戦国異伝
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第百三十四話 信行出陣その六
「まさかと思うのですが」
「いや、それは有り得るのでは」
幕臣の一人がここでこう言った。
「それも」
「幕府の様にですか」
「今のこの場の様に」
「公方様を御覧下さい」
義昭、彼をだというのだ。
「あの方を」
「では天海殿や崇伝殿の様な方々ですか」
「浅井家に入っている僧達は」
「そのうえで動いている」
「そうなのですか」
「しかし比叡山は織田家と何かありましたか」
この疑念がここで出て来た。
「あの寺は」
「いや、これまで一度もこれといって揉めてないのでは」
「織田家は寺社が荘園を持つことも好んでませんし検地で荘園を取り上げその代わりに檀家をあてがっておりますが」
こうして寺社の勢力を削いでいっている、織田家はこの数年その政で寺社や国人、地侍といった者達を次々とその力を弱め家の中にも取り込んでいたのだ。
反発も予想されたのでそこには十九万の兵を背景にしていざとなれば兵を動かすこともしてきた、しかし彼等への取り込みはかなり進んでいる。
寺社ではその延暦寺に金剛峯寺、そして本願寺の三つだけになっている。大和の興福寺さえ取り込んでいるのだ。
しかしその延暦寺と織田家はというのだ。
「これまで特に衝突しておりませぬ」
「織田家からは何もしておりまえぬし」
「延暦寺もまた」
この寺もだというのだ。
「織田家とはまだ揉めてはおりませぬし」
「ではですな」
「延暦寺が織田家に仕掛けることはありませぬな」
「ですな、それもです」
「ありませぬ」
「到底」
こう話す彼等だった、延暦寺から織田家に何かを仕掛けることもないと思われた。
しかし浅井家に来たその僧達はというのだ。
「得体の知れない者達の様ですしな」
「ですな、では」
「延暦寺ではなくともですか」
「まさか」
「個々でそうしていますか」
「その僧達が」
この辺りは彼等では到底わからないことだった、表の世界にしかいない彼等がそこまでわかる筈がないことだった。
だが幕府でも信長のことを案じているのは確かだった、その多くは青い衣を着ているうえで案じていた、だがである。
義昭は違っていた、将軍の座で満面の笑顔で言う。
「いやあ、どうなったかのう」
「はい、まだわかりませぬが」
「軍が退いていることは間違いありませぬ」
その彼に天海と崇伝が笑って話す。
「織田家は敗れました」
「このことは間違いありませぬ」
「たまに負けてくれねばじゃ」
義昭は己の前に控え頭を垂れて言う二人の僧達に応える形でさらい言う。
「余の立つ瀬がないわ」
「はい、近頃右大臣殿はどうも有頂天になっておられます」
「公方様にも意見されますし」
「朝廷の方々とも勝手にお付き合いをされています」
「まるで御自身が天下を動かしておられる様です」
「それはあまりにも」
「余は武門の棟梁ぞ」
即ち自身が天下人と言う、義昭だけが思っていることだ。
「その余をないがしろにするのはな」
「決して許せませぬな」
「左様ですな」
「うむ、朝倉家にしてもじゃ」
義昭はここではその顔に不平を見せる、そして指の爪をがりがりと噛んでそのうえでこう言ったのである。
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