ファルスタッフ
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第一幕その三
第一幕その三
「まずは雛鳥六羽が六シリングです」
「ふむ」
「シェリー三十本で二リーレ」
続いてそれだった。
「七面鳥に雉にあと羊に」
「それぞれ幾らじゃ」
「先の二つが一マルクで」
「合計二マルクじゃな」
「それと羊が一ペニーです」
「よく見ろ」
バルドルフォにもう一度勘定を見るように言う。
「もう一度よく見てみよ。間違いではないのか」
「間違いありません」
こうファルスタッフに答える。
「やはりそれだけです」
「財布は見たか」
「真っ先に見ました」
「それでどうだった」
「こちらはありません」
「勘定があって金がないのか」
「そうです」
実に素っ気無い返答だった。
「その通りです」
「御前等、食べ過ぎだろう」
「そうですか?」
「わしは週に十ギニーも使っているぞ。御前等が毎日三十年もわしの脛をかじって酒場をはしごしておるからな。わしは痩せ細っているのだぞ」
大嘘なのが一発でわかる言葉だった。その巨大な腹を見れば。
「全く。少しは遠慮しろ。茸みたいな赤鼻になりおって」
「いえいえ、旦那様だからこそ」
「我々も」
しかし彼等は悪びれることなく主にお世辞を言ってきた。
「その偉大なお腹に誓いましょう」
「ご一緒させて頂いているのです、旦那様だからこそ」
「これはわしの誇りだ」
腹のことを言われると満足してそれをさすってみせる。
「それをさらに大きくさせる為に今は」
「どうされるのですか?」
「知恵を使う」
右の人差し指を立ててみせて笑みを浮かべての言葉だった。
「フォードという成金がいるな」
「ええ」
「しかも身分も低くなくてしかも奥方は別嬪だ」
「えらく恵まれた奴ですな」
「実に羨ましい」
「金庫の鍵を持っているのもその奥方よ」
ファルスタッフはこれも言う。
「あの愛の様な瞳も白鳥の様なうなじも花の様な唇も。実によい」
「まことに奇麗な方で」
「ですがその奥方が何か」
「アリーチェといったか」
今度はその奥方の名を口にする。
「わしに気があるのだ」
「まさか」
「気のせいでは?」
「そんな筈がない」
今の二人の言葉は目を怒らせてムキになって反論する。
「あの屋敷の前を通ると見てくれるのだ。それはどうして」
「天気を見ていただけでは?」
「ここは晴れが少ないですし」
ロンドンだからだ。この街は昔から雨が多い。
「わしはすぐわかった。この腹と男らしい脛に惚れたのだ」
「下半身ばかりか」
「また変わっているな」
「しかももう一人いる」
「おや、それはまた」
「果報なことで」
また誇らしげな話がはじまる。
「マルゲリータ夫人、通称は・・・・・・ええと」
「メグさんですね」
「そういえばあの方もまた」
「そうだ。家の金庫の鍵を持っていて別嬪でな。さながらゴルゴンデ、黄金海岸だ」
インドの古都とアフリカの海岸だ。どちらも欧州に途方もない富をもたらした。もたらす方にとってはたまったものではなかったが。
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