フィガロの結婚
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44部分:第四幕その八
第四幕その八
「こちらに」
「可愛い手だ」
「可愛いだと!?」
今の言葉にまた怒るフィガロだった。
「おのれ、またしても」
「何としなやかな指だ」
自分の妻の手とはまだ気付いてはいない。
「艶やかな肌だ」
「気付いていないわね」
(わからないのかしら)
スザンナと夫人は今の伯爵の言葉に思うのだった。
「自分の奥方様の手なのに」
(いつも触れ合っているのに)
「奥方の手に似ておるが」
しかし伯爵も鈍い男ではなかった。
「まあいい。ではダイアを」
「ダイアですか」
「うむ」
夫人の声はここでもスザンナの真似をしている。
「そうだ。受け取ってくれ」
「有り難き幸せ」
「そうか。それは何よりだ」
「して伯爵様」
スザンナの声色のまま彼に告げる。
「あちらに」
「あちらに?」
「灯りが」
見れば森の外れに本当に灯りが見えていた。
「ありますわ」
「これはいかんな」
伯爵はそれを見て言うのだった。
「では隠れるとするか」
「いい具合ね」
「くそっ、今に見ていろ」
今の伯爵の言葉にスザンナとフィガロはまたそれぞれ言った。
「このままいけば後は」
「追い詰めてやるっ」
二人の様子は同じ言葉を聞いても全く違っていた。
「全ては順調ね」
「何もかもぶっ潰してやるからなっ」
ここでも正反対である。
「いいわ、後は奥方様が」
「スザンナ、見ていろ」
わかっている者とわかっていない者の言葉であった。
「やって下さるわね」
「ギャフンと言わせてやるからな」
二人がそれぞれ言っている間にも伯爵は夫人、スザンナに化けている自分の妻に対して気付かないまま優しい言葉をかけるのだった。
「ではスザンナよ」
「はい」
「隠れるとしよう」
「はい、それでは」
二人はこのまま何処かに行こうとする。しかしここで伯爵はフィガロの姿を認めたのだった。
「誰だ?」
「あっ、フィガロ」
スザンナは彼が伯爵に見つかったのを見て思わず大声をあげそうになってしまった。
「こんな所で」
「誰なのだ?」
「通りすがりの者です」
フィガロの返答は実に白々しいものであった。
「御気になさらずに」
こう言って姿を消す。しかしこれで伯爵は警戒の念を抱かずにはいられなかった。しかしここで夫人が見事機転を利かしたのであった。
「伯爵様」
さりげなくスザンナの声色を使う。
「あれはフィガロですわ」
「フィガロか」
「はい、間違いありません」
こう言うのであった。
「ですから」
「そうだな。あ奴ならばだ」
見つかってはまずい、伯爵もわかっている。
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