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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第三十七話 俺って役に立つだろう




帝国暦 488年 6月 30日  帝国軍総旗艦  ブリュンヒルト  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



討伐軍はシャンタウ星域を制圧し、ガイエスブルク要塞の有る方向に向かっている。貴族連合もそれには気付いているだろう。さてと、そろそろ始めるか。
「総参謀長、ガイエスブルク要塞と回線を繋いでもらえますか」
「ガイエスブルク要塞にですか?」
「ええ、挨拶をしておこうと思うのです」
「分かりました」
メックリンガーもだけど他の参謀達も不思議そうな表情だ。まあ今更挨拶でもないよな、でも出来る事はやっておかないと。

少し待ったがオペレーターが繋がったと声を上げた。スクリーンにブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯を始めとして貴族達が映った。馬鹿八人衆の中からもフレーゲル、シャイドの顔が見える。シュターデンはブラウンシュバイク公の傍にいた。

「ガイエスブルク要塞に引き篭もる臆病で愚かな貴族達に告げます」
『臆病で愚かだと!』
顔も見たこと無い男が騒いだ。
「臆病でしょう、これまでまともに戦ったのはオフレッサーだけです。貴方達は安全な場所で遊んでいるだけだ」
スクリーンから呻き声が聞こえた。皆がこちらを睨んでいる。

「そして勇敢に戦ったオフレッサーを貴方達は裏切り者だと疑って殺してしまった、愚かじゃありませんか、否定できますか?」
また呻き声が聞こえた。いやあ気持ち良いわ、あの馬鹿共の悔しそうな顔! 癖になりそうだ。

「なかでも一番の愚か者は領地と爵位を失った八人ですね。帝国騎士になったにもかかわらず未だに伯爵、男爵と呼ばせているとか、一体何を考えているのか……」
俺が笑い声を上げるとスクリーンから“貴様”という呻き声が聞こえた。フレーゲルだな、今の声は。

『そちらこそ我らに追われて逃げたではないか、臆病なのはそちらだろう!』
顔面を主に染めてフレーゲルが喚いた。そんな大声を出さなくても聞こえてるって。
「逃げたのではありません、避けたのですよ、フォン・フレーゲル。貴方達が近付くと馬鹿がうつるから避けろと命じていたのです」
『何だと!』
もう一度笑い声を上げた。

「馬鹿というのは伝染病なのです、だからあっという間に馬鹿は増えていく。心当たりが有るでしょう? 貴方の友人達は皆爵位と領地を失った。貴方も含めてかなりの重症ですね、フォン・フレーゲル」
艦橋で失笑する音が聞こえた、結構受けた様だ。
『おのれ、無礼だろう!』
フレーゲルだけじゃない、シャイドも叫んでいる。

「ルドルフ大帝も嘆いているでしょうね。帝国を護るエリートとして作った貴族が平民を前に何も出来ずに要塞で震えている。そのくせ味方を疑って殺してしまう、愚劣にも程が有ると。貴方達の先祖に爵位を与えた事を後悔しているかもしれません」
また呻き声が聞こえた。そろそろ限界だろうな、もう一押しだ。

「今からでも遅くはありません、大人しく降伏したほうが良いでしょう。降伏すれば殺しはしません。リヒテンラーデ侯に頼んで生きて行くのに困らないだけの財産を貰えるように口添えしてあげます。命は一つしか有りませんから良く考えて行動してください。平民の口添えなど要らないなどと無意味に強がる事はありませんよ、子供じゃないんですから」
スクリーンから怒号と悲鳴が聞こえたが無視して通信を切らせた。

「なかなか辛辣ですな」
苦笑を浮かべながらメックリンガーが問い掛けてきた。司令部の参謀達も苦笑を浮かべている。笑っていないのはラインハルトとキルヒアイスだけだ。まあ挑発されて暴発するとかこの二人には笑えんよな。もうちょっとで暴発しかかったんだから。

「堪え性の無い貴族達です、必ず出撃してくるでしょう」
メックリンガーが頷いた。笑みは消えている。
「最前線にはワーレン、ルックナー中将がいます。接触するのは早くて十日後と思われます」
連中が遮二無二出撃してくれば十日後だろう、だが要塞付近でこちらを待ち受けてだともう少しかかる。二週間では無理だが三週間はかからないはずだ。

「二人には作戦会議で説明したとおりに動くようにと伝えてください。他の艦隊司令官にも手筈を間違うなと」
「はっ」
まあこっちはこれで何とかなるだろう。問題は辺境星域だな、メルカッツ達が上手くやってくれればいいんだが……。



帝国暦 488年 7月 12日  帝国軍総旗艦  ブリュンヒルト  エルネスト・メックリンガー



艦橋には微かに緊張が漂っている。予定では今日、貴族連合軍とこちらの先鋒部隊二個艦隊が接触する。おそらく向こうも全軍では有るまい、精々三個艦隊か四個艦隊か……。参謀達は落ち着か無げだがヴァレンシュタイン司令長官はいつも通りの平静さを保っている。

今回は前哨戦、決戦はまだ先だ、今から焦ることは無い。参謀達も少しは司令長官を見習えば良いのだが……。まあそうは言っても昨日からはタンクベッド睡眠で貴族連合軍の敵襲に備える事になった、緊張するなと言う方が無理なのかもしれない……。

接触した場合は敗走するかのように後退する事が命じられている。貴族連合軍を驕慢ならしめるためだ。二度、三度と繰り返せば慢心した貴族連合軍は全軍を上げてガイエスブルク要塞から出てくるだろう。その時が勝負になる、今日が前哨戦と言うのはそういう意味だ。ワーレン、ルックナー艦隊が貴族連合軍を引き付け残りの艦隊が作成した縦深陣奥深くまで引き摺り込む。そして貴族連合軍を側面から寸断して撃破する……。

ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が出撃してきた時、その時が全軍で動く時になる。一気に貴族連合軍を片付けられるはずだ、勝敗はそこで決するだろう。出来れば早く内乱を片付けたい、反乱軍が出兵を決めた以上彼らが辺境星域に攻め込んでくるのは間近だ。何時までも内乱に手を取られていては厄介な事になる。辺境にはメルカッツ提督がいるがだからと言って任せきりにするのは無責任というものだろう。

最前線のワーレン提督から貴族連合軍との接触を告げてきたのは七月十二日も半分が終わろうとする時だった。艦橋の空気が一気に緊迫した。
「ワーレン、ルックナー艦隊は当初の予定通り現在後退しております。なお貴族連合軍は十五万隻を超える模様」

“十五万隻!”彼方此方で声が上がった。皆が顔を見合わせている。私も司令長官を見た、司令長官は唖然としていたが直ぐに苦笑を浮かべた。
「少し挑発が過ぎましたか……」
「閣下、そのような事を言っている場合ではありますまい。如何します?」
落ち着いているのは頼もしいが、この緊急事態を面白がるのは後にしてもらわないと。

「ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯は出撃していますか」
司令長官の問い掛けにオペレーターがワーレン、ルックナー艦隊に問い合わせをかけたが直ぐに不明だと答えが返ってきた。相手は十五万隻を超えている。両艦隊ともそこまでは見届けていないらしい。もっとも十五万隻を超えるとなれば二人が出撃している可能性は高い。

司令長官は少し考えていたが
「確証はないか……、已むを得ませんね」
と呟いた。
「では?」
「各艦隊に命令してください。作戦を繰り上げ、貴族連合軍を撃破します。ワーレン、ルックナー艦隊には改めて貴族連合軍を引き摺り込むようにと連絡してください」

艦橋が大きくざわめいた。司令長官の指示を受けてオペレーター達が各艦隊に作戦の繰り上げを連絡し始めた。
「総参謀長、直ちに反転攻撃の地点の特定と貴族連合軍の遁走ルートを想定してください。それと各艦隊の配置を」
「はっ」

参謀達がワーレン、ルックナー艦隊の現在位置を確認すると口々に反転攻撃の地点を言いだした。無理せずに貴族連合軍を引き摺り込めるであろう地点が反転攻撃の地点となる。そしてそこに至るまでの貴族連合軍の進撃ルートを想定する。彼らの進撃ルートがそのまま遁走ルートになる。後は各艦隊の配置地点を決定し連絡するだけだ。

三十分程で反転攻撃の地点が決まると各艦隊の配置が決まった。第一陣にロイエンタール大将、ミッターマイヤー大将、第二陣にミュラー大将、クレメンツ上級大将、第三陣にケンプ大将、ケスラー大将、第四陣にアイゼナッハ中将、ルーディッゲ中将、第五陣にビッテンフェルト中将、ファーレンハイト中将、そして我々司令長官直率艦隊はワーレン、ルックナー艦隊と共に後方から貴族連合軍を追撃する……。

ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が追撃に加わっているかどうかは分からない。しかし十五万隻以上の艦隊だ、全てとは言わないがその大部分を撃破すれば一気にこちらが優位になるだろう……。



帝国暦 488年 7月 12日  帝国軍総旗艦  ブリュンヒルト  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



帝国軍総旗艦ブリュンヒルトの艦橋は大勝利に沸き立っていた。
“逃げたのは二割、いや三割程度かな、大勝利だ!”
“ブラウンシュバイク公は逃したが副盟主リッテンハイム侯は戦死した”
“惜しかったな、ブラウンシュバイク公ももう少しだったのだが”

“第五陣がもう少し頑張れば”
“無理だよ、あれ以上は”
“そうは言うけど最終陣を任されたんだから”
“まあ、それはそうだけど……”

或る者は頬を上気させ、或る者は興奮して艦橋をうろうろと歩き回っている。そんな中、ラインハルトとキルヒアイスだけが興奮を共有していない。自分達ならもっと上手くやるとか思ってるんだろうな。まあオリジナルはラインハルトだ、否定はしない。

貴族連合軍は十五万隻で攻め寄せてきたがこちらの縦深陣に捕まり逃げ帰ったのは四万隻に満たない兵力の筈だ。それ以外は大部分を撃破した。戦場から逃亡したのはほんの少しだろう。リッテンハイム侯は第四陣の辺りで戦死したようだ。アイゼナッハとルーディッゲだな。二人ともいい仕事をした、後で誉めておかないと。

オペレーターがビッテンフェルト、ファーレンハイトから通信が入っていると報告してきた。まあ大体何が言いたいかは想像がつく。繋ぐ様に命じるとスクリーンにビッテンフェルトとファーレンハイトが映った。二人とも多少面目なさそうな表情をしている。しょうが無いな、先手を打つか。

「良くやってくれました、ファーレンハイト提督、ビッテンフェルト提督」
俺が声をかけると二人が驚いたような顔をした。艦橋の人間も驚いたような表情をしている。
『あ、いや、我ら両名最終陣を任されながらブラウンシュバイク公を撃ち漏らし……』
ファーレンハイトがもごもご言いだしたが手を振って止めた。

「気にする事は有りません、ブラウンシュバイク公はガイエスブルク要塞に戻るしかありません。それにこの会戦の勝利で貴族連合軍の敗北はほぼ決定しました。慌てる必要は無いのです」
『ですが辺境では反乱軍が……』
「そちらはメルカッツ提督に任せましょう。手に余るようならば救援要請が来るはずです。……ファーレンハイト提督、ビッテンフェルト提督、良くやってくれました」
『はっ』

残敵を掃討するように命じて通信を切った。艦橋の皆が俺を見ている。
「ブラウンシュバイク公が逃げ延びたのは我々討伐軍全体の責任です。第五陣は十分にその役目を果たしました。明らかな失態が有るならともかくそうでないなら味方を不用意な発言で責めるのは止めなさい。傲慢ですよ」
俺の言葉に皆がバツの悪そうな表情で頭を下げた。

こういうのはきちんと言っておかないとな。ブラウンシュバイク公を逃がした事で責められる人間はいないよ。原作では結構各個撃破で貴族連合軍の戦力を削いでいる、それとメルカッツが居たからブラウンシュバイク公は逃げた。こっちではそれが無い。メルカッツは居ないが兵力が多い分だけ撃ち漏らしが有ったという事だ。ファーレンハイトもビッテンフェルトも良くやった。

全軍に残敵の掃討を命じるとオーディンのエーレンベルク軍務尚書、シュタインホフ統帥本部総長、リヒテンラーデ侯に連絡を取らせた。スクリーンに三人の顔が映った。
『何用かな、ヴァレンシュタイン司令長官』
「本日、貴族連合軍十五万を超える兵力と会戦し勝利しました。ブラウンシュバイク公は撃ち漏らしましたがリッテンハイム侯は戦死、十万隻以上を撃破したと思います」
俺がエーレンベルクに答えると三人は驚いたようだ。“ほう”とか“なんと”とか言っている。艦橋の人間はそれを見て嬉しそうにしている。

『リッテンハイム侯が戦死したか……。良くやったと言いたいがブラウンシュバイク公を打ち漏らしたのはいただけぬな』
「申し訳ありません、統帥本部総長。ですが貴族連合軍は大きくその戦力を失いました。内乱の終結も目処がついたと思います」
『うむ』
素直に褒める事は出来ないのかな、爺さん連中は。もしかすると面白く無いのかもしれん。孫みたいな歳の俺に嫉妬してどうするんだよ。

「一つ確認しておきたい事が有ります。アマーリエ様、エリザベート様、クリスティーネ様、サビーネ様ですが如何いたしますか。このまま反逆者の一味として死を迎えさせて宜しいのでしょうか?」
俺の問い掛けに三人が顔を見合わせた。三人とも口を開こうとしない。艦橋の人間も皆顔を見合わせている。

「小官が心配する事ではありませんが陛下は未だ御幼少、当分御世継ぎは望めません。皇族の方々が少ない事を考えますと……、御指示を頂きたいと思います」
暗に助けるべきではないかと言うとスクリーンから唸り声が聞こえた。三人とも渋い表情をしている。

『卿の言いたい事は分かるが素直にこちらに引き渡すかな? 連中にとっては自分達の正義の拠り所でもあるはずだ』
リヒテンラーデ侯が渋い表情のまま首を傾げている。
「難しいとは小官も思います。おそらく正面からブラウンシュバイク公に申し入れても周囲が許さないでしょう。裏から極秘で交渉するしかないと思います」
「……」

まだ答えは出ない。迷っているな、娘はともかく母親は煩いと見たか。娘二人だけに絞れば良かったかな。もう一押しするか。
「このまま何もせずに見殺しにしますと後々非難を受ける事になるかもしれません。そう思って御相談しているのですが……」
『なるほど、それは有るかもしれん』

益々リヒテンラーデ侯の表情が渋くなった。ラインハルトが俺を軽蔑するかのような目で見ている。貴族達にペコペコして、そう思っているのだろう。お前は表情が読み易いんだ、いや隠すのが下手なんだ。アンネローゼに守られてきたからな、多少の事は許されてきた。だから駄目なんだ。

「交渉しておけば例え失敗に終わっても助けようと努力した、見殺しにしたわけではないと言えます。駄目元という言い方はおかしいですが交渉するべきではないでしょうか、尽力するべきだと思うのですが……」
『なるほど』
リヒテンラーデ侯がウンウンと頷いた。役に立つだろう、俺は。

『分かった、司令長官に交渉は任せよう。但し、ブラウンシュバイク公の助命は認められん。それとブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家の存続もだ』
「つまり新たに爵位と領地を与える、そういう事でしょうか?」
『うむ』
「分かりました。では小官が交渉に入ります」
それを最後に通信は終了した。ガンバレぐらい言えよ、頼むぞとか。

さてと、これで向こうと交渉が可能になった。勝手にやると内通とか疑われそうだからな。いやそれを理由に粛清される可能性も有る。こういうのは公明正大にやらないと……。
「フェルナー大佐」
「はい」
「私の部屋に来てください」
仕上げにかかろうか、フェルナー、この内乱の仕上げに……。


 
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