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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第七章


第七章

「それは服装や外見で異なるのではないのですから」
「そこまでわかっておられるのですか」
 あらためて速水の鑑識眼と力量に脱帽する。
「御見事です。伊達に日本からイタリアまで呼ばれたわけではありませんね」
「いえいえ。まさか貴女とこうして御会いできるとは思いませんでしたし」
 速水はまた言葉を返した。
「光栄です。そして今回は」
「貴方と共に事件の捜査及び解決をしてくれと。そちらの方に」
「どうも」
 バスティアニーニ氏は悪戯っぽく笑って二人に応えた。
「そういうことなのですよ」
「二人でですか」
「ええ、何分厄介な話でしてね」
「厄介な?」
「詳しいことは私がお話しますわ」
 アンジェレッタが速水に対して言った。
「そうして頂けますか?」
「はい。同業者同士で」
「わかりました。それでは私はこれで」
「どちらへ?」
「警視庁長官とこの件に関して話すことがありましてね」
「そうなのですか」
「そういうことで。それではまた」
「ええ」
 バスティアニーニは洒落た礼をして部屋を後にした。部屋には二人だけとなったのであった。ほんの暫くの静寂の後で二人はまた口を開いた。
「さて、二人きりになったところで」
「お話をお伺いしたいのですが」
「あら、真面目ですね」
 向かいの席に座ってそう述べた速水に対して言った。ソプラノとメゾソプラノの間、ドラマティコソプラノの声であった。マリア=カラスがこの声域にあった。カラスの声はソプラノとされているが実際にはメゾソプラノと同時に唄ったならば区別がつきにくい程低めのソプラノであったのだ。
「真面目、でしょうか」
「イタリアでしたらね。女性と二人きりになったらまず口説きにかかるのが普通ですから」
「私は日本人ですので」
 速水は軽い苦笑いを浮かべて答えた。バスティアニーニとの会話を思い出さずにはいられない会話となってしまうかと心の中で思った。
「あまりそうしたことはしません。というかしないですね」
「そうなのですか」
「女性は一人と決めていますので」
 彼は言う。これは本心である。
「貴女には申し訳ありませんが」
「いえ、それはいいのですよ」
 アンジェレッタは笑ってこう述べた。
「むしろやはり日本の方は違うなと。そう思いました」
「違うのですか」
「イタリアの男は。とにかく女の子とワインと食べ物、そしてサッカーのことしか考えないのですよ」
「それはさっきバスティアニーニさんにも言われました」
 速水は笑ってこう返した。もっとも流石にそればかりではないのが実際であるが。イタリア男は遊び好きであっても決して馬鹿ではないのだ。
「それがイタリア男の情熱なのだと」
「それに歌ですね」
「それも言われました」
「ですから。こうした時はまずデートの誘いを断ってから、というのがいつもなのです」
「そうだったのですか」
「ただし、例外もあります」
 アンジェレッタは笑みを変えてきた。誘うような笑みになった。
「例外?」
「何も男から声をかけるとは限らないということです」
 そして速水の右目を見てきた。その黒の中に様々なものを含んでいる目を。
「女の方からも。如何ですか」
「願ってもない御言葉です」
 速水はまずはそう述べた。
「私なぞに。ですが」
「あら、駄目でしょうか」
「申し訳ありません。私には心に決めた人がおりまして」
 彼は言う。
「その申し出はお受けするわけにはいきません」
「左様ですか」
 彼女の言葉に微かであるが失望が漂ったように感じられた。
「ええ、すいません」
「それなら宜しいですわ」
 アンジェレッタはくすりと微笑んで引き下がった。
「無理にお誘いするのはかえって失礼です。ですが」
「何でしょうか」
「貴方の様な方に思われているとは。さぞ素敵な方なのでしょうね」
「ええ」
 微かに笑ってその言葉に応える。この時彼はその妖しい美しさを持つ彼女のことを頭の中に抱いていた。だがそれはあえて話には出さない。

 
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