Black Engel and White Engels
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魔法少女はじめました
Opening
序「コズミック・パズル」
前書き
1999年 東京都檜原村
天使のような、いや天使そのものの少女4人が十字架に磔にされた。
一体何故?どのような勢力が?
その状況をめぐる各勢力の蠢動。
今、ここに状況が開始される。
これまで見てきたヒーロー・ヒロインものは、ある一方の視点しかぞんざいしていなかった。それはそれで子供向き、それに群がる大きなお友達向きなのかもしれないが、実際そういう状況が発生した場合、色々な組織が、色々な動きを見せてそれは権力という蜜に群がる汚いパズルのようだ。
そう言っていたのは、私の最も大切な人だったことを思い出した。
時に1999年7月7日。時刻はもうすぐ2100になろうかとしている。
場所は、東京都檜原村の山中。私は真っ暗に塗装された73式小型トラックの助手席から、高倍率の野戦用暗視装置付き双眼鏡で状況を観察していた。
「やっぱり十字架に磔にされていますね。」
そう言って運転席に座って同じように双眼鏡で状況を見ていた偵察部隊の分隊指揮官が報告した。
「そうですね。こちらからの視認できました。」
「狐1より巣へ。状況確認。天使は4人ダンテの世界へ。繰り返す。天使は4人ダンテの世界へ。」
隣でその交信を聞きながら、私は思わず噴出してしまいました。
「ダンテの世界とは、また文学的なのですね。」
すると、中尉はニヤリと白い歯を見せて笑いました。
「私もそう思ったのですけどね。巣がそれで良いと言っていましたので・・・」
こんな会話をしている時でも、車の周囲の草むらには偵察部隊の隊員が隠れて、私たちと同じように天使4人が磔にされている状況を見ています。
「しかしまぁ、ある意味神秘的な光景ですね。天使のような無垢な少女、まぁ本当に無垢かどうかこの際論じませんが、が4名も磔にされて、しかもその前には黒マントを羽織ったこれまた真っ黒な衣装に身を包んだ、いかにも“私はナルシストです!”と言わんばかりの男と身長2メートルはあるかと思う外見がクマとオオカミのモンスターが各1体。一体いつから我が国は日曜朝の子供向け番組の世界になったでしょうね?これなら日本民主主義人民共和国と楽しいゲームをしていたほうがまだ良かった。」
そういって、双眼鏡から目を離した中尉が頭を振って言葉を紡ぎます。
それはよくわかります。この業務支援室は女性のみで編成されていますが、その中にはあの統一戦争を経験している人が少なくありません。彼女たちにしてみれば、これは子供の遊びでしかありません。
「全く、2115現在、状況に変化なし。」
同時刻・東京都立川市立川広域防災基地内・立川事務所
立川広域防災基地、首相官邸や危機管理センター、防衛省中央指揮所、東京都防災センターが大規模災害などにより機能不全に陥った場合、政府機能を遂行する国の拠点である。実際は旧米軍立川基地が母体であるが。
その基地の一角にその建物はあった。正面のロータリーにはひっきりなしに車が停車して、スタッフを降車させ、また乗車させていた。
その様子を、所長室の窓際に立って様子を見ている男がいた。
「それで、現在の状況は?」
窓際から室内に振り向き、報告を求めた。
「はい。2100現在状況に変化なし。よって特段報告事項なし。」
「うむ・・・」
そういって、私、横山昌彦は顎に手をやって思案します。
「下がっていいよ。また報告をまとめて来てくれ。」
「承知しました。」
そう言って、ドアを閉める音とともに秘書官は下がった。
はてさて困ったことになった。想定シナリオではもうすでに敵の動きが出てくる頃なのに全く動きがない。夕刻のTV会議の席上での分析の結果、我が方が存在を確認している敵性勢力は3つ。最大の勢力を誇っているのがA・活発な動きを見せているのがB・そして動きも活発でなく、勢力も小さいが油断ならないC。
今回はそのAが動いたと、公安調査庁とうちの公安情報庁は分析している。さて、それが正しいかどうか・・・
「所長。行政府から電話が入っています。」
電話の音が私の思案を打ち壊した。受話器に出ると、総務課スタッフの電話を取り次ぐ声がした。
「分かった。回してくれ。」
2120・東京都千代田区外神田・某ビル
千代田区外神田。住所でそう書くと一見どこのことなのかわからないが、実はここは秋葉原である。その駅前にある3棟の高層ビル。そのうち1つのビルの高層階3フロアをぶち抜いてその事務所は存在していた。看板にはnext・frontier東京支社と掲げられていたが、その内実はThe City首都圏統括事務所である。
その3フロアの一番景色のよく見える場所に、所長室がある。その所長室は、所長室というよりも少し小さめの会議室といったほうがよいのかもしれない。20名ほどが座れるイスとデスク、壁には大型スクリーンが2面。
その所長席に座って、男が窓に映る夜景を見ていた。
「閣下。すでに現場には1個大隊戦闘団が展開しております。業務支援室の作戦班・情報班と合わせて相当数の部隊がおります。そこまで憂慮しなくても・・・」
私、トーマス・ジェファーソンが部下を少し睨み、諭しながら言った。
「事態はここまで進んでいる。敵性勢力が今のところは分裂しているが、合流したらどうする。しかも、我が方にはその情報を得るラインすら存在してはいないのだ。より深刻に事態を受け止めるべきだ。」
「失礼いたしました。しかし閣下。そのまま窓のそばに立たれていても、不測の事態の危険があります。お座りください。何か持ってまいります。」
そういって副官は所長室から退出した。あれはあれでよい副官なのだが、ことこの状況認識は甘すぎる。我々が状況判断に有益な情報はほんのわずかでしかない。しかも、その入手手段はいささか以上に非合法なものだ。
「オリビエ中佐、入ります。」
そうドアの外で声がして、ローレンス・オリビエ中佐が入室した。この男は私とSIAの紳士諸君とのパイプ役でもある。
「閣下。最新情報を踏まえた事案発生当初からの報告書です。行政府情報部門合同会議にて作成しました。」
規律正しい声で彼は私に報告し、それほど厚くない1冊のファイルを手渡した。そのファイルの厚みはそもそも情報が少ないせいなのか、それとも会議にて精査された情報のみ記載したものなのか・・・」
「この報告書は?」
「はっ。安全保障会議構成員の方々にはすでに配布しております。」
その報告に、私は安心した表情を浮かべてファイルをめくり始めた。
同時刻・東京都新宿区西新宿・新宿事務所
東京都新宿区西新宿の高層ビル街にある某ビルの5フロアをブチ抜いて、その事務所はあった。next・frontier東京支社新宿分室と掲げられたその事務所は、実際のところ都庁との折衝を行う事務所であった。
その事務所にある渋谷方面の夜景が見える一角に、事務所長室があった。造りは外神田と同じで、同じように窓際に立って渋谷方面の夜景を見ているひとりの男がいた。
その手元にはあるファイルが握られていた。
「第23次状況報告 element王国の崩壊状況とmineral勢力に関する報告
・ハートランド王国は情報によれば、1年ほど前にmineral勢力の侵攻により崩壊した。
・その際の抵抗により、相当数の犠牲者が出たと推測される。尚、その犠牲者数に関して状況不明。
・崩壊の際に数名の王国関係者が脱出したものと推測される。尚、正確な情報は不明ながら最低3名は脱出した模様。
・脱出の際に王国復活の鍵になる何らかのモノを携えているものと推測される。この情報は、mineral勢力内の会話傍受にて確認済み。
・mineral勢力はそのモノを求めて我が国への浸透を図るものと推測される。その場合の対抗策に関しては、日本政府ならびに行政府関係者間で協議中。」
「なんら変わっていないじゃないか?第15次報告と。」
私、真田丈一郎は窓際になって、手にコーヒーの入ったマグカップを持ちながら、傍らに同じようになっている牧猛とリニスに何ともなしに話しかけた。
「全くです。しかし、情報がありません。」
牧君が真剣な表情とその表情が分かる声で言った。
「状況もなしにあの子を危険に晒すのですか?まぁ、かなり危険な状況でも切り抜ける腕はあると私は信じていますし。」
「いざとなったら介入する、か。」
私がそうリニスの言葉を引き継ぐと、リニスはニコリと笑った。
「絵里に手をかける輩は私が噛み殺してやりますよ。」
「危険な女だ。」
私がそう言うと、3人で笑い出した。
「真田さん、都庁との折衝はどうですか?」
一通り笑い終わると牧君が真面目な声に戻って質問を投げかけた。
「新宿事務所の優秀な人間が都庁関係部局と折衝していますよ。警視庁・東京消防庁・都防災局とは大筋で合意しています。」
「制度ならびに法制面での問題はクリア済み、ですな。」
牧君が一口コーヒーを飲んで、呟いた。
「そうだ。歩兵1個大隊戦闘団にレンジャー中隊、業務支援室作戦班に情報班。おそらく1500名は下るまい。Mineral勢力Aの3体に対して過剰な部隊配置かもしれない。だが・・・」
「ここでその意思を挫かなければ、わが国は本当に土曜日深夜34時半や土曜日夜19時代のようなファンタジー溢れるふざけた世界になります。流石にそれは勘弁願いたいですね。」
リニスがそう言って言葉を続けた。
「ああ。我々の世界は論理と科学であって、魔法や不可思議の世界じゃない。そんな世界はゴメンだ。
そう言って、私はマグカップを握り締めた。握った力が強かったせいか、それから熱い液体が流れ出た。
「そうです。ここで勢いづけて、残りの2勢力も叩き潰しましょう。」
それは、行政府の首脳部が、明確に対抗勢力の殲滅の意思を固めた瞬間であった。
2130・東京都千代田区永田町・首相官邸
「長官。行政府より連絡がありました。22時を持って行動を開始するとのことです。」
秘書官の報告に私はうん、と言うように頷くと彼はすぐに退出した。
私、日本政府内閣官房長官後藤幹夫は、議員宿舎にも都内の私邸に戻ることもなく危機管理センター内に設置された官邸連絡室に篭って状況の推移を見ていた。
「行政府には頭が上がりませんな。南樺太に1個旅団戦闘団と、稚内に1個旅団戦闘団。留萌・釧路・旭川・名寄に1個連隊戦闘団を配置して、統一後の平和維持に協力して頂いているのですかなら。」
デスクに置かれた灰皿に無造作に火のついたタバコを押し付けて、蒲生京二内閣官房副長官補が若干吐き捨てながら言った。
「5年前に国後があっちの核兵器で攻撃され、在日米海軍と海兵隊が事実上消失し、我が国周辺情勢のパワーバランスに変化が生じた。変化というよりも、米軍のプレゼンスが劇的に全世界規模で変化をしてしまった。あっちの連中はそんなことまで考えていなかったのだろうがね。」
私は自分自身に確認するように呟いた。
「米軍は極東から影響力、いや軍事力を縮小せざるを得なくなりました。イラクやバルカン半島へのプレゼンスを高める必要や、海軍力の再建にその力を割かねばなりませんからな。」
私の言葉を、楠昌友内閣危機管理監が続けた。地下に設置され、窓が何一つなく、大小様々なスクリーンと、状況をメモするホワイトボードに囲まれて我々は話を続ける。
「軍事力強化する中国、虎視眈々と勢力拡大を狙う韓国、何を考えているか分からない北朝鮮、ソ連が崩壊しても強大なロシア。その中で、合衆国のプレゼンスが無くなって政策を立て直そうとしている我が国に救世主となった行政府。ですな。」
「そうだよ。蒲生さん。あっちは核武装で崩壊したようなものだが、今度は我が国がそうなるところだった。それを救ってもらって、統一戦争でもともに戦った行政府は戦友だよ。不気味かつ警戒に値する相手ではあるがね。」
そう私は笑いながら言った時、1本の電話が掛かってきた。
「佐藤です。」
それは公安調査情報庁長官の佐藤栄介君からのものだった。SRIは80年代を通じて、70年代に警察庁長官と内閣官房副長官を経験した後藤田正晴、90年代初頭の岸田森を経て、佐藤栄介長官の時代になっていた。
岸田くんも後藤田長官時代のような長期政権が見込まれていたが、統一戦争時のあっち側の核武装情報の誤りを指摘され、事実上の更迭となった。
「長官。行動を開始します。」
「うむ。開始せよ。」
情報機関との会話らしく、無駄のないこれだけの会話で指示を与え、私は受話器をおいた。
「諸君。ティータイムの時間は終了だ。」
そう言うと我々は会話を追え、自分のなすべきことをすべく持ち場に戻った。
2130・行政府都市部第一区画・行政府庁舎
行政府庁舎にある自分の執務室で、私、柊一馬は書類を机に叩いて整理していた。デスクの上には第23次報告書やその前の22次報告、部隊の配置状況が記された地図、筆記用具などが置かれていた。
「全く、呪われた連中だ。」
そう言って私は机に置かれた数個の写真立てのうち、一つを倒した。
「さてと。」
そう言って、私はデスクに置かれていた国産スポーツドリンクのペットボトルを一気に飲み干した。そして、それをゴミ箱に投げ込んだ。
「状況を開始しようか。連中に戦争を教えてやる。」
そう言って私はドアを勢いよく開けた。
私が廊下を進みだすと次の向い合わせのドアが同時に開き、私の後ろに2人の男たちがついた。そうして、次々にドアが開き、次々に私の後ろについて歩き出した。階段を、廊下を、進むごとに人が続き、ある部屋の前まで来る頃には100名を超える規模となっていた。
私は勢いよくその部屋、状況管理対応室のドアを開けた。
担当官が自分の決められた場所につき、あるものはインカムを装着し、またあるものは受話器を手に取り、またあるものは自分の席について状況を確認していた。
私はその部屋の中心に立つと、手に持っていた片耳がヘッドフォンになっているマイク付きのインカムを装着し、声を上げた。
「紳士諸君。淑女諸君。各員、準備お疲れ様。さぁ、状況を開始する。敵を殲滅しろ。」
そう言うとウォーという歓声が聞こえた。それは、檜原村の現地本部でも、後方支援実施中の立川でも、日本政府との折衝拠点の秋葉原でも、対都庁拠点の新宿でも起った。
私は中央の超大型スクリーンを睨んだ。そこにはデカデカと偵察部隊が生中継で写している天使のような、いや天使の少女4人が十字架に磔にされ、今にも処刑されそうな映像が映し出されていた。
秘書官がマグカップに入った熱いコーヒーを持ってきた。
「ありがとう。」
そう言って私はマグカップを受け取ると再びモニターを睨んだ。
「連中に戦争を教えてやる。」
そう言って私は自分の席に着いた。
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