占術師速水丈太郎 横須賀の海にて
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第一章
第一章
占術師速水丈太郎 横須賀の海にて
その艦は就航して間もない艦だった。その任務にあたったのは本当に偶然のことからだった。
「まさかいきなり仕事とはな」
艦橋で厳しい顔の中年の男が苦い顔をしていた。眼鏡と白髪頭が印象的である。
「暫くは試験航海ばかりだと思っていたのに」
見れば紫色の作業服を身に纏っている。会場自体隊の幹部自衛官の作業服であった。
海上自衛隊においては作業服は階級によって色分けされている。海士、昔で言う兵士と下士官は青色の作業服、そして幹部、昔で言う士官は紫色である。作業服によっておおまかな階級がわかるようになっているのである。階級社会である自衛隊ならではの服装であった。
見ればその胸には金色の線が四つ入っている。これは彼が一等海佐であることを示していた。海上自衛隊においてはこの階級は護衛艦等の艦長を務めたりするかなり高い階級である。そのことから彼がこの艦の艦長であることがわかる。
「まあ仕方ありませんね」
その隣にいる線が三つの階級の男が彼に声をかけた。これは二等海佐のものである。細く、引き締まった顔をしている。年齢は艦長より少し下といったところか。少し背は低いが全体的に悪い感じはしない。
「他に停泊している艦もありませんでしたし」
「困ったことだ」
艦長はそれを聞いて呟いた。
「まだ色々と整備しなくてはいけないところがあるのにな」
「しかしものは考えようでは?」
若い、眼鏡をかけた男が艦長に声をかけてきた。背は結構高い。だが何処か頼りなげである。
見れば階級は太い線が一本に細い線がもう一本ある。階級は二等海尉であった。
「これも訓練と考えれば」
「航海長」
艦長がそれを聞いて声を曇らせた。
「今回の仕事はそんなに楽な仕事ではないぞ」
彼は曇らせた声のまま言った。
「救助はな。やったことはあるか」
「いえ」
その若い航海長は答えた。
「まだありませんが」
「訓練の上だけだな」
「はい」
航海長はまた答えた。
「それでよく言えたものだ。もっとも私も一回やっただけだが」
「そうなんですか」
「大抵こうした仕事は海上保安庁がするからな」
艦長は今度は副長に答えた。
「今みたいに保安庁もたまたま出払っていた。それは二十年程前のことだ」
「そんな前なのですか」
「遠洋航海から帰って配属されてすぐだった」
艦長は述べた。
海上自衛隊では江田島で幹部としての教育を行う。それは大学卒業者及び防衛大学出身者は一年となっている。その一年の教育機関の後は総仕上げとして半年の遠洋航海に出発する。それが終わってようやく一人前の幹部自衛官として認められるのである。これは海軍の頃からの伝統であった。
「呉でな。座礁した小船を救助した」
「そうだったのですか」
「それから全然なかった。ましてやここではな」
東京湾である。横須賀に停泊する艦隊の受け持ち海域である。だから彼等は今ここに出っ張っていたのである。
「まさかあるとは思わなかった。それでその客船だが」
「はい」
艦橋の端で色々と作業をしていた白い顔の青年が顔を上げた。
「今どういった状況だ」
「決して思わしくはないようです」
その青年は答えた。見れば太い線が一本の紫の服を着ている。階級は三等海尉である。
「思わしくないのか」
「はい。火災は全く鎮静化する見込みはないとのことです」
「厄介だな」
艦長はそれを聞いて顔を暗くさせた。
「応急長に連絡してくれ」
「はい」
若い士官はまた答えた。
「応急班は全員今から準備にかかるようにと。消火活動だ」
「わかりました」
「そして通信士」
艦長はまた若い士官に声をかけた。
「はい」
「他の者にも準備はさせておくようにな。厄介な仕事になるかも知れない」
「わかりました」
通信士はそれを受けて艦内に指示を出す。
「総員消火活動用意」
それが下ると一気に艦内に緊張が走る。皆顔が変わった。
「そろそろだな」
艦長が前を見ながら言った。
「その客船が見えてくるのは」
「はい」
艦橋の横から声がした。
「見えました」
見張員から声がかかってきた。
「煙吹いています。かなり燃えてます」
「そうか」
「場所は?」
副長が見張員に問うた。
「少し左です」
「よし、取り舵だ」
「とーーーりかーーーーじ」
それを受けて航海長が左手を大きく旋回させる。操舵手がそれを見て舵を左に切った。
こうして艦は左に向かう。そして暫くしてその客船を発見した。
「あれだな」
「はい」
副長は艦長の言葉に頷いた。
「間違いありませんね」
見れば燃えていた。そして高い煙を吹き上げている。
「どうやら間に合ったようですが」
「だが急がなければならないな。総員に指示を出しておいて正解だった」
「はい」
「すぐに接舷する」
艦長は指示を出した。
「そして総員で消火及び救助活動にあたるぞ。いいな」
「了解」
こうして消火及び救助活動が開始された。まずは艦長の命令通り接舷される。そしてそこからホースや様々な機具を持った自衛官達が次々と客船に入る。そしてすぐに活動を開始した。
「自衛隊の方ですね」
「はい」
その中の一人が客船の船員の言葉に応える。船員はそれを聞いて急に救われたような顔になった。
「よかった、間に合ったんですね」
「何か大変だったみたいですね」
「ええ。とにかく厄介な火でして」
彼は説明をはじめた。
「消えたとおもったらまた出て来るんですよ」
「また!?」
「はい、とにかく妙で」
その船員は話を続けた。
「そもそも出火原因もはっきりしませんし」
「はあ」
「食堂で出たと思ったらすぐに消えて甲板で出たり。今は艦橋です」
「艦橋で」
「出たり消えたりしているといった感じなんです。とにかく妙な火で」
「そうなのですか」
「それでも貴方達が来てくれたのは非常に有り難いです。それでは宜しくお願いしますね」
「はい」
こうしてこの艦の自衛官達は消火活動及び救助活動をはじめた。だがここですぐに異変が起こった。
艦橋の火が消えたのである。そして今度はエンジンであった。
「艦橋の火が消えた?」
艦長はそれを聞いて眉を顰めさせた。
「はい。そして今度はエンジンルームで出火だそうです」
「消火活動の前に消えたのか」
「はい。どういうわけか急に」
通信士がそう言う。
「今火が消えた原因を調査中ですが」
「それは後でいいな。まずはエンジンルームの火だ」
「はい」
「そちらを消してからゆっくりと調べよう、いいな」
「わかりました」
しかしまた異変が起こった。そのエンジンルームの火が完全に消えたのだ。
「またか」
「今度は完全に消えたようです」
そう連絡があった。
「今は負傷者の救助に専念していますが」
「そうだな。主軸はそこに置こう」
それは艦長もよしとした。
「機関長他数人の先任海曹を調査に回して総員救助活動にあたる。いいな」
「わかりました」
こうして救助活動に主軸が置かれた。そちらは順調に終わり数時間もすれば終わった。こうして一連の活動はとりあえずは終わった。
「有り難うございます」
客船の船長は護衛艦の艦橋まで行き艦長に謝礼を述べた。
「もう少しで取り返しのつかないところになるところでした」
「いえ、礼には及びません」
だが艦長はその礼をよいとした。
「これが我々の仕事ですから」
「仕事」
「はい。国民に何かあれば、我が国の領海内で何かあればすぐに動くのが我々の仕事なのです。ですからこれは当然の
ことなのです」
「そうなのですか」
「はい。ですから御気になさることなく」
こう言って礼をよしとした。だがこの船長と船員、客達から深い謝礼が送られた。
このことはマスコミに大々的に取り上げられた。そして艦長とこの艦の乗組員達は自衛隊においても話題となった。多くの人命と船を救ったことで彼等は一躍人気者となったのである。
だがそれでも艦長も乗組員達も気は晴れなかった。それはこの艦に原因があった。
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