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変人だらけの武偵高

作者:プー介
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7話

陽も傾き始めた頃、ようやくキンジは帰路に着いていた。
探偵科の退屈な講義も終わり、朝の事件もあって単位集めに任務に出る元気も無かった彼は、早めに寮に帰ってきた。
早くベッドに倒れこみ、惰眠を貪りたい気分。つまり超絶に眠たかった。軽やかな足取りで寮の階段を駆け上がり、一番奥の一人部屋の鍵を開ける。

「ただいまマイスイートルーム!」

「おかえりマイスイートパートナー」

玄関に
ピンクブロンド
ツインテさん。字余り。

「すいまっせん、部屋間違えやしたぁ〜……」

眉間を押さえる。
そっと扉を閉めて、

「ってんなわけあるかぁッ!」

思い切り蹴破った。見事な、華麗とまで言えるお手本のようなノリツッコミである。武偵をやめたら漫才始めようかな、と冗談半分にキンジは考える。
と、軽いジャブ程度に一つボケをかましてから、ようやっとツッコむ。
内容は単純にして明快。

「なんで居るんだよ」

「そのくらい自分で推理しなさい。仮にも今は探偵科でしょう」

いつの間に淹れたのか、ぽふ、とソファに座ったアリアはコーヒーを啜っていた。
缶コーヒーではなく、何やら高級そうな白に青い縁取りのコーヒーカップで優雅な午後のティータイム(コーヒーだけど)と洒落込んでいる。あんな高そうな食器類はウチに置いていた覚えはないので、彼女の持ち込んだものだろう。人の家に上がるのにカップを持ち歩くのが最近の英国の流行らしい。
目を瞑ってコーヒーの香りを楽しんでいるアリアは、窓から射し込む斜陽に彩られた橙色の中で、一つの絵画のように美しい。
キンジが見惚れていると、唐突に彼女は。

「インスタント?というのもオツなものね。風味が足りないけど」

「コーヒー通みたいなセリフだな……」

「実際好きよ、コーヒー」

カフェイン中毒とまではいかなくとも、俺だって多少はそうだよ。と毎朝をブラックのコーヒーで始めるキンジは、キッチンの奥に仕舞われたれた、自前の貧相なコーヒーメーカーを想起する。
彼女がコーヒーを飲んでいる間に、キンジも彼女が部屋に来た理由を考える。まあ大体予想は着くが。
それより気になるのが、テーブルに転がる黒い機器の数々だった。
内心安堵する。あの変人ストーカーに彼女の姿が見つかれば、八つ裂きにされかねない。実力的な問題はさておき。

「流石は現行Sランク武偵の緋弾様だ。盗聴盗撮なんて真似、簡単にはされないか」

「部屋中にこれが付いてたわよ。不用心ね、しかも分かってて放っておくなんて」

「不用心っつーか、捨てても捨ててもまた付けてくるだけなんだけどな。ちなみに今朝も外したはずなんだが」

「……ちょっとそれ、危ないんじゃないの?さっさとひっ捉えなさい。あなたの力量なら簡単でしょう」

「いや、ちょっと止むに止まれぬ事情があってだな……」

具体的には、そのストーカーが思いっきり知り合いだとか、結構いいお家柄の少女だとか。
星伽巫女が激ヤバヤンデレストーカーなど洒落にならないし、何より白雪は昔馴染みだ。彼としては、あまり事を荒立てたくはなかった。
ふうん、とアリアは興味薄げに言って、カップを置く。そして、薄桃色の饅頭を口に運んだ。

「うん、おいしい」

(松本屋のももまんだよな、あれ……)

コーヒーの付け合わせになんてチョイスだろう。しかし、視覚的な観点から見るなら、彼女のピンクブロンドの髪には結構マッチしている気もしないではない。何より美味しそうに頬張るアリアは幸せそうで、見ているキンジの方も思わず口許が緩むくらいだった。
さて、とアリアの向かいに座る。
この弾丸娘が無断で部屋に上がり込んでいる理由には、大方の推測がついていた。
自分をパートナーに据えるために、強襲科へとスカウトすべくわざわざ足を運んだといったところだろう。

(なんとか答えてやりたいが……強襲科には戻れないよな、やっぱり)

「さて。質問いいか?」

丁度ももまんを食べ終わったらしく口許をハンカチで拭っていた彼女に問う。

「愚問は受け付けないわよ、私は」

先ほどの質問は、このSランク武偵の中では愚問にカテゴライズされているらしい。

「じゃあ問一。何をしに来た?」

「あなたを強襲科に誘いにね」

太陽のような微笑み。
思わずくらっと来てしまう美少女のはにかみ笑いをどうにか堪える。
落ち着けキンジ。傷は浅い。

「……お前はパートナーを探しているんだろう。別に俺は、お前のパートナーになるにはやぶさかではないんだ。強襲科に戻る必要は無いはずだ」

「大アリよ。パートナーは互いの信頼関係が命なの。一秒でも長く一緒にいるのは当然のことよ。同じ強襲科なら、断然連携も組みやすくなる」

「確かにそうかもな。だが、俺は強襲科に戻る気はないよ。ただでさえ転科の際には色んな人に迷惑を掛けている。それを繰り返したくない」

むう、とアリアは頬を膨らませる。

「強情ね」

「そっくり返すぞ」

キンジは立ち上がり、キッチンへ向かう。冷蔵庫を漁ると、飲みかけのスポーツドリンクのペットボトルがあったので手に取り、軽く喉を潤す。

「まあ、転科云々は置いといて別の話をしよう。問二。何故パートナーなんか欲してる?」

キンジの見たてでは、というよりそれ以前に彼女のランクが物語っているが、アリアは相当腕が立つ。
射撃の腕前はアドシアードで優勝だって狙えるはずだ。それに『緋弾』についての噂には、日本刀での近接戦もこなすとされている。
パートナーはいて損はしない。だが、必ずしも居なくてはならないということもないはずだ。それこそ、彼女程の実力者ならば。

「……そうね。パートナー候補なんだから、ある程度の説明はしておかないとね」

アリアは目を伏せ、大きく息を吐いた。

「けれど、これはトップシークレットよ。全部話せば最悪あなたは消される。だから、パートナーになってくれる保証のない今、話せることはかなり限定されるわ」

「構わない」

即答に、アリアも頷く。

「そうねーーどこから話したものかしら。あなたが今朝襲われた相手、通り名くらいなら分かっているわね?」

キンジの眉がピクリと上がった。

「ああ。武偵殺し……一時期武偵ばかり狙っていた爆弾魔。最近逮捕されたらしいがな」

「逮捕されたのは、私の母よ」

キンジの眉間に、深い皺が刻まれる。

「……なら、今回のアイツは模倣犯、ってことか?」

白々しく。分かっている癖に、そんな言葉を口にした。

「違うわ。今回のヤツは真犯人。私の母、神崎かなえは誤認逮捕よ。犯人に罪を被せられたの」

「そうか。まあ、そこいらの酔狂な模倣犯であのクオリティは、ちょっと無理があるかなとは思ったが……つまり、お前はその武偵殺しを捕まえるために、パートナーを欲していたと」

「三分の一、正解。及第点には程遠いわね」

赤点は回避出来たものの、優秀な彼女にとっては満足する値ではなかったようだ。探偵科Eランク武偵は頭を捻る。残りの三分の二を突き止めるべく。

(……駄目だな。今の俺じゃ頭が上手く回らん)

答えられない。キンジは降参、とでも言うように肩を竦めてみせた。
アリアは、まあ、ヒントが少なかったかもね、と横柄に締めて、答え合わせを始めた。

「武偵殺しはある組織の一員なの。名前は言えないけど、必要なら慈善事業でも犯罪でもする秘密結社よ。で、私の母はどういう訳か、そのメンバーたちにスケープゴートにされたのよ」

ほとほと呆れた、という様子でアリアは首を振った。
だが、元強襲科トップは見逃さない。その目の奥に、親族を貶めた連中に対する憤怒が渦巻いていることを。

「私の目的はその秘密結社の壊滅し、彼らの犯行を暴いて母の濡れ衣を晴らすことよ」

「なるほど。ーーただの武装組織じゃあなさそうだな」

「察しが良くて助かるわ。連中の中には超能力者(ステルス)も紛れてるらしいし、私だけじゃとても全部は捕まえきれないの」

ーー超能力者。
キンジは顔を顰めた。
彼の最も苦手とする分野の一つだ。星伽神社や武偵高の超能力捜査研究科、通称SSRなんかで研究されている超常の力……オカルトパワーだ。
俄かには信じ難いものの、超能力は確かに存在する。そしてそれは、大抵が厄介な相手だ。並の武偵では歯が立たない程度には。

「だから私は、あなたを相棒に据えようと疲れた身体に鞭を打っているの。お分かり?」

「……まあ、話は理解したよ。で、お前は俺に相棒になれと」

「こんなか弱い女の子を一人で戦場に立たせるの?」

棒読みな口調で、ハンカチを噛むアリア。

「か弱いって、どの口が言うか」

「ああ神様、キンジってば冷たいわ。こんなに困っている美少女に手を差し伸べてくれないのよ」

「いや、別に協力しないワケではないぞ、強襲科に入りたくないだけで」

「だーめ。強襲科は戦闘の専門学科よ?そこで技術を学ぶの。巻き込む以上、私はあなたを生きて返す責任がある。でもある程度は、自分の身は自分で守って頂戴。勿論、あなたの実力を疑っているんじゃないわ。ただ、奴らの力は底が知れない。備えて損はないの」

真剣な眼差しだった。
強い意思だ。曲がることのない、一本の芯の通った意思。アリアの思いの強さが滲んでいる視線。
だが、それでもキンジの心は傾かない。彼の心の天秤は、常に一点に傾いている。

「……済まないが、何と言われようと強襲科に戻るつもりはない」

きっぱりと、断わった。
アリアは何も言わない。悔しがりもせず、悲しみもせず、ただ少しだけ寂しそうに、顔を伏せた。

「今日はもう遅いし、早く帰りな。パートナーの件だけなら別に構わないから」

話は終わりだ。残念ながら、譲れない一線は彼にもある。スポーツドリンクで喉を湿らせてから、はっきりした口調でそう言った。

「嫌よ。泊まるわ」

スポーツドリンクが吹き出た。

「え、いやおま、冗談だろう?完全に帰る流れだったじゃないか今の」

「本気も本気よ。いいじゃない、こんな可愛い女の子と同棲なんて、役得よキンジ」

「いやいやいや、流石にまずいだろ……一応男と女だぞ……」

何がまずいとか言うわけではないが、こんなことが露見したらキンジの校内の立場がないし、何より教務科連中や死の風紀委員に殺されかねない。

「可愛いってところは否定しないのね」

「事実可愛いからな、お前。ちょっと小さ過ぎるところが残念だが」

「むむ、それはけっこー気にしてるんだけど。あんまり女の子の体系のこと言っちゃ駄目よ?特に胸と体重についてはね」

「それもそうだな、済まん」

「分かればよし。良い子よキンジ。じゃあね」

アリアはソファの裏に隠れていた、赤白ストライプのトランクをガラガラ引きながら扉へ向かう。

「お、帰るのか?」

「そんな訳ないでしょう。シャワーを浴びるだけよ」

キンジが蒸せる。

「しゃ、シャワーっておま…….」

「覗いちゃ駄目よ?」

「覗かねーしっ!あーもー、とっとと入って来い!」

くすくす、とアリアがさも愉快そうな笑い声を残して、洗面所へと姿を消す。どっと疲れた。溜まった疲労を吐き出して、埋もれるようにソファに凭れる。

しかし、一難去ってまた一難、と古い誰かが言ったように、新たな災難の種がキンジの鼓膜を叩く。
それはインターホンの音だった。何の変哲もない、ありふれたチャイムが、斜陽に満ちたリビングに木霊した。 
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