ニュルンベルグのマイスタージンガー
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第三幕その二十二
第三幕その二十二
「貴方達はです」
「はい」
「私達が?」
「そうです。ふつつかな私に対して」
彼は言うのだった。
「多過ぎる栄誉を与え朗らかな歓声を以って」
「歓声を以って?」
「そうです。私の心を苦しくさせます」
こう言うのである。
「皆さんの愛顧を得た上に今日は宣言句の語り手という大きな栄誉を授かりました」
「ザックスさんなら相応しいよな」
「なあ」
民衆の意見はこうであった。
「それもな」
「ザックスさんならな」
「貴方達が芸術を尊重するうえはこの道に身を委ねる者は」
「委ねる者は?」
「全てに増してこれを讃えることを示すことが大切なのです」
彼は言うのだった。
「家も富み心高き一人の師匠が今無二の宝というべき娘さんを」
「エヴァちゃんのことね」
「そうね」
今度は町の娘達が言い合う。
「豊かなる財産と共に民衆の前で芸術の歌により最高の賞を得た歌手にそれを与えようというのです」
「それこそがエヴァちゃん」
「何という素晴らしい宝」
「それ故です」
ザックスはまた民衆に対して語る。
「私の言葉をよく聴いて賛成して下さい。詩人たるものはです」
「詩人は?」
「自由に求婚していいものです。自信のある師匠達に民衆の前で声も大きく申します」
「声もですか」
「如何にも」
彼の言葉は続く。
「この求婚の珍しい賞のことをよく考えて欲しいのです」
「よく考えてって」
「何かあるのかしら」
「さあ」
その民衆はここではザックスの本意をわかりかねていた。
「ザックスさんの言葉はいつもはわかり易いのにな」
「今日はちょっとね」
「わからないわよね」
「ああ」
「求婚にも歌にも」
それでもザックスの言葉は続く。
「自らの清く尊いことを知る者はこの栄冠を得ようとするでしょう」
「それはわかるけれどな」
「それはな」
これは民衆にもわかった。
「けれど何ていうかな」
「やっぱり。今のザックスさんの言葉は」
「何が言いたいんだ?」
「それがさっぱり」
「昔も今も今だかってこの美しい乙女により捧げられた冠程素晴らしいものがあったでしょうか」
民衆達への問いだった。
「このことにより乙女はニュルンベルグが最高の価値を以って芸術とその師匠達を敬うことを疑いなく示すことになるのです」
ここで一旦彼の言葉は終わった。そして今度はポーグナーがそのザックスの横に来て言うのだった。
「ザックスさん」
「はい」
「我が友人よ。深く感謝します」
こう深々とした声でザックスに告げるのだった。
「貴方は私の心の苦しみが何かを御存知です」
「大きな冒険でした」
彼もまた言うのだった。
「ですが今は勇気を持つ時です」
「はい、そうです」
ポーグナーもまた頷く。そうしてその間にもベックメッサーはまだ紙を見続けている。ザックスはその彼に対して声をかけるのであった。
「ベックメッサーさん」
「あっ、はい」
ベックメッサーは彼の言葉に応えて顔をあげた。
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