダはこの三十枚の銀貨でキリストを売ったのであった。そしてそれによりキリストは十字架にかけられた。これはあまりにも有名な話である。これがユダの罪であった。
 だがユダはまた罪を犯した。それを悔い、銀貨を谷底に投げ捨てて自らもそこへ飛び降りたのである。自殺の罪であった。彼は裏切りと自殺、二つの罪を犯しているのである。だからこそキリスト教において彼は最大の悪人とされているのである。その罪はキリスト教においては極めて重いものである。
「全部で三十枚ですか。これだけあればいけるかな」
「どうなさるおつもりですか?」
「いえ、簡単なことですよ」
「簡単なこと!?」
 神父はそれを聞いて眉を顰めた。
「それは一体」
「いずれわかりますよ」
 本郷は笑ってそれに返した。
「いずれ、ね。まあごく単純なやり方でやりますんで」
「そうですか」
「まあ君のやることだから大体察しはつくな」
 役はそれを聞きながら言った。
「さてと。それで役さんにお願いですけれど」
「何だ」
「式神を使ってくれませんかね。あいつを見つける為に」
「わかった」
 彼はそれに頷いた。
「ではすぐに使おう」
「お願いします」
「あの」
 そんなやりとりをした二人に署長が声をかけてきた。
「式神は戦いの時以外にも使うのですか」
「ええ」
 役はそれに答えた。
「使いますよ。むしろそちらの方が主な使い道ですかね」
「そうなのですか」
「安倍清明は知っていますね」
「はい」
 言わずと知れた平安時代の天才陰陽師である。その力はその時より伝説的であり様々な逸話がある。式神を自由自在に操りあやるゆことを為したと言われる。その力は彼が母を狐に持つが故だという伝説もある。これは歌舞伎等にもなっていることで有名な葛の葉子別れである。
「恋しくば たづね来てみよ 和泉なる
信田の森の うらみ葛の葉」
 これは彼の母と言われる葛の葉が別れの際に残した詩だと言われている。もしこれが真実ならば彼は半分人間ではなかった。妖狐の血を引いていたということになるのだ。これは彼のあまりもの力が為に出て来た伝説というのがもっぱらの噂であるが実際にそれ程までの魔力を持っていたのである。それ程彼の力は絶大であった。
「清明も式神をあらゆることに使いました」
 そしてこう述べた。
「式神はね、ただ戦う為に使うのではないのですよ」
「はあ」
「色々な使い道があります。今からそれをお見せ致しましょう」
 そう言うと懐から無数の紙を取り出してきた。五色あった。白、赤、青、黒、そして黄である。それが五行思想に基づくものであることは言うまでもない。次にそれをまず一振りした。
「行け」
 彼がそう言うと紙が一斉に動いた。そしてそれは宙に舞い鳥となった。五色のそれぞれの鳥達が舞いはじめた。
 鳥達は壁を通り抜けて部屋を出て行った。そして皆何処かへと消え去ってしまっていた。
「これでよし」
「あの式神達で何をされるのですか」
「探すのですよ」
 役は答えた。
「敵をね」
「あの吸血鬼のことですね」
「ええ。人が探すのなら限界がありますね」
「はい」
「しかし空を飛ぶ鳥、しかも式神ならば」
 彼は言った。
「その範囲は人のそれとは比較になりませんね。そういうことです」
「成程」
 署長はそれを聞いて思わず感嘆の言葉を漏らした。
「お見事です。これならば必ずやあの魔物を見つけ出すことができるでしょう」
「それはどうでしょうか」
 だが役はそれに懐疑的な言葉を述べた。
「何かあるのですか」
「署長もあの男の力は御聞きしていますよね」
「はい」
 署長は頷いた。
「分身したり自分の髪で槍を作ったり血から使い魔を出したり。まさに魔物ですね」
「そして魔法陣の中に消えたり。まさに魔物です」
「あれ程の力を持つ者は滅多におりません」
 神父も言った。
「魔界の魔王達でもない限りね」
「魔王、ですか」
 署長だけではなかった。警官達はそれを聞いて喉をゴクリ、と鳴らせた。
「それだけ相手は手強いということですよ」
 本郷の言葉はこうした時によくあるフォローの類ではなかった。
「ですからあの式神だけで容易にことが解決するとは思ってはいけませんよ」
「ではどうすれば」
「次にこれを出します」
 役は今度は指を鳴らせた。すると彼の後ろに異形の者達が姿を現わした。
「うわっ・・・・・・」
 何人かはその姿を見ただけで声を漏らした。それは鬼達であった。
「おそらく向こうも使い魔を送り出しているでしょう。その相手は彼等にしてもらいます」
「彼等は鬼ですよね」
「ええ」
 警官の一人の問いに対して答えた。
 
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