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占術師速水丈太郎 五つの港で

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第三十一章


第三十一章

「一つ御聞きして宜しいでしょうか」
「はい、何でしょうか」
「被害者のことですが」
 このことを聞かずしてであった。それを聞かないと話にならなかった。しかし既におおよそのことは察してもいた速水であった。
 しかしそれでもであった。あえて聞くのであった。
「そのことですが」
「どういった人物かですね」
「はい、それを御聞きしたいのですが」
 やはりこのことであった。
「それはどうなのでしょうか」
「お話して宜しいですか?」
「はい」
 後藤のその問いにも頷いてみせる。
「御願いします」
「まず申し上げますが」
 ここでも、であった。その被害者のことについて語る時に顔が微妙なものになる。速水もこのことは既に内心で察していた。ただ表に出さないだけである。
「評判の悪い人物でした」
「そうだったのですか」
「青木俊太郎」
 それが彼の名前だという。
「航海要員でした」
「航海ですか」
「よく部下をいじめていました」
 そうだったというのである。これも速水の予想通りである。
「他のマーク、違う仕事の人間に自分の専門のことを聞いて答えられないと嫌がらせをしたり風呂で後ろから蹴ったりといった人間でした」
「お世辞にも品性のいい人間ではなかったのですね」
「評判は最悪でした」
 後藤はこのことを隠さなかった。
「普通の事件なら容疑者が誰か調べるのに苦労したところでした」
「普通の事件でないからですね」
「はい、それで容疑者はいませんでした」
 有り得ない事件だからである。
「それが幸か不幸かはわかりませんが」
「成程」
「それにその引き裂き方も」
 またその話になった。
「掴んで、ではなく何かの力で引き裂いてです」
「容疑者に触れずですね」
「そうして引き裂いたのです」
 こうした殺害方法も今までと同じであった。
「これも信じられないことですが」
「そうですね。ただ」
「ただ?」
「これでまたわかりました」
 今度も多くは言っていない言葉である。
「後は」
「後は?」
「いえ、こちらの事情です」
 ここからは微笑んで隠すのであった。
「これは」
「そうですか」
「はい、それではまた」
 こう言ってであった。港から去ろうとしていた。舞鶴の港をだ。 
 だがここで。後藤がその彼を呼び止めてきたのである。
「待って下さい」
「はい?」
「そろそろお昼の時間ですが」
「そうですね」
 あの懐中時計を出して自分で時間を調べてみるとであった。その通りであった。もう十一時半であった。確かに昼食にはもういい時間である。
「もうそろそろですね」
「それでなのですが」
 後藤は微笑みで彼に言ってきた。
「今日は金曜日ではありませんが」
「金曜だと何かあるのですか」
「自衛隊では金曜日はカレーが出ます」
 出て来た食べ物はそれであった。
 
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