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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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アンドリュー・フォーク


 Eグループ第一試合。
 戦術シミュレーター大会を全員で行う事はできない。
 一学年で5000人近い人数がいる士官学校である。
 ただでさえ、時間限界まで短縮させないようにしているため、一試合行うのに半日は時間がかかるだろう。それを全校生が同時に行えるほどに、戦術シミュレーターの筺体はないし、何より審判となる教官の数も足りない。

 結局、折衷案的に行われたのが五グループにわけて、最終週に各グループの優勝者による決勝戦を行うというものであった。
ランダムという名目ではあるが、それぞれのグループの人間を見れば、どのような集まりであるのかは一目瞭然である。
結果として最終週の、このグループは死のグループと呼ばれるほどに激戦が予想されていた。

 月曜から開始された大会は、トーナメントで半分ずつが消えていき、最終日には決勝戦が開始されることになっている。
 幸か不幸か、ワイドボーンはシードとなっているため、二日目の二回戦から開始となる。それでも見学にと、千人近い人数が戦術シミュレーターの筺体に集まっているため、周囲は騒然としていた。

 まだ他のグループは通常通りに授業があるため、少ない方なのだろう。
 これが最後の決勝大会は授業すらも休みとなるらしいから、どうなるのか頭が痛くなる。
「いや、壮観だね。屋台でも出たら、凄い売上になるだろうね」

「部屋の中で屋台かよ」
 呆れたようにアレスが呟きながら、仮設に設置されたモニターを覗きながら答えた。現在、第一試合が開始されたばかりで、大きな動きはない。

 戦っているのは原作でも名前が出てこなかった人間であり、二学年の同級生もクラスが違うため誰かはわからない。
「でも、それくらいこのグループは注目が高いよ。各学年のトップクラスが集まっているわけだからね。そのグループに入れられた小市民のことも考えてもらいたいよ」

「お互いがあがれば、準決勝で当たりそうだな」
「その前に一学年主席が、僕の前にいるわけなんだけどね」
「こちらは三学年の主席だな」

「そっちは五学年の主席がいるじゃないか」
「主席だらけだな」
「……そうだね」
 スーンが深いため息を吐いた。

 その様子に、アレスが怪訝そうな顔をする。
「何だ。その顔は?」
「自分で気づいてないの、てか、ないんだろうね?」
「だから、何だと言っている」
「あのね。アレス――君は元々目つきが悪いんだよ」

「知ってるよ」
「それはおいておいてさ。でも、たまにそんな悪魔のような笑顔を見せるんだよ。ワイドボーン先輩と戦った時とかね。そうなったら僕は今まで敵が可哀そうだなって思ってたんだけど……その敵が今回は僕だった」
 がくっと項垂れたスーンに、酷いなとアレスは呟いて顔を撫でた。

 別段、表情を変えたつもりはない。
 ただ、もし彼らに出会う前であればここまで本気になることはなかっただろう。
 良い出会いがあったからこそ、負けられないと思う。
 そう考えれば、口の端がゆっくりと持ちあがる感触があった。

 負けないさ。
 そう考えたところで、背後から声が聞こえた。
 最初は周囲の雑音に紛れ込み、気づかなかった。
 しかし、何度もマクワイルドの名を呟かれれば気づかざるを得ない。

 振り返れば、そこにスーンほどの身長をした茶色髪の男がいた。
 狡猾な印象を持つ、蛇のような顔つきをした男だ。
 酷い表現であるが、こちらを睨むように見上げる表情はそう表現するのが適切に思える。

 アンドリュー・フォーク。

 アムリッツァの最大の責任者にして、子供の精神力を持ったと噂される人物。
 そして、困ったことに自分の同期となる人間であった。

 + + + 

「随分と余裕だな、マクワイルド候補生」
 取り巻きを数人連れながら、フォークは大げさな動作であざ笑った。
 同じ学年主席で、しかも原作では散々な言われようのワイドボーンとフォークであったが、決定的な違いがこれであった。

 ワイドボーンは孤高であり、自分のレベルに合わなければ徹底的に他者を切り捨てる。だからこそ、他者を見下すところがあり、人望がないとされている。
 逆にフォークは、他者を利用するのが非常に上手だ。

 周囲から自分を持ちあげてもらう事によって、現在の地位を確立しているのだ。
 同じ学年主席で、馬鹿の代表でもあるが、方向性は逆のベクトルで動いている。
「君などが勝てるわけがないだろう。そうは思わないか?」

「全くだ」
「マクワイルドは身の程を知った方がいいな」
 周囲の取り巻きが同調すれば、スーンは呆れたように息を吐いた。

 面倒との表現をあからさまに顔に出すが、こちらも同じ気分だった。
「思い込むのは勝手だろう?」
「はん。君の司令官だったか。名前を何といったかな……それよりも、彼が周囲から何と言われているか知っているか、マクワイルド候補生。他者の失敗を喜ぶ、自称天才だよ。何でも過去には千位以内にも入っていない奴にも負けたそうじゃないか」

「よく知ってるな。だが、その千位以内に入っていない先輩は、今回もしっかりと決勝大会に残っているが」
 苦笑気味にアレスは答える。
 彼が全くの無能と言えないところは、この情報収集力だ。

 周囲に持ちあげてもらうため、様々な噂を収集し、あるいはその情報を自分に有利に書き換える。だからこそ、アムリッツァでも政治家の軍事作戦に上手く相乗りをする事ができたのだろうが。
 全くの無能であれば、そこに至ることすらできなかっただろう。

 もっともこの妙に才能のあるところが、二千万人を犠牲にする羽目になるのだが。
「それで勝てるつもりか。僕のチームは、二学年主席である僕を含めて、四学年主席のシュレイ・ハーメイド先輩だ。人望も厚く、戦略眼もあり、戦術技能も十分過ぎるほどある。そちらの四学年は誰だったか、無口な男だろう?」

「おしゃべりよりはマシだな。雄弁は銀でしかない」
 けなそうとして、一息で返される様子に、フォークは奥歯を噛んだ。
 それでもただ叫ばないのは、他に考えていることがあるからだろう。

 その考えが手に取るようにわかる。
「他は暇があれば艦隊戦のDVDを見るオタク女に、使えない弱虫男か。なかなか素晴らしいチームのようだな、マクワイルド候補生」

 そうフォークが馬鹿にしたような笑いを浮かべれば、取り巻きが笑い声をあげる。
 しかし、その笑い声は長くは続かなかった。
すっと細くなったアレスの瞳に、フォークの笑いが止まった。
 表情をそのままにして、アレスは唇をゆっくりと持ちあげる。

「それは随分と古い情報だな。フォーク候補生――」
「な、何だと」
「時代遅れの情報がそんなに嬉しいのか? まして、相手の欠点を見て安心してどうなる。君は自分の実力に自信がないのか?」

「ふざけるなっ。そんなわけがないだろう!」
「なら、弁舌ではなく行動で見せろ」
 アレスが足を踏み出せば、同時にフォークが一歩後ろに下がった。

 取り巻きの男にぶつかり、助けを求める視線を送れば、アレスの気配の前に誰も口を挟めないでいた。
 動こうとしない様子に、フォークは唇を噛み、睨むようにスーンを見る。
「き、貴様も取り入る人間を考えた方がいいぞ」
「アレスの目がまともに見れないからって、僕に振らないでよ。それより、早く逃げた方がいいと思うよ。いまアレスが恐い顔しているから……」

「貴様ら後悔することになるぞ!」
 吐き捨てるようにいって、フォークは踵を返して歩きだした。
 走らなかったのは、僅かながらの矜持であるのか。

 それでも早足の様子に、取り巻きたちもついていくのが精一杯の様であった。
 その姿に、アレスは深くため息を吐いた。
「喧嘩を売るなら、最後まで売れよ」

「本人にとっては、売るつもりはなかったんじゃないかな」
「ああ。自分の思い通りの行動を、相手もとってくれると思っているんだろうな」
 なまじ、周囲に持ちあげてもらった反動であるのか。
 彼自身は、それが当たり前に思っているようだ。

 子供と評価されたのは、あながち間違っていないように思えた。
 いや、それが積み重なってアムリッツァに繋がるのか。
「どちらにしても、始末に悪い」
「人気者は困るね」

 そう笑いかけたスーンに、アレスは苦笑で答えた。

 + + +

「くそっ」
 取り巻きの集団と別れて、アンドリュー・フォークは短く毒づいた。
 トイレの洗面台。
 鏡に映る自分の姿を見ながら、フォークは苛立つ心を沈めるように、深呼吸をする。それでも心に残った苛立ちは簡単には抜けることはなかった。

 腹だたしい奴だ。
 そう呟いた心の中で浮かぶのは、先ほどまで会話をしたアレス・マクワイルドのことだった。
 二学年にして、成績は十四位。
 戦略や戦術論に優れているが、不得意科目の艦隊操縦と射撃実技に足を引っ張られている。むしろ、二教科も苦手科目がありながら、二桁の前半に順位が位置することは凄い事なのだろう。

 少なくとも、戦術という一点ではフォーク自身も勝てる気がしない。
 悔しいことであるが、ワイドボーンとの一戦を見て痛感させられた。
 勝てないと。それは認めよう、だが。
「十四位だ、十四位」

 所詮は成績が十四位であり、学年主席のフォークに比べれば遥かに下だ。
 本来なら並ぶことすら許されないのに、戦術シミュレーターでの戦いが全てを変えた。話題に上がるのはマクワイルドだけであり、フォークが注目されることは少なくなった。
それどころか。

 考えて、フォークは唇を噛み締めた。
 マクワイルドと同等の、いやそれ以下の成績の人間から当たり前のように話しかけられる。
 ただクラスメイトというだけでだ。
 今はそうかもしれないが、俺はもっと上に行く人間だ。

 同じと思われるのは、酷く苛立った。
 後悔させてやる。
 フォークは思った。
 今はせいぜい楽しんでおくがいい。

 だが、いずれ上にあがった時、貴様ら全員を後悔させてやる。
 その時が楽しみだと、鏡に映った自分の姿がゆっくりと笑った。

 
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