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ドラゴンクエスト8 時の軌跡

作者:フレア
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01

’’助けて……’’

彼女は、おぼろげな意識の中で叫び続けた。

’’助けてください……’’

四肢の自由を奪う鎖は微動だにせぬまま、彼女を縛り付ける。彼女の身体に巻きついた無数の鎖は、何百年経ったのか、朽ち果てている。しかし、広げられた両腕に刻まれている刻印は、鋭い光の鳴動を繰り返していた。
悠久に等しい時間が、すでに彼女の中では過ぎていていた。友と駆け回った大地も、波打ち際で遊んだ海も、そして暖かな風を頬で感じていた空も、彼女には遠い時の記憶でしかない。
だが、それは彼女自身が望んだのだ。世界を、救うために。導くために。人々が、幸せに暮らせるように。世界に下された罰を、彼女のみが一心に受け止めて。今、平和な時を人々が過ごせているのは、彼女が人々の代わりに罰を受けているからだ。

’’助けてください……’’

その叫びは、痛みからではなかった。
偽りの平和が終わりを告げる時がきたのだ。彼女によって護られた、泡よりも脆く、不安定なこの平和が。
だからこそ、彼女は叫び続けた。誰にも届くはずのないと知りながら、誰かに届いて欲しいと祈りながら。

’’助けてください……この世界を……’’

冷たい空気が流れ、外界からは完全に閉ざされた部屋の中で、夢か現実か区別のつかない世界の中、小さな叫びは空気に溶けるように消えて行った。















やたらと天気が良い日だった。暖かい、というには少し暑く、太陽の光がじりじりと地を照りつける。雲一つ無い空を仰げば、鳥が舞っている。
ーー穏やかな日々。代わり映えしない毎日だ。
そんないつもと同じトラペッタの道を、ミストは歩いていた。

「お、おはようさん。今日は何を買いに来たんだい?」

トラペッタの市場にて。雑貨屋の主人が店前で立ち止まったミストに話しかける。
ミストは軽く会釈をしてから目的のものを言った。

「いつものをお願いします」
「え、いいのかい?珍しい西瓜って果実があるんだが・・・・・・」
「へえ・・・お客様は喜びますかねえ・・・・・・」

顎に手をやりしばし思案するミスト。
彼女のいう『お客様』というのが雑貨屋のものではなく、少女のものだと主人は瞬時に判断した。

「もちろん。噛むと甘い果汁が溢れ出てきてなーー」

その西瓜という果実を、両手で持ちながら熱弁する主人。外見だけでいえば、やたらと大きい上に、緑色で縞模様が入っている玉にしか見えなく、食欲が全く湧かない。
まあ、職業柄嘘をついてでも売らなければならないのだろう。彼だって生活がかかっているのだ。それに、赤字を出せば、妻が文字どうり鬼の形相で主人を殴りにかかるだろう。
最近めっきりこの町に来る人が減った。理由はただ一つ。魔物が凶暴化したからだ。一日前には行商人が町周辺で死体で発見された。聞いた話によると、死体は無残にも食い荒らされていたという。そんなご時世、外を出歩く者などほぼ誰もいない。つまり、魔物のせいでこの町にはほとんど誰も来なくなった。雑貨屋だけではなく、この町全ての店が閑古鳥が鳴いている状態、というわけだ。
客は一人でも多い方が良い。客は町の住民だけしかいない状態なら、なおさらだ。

「ーーってことで買わないか?今ならたったの80Gだ!」

ミストは心の中で溜息を吐いた。こんな得体のしれないものに80Gも。
そもそもどうやって食べるのか 。あの緑色の硬そうな皮を食べるのだろうか。

「今回は遠慮しときます・・・・・・」

興味はあったが、 そう答えることにした。残念ながら彼女は無駄金を使うような余裕は無い。

「そうかい・・・・・・」

主人は残念そうな顔をし、手早く麻の袋に色々詰め始めた。

「いやー、それにしても最近この町に来る人が減ったよねー」
「そうですね」

どうやら今度はただの世間話らしい。
ミストは財布の中身を探りつつ、相槌を打った。

「魔物は暴れるわ町の外には出れないわカミさんには殴られるわ、もう踏んだり蹴ったりだよ・・・・・・」
「大変ですね。いくらですか?」
「125G」

貨幣を雑貨屋に渡し、品物を受け取るときに、ふと目をやると町の入口から、馬車が引き摺られてくる光景が見えた。
馬車を取り巻くように歩いているのは、赤いバンダナに黄色いコートという目立つ格好をしている少年と、背は少年の半分ほどしかないが、太り君の人相が悪い中年男だ。
その二人に共通する点は、武器を背に携えているということだ。

「珍しいですね。旅人なんて」
「お、おいミスト!!あれ・・・・・・あれを見てみろ!!」

主人が震える手で指差した方向には、魔物がいた。
カエルの顔面を潰したような醜い顔と、緑色の肌を持った魔物が馬車の御車台に座っていた。その魔物は、町の人々に笑いかけるが、目が合った住民は短い悲鳴を上げて去って行く。

「魔物がどうかしましたか?」
「どうかしましたかって・・・・・・魔物が町に入ってきたんだよ!?ほら、早く僕らも逃げないと!」

主人の顔は恐怖感で青ざめていた。
しかし、ミストは首を傾げた。

「逃げる必要なんてないんじゃないですか?」
「何で!?」
「あの魔物と一緒にいる人たちが押さえつけてくれますよ」
「根拠はどこにもないだろう!?あの二人も、魔物の手下っぽいし・・・・・・!」
「まあ、暴れたら暴れたでライラスさんが何とかしてくれますよ」

マスター・ライラス。この町には最強と謳われる魔法使いがいる。彼なら、あんな魔物など、赤子の手を捻るより簡単に始末できる。

「それに、まだ何もやってませんよ」
「・・・・・・」

ミストの正論に、主人は黙るほかなかった。





夕方になると、酒場は一気に客が訪れる。仕事を終えた男たちが、癒しの場を求めて。

「ミストちゃーん!!こっち酒三つー!」
「はーい!!」

ミストはトラペッタの酒場の看板娘である。端正な顔つきに、華奢な身体というのが、男からの人気の理由だとか。
だが、彼女は、バニーガールの服を着ない。バニーガールといえば、酒場の定番だが、昔に酒場のマスターがミストにバニーの服を着るように言ったら、顔面を殴られてしばらく鼻血が止まらなかったという。それ以来、マスターがバニーの服を着るように言うことはなかった。そのため、彼女は普通の町娘が着るようなワンピースにエプロンという、質素な格好をしている。
だが、その格好の方が少女らしい華やかさが際立ってまた良いという意見が多数寄せられている。

「ほら!ルイネロさん、起きてくださいよ!」

ミスト客が飲み終わったビールグラスを片手に、空いた方の手でカウンターに座っている男を揺さぶる。
ルイネロは、かつては高名な占い師だったというが、今は全く占いは当たらない。数年前から酒場に入り浸って愚痴をこぼしている。

「・・・・・・がごぉぉぉぉ・・・・・・」
「マスター、ルイネロさん完全に寝てます。どうしますか?」

酒のつまみを作っていたマスターは、顔も上げずに答えた。

「そのままでいいよ。それより、じゃんじゃんお客様のご注文の品、運んじゃって」
「はーい」

酒場の扉が開く。
新たに来た客に、従業員たちは「いらっしゃいませー」と常套句を口にする。
頭を軽く下げつつ入ってきたのは、昼間にあの魔物と一緒にいた少年と男だった。

「こんばんは。ここにマスター・ライラスというご老人はいらしますか?」

赤いバンダナの少年が、ミストに話しかける。

「あ、いえ・・・・・・まだいらしておりません。いつもなら来ているのですがーー」
「大変だっ!!」

突然乱暴に酒場のドアが開かれた。
酒場にいる者たちの視線が、ドアを開けた青年に集中する。

「マスター・ライラスが変な奴に襲われてるんだ!!」

その言葉に一瞬酒場は水を打ったように静かになり、それから青年を押しのけて外に走り出した。 
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