占術師速水丈太郎 ローマの少女
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第三十章
第三十章
「そうしたものもあります」
「ふうむ」
アンジェレッタはそれを聞いてあらためて感慨を込めた顔になった。
「いや、奥が深い」
そして日本をこう評した。
「そこまでとは。京都や東京は不思議な街だとも聞きましたが」
「魔都ですよ」
その二つの街を速水はこう呼んだ。
「とりわけ東京は。繁栄と退廃の中に爛熟しその中には人と魔が混在しています」
「美しい街なのですね」
「一度中に入ると。魅せられて出られなくなります」
まるで迷宮を語るかの様に妖しく語った。口元が微かに笑っている。
「そしてその中で甘美な宴に身を沈めていくのです」
「ローマと同じように」
「そうですね。このローマもまた長年に渡って繁栄と退廃を貪ってきました」
「ええ」
「それがローマをここまで美しくしたのでしょう。美しき退廃の街に」
ローマの闇は長い歴史の中に常にあった。売春に同性愛がはびこり、皇帝達も聖職者達もその中に溺れ甘美に腐敗していった。その長い退廃の歴史もまたローマの一面なのである。カンタレラ、ボルジア家が使ったと言われている毒薬。それはローマの退廃を集めた毒であったのかも知れない。
「そして今その歴史が私達に教えてくれます」
「あの少女の居場所を」
「そう、彼女が現われる場所は」
「かって紅に染まった場所ですね」
地図が黒檀の机の上に拡げられた。そこにはローマの市街地がはっきりと描き出されていた。
「まずは今まで現われた場所は」
「これ等です」
アンジェレッタは黒い身体に精巧な装飾を施した万年筆を手に取ってそれぞれの場所に印を点けていった。それ等は予想通り帝政時代の城壁の中に収まっていた。
「やはり」
速水はそれ等の場所を見て呟いた。
「思った通りでしたね」
「そうですね。場所は限られていた」
アンジェレッタも地図を見て応える。
「城壁の外に出没していないのは当然ですか。それだけ血が流れてはいない」
「ケルト人然りゲルマン人然り」
「ビザンツ帝国やサッコーディ=ローマもありました」
その中で最も酷い惨事だと言われているのがサッコーディ=ローマである。神聖ローマ帝国と教皇の衝突により起こった事件である。
皇帝カール一世が率いる傭兵やドイツ、スペイン、イタリア等から集められた軍勢はローマを破壊した。掠奪と虐殺がローマを襲い都は廃墟になった。ルネサンスの終わりの象徴とも言えるこの事件によりローマでは多くの血が流れたのであった。
「それが行われたのは」
「やはりこの帝政時代の城壁の中だと」
「そうです。だからですね」
彼女の出没場所がそこに集中しているのは。
「テルミエ駅もこの中でしたから」
「その中でも特に」
速水が注目している場所があった。
「ここには出る筈なのですがまだですね」
ある一点を指差した。そこにあったのは。
「ここにはまだですか」
「そこですか」
それを見たアンジェレッタの目が光った。
「はい、そこは如何にもと思うのですが」
「確かに」
彼女もそれには頷いた。
「ですが今はまだ」
「これからはわかりませんね」
速水は不思議な言葉を述べた。
「これからとは」
「ええ。まだ出ていないのならば。いえ、この場所は」
さらに言う。
「夜にはあまり人がいない場所ですね。どうしても」
「ですね」
「ではやはり」
速水は考えを詰めていった。
「この場所は。かなり怪しいと思われます」
「ここが」
「一度足を運んでみるべきだと思いますが」
アンジェレッタに右目を向けてきた。生憎左目は見えはしない。
「どうでしょうか」
「それでは」
アンジェレッタもそれを受けて述べた。
「今夜はそちらですね」
「はい、参りましょう」
彼女をその場所へと誘う。
「そうすれば。私達の仮定が正しいことになりますから」
「そうですね。それだからこそ」
アンジェレッタはまた言った。
「参りましょう」
「はい。それでは」
またカードを引いた。表われたのは月のカードであった。
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