戦国異伝

「言ってみよ」
「はい、何故殿はあ奴に寛容なのでしょうか」
「それがわまりませぬ」
　信長にその馬首を向けて話す。
「どうしても」
「わしから見てあ奴は悪い者ではない」
「殿が見られたことですか」
「だからですか」
「安心せよ、弾正は確かにこれまで多くのことをやってきた」
　このことは事実だ、紛れもなく。　
　だがそれでもだとだ、彼はこう言うのだ。
「しあかしその根はじゃ」
「悪くないと」
「そう仰りますか」
「そうじゃ」
　まさにそうだというのだ。
「だからわしは最初からあ奴はな」
「重く用いられていると」
「だからですか」
「そうじゃ、資質も流石じゃ」
　これもよいというのだ。
「まあ見ておれ、この度もじゃ」
「責を果たしますか」
「そうすると」
「その通りよ」
　信長は確かな声で言い切る。
「わしはそう見る」
「ではここはですか」
「こ奴に」
「そうじゃ、では弾正よ」
　信長は松永自身に声をかけた。
「やってみせよ」
「さすれば」
「褒美は何がよいか」
「そうですな、茶器が欲しいですな」
　松永は飄々としたまま信長にも応える。
「それなりのものを」
「そうじゃな、ではよい茶器をやろう」
　無事に朽木を説得出来たならというのだ。
「楽しみにしておれ」
「さすれば」
　こう話してそうしてだった。
　松永は朽木の砦に向かった、そしてその門の前でこう言ったのだった。
「朽木殿はおられますか」
「むっ、殿に何か用か」
「誰じゃ、一体」
「織田信長様の家臣の一人松永久秀じゃ」
「何っ、松永！？」
　この名前を聞くとだ、砦の仲が一気に騒いだ。言うまでもなく松永の悪名の高さ故にである。
「あの悪弾正が来たのか」
「一体何を企んでおる」
「まさかこの砦を焼き討ちするのか」
「東大寺の様に」
「ははは、その様なことはしませぬ」
　騒ぐ彼等に松永自身が笑って応える。
「朽木殿にお話があって参りました」
「そういえば松永殿は殿と知己らしいが」
「しかしのう」
「あの悪弾正だぞ」
「本当に何を企んでおる」
「やはりここは何かするだろうな」
　多くの者があからさまにおう思っていた、松永を信じず忌み嫌う者は織田家の中だけでなく外にも大勢いるのだ。
　むしろ外の方が多い、その彼等が言うにはだ。
「うむ、ここはどうする」
「入れるか、入れざるべきか」
「ここで消すか」
「それが「天下の為かのう」
「悪弾正、討つか」
「それから右大臣様をご案内するか」
　とにかくあからさまだった、朽木家の者達は信長よりも松永の方を危険に思っていた、むしろ殆どの者は信長は今は考えの外に置いていた。
　それでだ、彼等は話すのだ。
「右大臣様は我等にも厳しいところもあるが公平で寛大だしのう」
「殿にも領地を安堵してくれた」
「税も軽いし田畑や堤を整えてくれる」
「山賊等も退治してくれたし」
「実によい方じゃ」
「右大臣様ならよい」
「うむ、あの方ならな」
　信長についてはこうした評判だった、彼は朽木の者達にも善政を行ういい殿様だった、そしてこの話は松永の耳にも入っている。