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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百五十八話 これは戦争だ


帝国暦 489年 6月 7日  オーディン   宇宙艦隊司令部  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「地球教団支部からはサイオキシン麻薬が発見されました。それと捕縛された者達からもサイオキシン麻薬が検出されています。どうやら信徒達があそこまで頑強に抵抗したのは洗脳されていたからのようです」
「そうですか」

俺が答えるとアンスバッハが頷いた。今日の彼は地球教の捜査状況について報告に来ているのだが表情が暗い。この応接室は何時も暗い話ばかりだな。客をもてなすというより人をウンザリさせるような話ばかりしている。たまには明るい話で笑ってみたいものだ。

「捕えた信徒達ですが社会復帰には時間がかかるでしょう。薬物依存からの更生は簡単ではありません。特にサイオキシン麻薬は常習性が強い、長期に亘り更生施設に入れる必要が有ると思います」
「そうですね」

更生できれば良い、だが出来ない人間も居るはずだ。いや出来ない人間の方が多いだろう。更生の難しさは第三五九遊撃部隊、通称カイザーリング艦隊に居た時に知った。サイオキシン麻薬を手に入れるのは難しいだろうが他の薬物に依存する可能性も有る。気の重い話だ、アンスバッハも遣り切れない様な表情をしている……。

「アルフレート・ヴェンデルの住まいを捜索しました」
「それで、何か出ましたか」
アンスバッハが首を横に振った。案の定だ、所詮は使い捨ての駒の一つだったという事だな……。
「何も出ませんでした。彼には母親が居たのですが最近人が変わったようだと心配していたそうです」
「……」

これも遣り切れない話だ。人が変わっただけじゃない、息子が薬物中毒で帝国の敵と認定された組織の一員だと知った母親はどう思ったか……。事態が動いたのは事実だが潜入捜査は認めるべきじゃなかった。アンスバッハとフェルナーの前では言えないが潜入捜査を認めたのは俺の過ちだろう。そうなる危険性が有ると認識していたのだから……。

「潜入捜査員はあと二人いますね」
「はっ」
「おそらくは彼らもサイオキシン麻薬を投与されているでしょう。上手く保護出来れば良いのですが……」
せめて彼らだけは何とか助けたいが……、難しいだろうな、アンスバッハも苦しそうな表情をしている。

「申し訳ありません。閣下の危惧が現実となりました。小官とフェルナー准将の認識が甘かったと思います」
「いや、決断したのは私です。そしてそれによって事態が動いたのも事実、犠牲に見合うだけの戦果は得た、そう思いましょう。必要な犠牲だったのです」
「……」
嫌な言い方だ。だがそれ以外には言い様が無い。苦しんでいるのは俺だけじゃない、アンスバッハもそして此処にはいないフェルナーも苦しんでいるはずだ。そう思って前に進むしかない。

「サイオキシン麻薬ですが入手先は地球だと判明しました。地球が購入している形跡は有りません。おそらくは地球そのものがサイオキシン麻薬の製造を行っているものと思います」
「……」
今の地球は何の産業も無い星だ。あそこに行くのは巡礼者と物好きな観光客くらいのものだろう。サイオキシン麻薬の製造など容易い事だったに違いない。

「残念ですが押収した資料の中に地球とフェザーンの関係を示すものは有りませんでした」
「……」
「やはりゴドウィン大主教が自殺したのが痛かったと思います。彼が生きていれば情報が得られたはずですが」

「他の人間からは情報は得られなかったのですか」
「残念ですが……」
アンスバッハの表情が苦みを帯びている。最も肝心な部分が聞き出せなかった、そう思っているのだろう。実際、原作でも情報はゴドウィンからの自白だった。

「仕方ないですね、それについては地球で入手出来る事を期待しましょう。ワーレン提督は明日地球に向けて出発しますがそちらの用意は出来ていますか」
アンスバッハが頷いた。
「地球への同行者は既に選出済みです。地球に於いて情報収集を行う者二十名、それと艦隊司令部の護衛に十名、計三十名が同行します」
「……」

大丈夫かな、まあ大丈夫だろう。
「反乱軍、いや自由惑星同盟ですがそちらに送る資料についてはフェルナー准将が今纏めています。明日には閣下にお渡し出来るでしょう」
「分かりました」
同盟がどう動くか……。あちらは帝国よりも信教の自由について煩いからな。或いは混乱するかもしれん。あとはワーレン達が何を見つけてくるかだな……。

「閣下、憲兵隊、広域捜査局は協力して国家の要人の警護を行っていますがこれには本人の自覚が何よりも必要です。充分に注意してください」
「……分かりました、注意します」
アンスバッハは俺をじっと見てから頷いた。心外だな、俺は余程に思慮分別の無い若造だと思われているらしい。一応女房持ちなんだ、自覚という言葉の意味ぐらいは分かるぞ。

何か分かったらまた報告に来ると言ってアンスバッハが帰ると入れ替わりにワーレンがやってきた。明日は出撃だからな、挨拶にでも来たのだろう。
「閣下、明日出撃しますので御挨拶に伺いました」
「御苦労ですね、急な事で大変かと思いますが宜しくお願いします」
「はっ」

予想通りなのは良いんだがそんな硬くならないでくれ。俺達は巡察部隊以来の仲じゃないか、そう言いたいんだけどな。ワーレンはあの当時の話しをあまり周囲にはしていないらしい。まあ艦の操作なんてまるで分からなかったからワーレンにおんぶに抱っこだった。俺の名誉にはならないと控えているのかもしれん。或いはあの事件の所為かな、宮中が絡んでいるから口を噤んでいるのか。もう気にしなくて良いんだけど、律儀だからな……。

「地球では地球教団の壊滅は当然のことですが情報の収集も重要な任務となります。広域捜査局と協力して任務を遂行してください」
「はっ」
「それと地球教は軍事力が有りません。それだけにテロなどでこちらを混乱させようとします。司令部には一応広域捜査局の護衛を付けますが十分な注意が必要です、気を付けてください」
うん、これで良いかな。後は本人の運次第だろう。

「御配慮、有難うございます。司令長官閣下も身辺には十分にご注意ください」
「そうですね、気を付けましょう」
変だな、ワーレンも俺をじっと見ている。俺ってそんなに注意力散漫に見えるのかな。



帝国暦 489年 6月 7日  オーディン   宇宙艦隊司令部  トーマ・フォン・シュトックハウゼン



「妙なものが出てきましたな、副司令長官」
「全くだ、地球とは一体どうなっているのか……。卿は地球についてどの程度の事を知っているかね?」
困惑したような表情でメルカッツ副司令長官が問い掛けてきた。

「人類発祥の地、そんなところですな。最近妙な宗教が流行っているとは思っていましたが……」
「私も似たようなものだな」
私も首を傾げているがメルカッツ副司令長官も首を傾げている。副司令長官室で老人二人が首を傾げているのだ。全くもって妙なものが飛び出してきた。

「この騒ぎ、何時頃まで続くと思われますか?」
「さて、二ヶ月か三ヶ月、そんなところでは無いかな。地球討伐もワーレン提督で決まっている、それほど長引くとは思わんが……。何か有るのかな、シュトックハウゼン提督」

「実はガイエスブルク要塞ですが……」
「?」
「あれにワープと通常航行用のエンジンを取り付けるというのです。シャフト技術大将が行うとの事ですが小官がその運用責任者を命じられました。イゼルローン要塞攻略に使用するとの事ですが……」
私の言葉に副司令長官が何度か頷いた。心当たりが有るようだ。

「なるほど、あれか」
「ご存知ですか?」
メルカッツ副司令長官が頷いた。
「以前からその話は有った。ガイエスブルク要塞をイゼルローン回廊に持って行く、或いはフェザーン回廊に持って行くという話だ。だがそれは軍事作戦ではなく反乱軍、フェザーンに対する謀略の一環としてだった。だから我々も詳しくは知らない。話だけかと思っていたが実際に行うとは……」
なるほど、謀略の一環か……。

「司令長官から聞いた時には混乱しましたがイゼルローン回廊内に根拠地を作ろうという事でしょうかな?」
「かもしれん、長期戦が可能となれば反乱軍に対する圧力は決して小さくは無い」
「なるほど」
要塞に有る損傷艦の修理機能、負傷者の収容能力、補給、通信能力か……。確かに過小評価は出来ない。頷いているとメルカッツ副司令長官が微かに笑みを浮かべた。

「或いは要塞主砲を利用しようというのかもしれんな」
「イゼルローン要塞を攻撃するという事ですか」
「うむ、要塞主砲で損害を与えたうえで艦隊による力攻めを行う、攻略の可能性は通常の力攻めよりも遥かに高いだろう。反乱軍の艦隊も出撃は難しくなるはずだ、安易に出撃すれば要塞主砲の標的になるからな」
「そうですな」

それかもしれない、根拠地として使用するよりも要塞攻略兵器として要塞を使う。要塞には要塞を以って戦うという事だ。副司令長官の言う通り艦隊を以って戦うよりは遥かに攻略の可能性は高いだろう。私もイゼルローン要塞司令官を務めた時、要塞主砲の威力の強大さには感嘆よりも溜息を吐いたことが有る。

「取り付けは何時頃終わるのかな?」
「作業には四ヶ月ほどかかるそうです。その後小官の運用試験と微調整で約二ヶ月を想定しています」
「半年か……、半年後には遠征が可能になるという事か」
「そうなりますな」
メルカッツ副司令長官が顎に手をやって考え込んでいる。

「なるほど、時間に余裕が無いな」
「ええ、半年後に遠征なら地球教への対応は遅延を許されません」
遠征の準備にはどう見ても二ヶ月から三ヶ月は必要だ。地球教への対応に手間取れば遠征の準備にも影響が出る可能性が有る。それとも要塞は準備だけなのか? 遠征そのものは未だ決まっていないのだろうか?

「遠征はもっと先だと思われますか?」
「……この時期に地球教を叩くのは遠征前に不安要因を取り除いておこうというのではないかな。だとすれば遠征の時期は年内とは行かぬかもしれんが年明け早々に行う可能性は有るだろう」
「なるほど」

遠征に出れば長期に亘って軍は国内を留守にする。つまり国内の軍事力、警察力は低下するのだ。遠征の前に不安要因を取り除いておくという副司令長官の考えには十分に根拠が有るだろう……。



宇宙暦 798年 6月 10日  ハイネセン  最高評議会ビル ジョアン・レベロ



「厄介な事になった」
トリューニヒトが手に持っていた書類を机に放り投げた。渋い表情をしている。
「どうした、何か気になる事でもあるのか」
「オーディンの地球教徒はサイオキシン麻薬を使用していたそうだ」
「サイオキシン麻薬?」

私とホアンの声が重なり思わず彼と顔を見合わせた。ホアンは信じられないといった表情をしている、おそらく私も同様だろう。
「何かの間違いじゃないのか、あれは危険だと口に出すのも愚かなくらい危険だろう」
「信徒達はそれを使って洗脳されていたらしいな。帝国は地球教は同盟でも同じ事をしている可能性が有ると警告している」

評議会議長の執務室に沈黙が落ちた。トリューニヒト、ホアン、そして私……、皆押し黙ったまま顔を見合わせている。
「一体何が有ったんだ、それに何が書いてある?」
トリューニヒトが放り投げた書類をホアンが顎で指し示した。帝国のレムシャイド伯から送られてきたメールに添付されていた文書を印刷したものだ。

「オーディンの地球教団支部を帝国が強制捜査したらしい」
「強制捜査? ではあの報道は真実なのか?」
「部分的には真実だろう」
トリューニヒトがホアンの問いかけに顔を顰めて頷いた。昨日、マスコミの一部が帝国が地球教団を弾圧していると報道した。大勢の信徒が理由も無く殺されたと報じていたが……。

「地球教徒がヴァレンシュタイン元帥暗殺を謀った疑いが有ったようだ。強制捜査を行ったが地球教はかなり激しく抵抗したようだな。教団側の死者は百五十名を超えたと書いてある」
「百五十? それが捜査なのか? 戦争の間違いだろう」
ホアンの驚いたような声にトリューニヒトが頷いた。
「地球教徒は銃火器で抵抗したそうだ、市街戦に近かったのかもしれん。ちなみに捕虜は六十名を超えている」

ホアンが溜息を吐いた。
「銃火器で抵抗? まるで軍隊だな。捕虜より死者の方が多いとは……」
「帝国側も三十名程が死んでいる。容易ならぬ事態だ」
容易ならぬ事態、その通りだ。地球教徒が市街戦を行う? 死者は百五十名? 馬鹿げている、到底信じられない。

「教団支部を制圧後、押収した資料の中に地球教団がヴァレンシュタイン元帥の暗殺未遂事件に関与した証拠が有ったそうだ」
何のためにヴァレンシュタイン元帥を暗殺しようとしたかは問うまでも無いだろう、帝国を混乱させるためだ。

「フェザーンとの関係は? 帝国と同盟を共倒れさせようとしている証拠は見つかったのか?」
私の質問にトリューニヒトは首を横に振った。
「残念だがそれは無かったそうだ」
「そうか……」

ホアンに視線を向けたが彼も首を横に振っている。事態は進んでいるのだろうが必ずしも良い方向に進んでいるとはいえない。肝心なところが分からない。
「帝国は地球教団を帝国の公敵と認定した。地球討伐のため艦隊が派遣される事になった」
「帝国は本気で地球教を潰すという事か」
「その通りだよ、ホアン」

少しの間、執務室には沈黙が有った。
「トリューニヒト、昨日からマスコミの一部は帝国が地球教団を弾圧していると報道している。同盟政府の見解を聞きたいという質問も出ている。今のところは調査中で答えられないと回答しているが……、どうする?」

トリューニヒトが考え込む姿を見せた。人差指でコンコンと机を叩いている。信教の自由が絡むだけに厄介な問題だ。十回ほど叩いてから口を開いた。
「こちらも捜査に踏み切ろう」
“いいのか”と問い掛けるとトリューニヒトは無言で頷いた。トリューニヒトも本気になったという事か……。

「その方が良いだろう。ヴァレンシュタイン元帥暗殺だけなら帝国と地球教の問題だ。だがサイオキシン麻薬を使用しているとなれば話が違う。見過ごしには出来ない」
ホアンの発言にトリューニヒトが憂欝そうに首を横に振った。

「それも有るがこのままでは帝国を追われた地球教徒が大挙して同盟に押し寄せるだろう。連中はもう後が無い、この国で一体何をしでかすか……。強制捜査で地球教を叩く、連中に同盟に行くのは危険だと思わせなければ……」
苦い口調だ。なるほど、そちらの方が危険か。放置すればテロリストを抱え込む様なものだ。

「捜査には憲兵隊を使う。警察では対応できない危険性が有るからな」
「まるで戦争だな、トリューニヒト」
僅かだが揶揄が入っていたかもしれない。だがトリューニヒトは怒らなかった。珍しいほどに生真面目な表情で答えた。
「その通りだよ、レベロ。これは戦争だ、地球教を甘く見る事は出来ない……」
トリューニヒトの言う通りだ、厄介な事になった……。









 
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