ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode2 路地裏ガッツポーズ
二十七層主街区、《ロンバール》。
かつて俺がソロだった時にはその薄暗い、しかしそれなのにどこか温かい雰囲気が好きで、一時期ホームタウンとして使っていた街だ。この新生アインクラッドにおいてもその独特の空気や岩肌を直接くりぬいたような複雑な地形は変わらずで、余所者には過ごしにくい街だろうが、俺はもう脳裏に焼きついたその道を迷うことなく進んでいく。
それは単純に、「かつてのホームタウン」というだけの理由では無い。
(そう言えば、初めて会ったのも、この街だったか……)
居を構えただけでは無い愛着と、思い出のある街なのだ。道を間違うはずもない。そしてかつての職業柄、どのあたりが一番人目につかないかだって、ある程度は把握している。ああ、断っとくがかつての仕事ってのは別にストーカーじゃないぞ、念の為。
『――紹介するよ。ボクのギルド、《スリーピング・ナイツ》の仲間たち』
ゆっくりと裏の細道の壁に背をもたれさせ、聞こえてくる《盗み聞き《エアヴェスドロップ》》の効果に耳を傾ける。かつての《聞き耳》スキルとは違って一応解呪スペルでその盗聴能力は消せるものの、今回はどうもユウキはそこまで気は回っていないらしい。抜けててくれて助かるぜ。
次々と聞こえるユウキの仲間たちの声。流石に声からその腕の程を判断するのは俺には出来ない(玄路さんあたりなら出来るかもしれない)が、ユウキやシウネーさんの動きの滑らかさを見るに相当の手練揃いではあるだろう。それを感じてか、アスナの声に少々の興奮と緊張が宿る。
『――ボクに……ボクたちに、手を貸してください!』
なおも続く、聞いていて飽きないユウキの声。
聞くだけで笑顔になれるような、元気をくれるような声。
その声が。
『……あのね、ボクたち、この層のボスモンスターを倒したいんだ』
彼女たちの目標である、夢物語を、ゆっくりと噛み締めるように告げた。
◆
俺も既に聞いていた、ユウキ達の、このALOでの、最終目標。
その理由を俺は知っていた。
『――もう、二年ほども経ちますか……。最高の仲間たちです。みんなで、色々な世界に行って、いろいろな冒険をしました――』
俺にした説明を、シウネーさんが繰り返す。
その声はしっとりと落ち着いていて、何よりやけに滑らかに俺の耳に響いた。
『――チームを解散するまえに、絶対に忘れることのない思い出を作ろうと決めました――』
しかし俺は、彼女の……彼女らの嘘(・)に、気が付いていた。
語り手のシウネーさんの言葉は滑らか過ぎて、俺には何度も台本を練った言葉の様に聞こえたから。
『――望むことは、あとひとつ……この世界に、私たちの足跡を残したい』
気付くに決まっているではないか。
俺がどれだけの期間を、想いを、『彼女』と共有したと思っているのか。
『――どうでしょう? 引き受けてはもらえませんか?――』
問いかけるシウネーの声。
その後の、ゆっくりとした沈黙。
ユウキは……いや、それをいうならシウネーもだが、二人は、あまりにも『彼女』に似過ぎていた。賑やかなのに、落ち着いているのに、華やかな空気を纏っているのに、どことなく微かに『静けさ』を隠し持っていた。
それはかつて俺が横に寄り添ったひと……ソラに、そっくりだった。
ずっと病院暮らしで、長く生きることが出来ないことを知っていた、『彼女』と同じ空気。俺には無い、自らの生と死と真っ向から向かい合い、その苦しみや悲しみを乗り越えた……あるいは乗り越えようとしている者だけが纏う、気高い空気。
その空気を、俺は察していた。
アスナは、どうだろう。彼女だって、俺の知る紛れもない『勇者』の一人だ。辛い過去を、いくつもの強敵の屍を、仲間の死を乗り越えて、ここまで来た、気高い人間。ビーターだからと言って逃げた俺やキリトと違って、最強のギルド『血盟騎士団』の副団長として攻略の責任を負い、それを立派にこなして見せた。
(そんな『閃光』の目に、ユウキは適うかな……ははっ)
自分の心中で問いかけて、苦笑する。
あの、おっかなく見えて実は誰より優しい騎士姫殿の答えは、分かりきっていたから。
『……やるだけ、やってみましょうか。この際、成功率とかは置いといて』
聞こえたアスナの声に、俺は一人で小さくガッツポーズをした。
そして直後、路地の奥を覗う。人影なし。
……うん、見ている人がいたらどう見ても変態だったろうなあ。見られなくて良かった。
◆
アスナの返答を聞いてから、俺はすぐに『ラッシー』からログアウトして、『シド』として再び妖精の世界へと入りなおした。万が一に備えてこちらのアバターは第十二層主街区の宿屋に待機させてあったから、『ロンバール』に行くのにそこまで時間はかからない。下のアルヴヘイムには瞬間移動的な手段は殆ど無いが、有難いことにこの新生アインクラッドではかつてのような転移門がきちんと設置されているからだ。
(間に合えよっ……!)
それでも、その短時間さえももどかしいとばかりに急いで、宿屋兼酒場までの道を一気に駆け抜ける。流石に現在の最前線だけあってかなり人は多いが、こういうのを掻い潜っての疾走は俺の最も得意とするところの一つだ。難なくくぐり抜けて目的地に到着、一気に扉を開け……ようとして、一瞬躊躇した。
(……っ……)
アスナと正直、顔を合わせたくない。チビアバターで外見は大きく異なるとはいえ、『シド』と名乗ればアスナなら気付きかねない。そうなればなし崩し的にキリトやリズベットと会わねばなるまいし、それは相当に面倒くさ……失敬、厄介だ。
(……が、今はそうも言ってられないか……ええい!)
なんとか躊躇を振り切って扉を開け、周囲を見回す。よし、アスナは居ない。そして『スリーピング・ナイツ』の面々は、しっかりとその席に残っていた。その数、六人。人の気配に振り向いたユウキの顔が、俺を見てぱっと輝く。
「シド! 決まったよ、助けてくれる人!」
相変わらずの弾むような声。どうやら俺に盗聴されていたなどとは夢にも思っていないらしい。うん、一生内緒にしておこう。信用ってのは失うのは簡単で得るのは大変なもんだからな。
「ご協力、ありがとうございました。皆さん、紹介しますね。この方はシドさん、今回の辻試合の為の宣伝をしてくださったり、ユウキの武装を揃えてくださった人ですよ」
「あーあー、そういう堅苦しいのはいいですよ、シウネーさん。俺は『行商人』だから、さ」
自己紹介しようとこちらを見た面々を、手の平を向けて静止する。別に名乗ってもらわなくても、その姿を見るだけで俺に必要な情報は手に入るからだ。どれくらいの体格をしていて、どれくらいの大きさの武器なら使いこなせるか、という推測。
決して、アスナにしていた自己紹介を盗聴していたせいで、もう一回自己紹介聞くのが面倒な訳じゃないぞ。
「あのね、アスナっていう水妖精でね、すっごい細剣使うのが上手いんだ! それで、」
「ユウキ、ちょっと落ち着きなさい。今日はどうされたのですか?」
嬉しさが抑えられずに跳びつくように話してくるユウキをなんとか制して(このチビアバターでは体格差があるのでちょっと押さえるのがキツイのだが)、シウネーさんの声に応える。そのセリフを待っていた、その為に来たからだ。
俺がここに来た目的。それは。
「どうせその様子なら明日またボス戦だろう? ユウキ以外の面々も、良い装備が必要なんじゃないか、と思ってね。そんじょそこらの武器屋に売ってる吊るしのアイテムよりも、遥かな高性能を保証するぜ?」
彼らの手助けをする為なのだから。
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