星の輝き
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第6局
「おとうさん、ボク囲碁の才能あるかなあ」
アキラが幼いころ、父親である塔矢行洋に尋ねたことがあった。
「囲碁が強い才能か?ハハハ、それがおまえにあるかどうか私にはわからんが…、そんな才能なくっても、お前はもっとすごい才能をふたつ持っている。」
行洋はそういいながら、幼いアキラの頭をなでた。
「ひとつは誰よりも努力を惜しまない才能。もうひとつは限りなく囲碁を愛する才能だ。」
それはアキラにとってとても暖かく、大切な言葉だった。
-おとうさん…、ぼくは今までお父さんのその言葉を誇りに、まっすぐ歩いてきた。でも今、なにか見えないカベがぼくの前にあるんだ。みえない大きなカベが……
「でもヒカル、あれでよかったの?数目差で勝つって言ってたのに…。塔矢くん、かなりショック受けてたみたいだったよ?」
碁会所で塔矢アキラと対決した翌日の放課後、いつものようにヒカルの部屋で宿題が終わったところだった。
「…あれでよかったんだと思う。あいつの目を見てたらさ、やっぱり手加減とか力を抜くとか、だめだって思ったんだ…。なんたってあいつは塔矢アキラなんだからな…。」
「うーん、塔矢くん、落ち込んでなければいいんだけど…。」
-落ち込んでいるでしょう。あの者の碁に対する情熱は本物でした。本物なればこそ、昨日の負けは堪えたでしょうね。
「えー、そんなー、大丈夫なの?碁、嫌いになったりしてないかな?やめちゃったりしないかな?もー、ヒカルのばかーっ!」
「だーいじょうぶだって、言ったろ、あいつはあっさりプロになって、さらにそのプロの中でも勝ちまくるくらい本物の碁打ちなんだ。だから大丈夫。」
「もー、ヒカルの言ってること意味わかんないよーっ。」
-負けただけでやめるような碁打ちなどいないということですよ、あかり。ええ、彼なら大丈夫でしょう。突き落とされた獅子の子は、這い上がってくるだけです。必死にね。
「もー、佐為までそんなこと言って…、知らないっ!」
アキラのことを全く心配していないヒカルと佐為に、あかりはあきれてしまった。
「そんなに怒るなって、あかり。ま、オレたちのことを塔矢に印象付けたことには間違いないだろ。あいつなら絶対追いついてくるさ。よし、宿題も終わったし、佐為、打つか。」
-打ちましょーっ!ヒカルっ、ほら早く!
「ハハッ、慌てるなって、ほら、あかりも、ふくれてないで座れよ!」
「もぅ、ふたりとも…。最近宿題のプリントが多くて私大変なんだよ。ヒカルは簡単そうだけどー。」
そういいながら、今日の宿題をランドセルにしまっていくあかり。
「そういや最近なんか先生張り切ってるもんな。前もこんなに宿題あったっけな?…前は宿題自体ほとんどやってなかった気がするな…。」
-宿題をやっていかないヒカルと言うのも、違和感がありますねぇ。
「ヒカルは成績優秀な優等生だもんねぇ。…クラスの女の子たちにも結構人気なんだよ、ヒカルは。ほかの男の子と違って大人っぽいって。」
そう言いながら碁盤の前に座るあかりに、ヒカルは苦笑を返した。
「いまさら小学生の女の子に人気が出てもなぁ。ほら、そんなことどうでもいいから打つぞ。」
「…ばか。」
「なんだとー、ばかとはなんだばかとは。今、優等生だって言ったのお前だろ!」
「…そーゆー問題じゃないの。もぅ、ほら、打つんでしょ、佐為もあきれてるよ。」
-…これではどちらが年上かわかりませんねぇ。
「何か言ったか、佐為!」
-なんでもありませんよ、でははじめましょうか。
次の日の昼休み、ヒカルとあかりは先生に呼び出されていた。
「何だろうね、ヒカル。」
「うーん、特に思い当たることはないけどなぁ。窓も割ってないし、植木も壊してないし…。」
-そんなことばかりやっていたのですか、前のヒカルは…。
「え、いや、もちろんそんなことないさ。」
「なんか、あやしい。」
そんなことを話しつつ、職員室に向かう三人。
「あ、来たわね、実はね、成績優秀な二人に、ちょっと考えてみてほしいことがあるの。」
続く先生の言葉に、二人は固まった。
「ね、海王中学を受験してみない?」
「うちの学校ってのんびりした校風もあって、もともと中学受験の家庭ってあんまり多くないのよ。」
「それがここ最近の不況の影響か、今年は特に私立受験組が少なくてね、例年の三割位しかいないのよね。」
「受験実績が0だと結構教頭とかうるさくって…、あ、今のはなしね、そうじゃなくって…。」
「で、海王中学なんだけど、今のところ希望者がいなくってさ、ちょっと試しに、ここ数年の過去問、ここ最近の宿題にしてたのよ。」
「そしたらあなたたち、充分合格できる成績なのよねー。ね、二人で受験なんて、記念にもなるでしょ。」
「いい学校なのよー。全国的にも有名な進学校で、優秀な生徒たちが集まるの。色々な部活動も盛んでね、女子の制服もかわいいのよー。」
「あ、これ、ご両親あてにお手紙ね。ちゃんと渡すのよ。」
担任の先生のまくしたてるような話が終わり、気が付いた時にはヒカルとあかりはお手紙とやらを持たされていた。
「ちょっと、どうするの、これ。」
「…いや、受験なんて考えてもなかったな。しかも、よりによって海王…。」
―…塔矢アキラが進む学び舎ですか…
動揺するあかりに、頭を抱えるヒカル。そんな二人の後ろを漂いながら、佐為は真剣な表情で考え込んでいた。その様子は、まるで対局中であるかのようだった。
後書き
誤字修正 気が付い時 → 気が付いた時
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