城宮さんの天下取り
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一章 Experimental Results
No.1 新しい家族。
前書き
※本作は『真剣で私に恋しなさい!』の要素が少し絡みますが、『辻堂さんの純愛ロード』がメインの作品となっておりますのであしからず。
「何だ、お前が私の弟になるのか」
酷くぶっきらぼうな物言いをしながら、茶髪の女子高生は男の子に視線を合わせる。
まだ年端もいかない、容姿だけがとりえと言っても過言ではない少年は、そんな彼女の態度にビクビクしていた。
極楽寺を離れ、新しい親に連れられて、新しい家に来たばかりなのだ。
連れて来られる際に見た人は、とても優しそうだった。
幸せな家庭なのだと想像した少年は、失敗してはいけないと、小さな胸に言い聞かせてここまでうやってきた。
そして優しい人達の実子である、女子高生との対談。
ここで失敗してしまえば、少年の未来は今と同じ、暗いものになってしまう。
それが幼いなりにわかっていたからこそ、少年はその鍵を握る女子高生の態度に、敏感にならざるをえなかった。
「えっと、その、ごめんなさい」
何故怒っているかわからない、けれど不機嫌そうな態度だから謝らないといけない、少年はそう思い、素直に謝る。
けれど、少年の行動で相手の顔が晴れることはなかった。
寧ろ眉を潜め、何しているんだコイツはとばかりに、凪へと冷たい視線を向けてきた。
「何で謝るんだ? お前は私に何かよからぬ事でもしたのか?」
「いえ、何も、何もやってないです」
対応を誤った。
それを理解して焦りながらも、少年は何とか返答する。
あまりにも横柄な態度を取る少女に、少年はもう嫌だという思いを募らせ始めていた。
「そうか、何もやっていないなら謝ることはない。ただ、それでも謝りたいというのなら、私に協力してくれないか?」
だからだろうか、急に優しい笑みを見せた女を見て、少年は酷く安堵してしまった。
どうやら自分は上手くやれたらしいと勘違いしたのだ。
そしてその勘違いが、少年の運命を大きく変えてしまった。
「わかった!」
先程と違って大きく返事をした少年に笑いかけながら、城宮楓は微笑みながら手を引き、自室へと少年兼初めての弟、城宮凪を連れて行った。
その後、凪は促されるままに紙に名前を書き、お茶を飲んだ後、意識を失った。
◇◆◇◆
凪が目覚めた時、天には太陽ではない何かが輝いていた。
「お目覚めかい?」
妙に優しい声が迎えてくれたが、凪はそれよりも強烈に感じる違和感が気になった。
まるで金縛りにでもあったかのように、動かない手足もそうだが、それよりも強烈に感じる締め付け。
まるで凪自身が何かに縛られているように、手首が、足首が、おなかが苦しくて仕方がなかった。
こんなに優しい声音で話してくれる人が、自分に恐ろしいことをするはずがない。
凪はそう思い込むことに必死だった。
「痛みはないかい? 何か以前と変わったところは?」
眩しすぎる明かりをさえぎって現れた楓は、何処までも優しさを振りまく微笑を浮かべ、医者のように、執拗に質問を重ねてくる。
それに対して、凪は機嫌を損ねないように、恐る恐る受け答えをする。
「おなかと手足がちょっと痛いです」
「ん? 少し食い込みすぎているかな」
遠慮がちにいった言葉は、凪が思うよりも容易く受け入れられた。
縛られていた、という事実に対して凪とて何も感じない訳がない。
けれど幼い凪にとって、そんな事よりも彼女の機嫌の方が気にかかるのだ。
「どうだ、もう苦しくないだろう? それよりも他に変わったところはないかな?」
相変わらず優しすぎるぐらい優しい声音のおかげか、凪は落ちついて対応することが出来た。
それでもいきなり自身の変わったところを言えと言われても、中々見つかる物ではない。
そもそも人間の変化は目に見えるほうが少ないのだ。
それでも凪は必死に探した。
新しい家族が、新しく姉になる人が求めている答えを必死に探した。
けれど凪は見つけることが出来なかった。
心底困った顔をしながら、凪は一度義姉に目を向け、居た堪れない気持ちから視線を地面へと落として呟いた。
「わかんないです」
そんな凪を楓は興味深そうに観察しながら呟く。
「自覚症状がないのか? 身体的な変化は出ているが、そういえば私もそんなに惹かれていないし、何処か間違ったのか……」
実は楓も新しい弟に不安を抱いていた。
抱いていた不安は弟に対してではなく、周りから変人呼ばわりされる自分がきちんと姉らしくできるか、という点である。
変人と呼ばれる楓にしては、如何にも普通な反応だったと言ってもいいだろう。
けれど、姉らしい行動を考えに考え抜いた末に、楓は自分らしく姉らしい行動をしようと決めた。
それが何よりいけなかった。
城宮楓らしい行動といえば、人体実験である。
実は城宮楓という女子高生は、中学生の頃に科学の実験で目覚めてからというもの、マッドサイエンティストと化していた残念美人なのだ。
もちろん法律など考慮し、相手の了承を得たりはするものの、時折暴走してしまう、正に変人であった。
今回は自分の技術の粋を凝らし、弟が喜ぶと思われる身体能力、頭脳の向上に加え、女性に好かれるフェロモンを発するようにしてみたのだ。
もちろんそんな事を知らない凪は、ブツブツ呟く姉がまた不機嫌になっているのかと、おっかなどっきりに上目遣いで眺め続けているだけなのだが、楓はそれにすら気づかない。
気づく余裕がないのだ。
「んー、これは元々私が好きだったという仮説と、私には効かないという仮説と、失敗したという三つの仮説が成り立つわけだが、やはり私一人ではわからん」
凪は鏡を見ていない為に気づいていないが、実は実感がないだけで変化は既に生じていた。
黒かった髪は赤紫になり、瞳も同様の色に変化し、整った顔と合わさって神秘的な雰囲気を放つようになっていた。
それに加えて先程まできつく縛り付けられ、真赤になっていた手足は、凪が気づいていないだけで異様な速度で回復し、綺麗な肌色に戻っていた。
そんな事に気づかない凪は、のんきに何だか体が軽いことに幸せを感じていた。
「そうだな、一緒に散歩に出てみないか?」
新しい姉からの誘いに、体が軽く、気分のいい凪は迷わず飛びついた。
「いく!」
そんな弟の姿に、若干の愛おしさを感じつつも、楓は実験結果が気になる故に先を急いだ。
とはいっても、楓の目的は凪を衆目にさらすというものなので、遠くに行くつもりはなかった。
楓と凪は隠し扉から実験室を後にし、水筒を持って家を出て、人目につきそうな場所を目指し始める。
そんな最中、小さな足でトコトコと必死についてくる弟に気づき、ペースを遅めながら楓は周りの様子を探り始める。
周りの視線はどれも愛らしい弟を見るもので、楓がほしがった視線は何一つなかった。
ただ時折変態と思わしき主婦が、息を荒くしているのが気になった。けれどそんな輩は後で実験材料にしてしまえばいいかと楓は切り捨てる事にした。
そうしてしばらく、楓は周りを観察し続けながら、凪はそんな義姉を見続けながら歩き続けていたら、何故かヤンキーに絡まれていた。
「いいねぇいいねぇ! マジでよさげな子じゃねえの!」
「ヒィャッフーーーー! 俺たち『爆走アヒル』にも運が向いてきたって、こっちゃねええええええええええ」
「バリウマ、バリウマっす」
とてつもなく個性的な不良である。
とはいえ、個性的な不良など然して珍しくないのが昨今であるからして、楓は驚きもしていなかった。
寧ろいいカモがきたと、内心笑みを浮かべていた。
けれどそれは楓だけであって、幼い凪は怯えながら不良たちを見つめていた。
「そこの少年よぉ、おれたちと遊ばねえ? おばはんなんてほっとこうぜ!」
「俺たち『爆走アヒル』と付き合えば、ななななんと、格好いいお兄さんとお財布がついてくるんだぜ! やべえええよ、マジやっべええええよ、今しかねえよ!」
「バリウマ、バリウマっす」
どうやらターゲットが楓ではなく、凪らしいとわかった瞬間から、楓は切れていた。
弟が狙われたという理由もあるが、何よりもスタイル抜群で、普段男を虜にしてやまない自分をおいといて、弟を狙うその根性が楓には許せなかった。
そして狙われている人物である凪は、相手の狙いが自分だけだと気づき、何とか新しく出来た義姉に逃げてもらおうと、涙を浮かべながら両手を広げ、義姉の前に立ちふさがった。
「お姉ちゃんに手を出したら許さないぞ!」
その瞬間、何故かズキュゥゥゥウウン! という音がして、不良たちは悉く倒れていた。
幼いが故に出来た攻撃ではあったが、その破壊力は抜群だった。
これはきりりと整った眉毛に、神秘的な容姿、力強い眼光と、義姉を守ろうとするその姿勢、そして楓が想定していなかった、凪に投与した薬の作用が相乗効果をもたらした結果だった。
その為多用できる物ではなく、早々と復活した不良たちを前に、凪はすぐさまなす術をなくしてしまった。
だがそれは凪にとっての不幸ではなく、不良たちにとっての不幸しかもたらさなかった。
「俺、いけない道に目覚めちゃいそうだわ」
「マジやっべ、今のかっけえええ、守ってもらいてえええええええ!」
「バリッ、バリッ……」
「……なら目覚めてもらおうか」
不良たちの前に鬼が居た。
赤いオーラを立ち上らせながら、怪しげな笑みを浮かべる女子高生が居た。
「お前達には特別サービスをしてやろう」
そう言って胸元から何か薬品の入った瓶を楓はぶん投げた。
それは不良たちの目の前に落ち、たちまち何かわからない煙を発生させる。
ゴホゴホと聞こえてくる声も、段々と少なくなっていき、ついには聞こえなくなってしまった。
そこまで確認した後、凪は唐突に眠くなってしまい、眠りたくないのに眠りに落ちてしまった。
◇◆◇◆
凪は本日3回目の目覚めを体験していた。
そんな凪が起きて周りを見渡すと、何故か不良たちが義姉の実験室から出てきて、そのままハイテンションで家を出て行くのを目撃してしまった。
一体何があったんだろうと首をかしげながら、隠し扉から凪は義姉の実験室へと顔を出す。
勝手に入って怒られないかと少し不安だったが、会わないと話も出来ないので、凪には入るという選択肢しか準備されていなかった。
楓の実験室には手術台や、薬品、ビーカーやフラスコなど、様々な実験に使われると思われる機材や材料が豊富にそろっていた。
もちろんそれを理解するだけの知識を持たない凪は、ただ興味深げに見ること、もしくは義姉である楓を探すことしか出来なかった。
先程自分は情けなくも気絶してしまった後、一体どうなってしまったのか。
幼いなりにも責任感の強い凪は、IFの展開をどうしても考えてしまう。
故に凪は義姉を小さな体で必死に探した。
そしてようやく見つけ出した。
不気味に微笑み、満足げに鼻を鳴らす義姉を。
「あれを投与するとあんな事になるのか、中々に面白い結果だったな」
酷いことになっていないことに安堵しつつ、凪は楓に近づいていく。
そして楓は少しほっとしつつ、しょぼくれながら歩くという器用な真似をしている、弟を見て微笑む。
「どうしたんだ」
多少慣れてきたのか、顔はゆるくなっているものの、相変わらず楓の口調はどこかぶっきらぼうだった。
それにいまだ慣れない凪は、相手にビクビクしながら、思ったことを口出す。
「ごめんなさい」
謝られたことに対して楓は思いを巡らせる。
けれど凪に謝られるよな事をされた覚えもなく、最初と同じように状況になっているのかと考えた。
故に楓は前と同じ質問をした。
「お前は謝るようなことをしたのか?」
それに対して、凪は前言を撤回しなかった。
楓はそれを見て何事かと凪を覗き込む。
そこには力強い瞳があった。
謝らなければならないという、明確な意思があった。
最初に出会った頃、怯えてあやふやな言葉を口にした、そんな凪はそこにいなかった。
「お姉ちゃんを守れなかった。男なのに……」
その言葉を聞いて楓はなるほどと思った。
男という生き物が、無駄にプライドを持っているというのは楓にもよくわかる。
今まで楓が付き合ってきた男も、プライドばかりが高くて困ったものだった。
とはいえ、そのおかげで実験の検体に困らなかったので、助かったのも事実だ。
しかし、と楓はそこまで考えて思う。
凪のプライドは、そこら辺のちゃちな男の持つプライドではない気がするのだ。
強者に向かっていく気概、守るという強い意志、そして涙を流せるその純真さが、今まで出会ってきた男たちとあまりに違いすぎる。
そのまっすぐさは、いつか仰ぎ見た伝説のヤンキー、辻堂真琴に似ているとさえ思ってしまえるほどだ。
そこら辺のヤンキーと一緒にする方が失礼だと、楓はそう考えを正す。
楓は謝る弟を見て決心した。
弟は私が強くすると。
薬瓶を握り締めて。
後書き
※本作はフィクションであり、リアルワールドでは違法な行為が横行しております。
決して真似して強くなろうと思わないでください。
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