港町の闇
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第一章
第一章
港町の闇
神戸は案外歴史の新しい街である。この街が開かれたのは幕末に港が置かれてからである。開国を受けてのことであったがそれがこの街の実質的なはじまりであったのは横浜と同じである。
そしてその歩みも似ていた。この街は横浜と同じく異国情緒に溢れる街となった。それはこの街が外に向けて開かれた港であり、外国人が多く来たからであった。そしてそれは今も変わらない。
洋館だけではなく中華街もある。浜風に乗って異国の音楽が聴こえてくる。関西にありながら大阪や京都とはまた違った趣がある。不思議な街である。
だが今この街を恐怖が支配していた。謎の殺人事件が次々と起こっていたのである。
「またか」
外国人の住宅街が立ち並ぶ高級住宅街で事件が起こっていた。そこにいる一人の少年が全身から血を抜かれ死んでいたのであった。他殺であることは言うまでもなかった。彼は夜の道路に倒れていた。その周りにパトカーが何台もおり制服、そして私服の警官達が詰めていた。皆深刻な顔で事件現場にいた。
「また血を抜かれている。どういうことだ」
取調べをしている刑事の一人が首を傾げながらそう呟いた。彼は今時分の下で事切れているその少年を見た。見れば中学生程の整った顔立ちの少年であった。ブレザーを着ておりその顔は白く、女の子といっても通用するような細い顔をしていた。
「それも喉からだな」
喉に目をやる。見ればそこに傷口があった。血が二条流れている。
「喉からですか」
制服の若い警官の一人がそれに尋ねた。
「ああ」
その刑事は答えた。
「まただ。まるで何かの映画みたいな話だな」
「吸血鬼でしょうか」
若い警官はポツリ、とそう言った。
「吸血鬼か」
「はい」
彼は刑事に答えた。
「血を抜かれているとなると。それしかないでしょう」
「かもな」
否定するつもりはなかった。こうした殺人事件を扱っていると時折科学では説明できないような事件も起こるのである。それは決して公にされることはないが彼等がそれを忘れるということはないのだ。彼も今までそうした事件には何度か遭遇している。そして今も遭遇していた。
「しかしここは日本だ」
「はい」
「それはないんじゃないか。ドラキュラはルーマニアかどっかの話だろう?」
「あれは確かにルーマニアですね」
若い警官はそう答えた。
「けれど吸血鬼はあれだけではありませんから」
「他にもいるのか?」
「ええ。あれはまあメジャーなうちで。他にも一杯いるんですよ」
「そうか」
刑事はそれを聞いてあらためて深刻な顔になった。
「あれだけじゃなかったのか」
「残念ですが」
若い警官はそう答えた。
「ならわかるな。これはそれの可能性が高い」
「検死ではどうでますかね」
「検死か」
刑事はそれを聞いて少し目の色を変えた。シニカルなものであった。
「それは表の検死か、それとも本当の意味での検死か」
「本当の意味で、です」
若い警官の答えはそれであった。
「だろうな。そう答えると思っていたさ」
刑事にもそれはわかっていた。
「原因不明さ、こういった事件のいつものパターンだ」
「ですね」
少年の目にはもう生気がなかった。だがカッと見開かれたその目は何かを見ていた。恐怖に凍ったその目に映るものは一体何であろうか。
そこには今夜の空が映っている。漆黒のその空には雲も星も月もない。ただ暗黒だけが広がっている。だが彼はその暗黒を見てはいない。暗黒の世界に棲む者達を見たのであろうが。
「これで三件だ。もう充分だろう。俺達の手には負えそうにもない」
「残念なことですけれどね」
「人を呼ぶか。明日朝一で電話をかけるぞ」
「ゴーストバスターズですか?」
「近いが日本にはゴーストバスターズはいない」
「じゃあ陰陽師でも」
「古いな。だがその通りだ」
「では京都に」
「ああ。あの二人を呼んでくれ。いいな」
「わかりました」
検死官が来た。そして遺体を詳しく見はじめる。赤いランプが辺りを照らす。彼等はその中に立っていた。その赤い光がまるで死者の魂のように見えた。
事件の翌日神戸駅に二人の若者が姿を現わした。一人は精悍な顔立ちの若者であった。黒く硬い質の髪を短く刈り込んでおりジーンズにジャケットとラフな服装をしている。そして背には何か細長いものを背負っていた。
もう一人は茶色の髪を少し伸ばした整った顔立ちの青年であった。若者より少し年上のようである。細面の美男子であり気品すら漂っている。黒いスーツとを着こなしその手には特に何も持ってはいない。二人は駅の改札口をくぐりその向こうに出た。
「何か神戸はあっという間でしたね」
若者がまず口を開いた。
「いつもこんな近い場所だったらいいんですけれど」
「そうそう上手くはいかないさ」
青年がそれに応えた。
「私達の仕事はね。それは君もわかってることだろう」
「ええまあ」
若者は青年のその言葉に頷いた。
「おかげであちこち飛び回っていますからね」
「そういうことさ」
青年はそれを聞いてから言った。
「それが仕事というものだよ。いいか悪いかは別にして」
「俺にとっちゃいいことですかね」
「それはどうしてだい?」
青年は問うた。
「い、いや。旅行もできるし。美味いもんも食べられるし」
「君はまたそれなのかい」
それを聞いて少し呆れた顔になった。
「他には何かないのかい?」
「京都の食べ物は口に合わないですから。俺には」
彼は不平そうにそう述べた。
「味がないし。高い店ばっかりだし」
「もう住んで何年にもなるのにかい」
「何年でも嫌なもんは嫌なんですよ」
口を尖らせてそう言う。
「それは役さんだって同じでしょう?」
「私はそういうのはないな」
彼は考えながらそう答えた。
「何処の国の食べ物でも食べられる」
「イギリスのあれでもですか!?」
「勿論」
彼は頷いた。
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