Black Engel and White Engels
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ガニメデ行政府編
第1章
「|開戦計画《Plan of attack》」
前書き
これは、ある男とある少女のお話。
ある事故で、男は死んでしまいました。
ふとした誤解で、ある少女は自ら死を選びました。
ふとしたきっかけで、2人は神に選ばれて、あることを頼まれました。
それは・・・
人類の宇宙進出と安全保障、そしてひょとしたら起こるかもしれないリリカルで、キュアキュアな世界への対処。
これは、転生してノリノリになる少女と、頭を抱えながら計画を推進する男の物語
2012年4月9日
確かに私は死んだはずだ。自分で言うのも変な話だが。確実に死んでいる。
100キロでノイバイからすっ飛ばしているタクシーに、正面から同じぐらいの速度を出しているトラックがぶつかれば、そりゃ死んでいるだろう。
私、柊一馬は都内の中堅私大を卒業して、これまた中堅商社に入社して、“これからはアジアの時代だ”の掛け声勇ましく、ベトナム・ハノイに赴任した。
赴任してかれこれ2年、久方ぶりの帰国から任地に戻り、ハノイ市内にはいろうとしたところでこれだ。全く。
別に死んだという感覚はない。なんでも、宗教での生死観はともかく、より生物学というか科学的に生物の死というものを考えたとき、それは細胞組織の活動の停止によるものらしい。死んだ時に21gほど体が軽くなって、魂が抜けたことによるものだという人がいるが、おそらくそれはミトコンドリアか何かが死滅した結果によるものではないかと考えたりしている。
そんなこんなで、私が一面真っ白な空間を歩いていると、ひとりの白い服を着た人物に招かれた。それは、まぁ、中性的な感じのする人物で、キリスト教なりイスラム教で描かれている“神”なのだと直感でそう思った。
「その通りだ。」
その人物、仮にそれを神と呼ぼう。神はどうやら私の思考がわかるらしい。なるほど。
「あなたは神ですか?」
我ながらおかしい質問だと思いつつ、そう尋ねた。
「そうだ。」
神は即答した。
「まぁ座れ。茶でも飲もう。」
そう神が指をさした先には、テーブルと椅子が3脚、そしてティーセットがあった。
私は座ると、神の分と自分用に紅茶を入れた。なるほど。いい香りがする。
紅茶にはそれほど詳しいわけではないが、ポットに横にある茶葉の入った缶を見ると、Fortnum & Masonと書かれていた。なるほど、通りで上手いわけだ。
「で、神様。不慮の事故で死んでしまった私に一体何のようなのでしょうか?」
私はまっさきに思った質問をぶつけた。
「まずはこのファイルを読んで欲しい。」
そう言って神が差し出したファイルを私は紅茶を飲みながら読んだ。
その内容はある意味衝撃的で、ある意味当然のことで、ある意味納得するものだった。
つまるところ、それは各並行世界における人類の終焉をまとめたものだった。
ある世界では産業革命直後に、選んだ素材が悪く大公害が発生して自滅。
またある世界では第一次世界大戦が長く続き、世界最終戦争と化す。
第二次大戦は数種類ヴァリエーションがって、ナチが核を持って世界に落とすシナリオや、1945年5月に米ソが開戦して第三次世界大戦になだれ込むシナリオなどがある。
それ以降も、キューバ危機が結局ケネディのミスで戦争勃発。フルシチョフがクーデターで失脚して戦争突入。
第四次中東戦争で、中東に米ソの緊張状態が発生した中で、イスラエルが核を使用して戦争勃発。
83年のエイブル・アーチャーをアンドロポフが戦争開始の合図と誤認して戦争開始。
などなど、人類破滅のシナリオが山のように書かれていた。
ふと私は疑問を神にぶつけた。
「これを読んだ限りでは、人類は21世紀に資源戦争で破滅するか、それを乗り切ったとしても、最後にアフリカで高齢化が始まって主として破滅するかしかありません。」
「そのとおり、どちらにしても人類は破滅するのだ。少なくとも21世紀中に宇宙空間への進出がなければ。その時、初めて人類は私の手を離れるだろう。」
「あなたがそこまでコミットする理由は?」
私は尋ねた。素朴な疑問からだ。
「そう。人類は私が創造したものだ。いわば、私の子供だ。子供が大きくなって外に出るのを喜ばない親がいるだろうか?」
「いくつか疑問があります。宇宙の始まりはビッグバンだったはずです。それを仕掛けたのはあなたですか?」
「そうだ。何もないところでは何も発生しまい。」
「なるほど。よくわかりました。」
これで物理学や宇宙を学ぶものの長年の疑問が溶けてしまったわけだ。“神が起こした”それが結論だった。よくわかる説明、ありがとうございます。
「でだ。そんな中でも、産業革命以後急速に人類絶滅の可能性が急上昇している。」
「そりゃそうでしょう。人類の数の増加のスピードと技術革新の速度があっていなのですから。人口爆発と技術革新の速度があっていれば、今頃人類は海底でも宇宙空間でも新天地を求めて進出していますよ。アメリカの政治家じゃないですけど、それがフロンティアなのですから。」
「そこでだ。私は人類にある程度のアドバンテージを与えて進出を促進させることにした。」
「なんですと?」
一瞬、私は我が耳を疑った。神が介入するということはどうなのだろうか?
考えてみれば、特にキリスト教はそうだが、天文学に関して進歩を受け入れてこなかった歴史がある。なにせガリレオの理論を受け入れたのは20世紀の中頃だ。
「そのために、君に協力して欲しい。」
「なんですと?なぜ私なのですか?」
私はカップをこぼしそうになりながら驚いた。
「適当に選んだのだが・・・君は意外と骨がありそうだ。」
適当だったのかよ。まぁ、確かにそれでしか考えられないが。
「で、これが君に与えるアドバンテージだ。」
そう言って、神から手渡されたファイルを私はペラペラと捲った。そして、その内容に驚愕せざるを得なかった。
・異次元にあるガニメデ型惑星(地球との公転差24日)
・大型レプリケーター36基
・小型レプリケーター無数
・クローントゥルーパーおよびその生成システム
・初期都市造成可能地形(モデル・横浜MM21、臨海副都心、ポート/六甲アイランド)
・初期造成建物群
・量子コンピュータ3機
など
「つまり、このアドバンテージを活かして、人類を宇宙空間への居住を推進しろと?」
「そのとおり。できればそれを21世紀中盤にはして欲しい。また、宇宙開発技術は80年代のアメリカを基礎にしたものしかない。」
私はその言葉に絶句した。
「ちょっと待ってください。50年以内に宇宙船から宇宙に居住可能な構築物の構築、惑星開拓技術、その他諸々をしろと?」
「そうだ。なに、地球時間の1日がその“ガニメデ”時間の24日、ほぼ1ヶ月に匹敵する。なんとかなるだろう。」
「なんとかなるだろうって・・・」
いくらアドバンテージがあっても、ワンペアしかないのにフルハウスの相手に勝てと言っているようなものだ。
「降りることは許されない。これに失敗すれば、私は人類に失望するかもしれない。」
私は黙って首を縦に振るしかなかった。
「さて、この契約はここまでだ。もう一つ、君にはやってほしいことがある。」
そう言って、神が手招きすると1脚の椅子が登場し、テーブルの上にカップが一つ現れた。
「彼女を此処へ。」
神がそう言って、近くにいた光る物体、おそらく天使だろう。もうなにも驚かない。に告げると、ひとりの少女が現れた。
「これもまた私がランダムに選んだ少女だが、彼女も一緒に救って欲しい。彼女は生きたい願望と死にたい願望の狭間でいる。」
「肉体的には?」
「死んでいる。」
なるほど。そう思って紅茶のカップに口をつけた。その神の言葉から、おそらくそうだろうとは推測していた。
「で、私にどうしろと?」
「あたしは、私は・・・」
彼女が小声で話し始めた。
「あたしは、誰からも愛されていないと思っていました。テレビで見たUNICEFのCMに出てくる親子でもそこには愛情があります。でも、あたしには愛情がないものだと・・・」
「あなたは虐待をされていたのですか?見た目高校生に見えますが。」
「いいえ。そんなことはありませんでした。」
「うん・・・これから言うのは独り言だからそのつもりで。」
「はい。」
「あなたは甘ったれていますね。まぁ、わからなくはありませんし、思春期はそうなのだろうと思いますが。そのCMの親子は私も見たことがありますが、そもそも置かれた立場が違います。彼女たちはダルフール紛争か何かで逃げてきた難民です。ダルフールを知っていますか?イスラム教徒とキリスト教の紛争に資源紛争が混じった世界最悪の内戦です。人間が基本的な生活を送るに必要なのはまさに、衣・食・住なのです。それがない彼女たちと一緒にしてはいけません。そして、国内では親に虐待されて死んでいく子供たちが多すぎます。動物の話ではありませんが、育てられなければ生むのをコントロールしなさい。日本は少子高齢化ですが、そこまでして虐待される子供たちを欲してはいません。そんなことで子供たちが死んでいっては、国家として、いえ人間としての尊厳に関わります。我々はルーマニアのチャウシェスク出ないのです。」
ここまで私は早口でまくし立てた。少し、興奮してしまったか?
「あなたがなんで自殺を図ったかは聞かないでおきましょう。聞いたところで、すでに死んでいるあなたには関係ないことです。」
「はい・・・」
この少女は私のあまりの迫力に圧倒されているらしい。小声に拍車がかかった。
「しかしまぁ、」
私は紅茶に口をつけた。
「あなたのご両親はあなたのことを愛していたのでしょう。そうでなければ、ここまで優しい人には育っていませんよ。なにせここは“無”の空間。あなたの考えていることや感じていることは私にもわかります。」
そう優しく話すと、彼女は泣き出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい・・・・パパやママに会いたい。会いたいよ・・・」
ここで初めて、自分の気持ちに気づいたらしい。なかなか難しいことだ。
確かに私も両親に会いたいが・・・
「で、私にどうしろと?」
私は神に向き直ってそう尋ねた。
「その世界には彼女も転生させる。その時、彼女を導いて欲しい。」
「なるほど。つまり私に彼女にとってのいいお兄さん、いやこの歳でははやおじさんですか。良きおじさんでいましょう。」
そう言って、私は彼女の頭に手をやって、撫でた。
「ごめんね。ひどいことを言って。あなたの名前は?」
「久瀬絵里です・・・」
消え掛かりそうな声で彼女は自分の名前を言った。どうも彼女の性格は優しいものの、引っ込み思案で大人しいようだ。外見はそう・・・赤いセルでできたアンダーリムのメガネをかけていて。髪はロングのストレート。体型は標準型か。もう少し自分が若ければ好みだったのだが・・・
「転生したらよろしくね。」
私がそう言うと、泣き止んだ彼女は私に向かって微笑みながらこう言った。
「よろしくお願いします。」
「で、転生する世界についてのバックグラウンドが何かあれば聞きたいのですが。」
私はそう再び神に向かって振り向くと、神は別のファイルを差し出した。
同じようにペラペラとファイルをめくった私は再び絶句した。
「1944年10月にレイテ湾に栗田艦隊が突入。マッカーサー戦死。その結果、硫黄島並びに沖縄攻略戦が3ヶ月遅れた。そのため、45年8月にソ連軍が樺太南部及び北海道北部に侵攻。留萌-釧路の線で停戦となり、旭川は分断都市となる。原爆は函館と旭川で炸裂。
その後祖国統一を求めて50年6月に朝鮮半島及び北海道で戦争勃発。状況にあまり変化なく53年に停戦。以降、状況は膠着状態となる。日本国は経済大国となり世界第2位の地位に上り詰める。また、日本民主主義人民共和国の驚異も存在することから、侵略用の兵器及び戦争は放棄するものの自衛権は保持すると基本法に謳っている。って、佐藤大輔御大の“征途”まんまじゃないですか!?嘉手納にスペースポートがあって、宇宙往復機でもあるんですか?」
「宇宙往復機はない。また、有人宇宙飛行もない。何故なら、整備新幹線計画に、特に東海道山陽・東北・上越・北陸を完成させた上に、各高速道を建設したからだ。」
「なるほど。」
そう言われて私は納得した。そりゃ宇宙開発なんて金のかかる遊び、できないわな。
「ただ、もうすぐ嘉手納から有人宇宙飛行はできるようだ。」
「なるほど。宇宙進出の可能性はあるわけですね。」
私は大雑把に肩をすくめて言った。
「人類の件、彼女の件、よろしくお願いするぞ。」
神は席を立ち、私に言った。
「彼女の転生はどうなるのです?肉体が死んでいる以上、元の世界には無理でしょう?」
「無論そうなる。」
神は答えた。
「1983年の誕生から再びやり直すことになる。」
同い年になるんかい。
「彼女がそれから4年後には、その惑星に行くための“ゲート”が開くはずだ。それから、あなたは彼女をサポートして欲しい。」
「なるほど。私はそれまでに精強な軍隊と宇宙進出技術と。シムシティ並み、いやシムアース並みの惑星開発を行ってそれに備えなければならないわけですな。」
もう何回目になるだろう。驚愕と驚嘆と唖然の感情を行き来するのは。
「ま、ひとつやってくれや。」
おいおい。急にフランクになったな。
そう思ったとき、周囲の風景が暗くなってきた。
「時間が来たようだ。あと、その世界には夢も魔法も幻想もあるんだよ。」
なに?去り際に神がとんでもない爆弾を言ったような気がする。
「まさか、リリカルマジカルな事象や、よく分からない異世界から侵略してくる敵をアクション満点に叩く事象や、惑星名がついた戦士が5年も6年も戦う事象や、なぜか天使がウェディングドレスを着て戦う事象や、異世界を剣と魔法で旅する事象や、看護婦がバトンを持って戦う事象などが発生するのではあるまいな?
おいおい。勘弁してくれ。何もかにもでは手に負えないぞ・・・
まぁ、優秀な官僚機構を作ってしまえばいいや。
あとは司法権と行政権の分離か。変な話、国家ではないのだから従来の日本国の基本法。法律、政令などを準拠する形にすればいい。その都度、法令集を導入して対処すれば立法機関は存在しなくとも良い。
さてさて、どうなることやら・・・・
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