ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
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本編
第54話 入学準備もトラブル続き 後編
こんにちは。ギルバートです。突然のアニエス訪問で、訓練どころではなくなってしまいました。このままでは、固有武器無しで原作に突入……なんて事になりかねません。私に死ねと言うのでしょうか?
良くないですね。心が荒んで来ました。
とりあえず、アニエスの目的は分かり切っています。彼女の最終目標は、故郷を焼いた者達への復讐でしょう。そうなると必然的に、高位メイジへの対策が必要になって来ます。そしてその切り札になりえる物を、アロンダイトに見たのでしょう。
そう。アニエスの目的は、十中八九アロンダイトの《魔法吸収》能力です。(原作では復讐を遂げてからデルフリンガーの魔法吸収能力を存在を知ったか、魔法吸収能力の存在を知らないと思われます)
正直に言えば、剣を打ってあげたい気持ちはあります。彼女は“貴族派と闘う同志”になってくれるはずですから。……だからと言って、素直に剣を打ってあげる理由にはなりません。私の心情はともかくドリュアス家では、剣の作成依頼は例外無く全て断っているのです。もし前例を作れば、希望者がドリュアス領に殺到して来るでしょう。それは避けたいです。
「断るしかないか……」
「ギル? アニエスの事?」
隣に居たカトレアが、私の呟きに反応しました。
「ええ。心情的には……ね」
私の呟きにカトレアは、短く二回頷きました。これだけで全て察してくれるのは嬉しいですね。
「無理に今決める必要はないと思うわ。彼女が“私達に見せる誠意”で決めても良いと思うけど」
「そう……ですね」
確かに即決出来ない問題なので、その方が良いかもしれません。
「ギルは、ドーンと構えてれば良いのよ」
「そうですね」
カトレアが断言する事により、私の迷いを断ち切ってくれました。少し楽になった様な気がします。
もしアニエスに剣を渡したとしても、多少のリスクはありますが誤魔化す方法等いくらでもあるのです。問題はアニエスの為に、私……ひいてはドリュアス家がそこまでするのか? ですね。アニエスにそこまでさせる物があるのか。じっくりと見極めさせてもらいましょう。
とりあえず、アニエスの事は一時保留です。ですが、これ以上の情報漏えいは不味いので、暫く鍛冶はお預けですね。
そしてやる事と言えば、剣の訓練以外にないのです。そしてアニエスを見定めるとなると、接触しない訳には行きません。そうなると必然的に……
「見事な物だね」
私の型練習がひと段落し、一息つこうとした所でアニエスが話しかけて来ました。
「ありがとうございます」
裏庭で訓練しているのですが、この場には私とアニエスしか居ません。ディーネ? アナスタシア? 今回は一緒じゃありませんよ。毎回一緒に訓練していると、やる気がうせて凹むだけですから。私が兄弟(ジョゼット除外)で最弱なんて苛めですか? そんな事を考えていると、アニエスが更に突っ込んだ事を聞いて来ます。
「見慣れない型だったが、素晴らしい動きだった。誰に剣を習ったのだ?」
「マギと言う人です(ちょっとセリカ様に申し訳ないですね)」
「聞いた事が無いな」
「ロバ・アル・カリイエの人らしいですよ。昔ドリュアス家に滞在していた事があって、その時に一通り習いました。飛燕剣と言うらしいです」
「飛燕剣か。やはり聞いた事が無いな。動きを見る限り、全くの無名と言う事もないと思うのだが……」
何か一人で、ブツブツと言い始めました。今は放っておいた方が良さそうです。と言う訳で、私は型練習の続きを行う事にしました。先ずは、飛燕剣の基本となる身妖舞からやって行きます。
アニエスから距離を取ると、基本となる身妖舞の動きをなぞります。足運び・腰の溜・腕の振りを上手く連動させる事により、相手に痛烈な連撃を叩きこむ飛燕剣の基本中の基本の型にして技です。動きが“妖しいまでに美しい”と言われた事から、この系統は《飛燕剣 妖》と呼ばれる事なったそうです。
次に放つのが、少し毛色が違う型で殲綱斬です。その特徴は基本である身妖舞とは真逆で、足運び・腰の溜・腕の振りを連撃では無く、一撃に全て集約させます。こちらは《飛燕剣 斬》と呼ばれています。
最後が複数の敵との戦闘を想定した円舞剣です。飛燕剣独特の足運びを極限まで煮詰めて、敵の攻撃を避け有利な位置を確保するためのステップに、無理なく斬撃を組み込む為の型です。さながら戦場で円舞を踊って居る様に見える事から、《飛燕剣 円舞》と呼ばれています。
この妖・斬・円舞の三つを、巧みに組み合わせ使い分ける事により無類の強さを発揮するのが飛燕剣です。
今はこれらの錬度を上げる為に、ひたすら繰り返すのみ……なのですが。
「そんなに見られると、気になるのですが……」
集中力を乱されるから、と言うのも理由なのですが、その満面の笑みが怖い。
「気にするな」
気になるから言っているのですがね。口から出かかった言葉を飲み込み、訓練を続けます。
……
…………
アニエスの事を頭から追い出し、無心で剣を振るっている内に今日のメニューを消化していました。無心と言っても、何も考えなかった訳ではありません。
一回型をなぞる度に、改良点を抽出し解決案を模索。次の型でそれを実行し再び評価する。解決したら、更に問題点を洗い出し解決する。そしてまた改良点を……。それをひたすら繰り返すだけだ。さながらそれは、剣と対話しているかのようだ。
そう。全ての感情を止め……雑念を置き去り、己が剣とのみ対話する。
一人の訓練を初めて、この境地に至れたのが一番の収穫と言えるでしょう。この境地に至れたのは最近ですが、至ってからは剣の錬度が自分でも驚く位に上がっています。
しかしそれでもなお、父上と母上には届きません。
きっと何かが……何かが足りないのでしょう。
「……ふぅ」
つい陰鬱な溜息を突いてしまいました。そしてふと周りを見回すと、訓練開始直後は満面の笑みを浮かべて居たアニエスが、表情を消し真顔でこちらを凝視して居ました。これはこれで怖いです。
「あの……如何したのですか?」
「いや。なんでもない。……部屋に戻らせてもらう」
そう言って、そのまま行ってしまいました。本当に何なのでしょうか?
次の日もアニエスは、訓練中の私の所に来ました。しかし声をかけるでもなく、じっと私の事を見ているだけです。
……そう。何故か、私の心証を良くするような行動に出ないのです。
それが、次の日も……その次の日もと続けば、いい加減私も不安になって来ます。
(本当に何なのでしょうか? ひょっとして、私の予想が外れたのでしょうか?)
アニエスの目的は、復讐の助けとなる《魔法吸収》能力を持った剣のはず。それが違うとなると、いよいよもってアニエスの目的が分かりません。しかし、彼女が接触しようとしているのは、間違いなく私です。ディーネならともかく、私とアニエスに、それ以外の接点は無いのです。
予想が外れているなら、これ以上の接触は危険かもしれない。
そんな考えが、頭をよぎる様になった時です。
「ギルバート殿。少し手合わせしてみないか?」
一瞬、何を言われたか分かりませんでした。
「ディーネから色々と聞いたよ」
「何を……ですか? (何しゃべりやがった?)」
今回は一緒に訓練していたので、思わずディーネを睨んでしまいました。当の本人は、それに気付かずに剣を振り回しています。恨めしい。
「焦っているそうだな。確かに現状の情勢を考えれば、いつ戦争になっても不思議ではない。一刻も早く実力を……力を付けたいのも分かる。だが、少し焦り過ぎではないか……と、心配していたよ」
そう言われると、何も言えなくなってしまいます。しか……
「それに、アズロック様とシルフィア様に勝たないと、ディーネのアロンダイトの様な固有武器を作らない約束だそうじゃないか」
ヤッパリお仕置きです。暫くエリス(アロンダイト)には里帰りしてもらいましょう。気分はもう“ダメディーネからエリスを取り戻す父親”です。
「で、如何するのだ?」
「……お受けします」
今は型の錬度を上げて、技を少しでも鋭くしたいのですが、アニエスと手合わせする機会は今後もあるとは限りません。彼女の実力を、肌で感じておくのも良いでしょう。
「ディーネ」
近くで訓練して居たディーネを呼びます。
「なんですか?」
「ミス・ミラ「アニエスで良い」……アニエス殿と手合わせするので、審判をしてください」
「むっ……分かりました」
少し不満そうな顔をしていますね。ディーネの誘いは断っていますから、それは仕方がないでしょう。
自身の未熟を棚に上げる様ですが、ディーネは“恵まれた身体能力で相手を翻弄する”戦い方をします。それだけなら大した事は無いのですが、相手がその身体能力に対応しようとすると、それを逆手に取った立ち回りが出来るのが強みです。その剛柔そろった戦い方は、素晴らしいの一言に尽きます。
そしてその戦い方に、私のイメージが引きづられてしまうのです。十分に調整が利く範囲ですが、その調整にもそれなりの時間がかかります。その時間を煩わしく感じ、ディーネとの手合わせを避ける様になったのです。
(芯となる自分の戦い方を見つけていれば、そんな事もないんだろうけどな)
そんな事を考えながら、開始の位置に着きます。
「それでは行きますよ。……始め!!」
ディーネの合図と同時に、アニエスが突っ込んで来た。私はそれをバックステップでかわす。このまま相手の様子を見るのも手だが、下手に守勢にまわれば相手を調子づかせてしまう。
アニエスの二撃目に合わせ、右の剣を振った。剣と剣がぶつかり火花が飛ぶ。残念ながらアニエスは、腕力・体重共に私よりも上だ。剣の軌道を僅かに逸らすのがやっとだった。しかし、それで十分。本来の斬撃の通り道に体をねじ込み、左の剣を振る。狙うは……首。
「!?」
アニエスは、大きく身をのけ反らせて私の斬撃をかわすと、そのまま大きく後ろに跳んで私から距離を取る。
「危ない危ない。殺す気か? 刃引きした剣でも死ぬぞ」
台詞のわりに、少し嬉しそうな声だ。先程の首を狙った斬撃は、ハーフスピードで放たれていた。だから、少しなら軌道を変える余裕があるし寸止めも可能だった。そうでなければ、しゃがんでかわされ、次いで切り上げられ勝負ありだ。
「流石に後の先の戦いは得意と言う訳か」
「ええ。メイジですから」
通常メイジは、遠距離からの魔法が主力となる。そうなると、如何しても接近戦が疎かになるのだ。当然メイジ殺しは、その弱点を突く事で勝利する。その弱点をカバーするのが、杖剣であり剣術だ。そう言った理由から、メイジの剣術は迎撃に比重が傾くのは当然だろう。
「なら、これは如何だ?」
再びアニエスが踏み込んで来るが、先程と違い今度はフェイントを多用して来る。
「ちっ」
フェイントを織り交ぜた激しい連撃に、攻めに転じる事が出来ない。多少フェイントを入れられても、それだけで私に当てるのは不可能だ。アニエスの上手い所は、三カ所以上を攻撃できるように立ちまわっている所にある。
(スタミナ切れを狙う手もあるが、その前に捕まる)
そう判断した私は、バックステップで距離を取ろうとする。しかしそれを読まれ、突進攻撃を仕掛けられてしまった。だがそれを、大人しく食らってやる訳には行かない。《飛燕剣 円舞》の応用で、ステップと斬撃を組み合わる事でアニエスの突進を迎撃する。
再び剣と剣がぶつかる。カウンターを狙ったのだが、受けられてしまった。しかし、突進を止める事は出来た。
「飛燕剣か……厄介だな」
アニエスの口から、そんな言葉がこぼれる。実際その通りだ。剣のみの勝負なら、今はアニエスに勝てない。それでも互角に勝負出来ているのは、飛燕剣の存在が大きい。なら、それを最大限生かすしか無いだろう。
《飛燕剣 妖》は。……ダメだ。互角の勝負が出来るかもしれないが、ジリ貧になる事は見えている。ならば《飛燕剣 斬》は如何だろう? ……これもダメだ。カウンターを取られ負ける可能性が高い。
……となると、《飛燕剣 円舞》を中心に使って行くべきだろう。常に有利な位置を確保しながら、飛燕剣の妖や斬に繋げて行けば良い。フットワークを武器に、相手を撹乱しヒット&アウェイ。スキあらば大きいのを狙って行く。イメージとしては、アウトボクサーの様な戦い方に近いか?
そうと決まれば、早速行動に移す。緩急を付けた小さなステップを使い、アニエスから一定の距離を確保しながら移動する。
「戦い方を変えたか。……だが」
アニエスが斬りかかって来るが、私はステップのスピードを上げ対処する。アニエスは剣を小さく振り、スキを見せない様にしている。明らかにカウンターを警戒した動きだ。だが、力では勝てなくともスピードは私の方が上だった。
いや、スピード……俊敏力に関しては、それほどの差は無い。飛燕剣の鍛錬を重ねた事により、足運びや体捌きに圧倒的な差が出来ただけだ。それが結果として、速さの差として現れている。
「やる……な」
「そりゃどうも」
ここまで来れば、先にスタミナか集中力が切れた方が負ける。……そう覚悟を決めた時だった。
……ゾクゥ
アニエスの一撃を避けた時に、突然の悪寒に襲われた。その感覚に突き動かされて、私は回避行動を取る。左右の剣を盾代わりにする事も忘れない。
ガキィン!!
金属音と共に、右手に……剣に重い衝撃が走る。と同時に、私の体は数メイルほど吹き飛ばされた。
「自ら飛んで衝撃を逃がしたか。なぎ倒した後に、剣を突き付け終了だと思ったのだがな」
着地を成功させた私に、アニエスが「素晴らしい反応だな」と続けたので、私は「偶然です」と返しておいた。それよりも問題は……
「今のは、飛燕剣ですね」
正確には《身妖舞もどき》か? 身妖舞の足運び・腰の溜・腕の振りを自らの連撃に応用し、これまでにない連続攻撃を繰り出しただけだ。一撃では無く二撃に力を集約させた事から、殲綱斬よりの身妖舞と言ったところだろう。パワー・スピード共に、厄介極まりない。
「ああ。この数日で盗ませてもらったよ」
こともなげに言ってくれる。だが、暢気にスタミナや集中力切れを待つ訳には行かなくなった。今の技を警戒しながら戦えば、その分余裕を持って立ちまわらなければならなくなる。その皺寄せにより、こちらの消耗が早くなるからだ。ならば如何するか?
……簡単だ。短期決戦。つまり、消耗前に終わらせれば良い。
アウトレンジからのスピード勝負以外、勝ち目がない事は変わらないのだ。多少分が悪くなった所で、戦法を変える理由にはならない。なら、消耗を気にせずにギアを限界まで上げるだけだ。
「やるな。そこまで早く動けるのは、衛士隊にもなかなか居ないぞ」
ギアを上げるだけではダメだ。それだけでは、アニエスに通用しない。工夫が必要だ。ステップを最適化しつつ、フェイントも織り交ぜる。
「なっ!? まだ早くなるのか?」
まだだ。まだ足りない。最適化を更に進め、剣の動きを使い視線誘導も行う。
「くっ!!」
だが、そこまでが限界だった。この短時間では、最適化にも限界があるのだ。思考も空回りを始め、集中力を削り始める。
……どんなに早く体を動かそうとも、地を捕える足の裏のグリップには限界がある。魔法が使えれば、ウォークライ《戦歌》で更に加速できそうではある。だが、足裏のグリップに限界がある事を考えれば、望む程の効果は得られないだろう。ならば、いっそ別の魔法で……
「!?」
思考がそれたすきを突かれて、アニエスに距離を詰められた。身妖舞もどきを放つ気の様だが、まだ回避は十分に間に合う。
バックステップで距離を取ろうとするが、身妖舞もどきで左右の剣を強くはじかれ、バランスを崩されてしまった。
ドフン 「かはぁ」
思考が雑念になった段階で、私の負けは確定していたのだろう。バランスを崩した所に、体当たりを食らい転倒させられてしまった。そして私が起き上がろうとした所に、剣を突き付けられてしまう。
……負けだ。
「参りました」
そう宣言すると、アニエスは剣を降ろします。
「なかなか有意義な模擬戦だった」
アニエスが手を差し伸べてくれたので、私はその手を掴み立ちあがります。
「ええ。こちらもです」
この模擬戦で、何かをつかめた様な気がします。それが突破口になるかもしれません。
「それでは、失礼します」
今の感覚を忘れない内に、それを掘り下げておきましょう。ディーネが不満そうにこちらを見ていますが、彼女との模擬戦はこの何かを掴んでからです。
アニエスとの模擬戦から、二週間が経ちました。
私はその間、精霊の森に籠ってずっと剣を振って居ました。時々カトレアが様子を見に来ましたが、私が「今は集中させてください」と言うと、素直に引き下がってくれました。後で反動が怖いです。
精霊の森での生活は、実に快適でした。
木の精霊に許可を貰い、私用の家を建ててあるのです。三畳の和室と台所+押入れだけの小さな小屋です。上空からは木が邪魔で、早々発見される事はありません。それに加え、木の精霊が結界を張ってくれているので獣の心配もない親切設計です。食料は魔法の道具袋に入れておけるので、こちらも心配はありません。
疲れるまでひたすら剣を振り、疲れたら座禅を組んで精神を鍛えます。腹が減ったら食べ、眠くなれば寝る。
……こうして思い返すと、結構自堕落な生活をして居た様な気がします。一応、炊事・洗濯・掃除と一通り全部自分でやっていたのですが、平民達の生活を考えればそんなこと言えません。
まあ、その分の収穫はあったので、良しとしておきましょう。それよりもいよいよ、リトライのチャンスが来ました。
「ギルバート。最近は森に籠っていたようだが、……どうやら今回は何時もと違うようだな」
父上が言葉の途中で止め、目を細め別の言葉を続けました。どうやら顔に出てしまっていたようです。未熟ですね。
「それは楽しみだわ」
それから母上。そんなに嬉しそうに笑わないでください。怖いから。それはそれとして……
「ディーネとアナスタシア ジョゼットは良いのですが、何故アニエス殿が此処に居るのですか?」
他にもカトレア達は問題無いですし、使用人・護衛は信用できる者達で固めているので大丈夫です。しかしアニエスは、味方になりえるとは言え部外者です。家は“部外者に対する警戒心”と言う物が無いのでしょうか?
「まあ、彼女の事は良いじゃないか。なあ、シルフィア」
「ええ。そうね」
ディーネとアナスタシアを見ると、私から目線を逸らしました。どうやらこちらも、心情的にアニエスの味方になって居る様です。ジョゼットは、ニコニコと笑うばかり。カトレアは……
(ギル。アニエスが、自分がダングルテールの生き残りである事を暴露したわ。加えて、目的が《魔法吸収》能力のあるインテリジェンスソードである事も……)byカトレア
いきなり《共鳴》を発動され、そんな事を伝えられました。
(何時の話ですか?)byギル
(今日の朝食の後くらいよ。執務が始まる直前に、お義父様とお義母様に話したみたい。私達にもその後打ち明けに来たわ。家の人間は、全員彼女に同情的よ)byカトレア
そんな話を聞かされれば、家の人間はイチコロだろうなと納得しました。
(では、武器製作を約束してしまったのですか?)byギル
(流石にそこまではしてないわ。ギルが武具関係の責任者をしているのは、既にアニエスに知られているし)byカトレア
そうかも知れませんが、口添えぐらいは約束させられてしまったかもしれませんね。
(将を射んと欲すれば先ず馬を射よ……と言う訳ですか。今日の模擬戦の事はディーネから聞いて居たハズだし、残り時間も少なくなり切り札を切って来たという訳ですね)byギル
(加えて、主が森に籠った所為で焦ったと言うのもあるのじゃろう)byティア
(じゃな)byレン
それは仕方がないでしょう。良い武器で原作を迎えないと、私も死にたくありませんし。
「分かりました。父上。母上。早速始めましょう」
私がそう声をかけると、父上が前に出ました。前回は母上からだったので、今回は父上からです。
「ギルバート。始めるぞ」
と言う割には、先に攻撃を仕掛けて来ません。これはあくまで試験でもあるので、父上と母上は先のハンデ以外にも縛りがあります。それは父上が対メイジ剣術を、母上が対メイジ殺し剣術を試験してると言う事です。
つまり父上は、自分から攻めて来ない。……と言う訳です。
「行きます」
そう口にしながら、私は正面から父上に突っ込んだ。
「何!?」
そんな私に、父上は驚きながらもカウンターを選択した。それを逆手で持った右小太刀で受ける。刀の背に肘を当て突進の勢いと肘の力で、父上の剣を無理やり押し返す。その時点で父上は、自ら後ろに跳び仕切り直しを選択した。こちらは左の小太刀による追撃が可能だからだ。
だが、逃がす心算はない。そのまま追撃に入る。
「なっ!?」
そして私の左小太刀は、着地した父上の咽元に突き付けられていた。皆が驚くのも無理はない。本来このタイミングと距離で、剣を突き付けることなど不可能なはずなのだ。それを可能にしたのは……
「それまで……ですね」
「ああ。今使ったのは、フライ《飛行》の魔法か。まさか地上の高速移動に応用するとは……な」
本来なら父上を押し返した時点で、最低でも三つの動作が必要になります。①伸び切った体を元に戻す→②ダッシュの為に体を沈める→③左の剣を突きだしながら跳ぶ。ここにフライの魔法を絡めることにより、必要な動作を左の剣を突きだすだけに短縮したのです。
「合格だ」
「ありがとうございます」
これで父上の方は、合格がもらえました。続いて……
「次は私の番ね」
父上に入れ替わる様に母上が出て来ます。
「その戦い方。応用が利きそうね」
母上はそう呟きながらかまえました。
「行くわよ」
「はい」
宣言と同時に、母上が突っ込んで来くる。それをステップでかわし、カウンター気味に小太刀を振った。だがその程度で母上は捕えられない。突進に緩急を付ける事で、カウンターをかわし肉薄しようとする。私はそうはさせじと、ステップを繰り返し肉薄を防ぐ。アニエスとの模擬戦と同じ展開だ。
「逃げてばかりじゃダメよ」
母上から、ありがたい言葉を貰った。その通りなので、私はフライを発動させ一気にスピードを上げた。
「!? ッ!!」
余りのスピードに、母上は声を上げる余裕もない様だ。フライを補助に使えば、体の移動が大幅に早くなる。単純にフライの機動力が、自身のスピードに加算されるだけではない。空気抵抗の軽減による更なる加速は序の口で、ステップやジャンプのキャンセルや、体は完全に右へ動く動作なのに左に移動したり……なんて事も可能だ。足のグリップが足りなければ、その補助も出来る。
しかしそれだけなら、母上も対応できるだろう。フライ最大の恩恵は、バランスが崩れ無くなる……もし崩れても即時建て直せる事。つまり、無茶な体捌きが出来る事だ。
ガンダールヴ並みのスピードに、規格外のトリッキーさが付加されると考えてみると良い。しかもバランスを崩す等のスキが無い。魔法が使えないと言うデメリットも、属性剣をインテリジェンスソード化(当然《魔法吸収》能力付き)すれば解決する。
……チート言うな。私の様な非才の身では、使えるものは何でも使い策を弄せなければ勝てないのだ。
そうこうしている内に、母上はレイビアの動きでは捕えられないと判断した様だ。突きによる点の攻撃を止め、斬撃による線の攻撃にシフトした。とにかく防御の上からでも当てて、ほんの僅かでも良いから動きを止める心算なのだろう。そのスキに一気に近接し、私の動きを力で抑え込む。
……しかしそれは悪手だ。
動きを止める事を意識しているので、母上の斬撃は上から降りおろす物が多くなる。その中から一つ選び、わざと右の剣で受ける。そして押し込まれる振りをしながら、剣の接触面を支点に風車の様に一回転した。
「なっ!?」
母上を驚きながらも、逆手に持ったマインゴーシュを振る。それを左の剣で受け、右の剣を母上の鼻先に突き付けた。
「私の勝ちです」
そう宣言すると、母上は頷いてくれました。
「ええ。ギルバートちゃんの勝ちよ」
滅茶苦茶嬉しいです。ようやく念願の固有武器が手に入ります。
「ギル。おめでとう」
カトレアが真っ先に私の下に駆けつけてくれ……と言うか、私の胸に飛び込んで来ました。普段なら避けるのですが、今回は機嫌が良いのでそのまま受け止めてあげます。それに続いてアナスタシアやディーネ達が、私の勝利を祝福してくれました。父上と母上が隅の方で凹んでるけど、今は勝利の余韻に浸って居たいので放置させていただきます。
「それで兄様。どんな武器にするの?」
「そうですね……」
アナスタシアに聞かれ、気分の良い私はついつい答えてしまいます。形状や見た目から、どの様な効果を予定しているか、幾つもある案から面白そうな物を中心に教えてあげました。それを聞いているアナスタシアが、口をへの字にして行く事に気付かないまま……。そして
「私も固有武器欲しい」
アナスタシアがそう口にしたのは、必然だったのでしょう。しかし例外を認めない事から、固有武器が欲しければ父上と母上に認めさせるしかありません。そしてその条件は、今更説明するまでもないでしょう。
「危ないよ」
心配になったのか、ジョゼットがアナスタシアを止めようとします。が、それが逆に火に油を注ぐ結果となってしまいました。
「大丈夫だもん。兄様が勝てたんだから、私だって勝てるもん」
アナスタシアよ。それは兄をバカにしているのですか?
「兄様。兄様の武器庫の鍵を貸して」
アナスタシアの武器は、暗器類です。そして私の武器庫の中には、趣味で作った暗器が大量に保存されています。そう言った意味では、既にアナスタシアの固有武器はあると言えます。しかしその中には、ディーネや私のような華々しい物はありません。ちなみに以前アナスタシアに無断で持ち出された経緯から、鍵は複合魔法鍵にしてロック《施錠》やアンロック《解錠》は使えなくしてあります。
決断しかねた私は、父上と母上の方を見ました。すると、父上が頷いてくれます。
「分かりました。殺傷能力が無い物なら、自由に使ってかまいません」
そう言って鍵を渡すと、アナスタシアは嬉しそうに走って行きました。
それから約30分。ようやくアナスタシアが戻って来ました。一見すると先程と変わりありません。
「父様。勝負よ」
「ああ。何時でも来なさい」
それぞれ開始の位置に付き、構えを取ります。アナスタシアは一見無手ですが、何処から何が飛び出すか分かりません。父上もそれが分かっているのか、警戒を緩めるようとはしませんでした。しかし……
アナスタシアが自身のスカートを掴み、前の方をたくし上げたのです。
(何やっとんじゃ。あの馬鹿妹は!?)
と、そう思ったのも束の間。パシュと言う排出音と共に、スカートから鈍色の何かが飛び出し、ヒュ――――ンと言う音があたりに響きました。
その正体の思い至った私は、目を閉じ耳をふさぎます。
目を閉じて居てなお真っ赤に染まる視界。体の芯まで響く爆音。
それが収まり目を開けると、父上の鼻先に鉄扇を突き付けるアナスタシアが居ました。
「目が、目がぁ――――!!」
父上が何処かの大佐みたいな事を言っていますが、今はそれ所では無いので放置です。アナスタシアの後ろに移動すると、思いっきり、頭に拳骨を落としました。
「兄様!? 何するの?」
「何するのじゃありません。近接戦の試験に飛び道具を使うとは何事ですか!! しかもその装備は、武器庫の隠し扉奥にある禁武器庫の物じゃないですか。何処であの扉の存在と開け方を知ったのですか!?」
「マリヴォンヌに教えてもらった」
あの変態は、本当に碌な事しませんね。(マリヴォンヌはギルと共同研究をしているので、禁武器庫の存在と開け方を知ってる)
「とにかく、そのエウ娘式魔導鎧(※)は没収です。カトレア。ティア。レン」
「はい」「「了解じゃ」」
アナスタシアが、館の中に連行されて行きます。アニエス(部外者)も見て居たのに、本当になんて事をしてくれたのでしょう。このバカ妹は……
※ エウ娘式魔導鎧
正式?にはエウシュリーちゃん式魔導鎧と言う。太腿を守るサイ・ガードと、火傷を防ぐ為の耐火布製ロングソックスが一セットになっている。スカートに隠れる事を前提に作られていて、当然の様に魔導砲を搭載している。スカートからミサイル……もとい魔導砲と言う、ある意味ロマンを叶える為に作られたネタ武装。マリヴォンヌとギルが、悪乗りして作った一品である。魔導砲の砲弾にはいくつか種類があり、今回アナスタシアが使用したのは、非殺傷前提のスタングレネード弾。ちなみに砲弾の種類により変わって来るが、魔導砲一発で数十~数百エキューとんで行く。
その後、異変に気付いた領軍の人達が駆け付けて来て、その対応に追われる羽目になりました。当然その日の訓練は中止です。しかも、これだけのバカをやったアナスタシアは、一週間後に行われた模擬戦で父上と母上を投げ飛ばしアッサリ合格しました。
父上と母上はショックのあまり、引きこもり期間を延長しました。当然その分の仕事は、私に押し付けられたのは言うまでもありません。……納得行かない。本当に、納得行かないのです。
カトレアを道づれ(後の対価要求が怖いけど、背に腹は代えられない)にして、押し付けられた領の仕事(本日分)を終わらせました。そしてそのまま、疲れた体を引きずり自室へと戻るります。残念ながら明日も、朝から執務室に直行しなければなりません。食事も執務室で、まともに運動する時間も無いのです。
将来的にやらなければならない事なので、予行演習と思いある程度なら割り切る事が出来ます。……すみません。嘘を吐きました。全然割り切れません。もう逃げ出したいです。それに加えて問題となるのは、忙し過ぎて固有武器の作成に移れ無い事です。必死に頑張ったのに、この仕打ちは酷いと思います。
今の話を聞くと“実務改善が全く見られない”と、呆れられてしまうかもしれませんが、実際はかなりの改善が進んでいます。以前は父上と母上に加え私の三人(+母上の偏在)がかりでも終わらなかったのですが、最近では二人(偏在無し)で週に一度休む余裕すらあります。私とカトレアが終わらないのは、単純に書類の内容を把握できていないからです。内容確認と言う一工程が、作業量を倍以上に膨らませているのです。……引き継ぎって大事です。
二ヶ月もすれば、父上・母上と同程度の効率で作業できるようになるでしょう。ですが、その前に父上と母上が復帰するはずです。
しますよね? ……しなければ、家出してやる。
「ギルバート殿」
そんな不遜な考えが頭をかすめ始めた時、いきなり声をかけられました。振り向くと、そこに居たのはアニエスです。
「何か用ですか? 執務で疲れているので、出来れば後日にしてほしいのですが……」
正直に言うと、面倒事は勘弁してほしいです。しかしこの二週間で、私が執務に縛られ接点は無くなってしまいました。こうして直接訪ねて来るしか無かったのでしょう。
「それは……すまないと思っている。だが、私にも事情があるのだ。どうかそれを聞いてもらえないだろうか?」
ダングルテール事件について話すのは、ドリュアス家の人間に有効と知られましたからね。実際に自分の性格を分析してみても、原作知識……コルベールの件がなければ喜んで協力していたでしょう。
「分かりました。執務室に行きましょう。そこで話を聞きます」
アニエスを促し、執務室に舞い戻ります。ちなみにカトレアは先に帰したので、今頃は体を拭き終わりベッドにダイブしているはずです。
私は聞き耳を防止し執務室の端にあるソファーに座ると、好きにしてくれと言わんばかりに背もたれに体を預けました。
「失礼する」
アニエスは私の正面のソファーに座り、こちらを真剣な表情で見ています。流石にこのまま聞くのは失礼なので、一度座り直し姿勢を正しました。
「それで、話と言うのは何ですか?」
「先ずは改めて謝罪とお礼を……。お休みになる所、突然押し掛けてしまい申し訳ありませんでした。そして私の話にお付き合いいただける事、本当にありがとうございます」
アニエスが一度頭を下げたので、私は頷いて礼を受け取っておきます。
「それで話と言うのは、私の生い立ちに関わる事で……」
そうしてアニエスは、ダングルテールの一件を話し始めます。しかし、正直に言って、なめて居ました。恐らくアニエス自身は、こう言った話をするのに向いた性格ではないのでしょう。なのに当事者の口から語られる事件は、私の脳裏に生々しく当時の光景を浮かび上がらせます。
自治区とは名ばかりの寒村だったダングルテール。これと言った産業も無く決して裕福とは言えなかったが、そこには確かに人々の笑顔があった。
それが突然、終わりを迎える事になる。
まるで生き物のように、人々を喰らう炎。
それは大切な人達も呑みこみ、決して返してはくれない。
肉が焦げる様な、絶望的な死の臭い。
私には、ほんの僅かに察する事しか出来ません。話をする間も、かたく握りしめられた拳が震えて居ました。
話しはその後の事に移り、どの様な経緯で今に地位に着いたかを簡潔に話してくれました。余りにも簡潔すぎて、如何でも良い事の様に聞こえます。きっとアニエスの心は、未だ炎に包まれたダングルテールに居るのでしょう。
(コルベールと言う存在を知らなければ、直ぐにでも望む物を与えていたでしょうね)
それが私の素直な感想でした。
「目的は復讐ですか?」
私がそう聞くと、彼女は僅かに首を縦に振りました。思わず出かかった溜息を、何とか呑みこみます。
「あなたの復讐は、何処まで行けば止まるのですか?」
「何処まで……とは?」
「実際に村を焼いた者達は殺しますか? それを指示した者達は? それらの身内は? そう言った者達をのさばらせておく貴族達は?」
「何が言いたいのだ?」
アニエスの顔に、苛立ちが混じります。
「そう言った意味では、最も責任があるのは陛下……と言う事になりますね」
私がそう口にすると、その意図をくみ取ったのでしょう。アニエスの顔が怒りに染まりました。
「復讐を諦めろと言うのか?」
「いえ。復讐自体を止める気はありませんよ」
「それならば何故?」
「冷静になれ……と言っているのですよ。ダングルテールの件は、当家も調べたのである程度は知っています。たどる順序はあなたと逆でしたが」
「逆? と言う事は、まさか!? 知っているのか!?」
何を? 等と聞くまでもありません。
「黒幕と作戦に参加した隊の、隊長と副長の名前くらいならね」
私の言葉に、アニエスの顔色が変わりました。
「教えてくれ!! それは「ダメですね」……なっ!?」
言い切る前に否定してあげます。
「冷静になれと言ったでしょう。今のあなたは、そう言った意味で信頼出来ません」
「わ わたしは冷静だ!!」
思わず「何処が?」と、聞きたくなってしまいました。
「今の自分の立場を理解していますか? 剣を欲する気持ちも理由も理解できますが、やり方が不味すぎる。下手をすれば、王家とドリュアス家の間に不和が生じかねません。国の事より私事を優先した時点で、とても機密情報は教えられないと思いますが?」
「ぐぅ」
呻っても、如何しようもありません。
「第一、先程の話にも不審な点があります」
私の言葉に、アニエスは唖然とし、次いで怒りからか顔を真っ赤にしました。当然ですね。誠意をこめて真実を話していたのに、うそつき呼ばわりされた様な物ですから。
「何故。アニエス殿は生きているのですか?」
私の質問に、アニエスは反応出来ませんでした。
「当時のアニエス殿の年齢を考えると、炎に燃え盛る村から逃げ延びる体力があったとは思えません。誰かが助けに来るまで隠れるにしても、炎に包まれて燃え尽きたダングルテールでは、助かる見込みは皆無と言って良いしょう。では、何故助かったのか? その辺の話がスッポリ抜け落ちているのですよ」
「それは……」
アニエスにとって、ここが私を説得出来るか否かの瀬戸際です。必死に記憶をたどり、その事を思い出そうとして居ました。そして……
「気が付くと、浜辺で毛布に包まれていた。その前は、……誰かに背負われていた」
「誰ですか?」
「分からない」
「分からない? 同じ村の出身なら分かるでしょう?」
ダングルテールの人口は、死者の数(百二十九人……妊婦の方を入れて百三十一人)から考えて、恐らく百五十人……多くとも二百人に満たないハズです。そんな規模の村なら、全員が顔見知りと言って良いでしょう。分からないはずがありません。アニエスは思い出そうと、記憶の底を必死に探っている様ですが……
「いや、やはり分からない。だが、首筋に酷い火傷のあとがある男だった」
そこで彼女の思考は止まってしまいました。それでは意味がありません。
「アニエス殿は、本当に疫病が発生したらどうしますか?」
突然の話題変化に、アニエスはついて来れませんでした。
「その疫病は致死率と感染力が非常に強く、放置すれば甚大な被害が予想されます」
「何を……」
言いたいのだ? と、彼女が言い切る前に話を続けます。
「そして将来の何十……何百万人の命と引き換えに、疫病が発生した人口二百人に満たない村を焼く事が決定しました。そしてその任務が自分に言い渡されたら、アニエス殿は如何しますか?」
「そ それは……」
軍人と言う立場上、彼女も上に逆らう事は出来ないでしょう。軍人とは、そう言う者です。
「そして任務の遂行中、疫病の発生と言うのが誤報や嘘だと気付いたら? そして目の前に、まだ生きた小さな子供が居たら?」
「何が言いたい?」
アニエスの表情に、僅かに敵意が混じります。
「もう、分かっているのではないですか?」
私がそう言うと、アニエスは大きくため息を吐き俯いてしまいました。
「……そう だな。私を助けたのは、私の両親を……友を……皆を殺した奴なのだな」
そのままアニエスが落ち着くまで間を取ります。……等と考えて居たら、アニエスが先に口を開きました。
「ギルバート殿は、何故そんな話を?」
「“調べた”と言ったでしょう。それは先程言った者達の、その後にまで及びます。その中の一人に、思う所があっただけです。もちろん復讐を否定する気はありませんよ。復讐者と言う意味では、ドリュアス家も同じですからね」
「……同じ?」
アニエスの口から洩れた疑問に、私は頷きました。
「本来なら私には、4つ上の姉が居るはずだったのですよ」
「それは……」
「……毒殺でした」
「なっ!!」
アニエスの顔が、驚きで歪みます。
「ドリュアス家の人間が、貴方に好意的な理由……これで分かったでしょう」
アニエスは再び俯いてしまいました。彼女の性格からすると、自己嫌悪で顔を上げられないと言った所でしょう。
「もう一度、自身の復讐について考えてみてください」
私はそう言って立ちあがり、聞き耳防止用のマジックアイテムを停止します。そして、執務室を出て行こうとした所で……
「私の敵とドリュアス家の敵は、同一人物なのか?」
私が振り向くと、アニエスは俯いたままでした。
「はい」
肯定だけして、私は執務室を出ました。
アニエスは私の問い掛けに、どの様な答えを出すのでしょうか?
次の日から父上と母上に事の次第を報告し、工房に籠る事にしました。未だにアナスタシアに負けた事を引きずっているみたいですが、任せるしかありません。
(何か大きなミスをして、十倍になって帰って来るとか無いですよね?)
不吉な事が頭をよぎりますが、気にしていても始まりません。アニエスの休暇も残り僅かとなり、もう作り始めないと間に合わないのです。
何だかんだ言って、アニエスがちゃんとした答えを出すと信じてしまっているんですね。原作知識を過信しないと決めたのに、如何しようもありません。自分の甘さに、呆れてしまいます。
しかし残り時間を考えると、こだわった物を一から作るのは不可能です。ある程度妥協するか、既にある物から流用する必要があります。そこで目に入ったのは、試作で作った属性剣のロングソードでした。
ミスリルやコルシノ鋼等の魔法金属は使って居ませんが、チタン合金やタングステン・ベリリウム合金を使っているので、武器単体としても父上と母上が使っている物に遜色がありません。本来メイジではないアニエスには、雷の属性付与は何の意味がありませんが、インテリジェンスソード化すれば属性剣の力を十分に発揮出来ます。
「アニエス用に改造しなければいけない所は……」
絶対条件となるのが、《魔法吸収》能力です。今はビターシャルが不在なので、これはルクシャナに依頼するしかありませんね。断られそうですが、こちらには奥の手があります。
それに合わせて必要になって来るのが、吸収した魔法力を保存しておくための貯蔵庫です。これはアロンダイトと同じ宝石を使えば問題無いです。持ち主が魔力をチャージ出来ないので、貯蔵量は多目が良いでしょう。それは鞘と柄の両方に必要になります。
後は鞘に込める術式ですが、《帰還》はアニエスがメイジでは無いので中途半端(契約が出来ないので、持ち主への転送が出来ない。但し刀身を鞘へ転送する事は可能)になってしまいます。《帰還》は保留にするとしても、《障壁》と《治癒》は入れておくとして、……ダメだ。思いつきません。《戦歌》が使えれば良いのですが、こちらは使う度に細かい調節が必要なので、ルーンとして組み込むのは不可能です。
一応、攻撃《雷》と防御《障壁》回復《治癒》は揃っているので、そこまで深く考える事は無いでしょう。インテリジェンスソード化するので、アニエスが万が一暴走した時のストッパーとしても期待出来ます。《帰還》の導入ですが、よく考えてみたら敵に奪われないようにする為に、私と契約しておくと言う手もありますね。
後は見た目の調整位ですか。鞘の方に時間がかかりますが、それ位なら何とか間に合いますね。
まあ、とりあえずルクシャナの説得が第一です。
私は剣の仕様が完成した所で、キッチンへと向かいました。
先ず用意するのはマンゴーです。今回はこれが無いと始まりません。それからミルクです。それにレモン。風味づけの白ワイン。そしてハチミツ。
ドリュアス家の温室で作られたマンゴーを、三つほど皮を剥き種を取ります。それを約1センチ角に刻み、約半分をボウルに入れ潰してジュースにします。それを濾して、不純物を取り除いておきます。
次にミルクをボウルに入れ、レモン汁を少しずつ入れながらかき混ぜます。適度に固まった所で、先程のこしたマンゴージュースと混ぜます。比率はマンゴージュース2に対して、レモン汁入りミルク1です。レモン汁を入れたミルクは、ヨーグルトの代わりですね。
出来た物に、温室で飼っているミツバチの巣から取ったハチミツを適量混ぜて甘味を強化します。隠し味に白ワインを適量入れて、ボウルに撹拌機(マリヴォンヌとの共同開発。ボウル固定型の撹拌機)をセットします。それを冷凍庫(これもマリヴォンヌとの共同開発)に入れて撹拌機のスイッチをONにします。残った1センチ角マンゴーは冷蔵庫(これもマリヴォンヌとの共同開発)の中に入れておきます。
ここまで来れば分かる人もいるでしょう。私が作っているのは、マンゴージェラートです。数時間待って完成したジェラートを、キンキンに冷やした器に盛り付けて、最後に冷蔵庫に入れたマンゴーを乗せて完成です。
カトレアとティア(+レン)にも味見してもらいましたが、大変好評でした。
……これでルクシャナを買収します。
この時間ルクシャナは、一人で押し付けられたダミー商会の事務を行っています。そこに乗り込みます。
「やぁ。こんにちは」
私が部屋に乗り込むと、不機嫌な顔のルクシャナが居ました。
「何の用?」
明らかに歓迎されていません。
「ちょっと、頼みたい事がありましてね」
私の言葉に反応して、ルクシャナの顔が不快そうに歪みました。嫌な仕事を押し付けられたとは言え、これは相当キていますね。
「実はまた、インテリジェンスソードの中身を用意してほしいのです」
「ダメよ。叔父さまからも固く禁じられているわ」
ビターシャルめ、余計な事を……。
「そうですか。仕方がありませんね。……カトレア」
「はい」
カトレアが、二人分のマンゴージェラートを持って部屋に入って来ます。一人分は100mlくらいで、その気になれば一口か二口で終わってしまう量です。残りは父上達の所へ送ってあります。今頃ティアやレンも含め、皆で食べている頃でしょう。
「そ それは」
「マンゴージェラートです」
「じぇらーと!? しかもマンゴー!?」
以前にミルクジェラートを食べさせたことがあります。その時も感動していたようですが、今回は更にエルフに人気があるマンゴーを使っています。これを「食べたくない」と言えるエルフは、存在しないでしょう。(思いっきり偏見が入ってます)
「さあ、カトレア。頂きましょうか」「ええ」
「えっ?」
マンゴージェラートは、私とカトレアの前だけに置かれています。そしてカトレアが一口食べた時点で、ルクシャナはようやく状況を呑み込めたようです。
「わ わたしを買収するつもり?」
ルクシャナの言葉に、私は返答する事無くニッコリ笑うと、スプーンに手を伸ばしました。それだけでルクシャナの口から「あっ」と、切ない声が漏れたのです。
「どうかしたのですか?」
私がそう聞くと、ルクシャナの顔が悔しそうに歪みました。
「はい」
私はジェラートが乗ったトレイを、そのままルクシャナの前に押し出してあげました。
「何の心算?」
「ちょっと意地悪が過ぎたと思いましてね。ビターシャルがあまりに封印封印とうるさかったので、ちょっと意地悪したくなってしまったんですよ」
「そうなの? まあ、そう言う事なら良いけど」
まだちょっと警戒している様ですが、誘惑に負けたルクシャナはスプーンを手に取ります。
「頂くわ」
ルクシャナは平静を装いながら、ジェラートをスプーンで掬います。口元が緩み目がジェラートに釘付けなので、全くと言って良い程隠せていませんが……。そしてスプーンが口の中に入り込むと、釣り上がった目が垂れ下がり、ゆるくなっていた口元が更にゆるくなります。まあ、ハッキリ言えば、だらしない顔ですね。とてもアリィー君には見せられません。
「美味しいですか?」
「うん」
(少し幼児退行している様な気がするのは、気のせいでしょうか?)
私がそんな事を考えている間に、スプーンは容器と口を往復します。そしてそうなれば必然的に……
「無くなっちゃった」
まあ、当然ですね。そして訴えかける様な目で、私の方を見て来ます。
「もっと欲しいですか?」
コクコクと頷くルクシャナですが、私がニッコリと笑うと途端に顔を引き攣らせます。何か良い事でもあったのでしょうか?
「私のお願いを聞いてくれるなら、好きなだけ食べさせてあげますよ」
「条件を言って」
「もう言ったでしょう」
「? ……ッ!?」
一瞬分からなかったようですが、直ぐに私の言っている事に思い当たったのでしょう。そのまま悩み始めてしまいました。流石のルクシャナも、尊敬する叔父の言いつけを破るのは躊躇する様です。
良いですよ。待ちます。
……
…………
「分かったわ。叔父様には内緒にしてね」
暫く悩んで出した結論は、私の条件を飲むと言う物でした。予定通りです。これでアニエスが出発する前に、剣を完成させる事が出来ます。
剣は無事に完成させる事が出来ました。が、肝心のアニエスから何のリアクションもありません。
ディーネに様子を聞いたところ、元気がなく何か悩んでる様子とのこと。私が言った事を、真剣に考えてくれているようです。……正直に言って、安易に考えず真剣に考えている事に好感を覚えます。復讐に取り憑かれた人は、思考を放棄してしまいがちなのでかなり心配していました。
「ユース。如何なると思う?」
「知らん」
私が話しかけたのは、アニエス用に作成したインテリジェンスソードです。復讐でなく正義の為に戦って欲しいという思いを込めて、銘はジャスティスとしました。雷属性から、何故か正義を連想したのもあります。人格名はユース……正義の女神であるユースティティアから、その名の一部を頂きました。(一時期アスランと、どっちにしようか悩んだのは秘密です)
「知らんとは冷たいですね。担い手になるかもしれない人間に対して……」
「面識もない人間の心配なんかできるか。それに僕の担い手になると言うのなら、それ位の試練も越えられない奴はお断りだ」
ドライですね。アニエスと上手くやって行けるのか心配です。
私の心配をよそに、時間ばかりが経過します。そしてとうとう、アニエスの残り休暇が無くなり滞在期限が来てしまいました。
「お世話になりました。おかげ様で十分に傷をいやす事が出来ました」
そう言えば、名目上は療養の為にドリュアス家に来た事になっているのでしたね。しかしアニエスの様子を見ると、明らかに元気がありませんでした。これでは療養に来たのか、凹みに来たのか分かりません。
それは周りも良く分かっているのでしょう。一様に顔を引きつらせ、そして縋る様な視線を私に向けて来ます。確かにこの状態のアニエスを帰せば、王家のドリュアス家に対する心証が悪くなるかもしれません。
……仕方がありませんね。
「アニエス殿」
「ギルバート殿」
「その様子では、まだ悩んで居る様ですね」
「いや、答えは出ているのだ」
意外です。既に答えは出ているのですか。でも、それだけではないはずです。続きがありますね。
「しかし、どうしても……」
――――赦せない。明らかにアニエスは、その言葉を飲み込みました。
それも仕方がないのでしょう。これまでのアニエスの考えは、“ダングルテールの虐殺に関わったも者は全て殺す”だったはずです。その絶対的な目標が、私の話を聞いて揺らいでいるのでしょう。それを理性では好しとしていても、感情が許さない……と言った所でしょうか?
「既に言ったと思いますが、復讐自体を否定する気はありませんよ」
「そうかも知れないが……」
以外ですね。私の勝手なイメージですが、アニエスはもっと融通がきく性格だと思っていました。……いや、それだけこの復讐が、彼女にとって重要で譲れないと言う事なのでしょう。
「まあ、ギリギリ及第点ですかね」
「なにを……」
私はジャスティスを、鞘ごとアニエスに突き出しました。
「銘はジャスティス。宿る人格にはユースと名付けました。挨拶なさい」
「《正義》のジャスティス。ユースだ」
まだアニエスを、担い手として認められないのでしょう。態度が、物凄く素気ないです。
「お目付役として彼を預けます」
「良いのか?」
ジャスティスを受け取りながらも、アニエスがそんな事を口にします。
「他人の立場に立って考えられるだけで、十分に資格はありますよ。それに、お目付役と言ったでしょう。アニエス殿が自身を律し、トリステイン軍人として恥ずかしくない行動をしている限り力を貸しましょう。但し、その道を外れた時には、アニエス殿と手を切り私の下へ帰って来るように細工してあります」
アロンダイトとの違いは、形状がロングソードである事と人格に加え、刀身に魔法金属を使って居ない代わりに雷の属性が付与されている事です。そして鞘の《帰還》対象が、剣を鞘へは可能ですが、剣と鞘を担い手へが出来ません。その代わりに、私の手元に来るようになっています。もしアニエスが道を外れたり盗難に遭ったら、ジャスティスは私の所へ転移して来るでしょう。その為に鞘の魔力キャパシティは、大幅に強化してあります。
「ふんっ。こんな奴じゃ、一月持たないんじゃないか? そもそも……」
余ほどアニエスの態度を、腹に据えかねていたのでしょう。ユースが説教を始めてしまいました。その中には、かなり辛辣な言葉も含まれています。
「ユース」
私がその態度をとがめると、途端に黙り込んでしまいます。ユースの態度が悪すぎます。本当に大丈夫なのでしょうか?
「それ位が良い」
「え?」
私の心配は、アニエスの満足げな声に遮られました。
「今の私は信頼に足る人物では無い。だが、何時か認めさせて見せよう」
今のアニエスには、何処か吹っ切れた様な雰囲気があります。今の話の流れで、如何してそうなるのか私では理解できません。彼女が帰った後も、首をかしげる事になったのでした。
アニエスの帰還後に、私は自分とアナスタシア用の固有武器の製造に入りました。
アナスタシア用の物は、直ぐに鉄扇(ミスリルだからミスリル扇?)に決まりました。親骨の一本を杖として、もう一本の親骨と中骨にアロンダイトの鞘と同様の術式を組み込む予定です。扇面(地紙)にもミスリルを使い、茄子の花でも描こうと思います。紫は昔から高貴な色とされて来たので、貴族としても体面も十分に保てるでしょう。親骨に宝石を仕込めば、魔法を吸収した際に魔力の貯蔵も問題ありません。
私のはアロンダイトとほぼ同じ作りにしようと思います。形状は刀なのは当然として、大太刀・小太刀×2・匕首と四本必要です。
ちなみに、属性付与は施しません。いえ、施せません。属性付与すると、杖としての性能に干渉してしまう事が分かったのです。色々と試してみましたが、この問題を解決する事は出来ませんでした。属性金属の思わぬ欠点です。属性剣は、非メイジであるアニエスやサイト用になってしまいました。
まあ、それは良いでしょう。それよりも問題になっているのは、ルクシャナをどうやって買収するかです。切り札のジェラートを使ってしまったので、別に何かを考えて……
「ギルバート!! 不味い事になった!!」
「なっ!?」
突然私の部屋のドアが開き、ビターシャルが入って来ました。彼にやましい気持ちがあったので、物凄く驚いてしまいました。
「な なんですか? 突然人の部屋に……」
「悪いがそんな事を気にしている場合じゃない!! オルレアン公が死んだ!!」
「へっ!?」
「毒殺だ。犯人は貴族派のバカ共で間違いない。そしてオルレアン公の死を知ったジョゼフ王子は……」
そこまで言い掛けて、ビターシャルは身を震わせます。私もようやく事態がのみ込めて来ました。
「周りへの被害は?」
「そうだな。先ずは……」
ビターシャルから語られる被害に、私は顔を顰めます。どうやら原作ほど状況は酷く無い様ですが、そんな事は気休めにしかなりません。ジョゼフ王子に依頼され、心神喪失薬も渡したようです。
報告が遅れに遅れたのは、オルレアン公の死が未だに極秘とされているからです。後に聞いてみましたが、この時点でマギ商会や情報部は、この事実を掴んで居ませんでした。
「こちらでも何か手が打てないかやってみます。ビターシャルは、引き続きジョゼフ王子に張り付いてください」
「分かった」
頷くと、ビターシャルが私の部屋から出て行きます。私は対策を打つ為に、ファビオの所へ向かいました。しかしそんな悠長な事をしている場合でない事を、二週間後に思い知らされたのです。
……水の精霊の訪問によって。
「重なりし者よ。我が指輪が奪われた。とりか……」
「何さらしとんのじゃ!! このうっかり精霊!!」
あっと言う間に意識を刈り取られましたよ。世の中理不尽です。
後書き
二週間で仕上げる心算が、何時の間にか一月経過していました。
読んでいただいてる皆様には、本当に申し訳ありません。
ご意見ご感想をお待ちしております。
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