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占術師速水丈太郎 五つの港で

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第二十五章


第二十五章

「愚かなことをする奴もおる」
「それはその通りですね」
「誰か知らんが罰が当たっても知らんわ」
「それではですね」
「済まぬのう」
 速水の出したその札を受け取って述べる。そのうえで感謝の言葉を述べるのだった。速水の心を確かに受けたのである。そうしてであった。
「それでじゃが」
「はい、それで」
「これからどうするのじゃ?」
「これからですか」
「見たところ観光客の様じゃな」
 そのことを見て話す言葉だった。
「島を見て回るのかそれとも学校の中に入るのか」
「島を見て回ります」
 今はこう話す彼だった。これは真実ではないが真実を話す訳にもいかない。それでこう老人に対して真実とは違うことを話したというわけである。
「その後でまた学校にです」
「行くというのか」
「そうするつもりです。一度見るだけでは勿体無い場所ですのね」
「ははは、わかっておるな」
 そのことを聞いてまた笑う老人だった。屈託のない笑みに戻っている。
「海軍のことものう」
「はい、ですから」
「よく見るといい」
「それでは」
 こう話してである。そのうえで老人と別れて先に進む。そうして人の気配が完全にない山の歩道のところに来た。前にはトンネルがある。それを見ながら運命の輪のカードを出すのであった。
 そこから青い渦を出してそのうえでその中に入る。そうして次に来た場所は。
 大湊であった。その港は横須賀や呉と比べるとかなり小さい。前にある海もである。極めて静かで自衛隊の護衛艦の行き来はおろか漁船すらない。左右の突き出た山の海岸以外にはその静かな海があるだけだ。港にある船も少なく建物も少ない。全てが小さく静かに感じる場所だった。
 その基地の総監部に入りそうしてまたそこの総監に挨拶をして捜査に入る。今度も一等海尉が来た。広く大きな口をした若い男であり敬礼と共に名乗ってきた。
「伊藤といいます」
「伊藤さんですか」
「はい、宜しくお願いします」
 微笑んで速水に言うのだった。
「この港での殺人事件のことですね」
「何でも自衛官が一人死んだらしいですね」
「表向きは事故ということになっています」
 伊藤はこう彼に説明しながら先を進む。港の桟橋はこの大湊でも白いコンクリートである。だが横須賀や呉に比べて短い。そうしてその数も少ない。行き来する自衛官達も少ない。そうした港を進みながらそのうえで話をするのであった。やはり伊藤が先に進んでいる。
「ですがどう見てもあれは」
「殺人事件にですか」
「見えません」
 まさにそうだというのである。
「ただ」
「ただ?」
「殺人事件は殺人事件でもおかしな事件です」
 そうであるというのである。
「被害者の官職及び氏名ですが」
「はい」
 その自衛隊独自の説明の仕方に静かに頷く速水だった。
「海士長平麻享一です」
「平麻士長ですね」
「はい、ある護衛艦の乗組員でしたが」
「どうした方でしたか?」
「お世辞にも評判のいい人物ではありませんでした」
 顔を曇らせての言葉であった。これだけは横須賀や呉と同じであった。
「身内の恥を言ってしまいますが」
「いえ、それは」
 いいと返す速水であった。そのことは聞かなかったことにして外では決して言わないという意思表示もここでしてみせたのである。
「そうしてくれますか」
「はい」
 この辺りはこれだけで終わらせるのであった。言わずとも、であった。
「始終後輩を虐待していまして。非常に評判が悪かったのです」
「虐待ですか」
「暴力を恒常的に振るっていました」
 伊藤は話すうちにその表情をさらに曇らせていた。流れまで同じであった。
 
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