山嵐
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第一章
山嵐
柔道には面白い技がある、その技を山嵐という。
まずこれは右利きの場合であるがその引き手で右袖を持つ。それから釣り手は片襟に、即ち相手の右襟を持つ。
そこから背負投と払腰を合わせたような形で投げる、そうした技だ。
坂上新十郎は中学で柔道に励んでいた、そこで師にこの技を伝授されたのだ。
師匠は坂上に道場でその山嵐の話をしていた。
「重要なことは足だ」
「他の技と同じくですね」
「そうだ、ただしこの技の使い方はだ」
「足を普通に払うのではなく」
「こうするのだ」
実際に坂上にその技を仕掛けながら言う。
「こうだ」
「裏ですか」
「あそうだ、足の裏だ」
そこを使って払うというのだ。
「そして投げる技だ」
「この技は」
「出来るか」
「これではです」
坂上もまた山嵐をしてみた、そこで。
彼はここでこう言ったのである。
「奥襟ですね」
「それを取られるな」
「はい、右の襟を掴みますから」
右利きである坂上からはそうなる、これが問題だった。
「それが厄介ですね」
「そうだ、だからすぐに投げなければだ」
「反則を取られますね」
「それが厄介だ、それにだ」
「それにとは」
「投げてみろ」
師匠は坂上に実際にそうしろとも言う。
「今からな」
「はい、わかりました」
坂上は師匠の言葉に頷き実際に技をかけてみた、足は裏で払った。
綺麗に一本入った、だがだった。
坂上は投げられた師匠が畳の上で受身を取るのを見てから首を少し傾げさせてからこう言ったのだった。
「一本ですが」
「それでもだな」
「噂で聞いていましたが」
受身から起き上がる師匠に言う。
「あまり」
「そうだな、技の威力はだな」
「奥襟を取られ難しいというのに」
「それ程の威力はないな」
「そう思います」
「わしもだ」
師匠もこう言うのだった。
「この技はな」
「思った以上の威力がないですね」
「西郷四郎殿でしたね」
ここで坂上は彼の名前を出した。
「この技を使っていたのは」
「そうだ、今はもう講道館にはいない」
柔道の総本山と言っていい道場だ、創始者である嘉納治五郎自らが主を務めている。
「今は確か」
「大陸に行かれたと聞いていますが」
「いや、もう日本に帰られているらしい」98
「そうなのですか」
「確か長崎におられたか」
師匠は思い出す顔で坂上に話す。
「あの場所にな」
「そこで何をしておられるのでしょうか」
「水練や弓道を教えられているらしい」
「柔道ではないのですか」
「柔道もお知られているそうだが」
それと共にだというのだ。
「そうしたものもだ」
「柔道だけではないのですね」
確かに西郷は柔道家だがそれだけを身に着けている訳ではなかった、他の武道もだというだ。
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