アメフラシのがんじゅうろう
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始まりの草原にて
私が今いるところは、とても広い草の海である。ああ、読んで字のごとく、本当に海なのだ。見た目は液体状だが、触ってみると草の触感を愉しめる。流れるように波を作り、私の目の前で引いたり満ち足りを繰り返していた。この海を眺めていると、妙に居心地が悪くなり、その場から離れていった。乗り物酔いでもしたくらいに気分が悪い。ふと、気づくと、私の足元には影がなかった。「ん?」そして、太陽を見上げた。今気づいた。太陽だと思っていた光は、濃い巨峰のような色彩を帯びていたのである。まるで空にぽっかりと穴が空いてしまったかのようにそれは存在する。嗚呼、なんてところに来てしまったのだろう。本当にこんなところに人などいるのだろうか。もしかすると、火星人のようなタコ足の生き物かも知れない。もしくは、さっきのトマトがそうだったりして。
いずれにしても、私はこの世界から早く出ていきたいと思った。自分だけがぽつんと一人こんなところで生き続けることを考えると背筋が凍る想いだった。たまらなくなって、その太陽を背に草の海を後にした。きっとあそこには生物がいたかもしれない。しかしいたとしてもあまり会いたいものではない。ロクな生物ではないからな。ブリーフケースをぶらぶらと振り子のように揺らし、そう考えた。やはり太陽があんな感じだからだろうか。自然と暑さも寒さも感じない、ちょうど良い気温である。それに湿気もないので快適だ。これでもし熱帯雨林のような猛暑が続くところであれば、私は恐らく絶望と怠惰が入り混じっていただろう。ただでさえ、この調子なのだ。嫌だ、嫌だ。こんなことを永遠と考えていると、頭がおかしくなりそうだ。とにかく、少しでも知能があり、意思疎通ができそうな生物を探そう。
次に私が到着した場所は、草原であった。ああ、これも文字通りだ。先ほどの草の海とは違い、れっきとした、まともな草原である。私は興奮した。普段であれば、この景色をどうと思うこともないと思う。今だから、興奮できるのだ。「草原だ!」
そう叫んで草原の中に駆け寄った。それが間違いであった。
「ズボっ」
「!?・・・・!!!」
私は一気に地面に潜り込んでいった。いや正確には沈んでいったのだ。わけもわからず、そのまま成すがままにされた。しかし、次の瞬間、もがき苦しんだあと、必死で上を目指す。空気を吸う。死ぬかと思った。「これってもしかして海なのか?」舐めるとしょっぱかった。信じられないことだ。先ほどの緑色の海が本来の草原であって、こちらが海なのだ。「こんなのあべこべだぜ。」私は少し飲んでしまった塩水を吐き出し、鼻の中の水も吹き出した。
泳いで岸まで戻ると、ぐったりと仰向けに倒れ込んだ。空には相変わらず、のっぺりとした黒い太陽がこちらを睨んでやがる。服や髪の毛は濡れていない。それはそれで便利であるが、何かものすごく違和感だ。「草原も海も結局まともじゃない。先が思いやられるぜ。まったく。」
そう言いながら、目をつむった。
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