ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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マザーズ・ロザリオ編
終章・全ては大切な者たちのために
BANQUET
幸い遅いのを咎められる事はなく――これはユージーンが居たからだと考えられる――調理班に食材を渡し、それらが焼き上がる数分間はユージーン隊が討伐したインフェルノ・ホースの話題で盛り上がった。
「へえ……フィールドボスでそんな強力なやつが居たのか」
「ああ。正直ユージーンさんが居なきゃもっと時間がかかったな。あの人、指揮能力も本物だ」
「そうか……はぁ」
何時ものメンバーでパーティーを組む場合、最もパーティーリーダー頻度が高いのはキリト。次いでクライン、アスナが大体同率、その次に俺という感じだが、熟錬度で見るならばキリトはお世辞にも上手いとは言えない。
長らくソロプレイをしてきた故、それは仕方の無い事だが…………かなり板に付いてきたのだからあまり気にする必要は無いと思う。
去年の夏。海水浴に行った際にBBQはやったが、あの時は諸々の事情で心から楽しみきれなかったという気持ちがある。
あれから約半年。残る懸念も大方減ってきたとあって俺はかなりくつろいでいた。
「ちょ、レコン!!まだそれ生焼けよ。ちゃんと焼きなさい!!」
「えー……。仮想世界だし、生焼けでも大丈夫じゃ……」
「口答えするな!!」
ゴスッ。
あー……痛そ。
串焼き肉をムシャムシャとやりながら目の前のシルフのむつまじコンビを眺める。
「相変わらず素直じゃ無いんですよ、リーファは」
「みたいだな」
遠慮したにも関わらず、隣で焼き上がった肉を給仕してくれるセラの呆れ混じりのセリフに同意する。
かのALO事件の際、俺はレコンとは直接関わらなかったが、セラに話を聞くところによると、どうやら影の立役者だったようだ。
領主館のスタッフに抜擢されていることからそれなりの実力もあるし、性格も悪くない。これらの点で俺は彼を密かに評価しているのだが、彼の想い人であるリーファ/直葉は何が気に入らないのか激しく拒絶している…………ように見えるが、よくよく観察してみると(キリトを除く)他の男性プレイヤーとの違いに気がつく。
まず、レコンに歩み寄っていく歩調、他に比べやや急いている。
次に特徴的なトンガリ耳、彼との会話中にピクピク微妙に動いている。同時に声も大分トーンが高い、等々。要するに……
「お肉だけじゃなくて、野菜も食べなさいよ!!」
「だから関係な…『ズゴッ』…ゲフッ!?」
「「素直じゃ無いな(ですね)……」」
_______________________________
「あ、レイさん!」
「ウァ、フゴフゴ(あ、来た来た)」
「よ……ってリズ、はしたないぞ」
「ゴクン、っさいわね!」
……色々台無しだぞ、お前。シリカを見習え。
地面にあぐらをかいて肉をむしゃむしゃ頬張っているリズに対し、シリカは切り株を椅子代わりにして上品に腰かけている。
ピナでさえ地面に降り立ち、キチンとお座りして肉を食べているのに、お前ってやつは……。
「リズさん、せめてあぐらをかくのは止めましょうよ……」
「むぅ……分かったわよ」
シリカの隣の切り株にどっかり腰掛けるとまたもや自棄食いに戻る。肉を取りに来たシリカに事情を尋ねれば……
「ああ……それは、アレです」
ひょい、とシリカが指を指した方向には……
「はい、キリト君。あ~ん」
「あの、アスナ……少しは人目を……」
「はい、アー君。あーん」
「ん……(モグモグ)……おいしい」
「カ・イ・ト、あーん♪」
「いやですよ!?」
絶対不可侵のリア充結界が展開していた。
さらに視線をスライドさせれば……。
「あの、セインさん!これ、良かったら食べてください!」
「あ、ずるい!あたしのも!」
「私のも!」
「私を!」
「え?え?ちょ、ちょっと待って……!?」
イケメンがこの場の多くの男性を敵に回していた。ちなみに、ロイドやルージュの回りでも似たような現象が起きている。
「なるほど、売れ残ってる訳か……」
「うがぁーーー!!!!売れ残りとか言うなッ!!」
「うぅ……売れ残り……」
リズの投擲してくる串を避けつつ、シリカを慰めるという離れ業をしていたその時、
「あ、レイ!見つけた!」
ぴょん、と跳んでやって来たユウキはその勢いのまま体当たりしてきた。
「……っと、危ないだろ。やめろよ」
「はーい」
分かってないな、こいつ……。かわいいから許すけど。
「で、どうしたんだ?」
「えっとね……はい」
割り箸でひょいと肉をつまみ上げ、俺に向かって突き出す。
「はい。あ~んして」
ユウキがちらちらと脇へ視線をやっている先を辿っていくと、そこには「そうそう。その調子!」みたいな仕草をしているアスナ、シウネー、ホルン、アルセ……後サクヤ、アリシャの領主コンビが心底面白そうに様子を伺っている。
(思いっきりダシにされてるぞ、ユウキ……)
というか後方の鍛治屋。今バキッとか音がしたんだが……なぜ怒る。物に当たるな。
「レイ……?」
「あ、ああ。悪い……ん」
身長差があるので少し前屈みになって肉をくわえて食べる。
ユウキがわざわざ焼いて持ってきてくれたのであろうそれは……まあ少し焦げていたが、おいしかった。
「おいしい?」
「うん。おいしいよ。……ほら、ユウキも」
「え、ええ!?い、いいよ……あむ」
食べるんかい。
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その後、目が全く笑ってない笑顔のリズに「ほ~ら、お食べ♪」と言われながら辛味調味料にたっぷり浸したすじ肉を口に突っ込まれ、危うくアミュスフィアのセーフティが発動しそうになったりしたが何とかそれを乗りきり、盛況のパーティー会場を歩いていく。
だが、結局落ち着いたのは長い付き合いの2人の所だった。
「いやー、食った食った」
「もう。ホント食い意地だけは凄いんだから……」
「よくもまあそんなに食べられるな……」
ウッドデッキの揺り椅子に座り、腹をさするキリト。対面の普通の椅子に座るアスナ。少し離れたウッドデッキの手摺に腰掛ける俺。
あの頃から変わらない、いつもの位置関係だ。
お邪魔虫っぽい俺だが、目の前の能天気カップルはそんなことお構い無しにピンクの不可侵結界を張るのでその内遠慮が無くなった。
「それよりレイ君。ユウキを1人にしちゃダメじゃない!連れてきなよ」
「良いんだよ、好きなようにさせれば。……もう会いたい時にいつでも会えるんだから。それに、あそこから連れ出すのはちょっと……」
ユウキは……というかスリーピングナイツは現在種族の幹部陣に囲われ、傭兵として勧誘されている。だが彼女達は笑って辞退し、幹部陣も納得したが……代わりに今度はサクヤ、アリシャが中心となってユウキに絡んでいる。
ユウキがちらちらとこっちに視線をやり、頬を染めて逸らすのをあのコンビはいいおもちゃを見つけたと言わんばかりのイイ笑顔で耳元で何やらゴニョゴニョと呟いている。ユウキの感情表現エフェクトを見るに、最上級の羞恥心に至っているようだが……内容は知りたくない。
ユウキの恋愛観がまたもや独特になりそうな予感に俺は深くため息を吐くのだった。
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「よぉし、こうなったら28層も攻略しちまおうぜ!!」
『『『おおおおぉぉぉぉっ!!』』』
……アホや。
アルコール飲料は酔わないはずが、宴が段々と狂乱になってきた時、クラインのこの一言が二次会の行き先を決定してしまった。
ガヤガヤと移動し始めるフルレイドの集団は28層の迷宮区に前の守護モンスターを一瞬で塵に変え、迷宮区に雪崩れ込む。
7人パーティーの各リーダーは俺、キリト、ユウキ、カイト、ユージーン、サクヤ、アリシャ。レイドリーダーはダイスの結果サクヤとなった。
フィールドに比べると数段難易度の高いMobをものともせずボス部屋に着いたのは出発から僅か一時間半。
その間に受けたダメージはほぼ無い。それもそのはず。明らかにこのパーティーは過剰戦力だ。
「えらいことになったな……」
「まったくあいつは……」
キリト班の後方で冷や汗を垂らしている長身サラマンダーをジト目で睨み付け、ため息を吐く。
SAOではノリでボス攻略なんてことは正気の沙汰でないとかそのれべるではなく、死にたがりの所業だった。それを考えるとこの展開は旧SAO組にとってはかなりの違和感をもたらすが、間違いなくこれはゲームだ。
しかし今までの俺はボス戦に参加する際、どうしてもそれを忘れられなかった。頭のどこかでゲーム中の『死』を忌避してしまう。レイドメンバーがエンドフレイムに変わると足が鋤くんでしまうのだ……
だが、今日は違う。
「頑張ろうね!」
「おう。ちゃんと指示聞いて動くんだぞ?」
「わかってるよ~!」
ぷくぅ、と膨れるユウキの頭を優しく撫でると準備を始める。
防具を最近戦闘用に使っている防御力の高いマントに代え、ここまでのメインアームに使っていた《蜻蛉》を剣帯に取り付ける。さらにアクセサリーの項目を変更。
すると黒い帯が出現し、腰回りでひらひらしているマントを固定する。最後に大太刀を背負う。一度抜いて刃を調べるが、耐久力はまだ十分なようだ。
「ん?その巻いてあるやつ何だ?」
目敏く俺の新しいアクセサリーを発見したキリトが訝しげに訊ねる。
「秘密だ」
だが、教える訳にはいかない。この黒い帯はこのようにマントを留めておくという役割の他に最近習得した新たな技にも使用するからだ。
恐らく、近々開催される東西統一デュエル大会で剣を交える事になるキリトには手の内を晒したくはない。
「ま……そうか」
キリトも同じ事を考えたらしく、真面目な表情になって俺を見る。
意外なことかもしれないが、SAO時代に俺は一度もキリトと剣を交えた事はない。
後にアスナに聞いた話では攻略組の中では密かにそれが話題になっていたそうだ。すなわち《最強の剣士》は誰か、と。
挙がっていた名前はヒースクリフを筆頭にキリトやアスナ、オラトリオ幹部陣、そして俺が挙がっていたそうだが……中でも《黒の剣士》、《紅き死神》は攻撃特化のソロプレイヤーで戦闘スタイルが多くの点で対比していたため、盛んに噂されていたそうだ。
しかし、それももうすぐハッキリとする。
この時、レイは馴染みの無い感覚に囚われていた。身の回りの人間は自分より遥かに強いか弱いかしか居ない世界で生きてきた彼はこの時初めて《対等》と言える人物に会ったのかもしれない。
そこから生まれるものは『負けたくない』という純粋な渇望、勝利への欲求だった。
「楽しみだな」
「ああ」
再び数秒の睨み合い。
敵意ではなく、闘志を交わすためのもの。
それが終わると2人は同時に笑みを浮かべ、ボス戦の健闘を誓うとそれぞれのパーティーの元へ向かった。
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