DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
五章 導く光の物語
5-42夢の邂逅
「不思議な夢、ですか?」
「ええ。夢ってのは、どんなのでも大概おかしなもんではありますがね。なんでも泊まった全員が、示し合わせたように同じ夢を見るってんで。話を聞くとどうも、別の日に泊まっても、やっぱり同じ夢らしいですね」
「どのような夢なのですか?」
「なんでも、人間離れした美貌の男女が出てきて、どこかの塔で話してるとか。気味悪がってあんまり話しちゃもらえなかったんで、わかるのはその程度ですかね」
「面白そうじゃねえか。所詮夢だし、どうってこたねえだろ。泊まろうぜ」
ミネアとクリフトの問いに宿の主人が答え、マーニャが軽く結論付ける。
「相変わらず軽いね。だけど確かに、気になる話ではある」
「ふむ。たかが夢と馬鹿にしたものでは無いのは、我らの良く知るところじゃての。僅かな情報でも欲しいところではあるからの、ここはひとつ」
「ええ。元々、そのつもりだったのだし。ここはひとつ、泊まってみましょう!」
男女に別れてイムルの宿に部屋を取り、荷物を下ろして、他の仲間たちが武器や防具の整備をするのを見ていたホイミンの、表情が暗いのに気付いた少女が声をかける。
「ホイミン?どうしたの?」
「……ぼく。ププルくんに、嫌われちゃったのかな?」
「……そうなの?」
「うん。顔が真っ赤で、怒ってるみたいだったし。きっと、ぼくが男だって、嘘ついたみたいになっちゃったから。女の子だってわかってたら、最初から仲良くしてくれなかったのかもしれないし。きっと、そうなんだ」
話を聞いていたトルネコが、苦笑する。
「あらあら。そんなことがあったのね。でも大丈夫よ。嫌いになっただなんて、そんなことはないわ。」
ホイミンが顔を上げ、トルネコを見る。
「トルネコおばちゃん。……ほんとに?……どうして、わかるの?」
「そうねえ。どうしてって聞かれると、むずかしいけれど。大人になれば、わかることなのよ。ププルくんは、びっくりしちゃったのね。ホイミンちゃんが、あんまり可愛かったから。」
「可愛いから、びっくりするの?女の子だったからじゃなくて?」
「もちろん、可愛い女の子だったからね。とにかく、嫌いになったのだったら、そんな反応はしないから。落ち着いたら、また仲良くできるわよ。男の子同士とは、少し違うだろうけれど。」
「……ほんとに?また、仲良くできる?」
「ええ。大丈夫よ。」
「……そっか!ありがとう、トルネコおばちゃん!」
ホイミンは元気を取り戻し、夕食も入浴も済ませて夜は更け、一行はそれぞれベッドに入る。
深い森に包まれた、長閑な村。
その奥に佇む、高い塔。
宿のベッドで眠りに就いたはずの少女は、いつの間にか見覚えの無い風景を、高い位置から俯瞰するように眺めていた。
(これって。……夢?宿屋さんが、言ってた。不思議な、夢?)
周りに仲間たちがいないか確認しようとするが、視点は固定され、動かすことができない。
と、長閑な村には似合わぬ威容を漂わせる人影が、塔の前に舞い降りる。
見覚えの無い景色の中に現れた、見覚えのある銀髪に、少女の心が波立つ。
(あれ。あの、髪。……あの、ひと?)
顔を確認したいと、焦がれるような強さで思う少女に拘わらず、銀髪の人影は振り返らずに、懐から何かを取り出して構え。
そして、曲を奏で始める。
確信に近い疑惑に、仲間たちの支えと穏やかな時間で、抑えられていた憎しみが再び燃え上がろうとするのに。
その憎しみに、水を浴びせて鎮めるかのように、美しくも不思議な、短いながらも心を穏やかにさせる旋律が紡がれて。
行き場を失った感情の扱いに戸惑う少女を置いて、銀髪の人影は、作動した仕掛けに乗って地中に消える。
と、塔の窓に視点が近付き、部屋の中から窓の外を眺める薔薇色の髪の女性と、部屋に足を踏み入れ女性に歩み寄る銀髪の男を映し出す。
正面から銀髪の男の姿を捉え、疑惑は完全に確信に変わる。
(やっぱり。あのひと。……デスピサロ!)
無我夢中で手を伸ばそうとするも、視点が変えられないのと同様に、身体を動かすこともできない。どころか、身体の存在を認識することもできずに焦れる少女の前で、女性が口を開く。
「ピサロ様……」
言葉を耳にして初めて女性の存在を意識し、また心が波立つ。
(……知らない、ひとなのに。……知ってる、みたい?……なつかしい、みたいな……)
髪と同色の瞳に白い肌と細長く尖った耳を持つ、人に似て非なる際立った美貌の女性を前に、戸惑う少女に構うことも気付くことも無く、今度は銀髪の男が口を開く。
「ロザリー。私は、人間を滅ぼすことにした」
「……なぜ、そんな」
「間も無く世界は、裁きの炎に焼かれるだろう。私の仕事が終わるまで、ロザリー。お前は、ここに隠れているのだよ」
どこまでも優しく語りかける銀髪の男の言葉に薔薇色の女性が蒼褪め、慄く。
震える唇でなんとか告げようとする女性の言葉を待たず、男は踵を返す。
その背中によろよろと歩み寄ろうとして、また別の甲冑の男に遮られ、去り行く背中に向かい叫ぶ。
「お待ちください!ピサロ様!」
女性の叫びにも歩みは止まらず、すぐに背中は見えなくなる。
甲冑の男に促されて女性はよろよろと引き返し、窓辺に立って祈るように呟く。
「誰か、誰か……。ピサロ様を、止めて……。このままでは、世界は滅んでしまう……」
女性が顔を上げ、見詰めていた少女のそれと、視線がぶつかる。
「お願い……!誰か、受け止めて!私の願いを……」
女性の視線は見詰める少女を通り抜けて更に遠くに向かい、何も存在しないであろう虚空に助けを求めるようにして叫ぶ。
「届いて……。私の、この想い……」
女性の力無い呟きを最後に、少女の視点が急速にその場から遠ざかる。
(待って。あなたは、誰?ピサロ、って?デスピサロじゃ、ないの?あなたは、あのひとの、なに?あのひとは、あなたの、……なに?)
鎮まることはあっても消えることの無い憎しみを抱く相手が、大切なもののように扱うその女性は。
あの男を案じるように、不思議に輝く涙を流したあの女性は。
優しくひとを思いやる心なんて持たないと、考えるまでも無く決め付けていた相手が見せたあの姿は、一体なんなのか。
それなら、なぜ、あのとき。
なぜ、これから。
沸き上がる疑問の海に沈むように、少女の意識は夢から離れ、深い眠りに落ちていった。
翌朝。
目を覚ました仲間たちは、一様に複雑な表情を見合わせ、静かに身形を整えて、朝食の席で顔を揃えたのを機に、それぞれに話し始める。
「……皆さん。同じ夢を、見たのでしょうか」
「銀髪の色男とピンクの髪の女が出たってんなら、そうだな」
「人間を滅ぼす等と、不吉なことを言うておったの」
「ピサロ、と言っていたな。デスピサロとは、また別の者だろうか」
アリーナの言葉を受けて、少女が口を開く。
「あのひと。わたしの、村にきたひとだった。デスピサロって、言ってた」
「……そうか。それなら、あれがデスピサロで間違い無いようだな」
「それなら、あの塔の場所がわかれば。あの女性にお話を聞いて、手がかりをもらえそうなものだわねえ。」
「夢で見た場所を探すとは、雲を掴むような話ですな。ミネア殿の占いで、わからぬものだろうか」
「夢で見ただけの相手や場所だと、難しいかもしれませんが。見当を付ける程度なら、できなくはないかもしれません。あとで試してみます」
「それはそれとして、まずはあれだ。天空の盾をもらいに、ガーデンブルグとやらに行くんだろ?」
「そうじゃの。場所も目的もはっきりしておる以上、そちらが先決じゃろうの」
村人にひと通り挨拶を済ませ、まだ決まり悪げながらもなんとか顔を見せられるまでに持ち直したププルとも言葉を交わしたホイミンを、マーニャがバトランド城下町に送り届け、戻るのを待って一行はイムルの村を発ち、険しい岩山に閉ざされた女性の国、ガーデンブルグに向かう。
イムルの東に位置し、バトランドの東の国境線となる岩山を、海を船で移動することで越え、船を降りて馬車での移動を開始する。
ガーデンブルグへの訪問の経験のあるライアンが先導し、まずは南に向かう。
「戦士の国バトランドに対し、ガーデンブルグは女王の国、女戦士の国として知られておるの。近いとは言え、交流が盛んであるとは聞いたことが無いが」
「私が王宮戦士に取り立てられた折りに、話が伝わって興味を持たれたようで。同じ女戦士として交流をということで、特に招きを受けたのです。数年前のことなので、キメラの翼で飛べる程には定かな記憶では無いのですが」
「女戦士の国か。ライアンが呼ばれたなら、引き留められて大変だっただろう」
「ええ、まあ。社交辞令が大半だとは思いますが、私もそういった対応には慣れておらなかったもので。角を立てずにお断りし、予定通りに帰国するのには難儀しました」
「中隊長のおっさんから聞いた限り、社交辞令ってこたねえと思うがな。まあライアンがそう思うなら、そうなんだろうな。ライアンの中では」
「下手をすると、国際問題に発展するところであったのでは無いかの」
「ありそうな話だな」
「まさか。私ひとりのことで、いくら何でも大袈裟が過ぎるでしょう」
「おっさんも大変だな」
「うむ。苦労が偲ばれるの」
話しながらも戦闘をこなし、険しい山道を進んで、行き当たった先を岩山に阻まれる。
「おし!ここでこのマグマの杖が、役に立つわけだな!」
マーニャが杖を取り出し得意気に構えるのを、ブライが制止する。
「待たれよ。確かにマグマの杖であればこの程度の岩山を溶かすこと等、造作も無かろうがの。下手を打てば、巻き込まれることにもなりかねぬ。まずは、避難場所の確認じゃ」
「そんな大層なもんなのかよ。まあ、こんなとこで馬鹿な死に方してる場合じゃねえからな。あの辺の丘に逃げりゃいいか?」
「うむ。問題無かろう」
「そんじゃ、先に避難してろよ」
「マーニャ。大丈夫?」
少女が心配そうに問いかけ、マーニャが請け合う。
「問題ねえ。杖を使うのも走って逃げるのも、オレが適任だろ」
「うむ。杖の威力の制御には、魔法の使い手が臨むのが一番であるからの。威力は最大に解放して構わぬが、収まるのに時間がかかるゆえ。地面に固定して使用し、一旦解放したらすぐに離れるのじゃぞ」
「わかった。任せろ」
道を塞ぐ岩山の前にマーニャひとりを残して一行は丘の上に避難し、それを確認したマーニャが地面に杖を突き刺して固定し、手を添えて杖の魔力を解放する。
杖の名に冠する通りの、激しいマグマが杖の先端から吹き出して岩山を直撃し、溶かした岩山ごと流れ落ちてマーニャの足元に向かって流れ出す。
杖の威力と方向を確認したマーニャは、すぐに離れて仲間の元に向かう。
ゆっくりと流れるマグマの川から余裕を持って逃げ切り、仲間たちと合流したところで流れるマグマも勢いを増し、辺り一帯を覆い尽くす。
道を塞ぐ岩山を溶かし切ってなおしばらくマグマの噴出は続き、ようやく収まってから冷え切って通行可能になるまでにさらにしばらくの時間を要し、待つ間にクリフトが呆然と呟く。
「……凄まじい威力ですね。あれが、我がサントハイムの宝物庫に……あったのですか……」
自分で言って自分で身を震わせるクリフトに、ブライが答える。
「心配せずとも良い。軽く振っただけで、あれ程の威力が出るものでは無いからの。普通の者であれば、余程集中して力を解放しようと努めねば、あのようなことにはなるまい」
安心させるように言い聞かせるブライに、ミネアが微妙な表情で問う。
「……つまり、兄さんは普通ではないと?」
「うむ。わかっておったことじゃが、素晴らしい才の持ち主じゃの」
「……あの杖は、兄さんには持たせられませんね……」
「なんでだよ」
「危ないだろう。うっかりあんな威力を解放されたら困る」
「んな下手は打たねえよ」
「万一ということもあるだろう」
「まあまあ。あんな派手な使い方をする機会は、もうないのよね?普通に振れば、初級の爆発魔法程度の威力だというし。どちらにしても、マーニャさんが持つ意味は、あまりないのじゃないかしら。」
言い合いを始めた兄弟を、トルネコが取り成して宥める。
「なんだ。んな、地味なもんなのか。ならいらねえな、もう」
トルネコの言葉に矛を収め、杖への興味も失ったマーニャに、ブライが返す。
「魔法使いが用いる武器としてもなかなかに強力な物であるし、そう馬鹿にしたものでは無いのじゃがの。まあ、マーニャ殿の戦い方に杖も合わぬであろうからの、ならばわしが持たせて貰うとするかの」
「ブライさんが持たれるなら安心ですね」
話を聞きながら、杖と岩山の様子を窺っていたライアンが言う。
「あちらも収まったようですな。回収して参りましょう」
先に進み、マグマの杖の回収に向かうライアンに仲間たちも続き、一行はそのまま開通した通路を抜けて、ガーデンブルグの城を目指す。
更に険しさを増す山道を抜け、ガーデンブルグの城に到着する。
城門に近付く一行の姿に、門を守る女戦士が驚き声をかけてくる。
「見慣れぬ顔だが、旅人か?移動魔法か何かで、来られたのか?」
「貴女は、ライアン様!バトランドの!またお会いできて、光栄です!」
女戦士のひとりがライアンに気付き、嬉しそうに言うのにライアンが返す。
「ご無沙汰しております。しかし今回は移動魔法でもキメラの翼でも無く、岩山を開通させ通り抜けて参ったのです。入城の許可を頂きたいが、通っても?」
ライアンの言葉に、女戦士たちがざわめく。
「なんと!塞がっていたあの岩山を、開通させられたと!」
「ありがたいことです。他ならぬライアン様のことでもありますし、入城をお断りする理由はありませんが。おわかりとは思いますが、くれぐれも」
「はい。女性の国ゆえ、男性の入城で問題が起きることも多いと。問題を起こすような者はおりませんが、心掛けておきましょう」
「ご理解いただき、ありがとうございます。ではどうぞ、お通りください!」
城門を通過し、女戦士たちから十分に離れたところでマーニャが言う。
「そういや女の国だったな。なんか、面倒くせえことになる予感がするぜ」
「またそんな……でも、実は僕もそんな気が」
ぼやくマーニャに珍しくミネアも同調し、アリーナも言う。
「女戦士の国となれば、無暗に手合わせを申し出る訳にはいかないだろうな。ライアンやユウを見れば、女性だから弱いということにはならないが。言われた通り、いらぬ問題が起こりかねない」
「ふむ。一国の王子が、女性の国で問題に巻き込まれるようなことにでもなれば、醜聞もいいところですからな。用件が済み次第、速やかに離れるべきでしょうな」
「天空の盾ね。ここの、女王さまが持っているのよね?うまく、譲っていただけるといいのだけど。」
「女の人たちの、国、ね。それって……大変、なのね?」
「女性だけの国、ですか……。……アリーナ様は、私がお守りします!家臣として!」
それぞれに懸念を抱きながらも、一行は女王と女戦士の国、ガーデンブルグの城に入る。
後書き
夢が示すは現か、泡沫の幻か。
乱れる心をひとまず鎮め、向かった先で待つものは。
次回、『5-43女王の国で』。
10/19(土)午前5:00更新。
ページ上へ戻る