ニュルンベルグのマイスタージンガー
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第一幕その六
第一幕その六
「黒インキの節。赤、青、緑の音」
また続くのだった。
「きんざしにわがぐき、ういきょうの節。柔らかい、甘い、または薔薇の音」
「音ももそれだけ」
「はい、それに短い愛に忘れられた音。万年ろうや匂いあらせいとう、虹、鶯、白蟻、肉桂皮、新鮮な橙、緑の菩提樹のそれぞれの節」
「今ので節はどれだけ」
しかも節はこれだけではなかった。
「蛙、子牛、まひは、死んでしまった獣、めりさ花、まよらな、黄色いライオンの皮、忠実なペリカン、てかてか光るてり糸の節」
「それで終わりですか」
「後はひばり、かたつむり、犬吠えの音です」
「それだけあるのですか」
もうヴァルターは唖然とするばかりであった。
「これはですね」
「はい」
「名前だけなんですよ」
また言うダーヴィットだった、
「ここからその歌い方を学んで」
「歌射方もですか」
「そうです。正しく、師匠が定めたように」
こういう具合だった。
「声をあげる所でも下げる所でも」
「今度は声の上げ下げか」
「はい、それもあるんです」
何とそれもなのだった。
「全ての言葉や音ははっきりと響かせないといけません」
「それはわかるけれど」
歌の基本だった。
「声域が充分届くように」
「それもだね」
「そうです。そして歌いだしは」
「待ってくれ、はじまりにも決まりがあるのかい!?」
「はい、高過ぎないよう低過ぎないよう」
今度はこれだった。
「息が乏しくならないよう、ことに終わりで声が出なくならないよう」
終わりもなのだった。
「呼吸は節約して」
「その仕方もない」
「雑音は出さずに。言葉の終わりにならないように」
「他には?」
「装飾音やコロトゥーラの場所では師匠の教えた通りに」
細かい技巧も注釈があるのだった。
「若しそれを間違えたり取り違えますと」
「どうなるんだい?」
「始末がつかなくなって歌い損ないとなります」
こうヴァルターに教えた。
「私もかなり勉強しましたがまだまだです」
「そこまで覚えてか」
「親方が歌う革紐打ちの節を何回歌っても私は駄目です」
「何回歌ってもか」
「そうなんです。それでいつも親方に怒られて」
ここまで言ってしょげかえった顔になるダーヴィットだった。
「その時はいつもレーネに口添えしてもらってパンと水だけの節を歌わなくて済むようになるのです。
「そんなに大変だったのか」
「おわかりになられましたか?」
「無茶苦茶な規則ばかりじゃないか」
ヴァルターはこれまでのダーヴィットの話を思い出せるだけ思い出したうえで呟いて難しい顔になった。
「何でまたそんなに」
こうして考え込んでしまう顔になった。するとここでまたダーヴィットの仲間達が彼を呼んできた。今度は先程より声が大きいものであった。
「おおい、ダーヴィット」
「まだかい?」
「もう終わったか?」
「あっ、もう少しだ」
ダーヴィットは彼等に顔を向けて答えた。
「だから待っていてくれよ」
「いい加減終わらせてくれよ」
「こっちも忙しいんだからな」
「わかってるさ。ちょっと待っていてくれって」
こう彼等に言ってまたヴァルターに顔を戻す。そうしてそのうえでまた説明するのだった。
「そして詩人はです」
「うん」
「まず貴方が歌手になられ」
まずはそれだった。
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