ニュルンベルグのマイスタージンガー
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第二幕その十三
第二幕その十三
「オ、ホ、トラライ、オ、へ!」
「何ですかな、それは」
ベックメッサーはその叫び声を聞いてすぐにザックスに顔を向けた。言うまでもなくその顔は思いきりしかめられザックスを睨んでさえいた。
「その御言葉は」
「トラライ!」
「ですから何ですか、それは」
「神に楽園から追放されたエヴァがです」
「はい、エヴァが」
何時の間にかザックスのペースに入ってしまっているベックメッサーだった。
「裸足で歩く時に彼女の足は激しく痛み」
「それで神はそれを哀れに思い」
「その通りです」
ベックメッサーの言葉に頷きながら言い続けるザックスだった。
「彼女の足をいたわて天使を呼んだのですよ」
「あの歌は?」
「聴いたことがあります」
こうヴァルターに告げるザックスだった。
「ただの靴屋の歌ですけれど何か他に意味があるような」
「哀れな罪の女に靴を」
さらに歌うザックスだった。
「またアダムも足を怪我しているがまだ遠く歩かなければならない。だから」
「靴を」
「そうです」
歌いながらベックメッサーの言葉に対して頷く。
「それがこの歌です」
「まずいな」
ヴァルターはザックスとベックメッサーのやり取りを見ながら顔を曇らせていた。
「このまま時間だけが過ぎていくぞ」
「しかしザックスさん」
「何でしょうか」
「また随分と遅くまで仕事されていますな」
ザックスの方に歩み寄りつつ言うのだった。
「あまり根を詰められても」
「それは貴方もですぞ」
「まあ私は」
誤魔化そうとするがここでザックスはそれより先に言うのだった。
「それにこの靴はです」
「靴ですか」
「これは貴方のものです」
こう言うのだった。
「注文されていた」
「そうですか。私のです」
「そうです」
にこりと笑ってベックメッサーに述べるザックスだった。
「ですから今こうやって」
言いながら早速ハンマーを持ってまた歌うのだった。
「イエールムイエールムハラハロヘ!」
「またその歌か」
「オ、ホ!トララライ!オ、ヘ!」
ベックメッサーのうんざりとした声をよそにまた歌うザックスだった。
「エヴァよエヴァよ悪い女よ」
「確かにエヴァは悪い女だが」
原罪のはじまりだからだ。キリスト教世界の常識である。
「それでもこの歌は」
「人間の足が痛む度に天使が靴を作らないとならない」
「あれは私達のことだろうか」
ヴァルターは彼の歌を聴きながら首を傾げさせていた。
「それともあの書記か。どちらに当てこすっているのか」
「私達三人全てに対してですわ」
こうそのヴァルターに言うエヴァだった。
「困りました、これでは」
「御前が楽園に留まったならば砂利で足を痛めることもなかった」
ザックスの歌は続く。
「御前の若気のいたりで私は針と糸を操らないとならない」
「その割には楽しく歌っていますな」
「アダムの気弱のおかげで靴底を打ち樹脂を塗る」
ベックメッサーの嫌味をよそに歌うザックスだった。二人はそんな彼を見ながらまた言うのだった。
「よくないことが起こりそうだわ」
「私の可愛い天使よ」
不安になるエヴァをそっと抱き締めるヴァルターだった。
「どうかここは」
「不安になってしまいます」
「私は貴女が側にいてくれるだけで」
いいというヴァルターだった。しかしザックスの歌はそうした彼の浪漫をよそにさらに続くのだった。
「これでもわしが天使にならなきゃ悪魔が靴屋になる」
「それはいいのですが」
ベックメッサーはたまりかねたようにまたザックスに声をかけてきた。
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