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その男はインフィニット・ストラトスマン

作者:一方逃避
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彼の『ふつう』

 織斑千冬は、細田蓮のことを誰かに教える際に、まず最初に、決まってこう始める。

 「あいつは、『異常』な『ふつう』なんだ」と。

 そして、いつも同じ話をする。

 中学生の頃だったか、高校生の頃だったか、千冬はよく覚えてはいない。当事者である、蓮も覚えてないだろうし、そもそもの発端である束だって同じだろう。

 それは、千冬だけが異常と感じる、他の二人にとってはどうでもいい話。

 学生の本分は、勉学。なので、期末テストというのは、どうしても避けられないものだった。

 成績については、束は言わなくても、あの頭脳。千冬もそれなりに、頭はいい。しかし、蓮だけは、いつも平均点である。平均点だからこそ、低いときはと低いし、高いときは高い。そんな、安定しないものだった。

 テスト前は、基本部活がなくなる。そして、三人で帰ったときのこと。

「お前らはいいよな。いっつも点が高くてさ」

 突然、蓮が言い出した。

「私は、相応の努力をしているからな……まぁ、束は例外として。蓮こそ、なぜあんなにやって平均点しかないんだ。やり方が悪いんじゃないか?」

 ため息をつきながら、千冬は指摘した。

 千冬から見て、蓮は決して怠けている訳ではないのだろうと思っている。それこそ、『ふつう』に。ならば、なぜそれなりの結果が出ないのかと、千冬はいつもいつも不思議でしかたがなかった。

「束も何か、蓮に言ってやれ」

「んー束さんにとっては、あんなもの、清水の舞台から飛び降りるより、簡単なんだよ~。それって、『ふつう』じゃない?」

「『ふつう』なのか?」

「それが『ふつう』なのは、お前だけだ。あと、清水の舞台から飛び降りるのはやめておけ。生存率は高いらしいが、迷惑だし、けがもするからな」

 ちなみに、生存率は八十五パーセントくらいである。

「うふふっ、心配するなんて、ちーちゃん優し~」

「ふんっ」

 和やかな、親友同士の談笑。千冬はとても、安心していた。いつもと変わらない、『ふつう』の出来事だと思っていた。

 だからこそ、蓮の『ふつう』が切り替わったことに、気づかなかった。いや、そもそも気づかくことなど、できないのだろう。

 そして、テストの結果が出たときに、千冬は驚くことになる。

 自分は、まぁ、ちゃんと勉強していたのだからそれなりの点数で、束はいつも通りの点数、それこそ満点を通り越して、二百点くらいを採りそうな勢いだった。

 蓮もどうせ平均点くらいなのだろう、と思っていたのに、今回はそうは問屋がおろさなかった。

 テストの結果が渡ってから数日たった頃、ある噂が流れた。

 どうやら篠ノ之束と同じく、全教科で満点を採った強者がいるらしい、と。

 千冬は最初、そんな噂を気にもとめなかった。かなりの努力をすれば、できることだろうし、束のことをいつも見ていると、そんなことでは驚かなくなっていた。

 そして、蓮にそのことを喋ったとき、

「あー、それ俺だ、俺。やったね!」

「なっ……!」

 噂で驚かなかった千冬は、蓮の一言で驚いた。

「一体、どうやったんだ?」

「『ふつう』に勉強して、『ふつう』にテスト受けただけだよ。だって、束が言ってたじゃん。『ふつう』だって。満点採るのなんて、『ふつう』だって」

 この言葉で、驚きを通り越し、千冬はどこか呆れにも似た感情が芽生えた。

 呆れの表情で固まり、おそらく三秒ほど開ききっていた口を動かして、言った。

「馬鹿者め……。それが『ふつう』なのは、束だけだ。というか、なぜ今採れて、今までのはなんだったんだ」

「俺にもよくわかんねー。てか、テストの後、先生に呼び出されたんだよねー。『ふつう』にやっただけなのに」

 何事も無かったように、『ふつう』に笑う。

「まぁ、千冬が『ふつう』じゃないって言うなら、『ふつう』じゃないんだろーな」

 それから、蓮はまた平均点を採るようになった。ずっと、高校を卒業するまで……。

 その時のことは、本当に蓮の言った通り、ただ『ふつう』にやっただけだろう。

 それから千冬は、蓮の言う『ふつう』がについて考えるようになった。蓮にとっての『ふつう』とは何なのか。そもそも、蓮の『ふつう』は常識の範囲内の『ふつう』なのか。

 そして、話の最後の締め括りも決まっている。

 あいつの、『ふつう』の話はまだ色々あるがそれは別にいいだろう。

 だが、これだけは覚えておけ。

 あいつの、『ふつう』は誰にもわからない。どんな天才も、聖人君子だってわからない。それはそうだ。本人だって、わかってないんだから。

 あいつは、『ふつう』に流される。他人の『ふつう』に流される。他人の『ふつう』も、自分の『ふつう』にしてしまう。

 だからきっと、『ふつう』じゃないんだ。『ふつう』と思っているものほど、周りにとって『ふつう』ではない。

 ――それが、細田蓮だ。

「なんというか、すごい人ですね」

 それが、千冬から蓮について聞かされた時の、シャルロットの感想だった。

 他の一夏ラバーズの面々は、押し黙ったままだ。

 細田蓮という人物がよくわからなさすぎて、何か言うことが思い付かない。そんな空気だった。だから、シャルロットの感想が、それこそ『ふつう』としか言えないものだったのだ。

「えと、箒はその……蓮さんと知り合いだったんだよね?」

 やっと二人目、鈴が口を開いた。

「ああ。姉さんの幼馴染みとして、だったがな。確かによくわからない人だった。そういえば、よく一緒にご飯を食べていたな。ところで、鈴は知り合いのか?」

「あたしは……一夏が昔言ってたの聞いただけだし、話聞くと『ふつう』の人っぽかったから、まさかあんな登場をするとは……」

「たしかに、『ふつう』ならば、あそこにはおりませんわね……」

「……細田蓮。教官、まさかその人はあのときのですか?」

 ずっとつぶっていた目を開け、重々しくラウラは口を開いた。

「ああ、ラウラは面識があるな。蓮は気づいてないようだが。確かに、あいつは私がドイツにいた頃、一度ドイツ軍に来ていたな。幼馴染みに会う、というあいつにとっての『ふつう』の理由で」

「不法侵入でしたね」

「拘束された蓮を見たときは、殴りたくなったな」

 その時のことを思いだし、遠い目をする千冬。

「クラリッサと話が合うようで、滞在中にとても仲良くなってました」

 ラウラを除く、四人はますます細田蓮という人物について、わからなくなっていた。

 そもそも、なぜ千冬は細田蓮について話し始めたのか。

 それは、臨海学校一日目の午前、一夏たちがビーチバレーをしていたときまで時間は遡る。

 一番最初を『それ』を見つけたのは、布仏本音だった。

「ねーねー、おりむー。あそこに釣りしてる人がいる~」

 手が出ていない、袖をブンブンと振り回しながら、本音は指差した。

『は?』

 何を言っているのだろう、ま、今に始まったことではないか、そんなことを思いながら、一夏たちは彼女の示す方を見た。

 そして、そこにいた。

 浜辺にあぐらをかいて座り、竿をクイックイと動かし、口のはしからスルメが飛び出ている、半袖短パンの野球帽をかぶった男が。

 ビーチバレーをしていた者は皆、唖然としている。関係者以外立ち入り禁止とかではなく、単純に男がそこにいることに。本音だけは、スルメおいしそうと考えていた。

「はぁ、なんも釣れねぇ。これなら、潮干狩りの方が良かったんじゃないか?」

 その男は気づかない。周りがどうなっているのか。『ふつう』のことしか起こっていないとばかりに、周りを気にもとめない。

 その男の正体を、一番に理解したのは一夏。

 彼は知っている。その声、その顔、そのふつう(マイ)ペース。

蓮兄(れんにい)!?」

 その声で、男――蓮はやっと顔を上げ、一夏たちを見る。

「おー一夏か、久しぶりだな、元気にしてたか。俺はいつも通り『ふつう』だ」

「あ、久しぶ……じゃなくて! なんで蓮兄がここにいるんだよ!?」

 質問した一夏だが、大方の予想はついていた。束だっていたのだ、蓮がいることだって、なんというか不思議ではない気がした。

「おいおい、蓮兄って呼ぶのやめろ
っていつも言ってるだろ? 『練乳』みたいに聞こえるじゃないか。てかさ、束いなくなるし、暇だし、暇潰しに釣りしてたら、もっと暇になるってこれはいかに」

 やはり、蓮は『ふつう』に笑っていた。

 後ろの方で、織斑くんの友達? もしかして、二人目? など聞こえるが、そんなこと気にもとめずに。

「だから、そんなことっ――」

「織斑、なにをそんなに騒いでいる」

 一気に空気が冷えた。周りで騒いでいた女子も、一夏も。

 唯一の例外は、細田蓮。なにも変わらず、『ふつう』にそこに立っている。

「千冬姉、それが……」

 注意するのか、右手を振り上げる。あいにく手には何ももっていない。チョップでもするつもりか。

「織斑先生と……よ……」

 千冬は固まった。あまりに、予想外すぎた。

「お、千冬じゃん、ひさっしー。水着か、久しぶりだなー、お前のを見るのは。美人だよなぁ、あ、中学とかのスクール水着は色気もへったくれもないから、ノーカウントなぁあぁうっ!!」

 ズバンッ!! と空気を切り裂き、千冬の右手チョップは蓮の頭に降り下ろされた。

 あまりの衝撃に蓮の口は開かれ、くわえていたスルメがポトリと砂に落ちた。

「だまれ、馬鹿者。なんでお前がここにいるんだ、部外者立ち入り禁止だ!」

「だからさー、聞いてくれよ。束に付いてきたのに、 束いなくなるし、暇だし、暇潰しに釣りしてたら、もっと暇になるってこれはいかにいぃぃぃぃっ! 」

 再び、渾身の右手チョップが降り落とされた。こんどは、帽子が砂に落ちた。

「あー一夏、僕たちはお昼ご飯食べにいこっか?」

「そ、そうだな。行くか!」

 触らぬ鬼神に祟りなしとばかりに、生徒たちはそそくさとその場を離れる。山田先生はただ、おろおろしている。

「あぁぁあ……、おい千冬……俺は束じゃないんだ、お前のそれを二回も受けて平気じゃないんだよ!」

「ふんっ、こんなところにいるお前が悪い」

 頭を押さえながら、蓮は怒る。

「そんなんだから、嫁の貰い手がいないんだよ! そろそろ、適齢期過ぎんぞ!」

「なっ! 適齢期過ぎるのはお前も同じだろう! 第一、私を貰ってやるとふんぞり返っていたやつは誰だ、お前だろ!」

 千冬もキレた。

「あぁ!? ガキの頃の話なんてノーカウントだ、てか、世界最強の嫁ってなんだよ、最近読んだよ、今日の夕食はあなたですってか!」

「まったく、お前は束のところばかり行っている。私だって楽しみにしていたぞ、十四歳まではな!」

「……以外と短いな」

「あぁ」

 ふぅ、と二人同時に息をはく。

「まぁ、久しぶりだな千冬」

「そうだな、蓮。まったく今まで何をしていたんだ?」

 先程のは別に、喧嘩ではない。ただ、久しぶりに会ったもの同士、言いたいことが有りすぎて、ただ爆発しただげだ。

「それは、束の手伝いとか?」

「まったく、少しはこっちに帰ってこい。一夏が寂しがっていたぞ?」

「まー、それは今度で。それにしても、黒い水着とはなかなかのセンス。中学の頃とはかっ」

 すかさず、千冬のチョップが降り下ろされる。

「安心しろ、今度は手加減した。一夏が選んだものだが、どうだ?」

「うん、めちゃめちゃきれい、映えるよねー黒髪。やっぱ千冬は黒似合うよな、黒騎士に改名したら?」

「誉め言葉だけ、受け取っておこう」

 そして、二人は話に花を咲かせる。他の教師たちが来るまで。関係者とか部外者とか関係なく、幼馴染みで親友として。

 細田蓮は『ふつう』の人間。

 良く言えば、凡事徹底。

 悪く言えば、唯我独尊。

 彼の『ふつう』を曲げられるのは、織斑千冬と篠ノ之束だけ。 
 

 
後書き
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