港町の闇
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第十四章
第十四章
「あそこか」
「ええ」
巡査は刑事にも答えた。顔が微かに笑っていた。
「あそこですよ。ほら、城でしょう?」
「ああ」
刑事は頷いた。
「じゃあすぐに向かおう。今度こそ奴を始末するぞ」
「はい。では本郷さん、役さん」
巡査は二人にも声をかけてきた。
「行きますか。すぐに出発しましょう」
「ええ」
本郷がそれに頷いた。
「じゃあ行きましょう」
「はい」
こうして皆フラワーパークに行くことになった。すぐに部屋を出る。
「ところで」
だが部屋を出たところで巡査が役に尋ねてきた。
「さっきの幻術ですけれど」
「はい」
役は彼に顔を向けてきた。
「あれって奴が今いる場所から送ってきたものですよね」
「はい」
「とすると奴は今起きているでしょうか」
「おそらく。それが何か?」
「いえね」
彼は首を傾げながら言った。
「吸血鬼って夜に行動しますよね」
「そうとばかりは限りませんよ」
「えっ!?」
巡査はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「違うんですか!?けれど」
「映画ではね」
本郷が笑いながら言った。
「あれは映画だけですね。実際には」
「そうだったんですか」
「勿論そうした種類のものもおります」
役が説明した。
「ですが種類によってはそうではないのです」
「そうだったのですか」
「はい。例えばブラム=ストーカーの小説ですが」
「はい」
吸血鬼の代名詞ともなっている古典的名作である。吸血鬼はこれにより世界に知られることになったと言っても過言ではない。それ程までの名作である。
「あれでもドラキュラ伯爵は日中に外に出ていますよ」
「そうだったんですか」
「はい。それは御存知なかったですか」
「え、ええ」
巡査はそれを聞いてかなり驚いていた。それを隠せずにいた。
「まさかそうだったとは」
「カーミラも同じですよ」
本郷も言った。ドラキュラ伯爵と並ぶ吸血鬼の作品の代表作だ。美少女の血を啜る美しき女吸血鬼の話である。ドラキュラ伯爵が男の吸血鬼の代表ならばカーミラ夫人は女の吸血鬼の代表だ。どちらも耽美さと濃厚な腐敗、そして邪悪を身に纏った妖しくも魅力的な者達である。
「彼女も夕方に出ていましたから」
「はあ」
それを聞いて本当に驚きが隠せないようであった。
「そうだったんですか。それは知りませんでした」
「ですから今の時間に術を使うことができたのです」
そして役はそう答えた。
「彼等は太陽が支配する時間においても行動できるのですから」
「ただ夜の世界の方が彼等にとって本当の世界であることは変わりませんが。元々彼等はそちらの世界の住人なのですから」
「ですね」
それは流石にわかっていた。頷きながらもやはりまだ驚きを隠せない。
「ただ・・・・・・今後も注意は必要ですね」
「はい」
二人はそれに頷いた。
「それはよく覚えておいて下さい。もしかすると昼に戦うことになるかも知れませんから」
「もっとも敵は夜を時間に選ぶでしょうがね。それが彼等の時間なのですから」
「そうですか」
「昨日のようにね」
そこで本郷はそう言った。
「できればこちらとしては昼に戦いたいですが」
「そうは上手くはいかないもので。さあ」
話が終わるとあらためて巡査に声をかけた。
「行きますか、城に」
「はい」
こうして彼等はフラワーパークに向かった。署を出てそれぞれの覆面パトカーに乗った時であった。
「彼等がそうか」
それを物陰から見る一人の男がいた。
「日本の妖しき者達への懲罰者」
見れば黒い神父の服を着ている。だが神父とは限らない。
「行くか。あの者のもとへ」
そして彼等の動きを見守っていた。それからその場を後にした。
彼もまた何処かへ消えた。本郷達はそれを知る由もなくアルノルトとの戦いの場に向かうのであった。
フラワーパークは正式名称を神戸市立フルーツ=フラワーパークという。北区にある欧州の雰囲気を再現したテーマパークの一つでありここには城と農園、そして無数の花々が咲き誇っている。城と花により彩られた美しい場所である。神戸の名所の一つであった。
木造の音楽堂やパレスが美しい。今その前をそれとはやや場違いな者達が通っていた。
「できればこんな場合には来たくはなかったな」
「ええ」
大森巡査は七尾刑事の言葉に頷いた。
「女の子と行くのならともかく」
「御前あの彼女とはどうなったんだ」
刑事はふと尋ねてきた。
「まだ続いているのか」
「一応は」
巡査はそう答えた。
「ただこの事件がはじまってからちょっと会えないですけれど」
「仕方ないな」
刑事はそれを聞いてそう答えた。
「俺もだ。女房とは会っていない」
「お互い辛いですね」
「うちの女房はもう慣れてくれたがな。警官の妻だったら当然のことだってな」
「いい奥さんですね」
「生憎だがそうとばかり言えない」
だが刑事はここで苦笑した。
「うちの女房はおっかないぞ。俺でも勝てないんだからね」
「それ本当ですか!?」
それを聞いて別の警官が驚きの声をあげた。
「刑事が勝てないなんて」
「本当のことだ」
刑事は苦笑してそう答えた。彼は柔道五段、空手六段であり署においても屈指の猛者として知られている。その彼が勝てないということに皆驚いているのだ。
「女は弱し、というな」
「ええ」
「そして母は強し、だ。結婚して子供ができれば女は誰でも強くなる」
「そういうものですか」
「それは結婚すればわかるさ。そうだな」
彼はここで下に目をやった。一面にチューリップが咲き誇っている。赤に黄色に白に紫、様々な色でその場を飾っていた。
「このチューリップが一つの大きな木になるようなものだ。それは凄いぞ」
「はあ」
「ちょっと信じられませんね」
「信じるも信じないも勝手だが」
刑事は言った。
「それは事実だ。まあ結婚してそれは確かめてくれ」
「御免こうむりたいですね」
大森巡査はそれを聞いてそう意見を述べた。
「怖そうですから」
「まあそう言うな」
刑事は苦笑してそう返した。
「嫌でもわかることになるんだからな」
「またそうやって驚かせるんですから」
「刑事も意地が悪い」
「ははは。けれど結婚はした方がいい」
豪快に笑いながらそう言う。
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