P3二次
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Ⅴ
翌日の夜、俺は巌戸台分寮の前に足を運んでいた。
昨日訪ねて来た公子――と言うよりはメインは桐条のお嬢様か。
彼女の誘いに乗って特別課外活動部とやらに入ることになったから、その顔合わせのためにここへ来たのだ。
「場所は知ってたし、一回前まで来たことはあるが……入るのは初めてだな」
扉を開けるとラウンジには知った顔が四人、知らない顔が二人いた。
「やあ! よく来てくれたね」
人好きのする笑顔を浮かべて寄って来たのは月学の理事長である幾月。
活動部の顧問が理事長とは……まあ、昨日も聞いてたが、実際に見ると少し驚いた。
「皆――と言っても我々は昨日面識を持ったから、伊織と岳羽だな。彼が新たな仲間として加わることとなった」
自己紹介を、桐条に目で促される。
正直な話……悪い意味で名は知れているからいらないと思うのだが。
「裏瀬だ。まあ、よろしく頼むよ」
伊織と呼ばれたちょび髭と――――ああ、思い出した。
岳羽って岳羽ゆかりか。
弓道部のエースで中々にモテると言う話を誰かから聞いた覚えがある。
彼らの反応は片方は引き気味、もう片方はさして関心がないように見える。
「さて、裏瀬くんには腕章と召喚器を渡そうと思うんだけど……桐条くん?」
「はい。彼はペルソナを出す際に召喚器を用いず、尚且つ安定して召喚を維持出来ているように見えました」
「ふぅむ、有里くんも珍しいけど……彼も中々に変わり種だね。だが、一応渡しておこう」
言うや机に置いてアタッシュケースを開ける幾月。
中身は銀色の銃と赤い腕章、だが銃口は埋められているので本来の用途では使用出来そうにない。
「これで自分を撃つことによってペルソナを召喚するんだ。まあ、君には必要ないかもしれないが一応、ね?」
「そいつはどうも」
まあ、どちらも使わないだろうから部屋の肥やしになるだけだと思う。
「部屋は二階にあるから、後で真田くんに案内してもらうと良い。荷物に関しては――」
「こちらで業者を用意するつもりだ」
「ああ、要らんよ別に。たまに寝に来る程度の使用頻度になるだろうし」
活動することがあるならば、事前に連絡を寄越してくれれば寮に来るつもりだ。
「いやいや、それは困るよ。急用があった時にすぐ動けるようにしなきゃぁ」
「つってもねえ……用事がある時だけ呼び出すだけで十分な気もしますがね」
だったら毎日、23時くらいから影時間が終わるまで寮に居れば良いのでは?
そう提案すると理事長の顔が唸り出した。
「うーん……確かに、それなら……ああでも……うーむ……」
そもそも、影時間外の活動ならば俺など要らないだろう。
桐条のお嬢様が居る以上、人足は簡単に確保出来るだろうし。
「そもそも月学の生徒じゃない人間が寮に住むってのもおかしいっしょ?」
「え? 君は――――」
「はい、退学届。丁度良いんで受理してください」
これまで出しそびれていた退学届を提出する。
特別課外活動部に協力はするが、学生でなくても問題はないはずだ。
「裏瀬、ちょっと待て」
「昨日も言っただろ? 月学は辞めるつもりだったって」
「まあ待ちたまえよ。君はまだ十六、七だろう? そう焦ることもないじゃないか」
教師としてはそれが正しいのだろうが……
俺は学生であることに価値を見い出せないのだから放って置いて欲しい。
「とりあえず休学と言うことにしておこう! はい、休・E・D! 何ちゃって」
色々とツッコミどころがあるが、相手にするのも馬鹿らしい。
「……じゃあ、それでいいですよ」
「いやぁ、良かったよかった。うんうん、若いうちから道を踏み外すのはよくないからねえ」
…………もう十分踏み外しているっての。
大体、素行調査くらいはやっているだろうから俺のことも知ってるだろうに。
何せ相手は天下の桐条だ。
色々揉み消していることまで調べられていても不思議ではない。
「話はこれでまとまったな。有里、早速今夜タルタロスへ向かうぞ」
そこら辺に触れるつもりはないようだ。
力を貸してくれればそれで良いと言うことなのだろう。
「了解です」
「え、ちょ! 先輩、その……裏瀬さん、怪我してるように見えるんすけど……」
チラチラとこちらを窺う伊織、ヤンキーとかには弱いタイプのようだ。
「タメ口でいい、さん付けはいらん。同年代だろ?」
「は、はは……」
距離を感じる苦笑い、好かれるタイプではないと思っていたが……まあいいや。
「問題ない。彼自身もそう言っているからな」
桐条が補足を入れてくれたので、俺もそれに乗っかり頷く。
「では明彦、部屋の案内を頼む」
「ああ、分かった。ところで美鶴、裏瀬が良いならば俺も――――」
「彼の同行を許すのは今回限りだ。タルタロスがどう言うものかを知ってもらうためにな」
そう言えば真田も怪我をしているな。
見た感じ動きが不自然だから……肋骨辺りかな?
ボクシングの――――ってわけはないか、アレに怪我させられるほどの奴はそうはいないし。
純粋な殴り合いだけで言うならば、俺も勝てないだろう。
「それ以降は彼にも傷が――少なくとも腕を動かせるようになるまでは控えてもらうつもりだ」
「……そうか」
「お前も後少しで復帰出来るんだから我慢しろ」
「分かった……ああ、すまんな裏瀬。行こうか」
真田の背を追って二階へと上がる。
二階の入り口にも溜まり場に出来そうな場所があるが……まあ、俺には無縁か。
伊織辺りとここで茶ぁしばいてる光景なんぞ想像出来ない。
俺がよくてもアイツが嫌がるだろうし。
「ここがお前の部屋だ」
「へえ……中々良い部屋じゃん。元はホテルだしベッドも備え付け、か」
仮宿に使う分には文句なしの部屋だと思う。
清潔でそこそこ広い、普通に借りれば割と値が張りそうな気さえする。
「……何のつもりだ?」
パァン! と渇いた音が響き渡る。
それは俺の顔面へ向けて放たれた真田の裏拳を受け止めた音。
「すまない、少し試してみたかったんだ」
何を試したかったのか。
単純な喧嘩の強さなのかそれ以外のことなのか……単純そうに見えて、中々に読み辛い。
「裏瀬、お前は俗に言う不良なんだろう?」
「随分とまあ、単刀直入に言ってくれるな。否定はしないがね」
「ならば質問がある。荒垣真次郎と言う男を知っているか?」
強張った表情のまま問い掛けられる。
荒垣、荒垣真次郎――どこかで聞いた覚えがあるな。
「あー……そうだそうだ。ポートアイランドの溜まり場に居る男だ」
何年か前にフラっとやって来て居座っているらしい。
喧嘩が強く、だが馴れ合わず、俗に言う一匹狼。
一部の群れることで強くなったと勘違いするアホ共から随分と嫌われている男。
何時だったかエスカペイドのカウンターで飲んでいた時にシメてくれとか言われた覚えがある。
アホらしくて今の今まで忘れていたが……何故、真田が?
「それがどうしたんで?」
「……いや、何でもない」
「あっそ。だったら好きに調べさせてもらうとするよ。気になることは放って置けない性質なんでね」
何が未知に繋がるか分からない、であれば広く手を伸ばすべきだろう。
「…………」
真田は無言のまま部屋を出て行った。
脛に傷があるのは真田か、件の荒垣か。
どちらかは分からないが一般的にはあまり面白い事情ではなさそうだ。
「灰皿くらいは置いておくべかねえ」
ベッドに腰をかけるとスプリングの軋む音が耳に届く。
特別課外活動部、これから俺が属する組織。
気になることは多々ある。
影時間とは、シャドウとは……桐条が居るのは偶然ではないだろう。
何からの形で噛んでいることは確かだと思う。
だが、それよりも何よりも気になるのは――――幾月修司。
ちょいと間抜けっぽい振る舞いをしちゃいるが、アレは絶対に腹に一物抱えている。
そしてそれを隠している以上、油断は出来ない。
今この瞬間だってそうだ。
下手な独り言ですら零すことは出来ない。
何だか見られているような気がするのだ。
首の後ろがチリチリするような感覚……恐らくは監視カメラか何か。
ここを拠点にしない理由が一つ増えた。
「あの、今大丈夫かな?」
扉の向こうから声が聞こえる、これは公子の声だ。
「ああ、良いよ」
「お、お邪魔します」
おずおずと部屋に入って来た公子はキョロキョロと室内を見渡している。
男の部屋に入った経験がないのだろうが、生憎と俺も来たばかりなので私物も何もない。
見ていて面白いものなんて何もないだろう。
「怪我、大丈夫かな?」
「脇腹はな。時折鈍痛がある程度で、それも直に消えるだろ」
腕の方は骨折なのでどうにもならないが。
幸いなことに利き腕ではないので、戦うにしても問題はない。
二本の足と一本の腕、ついでに言えば頭も使えるのだから。
何ならギプスを武器にするって言うのも悪くない。
痛みにさえ目を瞑れば有効な武器だ、鈍器に使えそうだし。
「そっか……ねえ、どうしてその、タカヤって人達と戦うことになったの?」
「プライベートだって言わなかったかな?」
「う……そ、そうだけどやっぱり気になるんだもん」
「不幸な行き違い――って言えば信じる?」
俺の舐めた物言いに少し怒ったのだろう、公子が頬を膨らませている。
真面目に答えてと目が何よりも雄弁に語っていた。
「聞いて楽しいことじゃないから気にするなって答えじゃ駄目?」
「ダメ! だって、その……ま、またそう言うことがあるかもしれないじゃない」
…………ああ、心配してくれているのか。
決着がつかなかった以上、また狙われる可能性があるかもしれないと。
「ノープロブレム。向こうが積極的に狙って来る理由はないだろうよ」
もっとも、こっちから仕掛けるか、連中の不利益になるようなことをすれば別だろうが。
その時はその時で、この間のようなヘマはしない。
一度殺り合った相手に二度も負けるなんて情けないにも程がある。
「で、でも!」
「当事者である俺がが問題ないって言ってるんだ。それに、公子ちゃんらに迷惑をかける気はないよ」
手前の尻は手前で拭く、それが男としての矜持だ。
「それより、だ。聞かせて欲しいことがある」
「私に?」
「ああ。何だって公子ちゃんが現場のリーダーやってんだ? 年功序列――でもないが、桐条が居るだろう」
不思議に思っていたのだ。
何故桐条が指揮を執らずに公子がやっているのか。
「えっと、先輩はバックアップだから」
「バックアップ?」
「そう。タルタロスってゲームのダンジョンみたいなところでナビがないと結構キツイの」
「だから桐条の代わりにってか?」
「うん、それと……私がちょっと変わってるってのもあるかな?」
「変わってる?」
俺からすれば確かに変わった存在ではあるが、万人にとってかと言われれば首を傾げてしまう。
「私、ペルソナを複数使えるんだ」
「は?」
ちょっと待て、あれは一人一体じゃないのか?
自分とタカヤ達の例しか知らないが……
第一、ペルソナはもう一人の自分ではなかったのか。
女には色んな顔があるとでも?
「愚者《ワイルド》って力らしいんだけどね? 私は色んなペルソナが使えるから……」
「様々な局面に対処出来る、か。成る程、それなら納得だ」
反則染みた能力だと思う。
何せ攻撃パターンが読めないのだから。
代わる代わるペルソナをチェンジしながら戦われたら……キツイな。
直接本人を狙うくらいしか有効な手が思いつかない。
「ちなみにワイルドの力を持ってるのはキミだけ?」
「うん。知ってる限りではだけどね」
「へえ……特別な力ってわけか」
特別な力を持った人間がフラリと転校して来る、まるで何かの物語のようだ。
自分の人生の主役は自分だ、けれども視点を変えてみたらどうか。
もっと大きな――第三の視点で見れば、公子は物語で言うところの主人公そのものだ。
そんな人間だから、俺が彼女に感じる既知は安らぎに満ちているのか。
推測は幾らでも立てられるが、決定打となるような答えは出ない。
堂々巡りの行き止まり、少なくとも今の時点では何も分からない。
「な、何かその言い方くすぐったいよ。と言うか、裏瀬くんのも人と違うじゃない」
「俺が?」
思い当たることのない指摘、目で続きを促す。
「昨日チラっと見ただけなんだけど……うん、何か変」
「変って……酷いな」
「いや、変な意味じゃなくてだよ?ゆかりとか順平のペルソナはね、見てて「ああ、もう一人の自分なんだな」
って何となくだけど感じるの。けど、裏瀬くんのは何か違うような気がする」
それは俺と彼女の感性の違い――ではないのかもしれない。
自分では気付けないだけで、他人から見ればと言うこともある。
「具体的には?」
「え? いやぁ……アハハ、何となくだから理由なんかないよ」
誤魔化すように空笑いをする公子だが、何となく……か。
俺自身そう言う何となくで行動することが多いから、何となくが馬鹿に出来ないものであると知っている。
まんま鵜呑みにするのならば、特異なのは俺と彼女。
では、そこに共通点や意味があるのか。
一つの材料として頭の隅に置いておくのも悪くないだろう。
「あ、そろそろ良い時間だね」
「ん?」
声に釣られて時計を見れば二十三時二十分、まだ零時まで時間はあるが……
「現地集合だから、私達もそろそろ行こう」
「タルタロスってところにか?」
「良いから良いから! ほら、着いて来て」
言われるがままに一緒に寮を出る。
持ち物は携帯と財布、バイクのキーぐらいだ。
「あ、そうだ。小腹空いてない? これあげる!」
差し出されたのは黄色い……大福?
「バナナ大福! 美味しいよ」
「ふぅん……ありがたく頂くよ」
包装紙を取って大福を口に放り込むと、名に違わぬ味がした。
バナナ風味の大福、中身にカットされたバナナも入っていて……不味くはないと思う。
少々甘味が強すぎるので、そう幾つもは食べられそうにないが。
「ところで気になってたんだが、その長い包みは何だい?」
公子の先導に従いダラダラと夜道を歩きながら、気になっていたことを問う。
寮から出る際に彼女は入り口にあった長い包みを持ち出したのだ。
「あ、これ? これはねー……武器!」
「武器ぃ?」
「うん。タルタロスの中を探索する時用のね。あ、裏瀬くんのも買わなきゃだね」
武器……槍よりも女の子が使う武器で長物なら薙刀っぽいが。
シャドウとは武器を持てば生身でも戦えるのか。
あるいはペルソナを所持していることによって、何らかのブーストがかかっている?
疑問は尽きないが、まあ今は良いだろう。
「順平は刀でゆかりは弓。
真田先輩はボクシンググローブ、桐条先輩はフェンシングのアレらしいんだけど……希望とかある?」
二つ目の大福を口に放り込んでいるが、この時間帯にそれはどうなのか。
女だったら多少は気にしても良いだろうに……
「特にないな。いや、そもそもからして要らん。自前で用意する」
「遠慮しなくていいよ? お金はパーティの共有財布から出るんだし」
「遠慮なんざしてないさ。俺に合った武器は中々売ってないだろうしな」
実銃は警戒されるだけだからアウト、改造したガスガン辺りが無難だろう。
アレでも十分な殺傷力はあるし、そこそこ使えるはずだ。
「ふぅん……っと、着いたよ」
道中でモノレールに乗ったりして辿り着いたのは、
「ここは……」
月光館学園、二年になってからはまったく足を運んでいない我が学び舎だ。
「月学? 何でまたこんなとこに?」
「まあまあ、零時になってからのお楽しみ! もうそろそろだし……あ、皆も来たみたい」
声に釣られて視線を向ければ、桐条や岳羽らが此方へ向かって来ているのが見えた。
「――――始まるよ」
時計の針が重なり、影時間へと入る。
「へえ……」
感嘆の声を上げてしまうのも無理はない。
学校が造り変えられて塔となり、空へと突き出していく様は圧巻だ。
この時間のことを知って随分と経つが、何故俺はこれに気付かなかったのか。
街のどこかに居ても月学の方に視線を向ければ気付いただろうに。
「これがタルタロスだよ。まあ、私もそんなに詳しいわけじゃないんだけどね」
タルタロス、奈落の名を冠する塔か。
見ているだけで不吉な気分にさせられるこれは、さしずめ――――
「滅びの塔、かな?」
「何か言った?」
「いや、何も。さあ、行こうか」
この塔の頂上に辿り着いた時、俺は一体何を見ることになるのだろうか?
残酷な真実か、避けられない事実、あるいはその両方……
――――それでも、歩みは止められない。
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