占術師速水丈太郎 五つの港で
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第三十九章
第三十九章
「そうされるのですか」
「そのつもりです」
「それは一体どの様にして」
「ああ、そのことについては報酬とは別ですので」
このことは前以って断る速水だった。
「ですから御安心下さい」
「そうですか」
予算とは別と聞いてである。彼の言葉の調子がかなり変わった。どうやらそれにより報酬の増加を不安視していたらしい。この辺りは実にシビアである。
「そうされるのですね」
「はい。私のサービスと思って下さい」
「アメリカではサービスにはチップが必要ですが」
「ここは日本です」
見事な切り替えしであると言えた。
「それに私は日本人です」
「だから心配はないというのですね」
「そうです。では」
「はい。それでは」
ここまで話してである。速水は防衛省を出た。そのうえでまたカードを使ってそのうえで江田島に戻りだ。あの五つの地蔵のところに来たのである。
地蔵達は壊れたままである。速水はその彼等の前にいた。
そのうえでカードを出して来た。教皇のカードである。
そのカードを顔の前にやるとだ。まずは顔の左半分を覆っていたその黒髪があがり黄金色に輝く目が見えそこから光が放たれた。すると左手に気高く見事な法衣を着た教皇が現れてである。そのうえで緑の光を地蔵達に放った。柔らかく優しく輝くエメラルドグリーンの光である。
それに照らされてだ。地蔵達はその傷を癒された。瞬く間に元の綺麗な地蔵に戻った。
そうしてである。次に出したのは女教皇のカードだ。今度は右手に出て来てそれで照らしたのである。するとそれまで地蔵達から感じられていた憎しみと怒りの感情が消えていた。
「これでよし」
速水は傷と負の感情が消えたのを見届けて微笑んだ。
「何もかもが終わりました」
そのことを確かめてからカードを収めてである。帰路に着こうとした。
その彼の前にだ。あの老人がいた。そうして彼に穏やかに言ってきたのである。
「また参ってくれていたのか」
「はい」
微笑んで老人の言葉に頷く。
「時間がありましたので」
「済まんのう。まだ修復もできておらんのにな」
「いえ」
「いえ?」
「御覧下さい」
彼に対して微笑んで告げてみせたのである。
「お地蔵様達を」
「そうは言うがじゃ」
彼は修復されたことなぞ知る筈がなかった。それで見るとである。
その地蔵達は綺麗になおっていた。それを見て驚いて当然であった。
「何と、何時の間に」
「私も驚きました」
自分のことは隠して話したのだった。
「まさかもうなおっているとは」
「一体誰が」
「怨みが消えたのでしょう」
このことは隠さなかった。だが他の真実は一切話さなかった。それを隠してそのうえで老人に対して言ってみせたのである、深い考え故にだ。
「ですから」
「そうか、怨みが消えて」
「怨みがか」
「それで、です」
そしてこうも言ってみせたのである。
「二度とああした無残な姿は見せません」
「そうあって欲しいのう」
「決してです」
「決してですか」
「それはこれから次第ではありますが」
こう付け加えはした。
「またああしたことが起こればまた」
「そうじゃな。それはあってはならんことz」
このことは老人の同意であった。
「折角海軍の頃から息づいているのじゃからな」
「その通りですね。さて」
「さて?」
「私はこれで」
こう言って去ろうというのだ。
「帰らせてもらいますので」
「何処にじゃな」
「東京に」
そこにだというのだ。
「帰らせてもらいますお地蔵様は今後立て札をかけたりフェンスをしておくべきかも知れませんね」
「そうじゃな。何らかの保護はしておく」
「それをお願いします。では私は」
「またな。それにしても」
老人は立ち去ろうとする彼にまた言ってきた。
「東京か」
「それが何か」
「どうじゃろうな」
東京と聞いてふと微妙な顔を見せてきたのである。
「あそこは」
「何かありますか?」
「あそこは何じゃ。もんじゃか」
一応東京名物とはされている。その食べ物の話をしてきたのである。
「あれじゃが」
「もんじゃ焼きが何か」
「あれは駄目じゃのう」
こう溜息と共に述べたのである。
「全くな」
「駄目ですか」
「やはりお好み焼きじゃよ」
そして話を出してきたのはそれであった。
「お好み焼きが一番じゃよ」
「広島風のですね」
「大阪のも邪道じゃ」
こちらもけなすのだった。けなしはしなくとも否定はしていた。
「やはり広島のお好み焼きが一番じゃよ」
「そういうものですか」
「何なら食べていくか?」
人懐っこい顔で速水に声をかけてきたのだった。
「何なら御馳走するが」
「広島のお好み焼きをですね」
「本物のお好み焼きじゃ」
こうまで言うのであった。
「それを御馳走しよう」
「そうですか。それをですか」
「どうじゃ?近所の店じゃがビールも冷えて美味いのがあるぞ
「いいですね」
ビールも聞いてであった。さらに笑顔になる速水だった。
そのうえでだ。老人にこう告げたのである。
「ではお言葉に甘えまして」
「そうするといい。あのお地蔵さん達が元に戻った祝いじゃ」
「そうですね。ではお好み焼きの後で」
その後のことも既に考えている速水だった。
「あの場所に行きますか」
「あの場所とは?」
「少し考えている場所がありまして」
そのことは今は言わなかった。ここから大湊にすぐに行くと言っても誰も信じない話だったからだ。それでそのことは言わなかったのである。
しかしだ。そのお好み焼きの話は受けて言うのであった。
「では今から」
「美味いぞ。しかも安くてな」
「有り難うございます」
その話をしながら食べに向かう。江田島の空は青く澄み雲は白い。そして海は海軍の頃から変わらないサファイアの色だ。空のそれとは違う青の中に潮の香がする白波が流れていた。
占術師速水丈太郎 五つの港で 完
2010・1・31
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