占術師速水丈太郎 白衣の悪魔
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27部分:第二十七章
第二十七章
彼が向かった場所は北海道庁旧本庁舎、通称赤煉瓦であった。左右対称の赤い建物が彼の前で白く雪化粧していた。彼は今そこの庭の前にいた。
この赤煉瓦は札幌市民だけでなく北海道の者達にとっての誇りである。明治時代中期に建てられたアメリカ風の煉瓦造りであり建築資材の多くは北海道のものを使っている。同じく赤煉瓦で有名な旧海軍兵学校の建物はイギリスからわざわざ輸入したものであるがこれこそが北海道の庁舎として相応しいと言えよう。
長い間北海道の中心であり高さは十階建てのビル程だ。とりわけ頂きに八角塔が目立つ。 これはかつての開拓使札幌本庁舎の塔をイメージしたものである。彼は今その庁舎の前にいた。そこで何かを見ているようであった。
「あれ!?」
ここで沙耶香の声がした。
「貴方もここに来たの」
「おや、奇遇ですね」
顔を向けるとそこに沙耶香がいた。雪の白い世界の中にその漆黒の姿を浮き上がらせていた。それはまるで天の雲の上に立つ堕天使のようであった。長いコートが翼に見える。
「ええ、何となくですが」
「私もよ」
沙耶香はそう返してきた。
「自然とここに足が及んでいたのよ」
「そうですか。それも同じですね」
「何故かしらね。何かを感じるのよ」
「何かを」
「そう、妖気をね」
沙耶香は言う。言いながらすっと庁舎の方に向かう。
「彼がいるのかしら」
「いえ、それはないと思います」
しかし彼はそう沙耶香に答えてきた。
「彼のあの独特の気配は感じませんので」
「それじゃあいないのね」
「は、少なくとも今は」
今は、と言う。これは彼もここにあの魔人がいたことがあるのを気配で感じていたからだ。あの圧倒的な殺気と妖気はそう消せるものではないからだ。
「ただ。『何か』が絶対にあります」
彼は言った。
「『何か』が」
「その『何か』が問題ね」
沙耶香も言う。
「さて、何があるのかしら」
「探ってみますか?」
ここで一枚のカードを懐から出してきた。それは九番目のカードである隠者であった。隠れた知性等を現わすカードである。まさに隠者に相応しい。
「このカードで」
「そうね。それじゃあ私も」
沙耶香も何かを手に漂わせてきた。それは赤紫の霧であった。まるで麻薬のような、妖しい香りと色を放つ霧であった。
「この霧で。確かめてみるわ」
「それでは」
速水が言ってきた。
「宜しいですね」
「ええ、何時でも」
沙耶香は答える。そうして彼女はその手に浮かび上がってきた霧を広め速水はカードを自分の顔の前で切ってそこから神秘的な紫の光を出してきた。その二つが今庁舎を包み込んだのであった。
すると何かが庁舎の中央に出て来た。それは黒い巨大な穴であった。まるで洞穴の入り口のようであり不気味で大きな口を開けていたのであった。
「これはまさか」
「間違いないですね」
沙耶香に答える。
「魔界への入り口です」
「そう。どうやらこれを使って出入りしていたようね」
「そうですね。ここで感じませんか?」
沙耶香に声をかけてきた。
「こうした出入り口が他にも」
「ええ、感じるわ」
速水は小アルカナのカードの目から、沙耶香は蝶達の結界からそれぞれ感じていた。どうやらこうした結界が札幌市内に他にも幾つもあるのだ。それを今わかった。
「あるわね。それもかなり」
「そういうことでしたか」
速水はここまで見てようやくわかったのであった。
「彼はこうした道を使って」
「間違いないわね」
沙耶香も答える。二人の読みはここでも一致していた。
「それでは迷うことはないわね」
沙耶香は言ってきた。
「ここはすぐにでも」
「はい」
速水も頷く。
「出入り口を破壊していきましょう」
「そうですね。それを一つにすればそれだけでかなり違います」
そこからさらに戦略を進めることも考えていたのだ。二人の考えはここでも一致していた。それは二人程の優れた術の持ち主だからこそであった。
「ではまずは一つ」
「ええ」
今度は沙耶香が答える。答えながらその右手に巨大な鎌を出してきた。見ればそれは風で出来ていた。正真正銘の鎌ィ足であったのだ。
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