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アマガミフェイト・ZERO

作者:天海サキ
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〈……一方その頃〉

「綺礼、アインツベルンのねぐらは解ったのであろうな」
 中多邸離れの実務室。アーチャ―が、窓から外を見る言峰に、怒気を発しながら近づく。窓から差し込む夕闇の輝きは、もう終わろうとしている。これより後は、暗黒の時間だ。
「アーチャ―、そんなに、バーサーカーの正体が気に障ったか?」
 振り向いた言峰は、わずかに笑みを浮かべている。
「あの女は狂犬の身に落ちてなお、美しい。だが、あれは俺の物。勝手に所有する事は許されん」
「待たせたな英雄王。今さっき、アサシンに見張らせていた屋敷に聖杯の器と人造人間が入って行ったと報告があった」
「では、行くぞ。支度は出来ているのだろう?」
「ああ。それと、今宵は紗江殿も同行させる」
「……お前はつくづく」
 綺礼の奇行がお気に召したのか、先ほどまでの怒りを沈め、英雄王が笑った。
「なに、これも教育の一環だよ」
 言峰も、ここでは誰にはばかる事無く、愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。

「えっと、きょ、教官、今日の訓練って、ど、どんな事するですか?」
 アサシンから報告があったのは、輝日東町からもっとも近いハイキングコースのある、輝日東山の麓にあるお屋敷だった。アインツベルンは、多くの西洋建築の大屋敷を持っているが、ここは珍しく日本風の建物だという。
 黒塗りの高級車で行けるところまで来た後、中多紗江と言峰綺麗は、目指す屋敷に続いているであろう歩道を歩いていた。
「紗江殿。それはついてからお話します。今は頑張って付いて来て下さい」
「わ、わかり、ました」
 歩道は、輝日東山の中に向かって伸びており、やや緩い上り坂になっていた。道の左右には木々が立ち並び、歩き続ける度に木の数は増え、星を隠す影が深くなっていく。
「着きました」
「え? ……ここは? 古いお屋敷、です、よね?」
「今日の訓練。それは、肝試しです」
「……え? ええっ!」
 紗江の眼が、大きく見開かれた。そして恐々と、眼前にそびえる仰々しい門を見上げる。言峰は、怯える少女の姿が愛らしくて堪らなかった。
「心配入りません。あなたのサーヴァントも来ているのですから」
 紗江の身体が、びくっと震えた。門の上で光燐が煌めき、アーチャ―が現れた。
「紗江、せいぜい頑張るのだな。俺を興じさせる事が出来たら、助けてやらん事も無い」
「は、はいっ!」
 身体をぶるぶる震わせる紗江。言峰は、うすら笑いを浮かべながら門に近づくと、両手を扉に押し付けた。門が重々しい音を立てながら開いていく。
「……綺礼様、器と人造人間は出てはおりません。しかし、先ほどから異形の影を屋敷の中に見たという報告が、多数上がっております」
 闇夜の中から、音も無くアサシンが現れた。片膝を着き、言峰に向かって頭を垂れる。
「アインツベルンめ、人体改造だけでは飽きたらず、異界より良からぬものをも呼びだしたか」
「そのようでございます。報告によると、屋敷内に巣食っているのは、無数の手足を持った面妖な怪物のようです」
「て、手足が、た、沢山っ!?」
 紗江が口元を押さえる。見れば、顔も既に青くなってきている。
 門の上のアーチャ―も、顔をしかめた。
 綺礼が、紗江を手招きした。
「あの喫茶店で働くのでしょう? 店員としてお店に出れば、何があるか解りません。困難にひるまないよう精神を鍛えるのです」
 恐怖におびえる紗江の眼には、涙すら浮かんでいる。だが、ぎゅっと小さくて愛らしい拳を紗江が握り締めた。
「そ、そうですよね。わ、私、がんばります、教官!」
 震えながらも気力を振り絞る様を見て、言峰の心は満たされていった。

 門をくぐると、闇がより一層深まったように感じた。言峰は、油断なく周囲に注意を払う。背後に、怯える紗江の息遣いを感じた。
(少女を守るというのも、実に甘美だ)
 声無く笑いながら言峰は、足を進める。石造りの舗装された通路の先に、古めかしい引き扉の玄関がある。扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。
「……ッ!」
 暗黒の室内から、四、五本の黒い蔦が伸び、言峰に襲いかかった。人の腕程もある黒い蔦を、言峰は素早く拳で打ち払う。
「い、いやぁぁぁぁ」
 言峰が振り返り、怯える紗江を片手で抱きかかえる。そして常人で四歩程の距離をたった一歩で飛び、玄関から距離をとる。言峰が八極拳の達人だからこそ、成せた技だ。言峰が鋭い視線を玄関に向ける。
「やはり、異界の怪物に屋敷を守らせていたのだな」
ゆっくりと玄関が開いていき、大人くらいの大きさの真っ黒い塊が、屋敷の中から現れた。塊からは、先ほど言峰が弾いた太い蔦が九、十本くらい生えていた。
「イカーーーーッカッカッカッカ! この俺様を倒さなければ、ここから先は、イカせられないなぁ」
 外へ出でた黒い塊を、魔光に漲る月が照らす。黒々とした、二mはあろうかという巨体。蠢く巨大な十本の異形の腕。双眸は血に飢えるように赤々と輝く。まるで深海に潜む悪夢の化身。巨大イカの大怪人が、月下に姿を現した。
「この地には、恨みとイカりが満ち溢れている。イナゴマスクによって葬られた、怪人達の怨念よ、我が身に力を漲らせ給え。イィカァァァァァァァッ!」
 大地から、紫の妖しげな燐光を放つ黒い煙が、浪々と立ち上る。イカの大怪人が煙をその身にどんどん取り込んでいく。
「我が名は、超イカ男! 真なる地獄を、味あわせてやろうじゃなイカッ」
「王の道を汚物で汚すか。不敬も甚だしいぞ!」
 門の上に立つアーチャ―が怒りを顔面に表す。黄金の英雄王の背後が、不自然に波打ち始め、光りと共に槍や剣、斧など数多の武器が現れた。
「もはや一族皆死罪でもその罪、拭いきれぬ。せめてのたうち、這いずりまわる姿で俺を興じさせよ」
 アーチャーの背後に浮かぶ武器が、高速で飛んでいく。武器は超イカ男を通り越し、屋敷の上に落ちる。閃光と共に轟音が巻き起こり、爆発が起こる。アーチャ―の宝具、ゲートオブバビロン。かつて全世界を支配下に置き、この世のあらゆる財、あらゆる道具、あらゆる武器、防具を一手に集めた、バビロニアの英雄王ギルガメッシュ。世界最古の英雄である彼の宝物殿への直通扉こそが、ゲートオブバビロンなのだ。ギルガメッシュは己が所有する武器を、高速で打ち出す戦闘スタイルを使う。それゆえに、ギルガメッシュはアーチャ―なのだ。
「お、俺を無視するとは、いい度胸じゃなイカッ!」
 超イカ男が顔を強張らせる。身体から伸びる十本の黒い手が、どんどん伸びて、アーチャ―の打ち出した武器を叩き落とそうとする。
「無礼者がっ!」
 金色の無数の塊が、宝物殿から高速でマシンガンのように射出された。
「汚物の分際で、俺の物に触れるでないっ!」
 打ち出されたのは、拳大程もある金塊だ。しかも只の金塊ではない、古の魔術が溶け込んだ魔力を持つ金塊だ。普通のものとは比べ物にならない程の強い輝きと価値がある代物だ。アーチャ―はその金塊を、まるで石ころでもあるかのように、惜しげも無く連続で打ち出す。驚異的な速度で宝物殿から放たれた金塊は、まるでロケット弾だ。秘めた魔力が破壊の力を増幅し、驚異的な攻撃力を叩き出す。それが何発も連続で打ち出されるのだ。破壊力は数倍、いや十数倍にも膨れ上がる。轟音と共に、爆発が連続で巻き起こる。
 圧倒的な力で全てを粉砕してなお、アーチャ―の怒りは益々激しくなる。
「王に汚物処理をさせるとは……、アインツベルン、どこまで俺を愚弄するかぁぁぁ」
「イカーーーーッカッカッカッカ! 全然効いていないじゃなイカッ。この調子なら、仮面英雄イナゴマスクも楽勝なんじゃなイカ?」
 爆発が全てを吹き飛ばしたかのように見えた。だが立ち上る煙が消えると、超イカ男が、下卑た笑みを湛えながら、仁王立ちしていた。しかも驚いた事に、傷一つ身体に付いた様子は無い。
「汚物めが……」
 アーチャ―の眼がこれまでに無い程、憤怒で鋭く尖る。ゲートオブバビロンの光の扉が、二回り以上も巨大になった。
「イナゴマスクは、あ、あなたなんかに、負けませんっ!」
 言峰の後ろから、紗江が勢い良く飛び出した。
 超イカ男の不気味な赤い眼が、紗江を睨みつける。
「イカカッ! じゃあ仮面英雄を呼んでくるといいじゃなイカ! 俺様は逃げも隠れもしないっ。それとも、恐れをなして逃げ隠れてるんじゃなイカッ!?」
 超イカ男が、聞く者を逆撫でる下卑た笑い声を上げる。
「貴様ら、王の前であるぞ!」
 超イカ男に向かって、無数の剣や槍が振り落ちて来る。超イカ男の脚が、それら全てを弾き飛ばす。あさっての方向に飛んでいった武具が、それぞれ爆発を引き起こす。
「汚れた塵が王の所有物に触れるでないっ! いい加減貴様を見るのも限界だ」
 アーチャ―が、宝物殿へ続く光のゲートに手を入れ、何かを取り出す。
「我が輝けるバビロニアには、貴様にような塵屑はいらぬっ!」
 高々と掲げられた両手が掴んでいるのは、光り輝く黄金の仮面だった。太陽とも百獣の王とも見える、荒々しく勇猛な形をしている。アーチャ―が、ゆっくりと腕を降ろし、神々しい仮面を装着した。
「か、仮面英雄イナゴマスク、じゃなイカ!」
「ゴ、ゴールドレオさん!? え、でも、少し違う……?」
「あれはエインシャントレオ。世界最初の仮面英雄にして、伝説の最強戦士」
 紗江の顔がぽぉっと上気した。
「エインシャントレオ……。が、がんばれ~」
「汚物よ! バビロニアの光で欠片も残さず消し去ってくれる! 眼前より消え去れいぃぃぃっ!」
 憤怒のアーチャ―の背後の、ゲートオブバビロン全てが眩く輝き始めた。やがていくつかの点へと光は収縮していく。一瞬閃光が煌めき、無数の鋭い光線が宝物殿から発射された。凄まじい速度の光線が超イカ男へと襲いかかる。
「あ、熱いじゃなイ、イカァァァァァァァァァァァ!」
 光線に飲み込まれた超イカ男が炎上する。
「す、すごい……。あの技は、いったい?」
「名付けてスーパーイナゴブラスト」
 驚嘆する紗江と、あくまで冷静な言峰が見つめる先で、超イカ男の身体が崩れ落ちてゆく。
「あ、在り得ないじゃ、なイカ……。か、怪人達の怨念が、闇へと、に、逃げ還っていくじゃ、なイカ……」
 だが唐突に超イカ男が笑い始めた。
「イカーーーーッカッカッカッカ! だ、だが、これでお前は、わ、我が怪人帝国に狙われる事になった……。お、終わりだ、エインシャントレオ。イイカ、これ……からが、じ、地獄の、幕開けだ……」
 超イカ男が天を仰ぐ。
「わ、我らが、怪人帝国ネロ・カオスに栄光あれっ! イカァァァァァァァァッ!」
 超イカ男がゆっくりと倒れ、そして轟音と共に爆発した。

「た、倒したんでしょうか?」
「ふん、汚物共の帝国だと? 俺が居ない間にずいぶん、頭に乗る連中が現れたものだ」
「で、でも、ね、狙われるって。も、もしかして、こ、これから、あんな気持ち悪い、ば、化け物が、いっぱい……」
 紗江が涙を浮かべ、顔を両手で蔽い隠した。
「ご心配無く。所詮あれは、聖杯の力で具現化した妄念。同様に、その口から出た言葉もまた空虚な絵空事。怪人帝国などありはしませんよ」
 紗江の側に居る言峰は、未だに油断なく辺りを見渡す。
「綺礼様、申し訳ありません。もうこの家には誰も居ないようです」
 影から狐面の人影が現れ、片膝を付く。
「どういう事だ?」
「あの化け物が、高度な目くらましを用いたようです。申し訳ありません、取り逃しました」
「……使えぬ犬め」
 空気が振動し、黄金の弾丸がアサシンに高速で飛来した。アサシンの姿が消えると同時に、小爆発が起こった。
「きゃぁぁぁ」
 膝を折り、紗江が身体を震わせる。
「逃げ足だけは優秀だな、綺礼」
「アーチャー、そのくらいにしてくれはくれぬか? まだアサシンには、働いてもらわねば困る」
「……よかろう。だが、俺の寛容は安くは無いぞ。次に無駄足を踏ませる事は許さん」
「心しておこう」
仄かな笑みを浮かべた綺礼が、未だ座り込んで身体を震わせ紗江の方を向いた。
「さて、本日の訓練は終了です。帰るとしましょう」
 微笑む綺礼が、紗江に右手を差し出す。
「……え? えっと、あの、はい。あ、その、ありがとうございます」
 震える少女が、綺礼の手を取った。柔らかい肌の温もり。少女を立ち上がらせるのは、素晴らしく甘美だった。
 
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