夜の影
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第一章
第一章
夜の影
近頃あの有名条約が結ばれたオランダの都市であるユトレヒトにおいて不可解な事件が続発していた。夜一人で歩いていると急に姿を消したうえ空から落ちてきてそれにより死んでしまうのだ。実に奇怪な事件である。
しかもそれが一つや二つだけではない。もう今月に入って十件にもなっている。今年から起こっているがもう犠牲者は二十人を超えている。実に奇怪な事件である。
「それで俺達がですか」
「はい」
見事な禿頭に青い目の鷲鼻の男が黒い髪を短く刈った精悍な顔立ちのアジア系の若い男の言葉に頷いていた。
「そうです。それで貴方達をわざわざです」
「成程」
茶色の髪を少し伸ばしセンター分けにした切れ長の目を持つこれまたアジア系の青年が彼の言葉に応える。青年はスーツで若い男はラフなシャツという格好である。
「日本からお話をかけて下さった理由はそれだったのですね」
「我々としても困っております」
実際に彼は困り果てた顔で話してきた。
「誰が一体何の為にと調査はしているのですが」
「まああれですね」
若い男が言ってきた。見ればハンバーグを切ってそれを口の中に放り込みながらだ。
「少なくとも人間の仕業じゃないですね」
「やはり」
「しかも科学的調査は」
「しました」
男の言葉は小さくなってしまっていたが確かなものだった。
「ですがそれでも」
「わからなかったのですね」
「その通りです。察しをつけておられたのですね」
「わかりますよ。俺達が授けられる仕事はいつもそういうのですから」
彼は答えた。
「日本でも他の国でもね」
「そうです」
青年も言ってきた。
「この役清明と」
「この俺、本郷忠の」
青年と若い男はそれぞれ名乗った。青年は表情は消しているが男は微かに笑っていた。
「仕事は大抵が怪しいものですから」
「喜んで受けさせてもらいますよ」
「それでは」
「はい」
役が彼の言葉に応えた。
「御名前は確か」
「アイクです」
その禿頭で鷲鼻の彼が応えて名乗ってきた。
「ホセ=アイクといいます。警視正です」
「警視正なのですか」
「そうです。まあここになるまでに髪の毛はこうなってしまいましたが」
笑いながら自分のその見事な禿頭を指し示してきた。髪の毛はもう一本も残ってはいない。天然のスキンヘッドであった。
「何かと苦労しまして」
「お巡さんってのは何処でも苦労しますね」
本郷は今度はハンバーグに添えてあったマッシュポテトを食べている。それを食べながらまたアイク警視正に話すのだった。
「色々と」
「どの国にも犯罪はありますので」
警視正は述べた。彼の前にもハンバーグがあるが進む手は遅い。
「それは日本でも同じですよね」
「無論です」
役が警視正の問いに答えた。
「警視正が今仰ったように犯罪はどの国にもありますので」
「そうですね。やはり」
「そして不可解な犯罪も」
ここで彼は言った。
「存在します」
「それも何処にでもですか」
「その通りです。そして今このユトレヒトで起こっている事件ですが」
「はい」
話は本題に入った。警視正の顔は困惑したものから真面目な、確かなものになった。そのうえで話をはじめるのだった。
「まず事情は最初に申し上げた通りです」
「人が消えて上から落とされる」
役はまたこのことを言葉に出した。
「しかも科学的な証明もできない」
「こうした事件があるとです」
警視正は真剣な顔であった。
「俗にこう言われます。悪魔の仕業だと」
「欧州ではそうなりますね」
「御国ではどうかわかりませんが」
二人の国である日本について考えての言葉である。
「欧州では。まだ悪魔という存在を信じている人間が多いのも確かですし」
「しかも実際にいますね」
「否定できないところが残念なことです」
答えに他ならない今の警視正の言葉だった。
「私も会ったことがありますし」
「どうしてもそうなりますよね」
本郷は今度はビールを飲みながら警視正に対して述べた。当然ながらこの国のビールである。
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