ニュルンベルグのマイスタージンガー
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第一幕その九
第一幕その九
「その通りです」
「では私のマイスタージンガーの名誉も何もならないのではないでしょうか」
「それは貴方が娘をその気にさせるかどうかです」
しかしポーグナーはこう彼に反論するのだった。
「違いますか?それは」
「それはそうですが」
ベックメッサーもこう言われては渋々ながら認めるしかなかった。その彼に対してポーグナーはさらに言うのだった、まるで攻めるように。
「それにそれができなければ」
「できなければ」
「そもそも娘を妻になぞできないのではないですか?」
「それは真にその通りです」
まさに正論なのでベックメッサーも反論できない。
「だから今ここで御願いしているのです」
「何をでしょうか」
「お嬢さんには貴方からよしなに」
つまり口添えであった。
「御願いします」
「はい、それでしたら」
生返事だった。ベックメッサーはそれを聞いて心の中で呟いた。
(困ったな、これでは難しいぞ)
そんなことを考えているとヴァルターがポーグナーの姿を認めて。それで彼に対して言うのだった。
「貴方は確か」
「あっ、ヴァルター殿ですか」
「はい、そうです」
ヴァルターもまたポーグナーに対して答える。
「貴方は確か」
「この街の金細工師です」
にこりと笑ってヴァルターに答えてきた。
「そして明日の花嫁の父であります」
「そうですね」
ポーグナーという名前からそれは察しているのだった。
「はい、そうです」
「女達がわしの歌を理解していればいいのだが」
二人の後ろではベックメッサーが腕を組んでうろうろと歩いていた。
「だが彼女達は本当の詩よりも下手なほら話の方が好きだからな」
「私が国を出てこのニュルンベルグへ来たのはです」
ヴァルターは明るい顔でポーグナーに対して語っていた。
「ひたすら芸術を愛しているが為です」
「そうなのですか。芸術をですか」
「はい、ですから申し上げます」
そして高らかに言った。
「マイスタージンガーになりたいのです」
「それでは今日の試験を」
「はい、受けさせて下さい」
「まあ手段は講じるか」
ベックメッサーは相変わらずうろうろとして考える顔で俯いて呟いていた。
「それでも成功しなかったら歌だな」
そしてこんなことを言うのだった。
「静かな夜にそっと彼女にだけ聴かせて」
意外とロマンを重視するようである。
「やってみるか、それでな」
ここでふとヴァルターに気付いたのだった。
「むっ!?」
そして彼に顔を向けて呟いた。
「この男は誰だ?騎士のようだが」
「私は嬉しいのです」
ポーグナーはベックメッサーの呟きに気付かずヴァルターに対して目を細めさせて述べていた。
「まるで古い時代が戻って来たようで」
「どうもいけ好かないな」
ベックメッサーは今度はヴァルターを見て呟いていた。
「貴族なぞ。所詮はただの家柄だからな」
「それでです」
「何をしようというのだ?」
ポーグナーとベックメッサーがそれぞれ言う。
「適えて差し上げましょう、是非」
「明るい目をしているな」
ベックメッサーはポーグナーとヴァルターの目を見て呟いた。
「またしてもな」
「御領地の売却も済んでいましたね」
「はい」
また頷くヴァルターだった。
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