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戦場のヴァルキュリア 第二次ガリア戦役黙秘録

作者:白黄金虫
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第1部 甦る英雄の影
第2章 緑の迷宮
  出会い

 
前書き
 新章突入!
 ストーリーに絡めて欲しい原作がいたらリクエスト下さい。
  

 
 4月末の某日、『ヴェアヴォルフ』はガリア公国軍宿舎のラウンジにたむろしていた。ラムゼイ・クロウから待機命令が下り休暇が終了したからである。正規軍には複数の派閥があり、先祖は南部の豪商であるニューゲート家を頂点とした海軍閥と軍人一家リデフォール一族が束ねる陸軍閥だ。双方が相容れないことは正規軍の中では常識であるが、近頃はその常識が覆りつつある。ガリア公国の巨魁(実際はものぐさな中年の)ラムゼイ・クロウが率いる諜報部の活躍が大きい。
 事実、マルベリー陥落で戦力の半数を喪失した海軍とガッセナール城攻略の失敗で多数の損失を出した陸軍に替わり諜報部属の部隊が活躍するのは当然である。 しかし見栄だけは恐ろしく立派な陸海軍からすれば甚だ不快であり、出世欲の塊である多くの士官は諜報部をよく思っていない。
 現に、ラウンジで黒服に身を包んだアンリは名も知らぬ陸軍士官との口論に発展しかかっていたからだ。厳密には、アンリを侮辱したことにネレイが怒り士官に反論しただけだが。

「どうせ身内贔屓であげたような戦果のくせに大した言いようだな!? まともな訓練も受けていない素人より少し動けるだけでいい気になるな!!」

「他人を非難する前に上司の無能さをどうにしなさいよ! 食っちゃ寝食っちゃ寝してるだけなら赤ん坊でもやってるわ! 最悪なのはそこにごみ以下の人間のくせにプライドだけはいっちょまえなところね!」

「平民風情が大将を侮辱するか! 身の程を弁えろ女!」

「人間扱いしてやってるだけましよ! 汚ならしい蛆みたいな害虫って言えばいいわけ!?」

「なんだと貴様!?」

 可憐な容姿に反して辛辣なネレイの暴言に士官は激昂し拳を振り上げる。その瞬間、ラウンジの空気が凍り――

「うるせえぞお前さんら。体力あんなら訓練でもしてやがれってんだ」

 ふらふらとホロ酔いで現れたクロウの軽い口調で瞬時に緊迫感が消失する。片手に酒瓶を掴んだ諜報部少将に士官は同行者の下士官に至るまでぎこちない敬礼をし、アンリは呆れた顔で酒瓶を引ったくる。他の『ヴェアヴォルフ』隊員は(フィオネを除き)気だるそうに立ち上がり敬礼をする。

「あ、お前さんそれ俺さんがまだ飲んでんだよバカヤロウ」

「……少将、職務中の飲酒は――」

「やっかましい。俺さんは少将だぞコノヤロウ」

 ため息をついたアンリは一息に酒瓶の中身を飲み干し、制服を着ているときにはまず出さない女性らしい声でクロウを諭した。その様子はダメ親父をたしなめるしっかり娘のように見える。

「ほら、諜報部の宿舎に戻って。そこの方、少し頼まれて下さい」

 『青服』の下士官はあたふたしつたもクロウの肩を担ぎ、一礼してからラウンジを出ていった。あからさまにアンリをねめつける陸軍士官は舌打ちをして立ち去ろうとするが――

「ぐむぉっ!?」

 先んじて放たれた拳が顔面に炸裂し、大きく吹き飛ばされる。隊員たちは驚きのあまり、何が起きたのか理解できず呆気に取られるだけだ。殴った張本人のアンリは、つい先程の柔和な顔から一辺、能面じみた無感情な顔で士官を眺めている。そのままの表情で冷淡に告げた。

「本人の目の前で詰る度胸は認めるが、部下に手を出したことは見逃さない。次は骨を折られるつもりでいろ……私は少将の具合を見てくる」

 普段の平静な様子に戻ったアンリは、隊員たちに一言伝えると、足早にラウンジを出て士官室の方へと立ち去った。






「おおう、来なすったか。まぁ座って座って」

 出来上がった演技を止めた少将の言われるがままにアンリはソファへ腰かける。周囲に散乱した空き瓶の数を確め、呆れる。そもそも葡萄酒ごときでラムゼイ・クロウが酔うわげがないのだ。娘だからこそ、それを見抜けたのもあるが演技の腕は相変わらずらしい。
 背もたれに身を任せた諜報部司令は何も用意していないが、特務部隊の隊長を歓迎した。『ヴェアヴォルフ』への辞令は通常なら書類(諜報部のトップである目の前の酔っぱらいが作成、コーデリア大公が署名したものだ)があるはずだが、今回は極秘任務なのだろう。素手でクロウはテーブルに足を放り出す。

「お前さん、メルフェアっつー街は知ってるよな?」

「ガリア南部、クローデンの森近郊にある商業都市ですね。何か問題でも?」

 南部ガリアが抱える広大な森林地帯の近郊、ガッセナール城とも近い原生林は今やメルフェアを除き帝国の占領下にある。難攻不落の城塞と厳しい自然が敵を阻み守りを固くしているために、正規軍も手をこまねいているのが現状だ。
 クロウは急に面持ちを険しくし、声を潜める。

「メルフェアの東にある前線基地で反乱が起きやがった。どうも元革命派の連中が暴れたらしいが……俺さんの努力で上層部しか知らねえものの、バレんのは時間の問題ってヤツだ」

「兵士や国民、マスコミにことが露見するより早く、反乱を鎮圧せよ。と?」

「そうだ。おまけに、諜報員の知らせじゃガッセナール城に帝国の機甲師団が集結してやがるみたいでな。参った参った」

「自棄を起こしてどうするんですか。今夜は新月ですから、夜の内にクローデンへ向かいます」

「おう。そうしてくれや」

 スッと立ち上がったアンリは、ふと思い出して扉へ向かおうと踏み出した足を止めて振り返った。

「そこの棚に並んだ酒、後で手空きの諜報員に片付けさせるのでそのつもりで」

「お、おい!? 俺さんから酒を取ったら何も残らねぇぞ!?」

 狼狽えるクロウに「今さら無能です言われて、誰が信じるんですか」と残してラウンジの隊員と合流すべく退出したアンリは、ゆっくりと目を閉じ、また開く。穏やかな光は消え失せ、冷えきった無感情さに切り替わっていた。


 ・ ・ ・ ・


 クローデンの森に中世半ばに築かれた古城、ガッセナール城は第二次戦役勃発の直後に帝国軍によって陥落され、後に正規軍主体で行われた奪還作戦にて多大なガリア陸軍が多大な被害を被った場所だ。城を囲む森は緑豊かな原生林と高低差の激しい丘陵地帯であり、天然の要害である。
 そこも帝国の勢力圏に収められ、森に補給基地が構築され中央の戦力とガッセナール城の補給線として機能している。南部ガリア方面侵攻部隊指揮官のアルベリヒ・セグワンも、帝国本土から到着までに二日を要したほどだ。
 新兵器『クラーケン』と並行して開発した伐採車が無ければさらに日を要したに違いない。司令官室でメルフェア攻略のための作戦を練っていると、扉を叩く音がした。短く「入れ」とだけ答えると、入ってきたのは黒服のガッセナール城司令官だった。

「将軍閣下、偵察からの報告が」

「簡潔にまとめろ」

「は。現在、メルフェアにはガッセナール城に駐留していたガリア軍の大隊が駐屯している模様です。こちらの機甲師団で踏み潰せる数とのこと」

「よし。伐採車を先頭に第一陣を出撃させろ。遅れて二陣を出すのだ」

 薄暗く、閉めきった部屋の奥で指示を出すアルベリヒは人間離れした気味の悪さがある。司令官もその嫌な気配を感じたのか、僅かに顔色が優れない。『死神』と呼ばれる男が放つ異質な空気に飲まれそうになりながらも、彼は必死に堪えた。

「は。準備を急がせます。それでは、私はこれにて」

 言うべきことを言ってしまうと、司令官は逃げるように部屋を後にした。


 ・ ・ ・ ・


 メルフェア市に到着した『ヴェアヴォルフ』は強硬進軍の疲労を癒す必要に迫られ、日が変わるまでの間だけ休息となった。国民の戦意高揚を狙った喧伝により、アンリたちは今や英雄として人気を博していた。宿舎の周りには特務部隊の勇姿を一目見ようと市民が集まり、宿舎の中では義勇軍や正規軍の兵士たちがエースの来訪に沸き上がっていた。

(メルフェアか。確かこの辺りには美味いパン屋があるらしいが、探している場合ではないな……)

 アンリは広間になった場所で無念の情に項垂れていた。『天から賜った一品』と謳われるほどの味を誇るアリシア・ベーカリーのシナモンパンを目前にして食べられないことが残念でならないのだ。かのコーデリア・ギ・ランドグリーズ大公も好み、時には自作するほどのパンであれば余程の味である。

(……気になるが、外に出たら余計に疲れそうだ)

 ちなみに、アリシア・ベーカリーでは世にも珍しい虫パンとやらが看板メニューとして知られている。ランシールで食べたあのフカフカで柔らかな食感が懐かしく、機会があればもう一度口にしてみたいと思っていたほどだ。学校生活の華がパンというのもおかしなものだが、他に娯楽が無ければ仕方がない。

「あの……あなたがアンリ・クロウ少尉ですか?」

 ついに来たかとアンリも覚悟を決める。声のした方に振り向くと、柱の影からダルクス織りのケープが見えた。代々伝わる独自の模様が特徴の織物を身につけるダルクス人は多く、かのイサラ煙幕弾を単独で開発した天才技師、イサラ・ギュンターもダルクス模様のケープを愛用していたという。

「そうだ。私がアンリ・クロウだが、どうかしたのか?」

「あなたの部隊の戦車を、見せてもらえませんか?」

 おずおずと出てきたのは、やはりダルクス人の少女だった。小柄な体躯にダルクスのケープを羽織り、青みがかった髪はボブカットで整っている。淡い青色の軍服は義勇軍所属の証だ。少し前髪が長く、目元まであと少しで届きそうである。
 少女の言葉は以外にも、戦車にスコープを当てたものだった。変わった頼みだが、見せるだけなら構わないだろうと判断し、ゆっくりと立ち上がる。

「構わないが、あの戦車がそんなに特殊なのか?」

「いえ、噂で、何ですが……帝国がガリア侵攻直前に超重量級戦車を開発していたそうで、それの見た目に似ていまして……」

「よくある話だが興味深くもあるな。詳しく聞かせてくれ……それと、君の名前を聞いてなかった」

 少女は嬉しそうに微笑む。車庫へ向かい歩き出したアンリはふと立ち止まり、少女に訊ねる。先程の恥ずかしさと緊張でぎこちない顔だった少女は、満面の笑顔で明るく答えた。





「はい。義勇軍第四中隊第二小隊所属のイサラ・ギュンター伍長です!」  
 

 
後書き
 イサラは私の嫁。
 彼女の最期はゲーム、アニメとも号泣しました。

 『1』のキャラはグレゴール以外はゲームの方が好みですが、ダモンはもっとダサく死んでほしかったなぁ。アニメでボルグが死ななかったのは納得出来ないです。 
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