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港町の闇

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第十八章


第十八章

 それは激しく回転しながらアルノルトに襲い掛かる。そしてアルノルトを打ち据えんとする。
 しかし彼はそれを見てもやはり悠然と立っていた。身じろぎ一つしない。
「ふむ」
 彼は悠然と立ったまま槍を構えた。
「私をそのようなおもちゃで倒せるとはな。侮られたものだ」
 そう言いながら槍を投げた。そしてそれで十字架を潰した。
「これでわかったか」
 彼は神父に目を向けて問うた。
「何故私が倒せないのかをな」
 だが神父はそれにも少しも驚いてはいなかった。平然とこう返した。
「話通りだな。これでは倒せはしないか」
「まさかわからなかったとでもいうのか?」
「いや」
 答えながら懐からまた何かを取り出した。
「銀ならば倒せる。それはわかっている」
「だが私に銀が当てられはしないな」
「そうだな」
 それがわかっていても彼は平然としたままであった。本郷は傍目からそれを見ていて内心その様子に驚いていた。
(意外と大物だな、この神父さんは)
 彼はこの神父をこう評していた。だがそれでも今は黙っていた。
(まあ今は見せてもらうか)
 見物に専念することにした。だが構えは解いてはいなかった。
 神父は動きを続けた。そして懐から取り出したものをアルノルトに見せた。それを見たアルノルトの顔がみるみるうちに変わっていく。
 怯えであった。それを見た彼の顔が明らかに怯えに変わっていた。それまでの嫌味なまでの余裕は何処かに消え失せてしまっていた。
「うう・・・・・・」
「どうしたのだ、夜の世界の者よ」
 神父はそんな彼に対して問うた。
「先程までの余裕は何処に行ったのだ」
「それを何処で・・・・・・」
「知りたいか」
 青白い顔をさらに白くさせるアルノルトに対して声をかけた。
「知りたくなくとも言おう。バチカンから授けられたものだ」
「バチカンから」
「ええ」
 神父は本郷の問いに対して答えた。
「かってユダは何をもって主を売ったか御存知でしょう」
「はい」
 それは本郷も知っていた。
「銀貨で以って、でしたね」
「ええ、その通りです」
 神父はそれに答えた。
「ユダは三十枚の銀貨で主を売りました。それにより主はゴルゴダの丘にて十字架に架けられたのです。裏切り者のせいで」
「我が偉大なる祖先を愚弄するか」
「愚弄なぞしてはいない」
 神父は強い声でそう返した。
「事実を言ったまでだ。違うか」
「うう・・・・・・」
「そうだな」
 そこでアルノルトの後ろからまた声がした。
「それは事実だ。貴様等夜の世界の住人にとってもな」
「役さん」
「本郷君、遅れて申し訳ない」
 役がゆっくりと出て来た。
「気配を察してここまで来たが。遅れてしまった」
「いえ、丁度いい頃ですよ」
 本郷はそんな彼に対して答える。
「おれから面白い見世物がはじまりますから」
「クッ」
 アルノルトは本郷のその言葉を聞いて舌打ちした。
「見世物と言うか」
「そうだ」
 本郷はそう答えた。
「他に何というのだ。魔物が倒されるこの時を」
「ウググ・・・・・・」
「観念するんだな。どうやら貴様はその銀貨だけはどうにもできないだろうしな」
「さて、闇の住人よ」
 今度は神父がアルノルトに対して言った。
「覚悟はいいか。今この場で滅する」
「・・・・・・・・・」
 それでもまだ構えをとる。だがそれはもう力のない構えであった。
「よいな」
「おのれ・・・・・・」
 その前後を本郷と役が固める。それももう逃げ道はないものと思われた。そう、思われただけであった。
「こうなれば」
 彼はそう言いながらまた指を噛んだ。
「ムッ!?」
 そしてそこから黒い血を滴り落とす。それは瘴気を立てながら地面を汚した。
「また血を」
 役はそれを見て眉を動かした。そして身構えながら本郷と神父に対して言う。
「気をつけろ」
「どうしたんですか」
「奴はその血から使い魔を出してくる」
「使い魔を」
「そうだ。蝙蝠や狼をな。注意しろ」
「それならもう慣れてますよ」
 本郷は構えをとりなおしながらそれに応える。
「今までの戦いでね。今更驚くまでもありませんよ」
「そうか」
 役はそれを聞いてとりたてて感情を込めることなく受け答えをした。
「それでは君に関しては安心だな」
「ええ、任せておいて下さい」
「神父様は」
「私もです」
 神父の答えも本郷のそれと同じ内容であった。
「吸血鬼との戦いは今まで何度も経験がありますから」
「そうですか」
 彼はやはり感情を込めずに受け答えをした。
「それではいいですね」
「はい」
 神父は頷いた。
「ここはお任せ下さい」
「それでは」
 それで大体決まった。三人はそのままアルノルトを囲んだままであった。だが徐々に間合いを詰めていく。
 だが当のアルノルトは冷静なままであった。不敵な笑みを浮かべながら彼等を見ていた。そして血を自らの周りに撒き終えた。
「これでよし」
「その血がどうかしたのか」
「魔法陣は知っていると思うが」
 アルノルトはそう答えた。
「何っ、まさか」
「そのまさかだ」
 彼は役に対して平然とした態度でそう答えた。
 
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