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フィガロの結婚

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36部分:第三幕その十三


第三幕その十三

「行こうか。今から」
「ええ。それじゃあ」
「私達も御一緒させてもらいます」
「それでは」
 バルバリーナやケルビーノ、村娘達がそれに続く。こうして彼等は婚礼の場である屋敷の庭の広場に向かう。後には伯爵と夫人だけが残った。
「完全にあの者の調子だったな」
「やれやれだわ」
 二人はそれぞれ己の心境を吐き出していた。伯爵は憮然としたままで夫人はほっと胸を撫で下ろしている。本当にそれぞれである。
「全く。調子のいい男だ」
「冷や汗どころではなかったわ」
「それでだ」
 伯爵はとりあえず妻に声をかけた。
「これからだが」
「式に向かいましょう」
 夫人はこう夫に告げた。
「もうすぐ二組の式がはじまりますから」
「そうだな。もうすぐだな」
「彼等を迎えてあげましょう」
 穏やかでかつ気品のある声でまた夫に告げる。
「是非」
「うむ。わかった」
 とりあえず妻の今の言葉には頷く。そうして二人も腕を組み合って式に向かう。二人が広場に着いた時にはもう準備はできていて伯爵のリョウチの猟師や農夫、娘達に子供達が集まっている。老若男女が皆いるような感じだった。皆二人の到着に言葉をあげた。
「伯爵様、ようこそ」
「奥方様も」
「うむ、皆元気そうで何よりだ」
 伯爵は領主としての威厳と寛容さを出しながら彼等の挨拶に応えた。
「それでは今よりだ」
「はい、はじめましょう」
「婚礼の式を」
 こうして式がはじまるのだった。娘達がそれぞれ花嫁の帽子やヴェール、手袋に花束を用意しており中央にはフィガロとスザンナ、それにバルトロとマルチェリーナがいる。彼等は皆奇麗に着飾り多くの者が集まっている。その彼等を祝う為にケルビーノもバルバリーナもいる。当然バジーリオやクルツィオ、アントーニオといった面々もだ。皆笑顔でそこにいた。
「さあ貞節な恋人達よ」
「名誉を守る人達よ」
 娘達は祝福の歌を唄う。
「この徳高い伯爵様」を讃えましょう」
「人を辱めるような忌まわしい権利を完全に消し去った伯爵様を」
「今ここで」
 この歌が終わると皆踊りに入った。フィガロはスザンナと共に二人で明るく踊る。しかし彼女は踊りながら夫人と共に踊っていた伯爵に近付くとそっと何かを懐に入れておいた。その時にさりげなく流し目を送るのも忘れてはいなかった。僅かな瞬間だがやるべきことはやったのだ。
「ふむ」
 伯爵は彼女が懐に何かを入れたのを感じながらほくそ笑んだ。
「そういうことか」
 踊りは終わり祝いは続く。伯爵はその間己の席において懐に手を入れそこから瓶を取り出していた。勿論手紙の裏の文字も見ている。
「恋文か?」
 当然ながらフィガロもそれに気付いている。
「また誰だろうな」
「誰かしらね」
 スザンナはここでは知らないふりをするのだった。その素振りのまま笑うだけだ。
「それにしても伯爵様も」
「ええ」
「ナルシスは今上機嫌ってわけだ」
「それではだ」
 伯爵は手紙をこっそりとしまうと式が終わったのを見届けたうえで皆に対して告げた。
「今宵は私がもてなさせてもらおう」
「おおっ」
「流石伯爵様」
「やっぱり気前がいい」
 彼は気前のいい領主としても有名なのである。何だかんだと言って中々いい領主として知られている。少なくとも愚かでも邪でもないのは間違いない。ただ女好きの傾向があるだけだ。それだけである。
「絢爛豪華な婚礼の祝宴を用意しておいた。歌に花火」 
 まず箱の二つだった。
「美酒に美食、舞踏会」
 どれも贅沢とされるものである。
「皆私のもてなしを受けてくれ。さあ、皆でな」
「はい、是非共」
「皆、伯爵様のもてなしを受けよう」
「ああ、是非共な」
 こうして皆伯爵をたたえるのだった。その中で伯爵とスザンナは目を合わせて笑い合っていた。だが伯爵はここでは気付かなかった。スザンナはそれよりも前に、それよりも後にも彼女と目を合わせて目だけで笑い合っていたことを。それには気付かなかったのだった。
 
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