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ファルスタッフ

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第三幕その一


第三幕その一

                 第三幕  世の中全て冗談
『人間は皆悩み、考えるもの』
 ガーター亭の入り口にかけられている看板の言葉だ。その中ではファルスタッフが一人飲んでいる。あの後ほうほうの体でここまで帰って着替えて飲んでいるのだ。当然すこぶる不愉快だ。
「親父、シェリーをもっとくれ」
 親父におかわりを持って来させてさらに飲む。飲みながら言うのだった。
「厄日だ。裏切りの世の中だ。最早この世の終わりだ」
 最初はこれでさらに言う。
「わしは長い間勇敢で俊敏な騎士だたがそのわしが洗濯籠に入れられ洗濯物と一緒にお堀の中に。こんな目に遭ったのははじめてだ」
 自業自得だがそんなことは気にしない。
「酷い世の中だ。道徳の欠片もありはしない。全てが失われた。その中を行け、ジョンよ」
 御前が言うのかという言葉を散々吐き続けている。
「御前の道を行くのだ」
 行ってやりたい放題している。
「真の男らしさが消えていく中で。御前は突き進むのだ。本当に嫌な世の中になった」
 言いながら酒をあおる。
「神を、お助けを。私はあまりにも太り過ぎ髪には白いものを」
「お待ち」
「うむ」
 祈りながらも酒が来るとそちらに専念する。それを飲むと一転して陽気になる。
「テームズ河にもこの酒を少しくれてやろうか。あいつとも長い付き合いだ。やはり酒は永遠の友だ」
 さっきまでの自分勝手な神妙さはもう消えていた。全く以って調子がいい。
「よい酒は臆病風を吹き飛ばし目を覚まさせるし心をかきたて唇から頭に昇り」
 飲みながらさらに言う。
「震え声の可愛い鍛冶屋を目覚まさせてほろ酔いの血の中で蟋蟀を歌わせる。心が熱で浮かされ陽気な気分は酔いの為に跳びはね楽しい世界が平成をよそわせる。快い酒の酔いが世界を覆う」
「御機嫌よう。アリーチェさんが」
 そこにクイックリーがやって来て思わず酒を吹き出した。機嫌よくやっていたというのにその気分が一発で吹き飛んでしまったのだった。
「地獄に落ちろ!二度と来るな!」
「おやおやどうしてですか?」
「さっきは何だったんだ。まんまと料理され焼かれ蒸された挙句水の中だぞ!」
「それは誤解です」
「誤解なものか」
 ファルスタッフが叫んでいると店の後ろにアリーチェやフォード達が店に入って来る。そして物陰から彼を見ている。
「あの方に罪はありません」
「消えろ!」
 怒ってクイックリーに叫ぶ。
「騎士を愚弄しおって!わしでなければ成敗しておるところだ!」
「悪いのはあの下男達です」
「責任転嫁するのか」
「違います、あの方は今凄く悲しんでおられます」
「まことか?」
「はい」
 クイックリーは答える。
「ほら、その証拠にこのお手紙を」
「見せてみよ」
「どうぞ」
 差し出されたその手紙を受け取って中身を見る。それを見てアリーチェ達はヒソヒソと話をしている。
「また引っ掛かるわね」
「しめしめ」
「餌にかかった」
「あとはこのまま」
 ファルスタッフは彼等に気付かない。クイックリーもあえて視線を彼に向けている。周到に芝居をして気付かせていないのだった。
 ファルスタッフはその中で手紙を読み続ける。そうしてクイックリーに問うのだった。
「今日の真夜中に王立公園でか」
「左様です」
 静かにファルスタッフに答える。
「そちらで」
「黒い狩衣でハーンの樫の木の下にだな」
「愛は神秘を好むもの」
 クイックリーはここぞとばかりに雰囲気を醸し出して述べる。
「アリーチェさんは貴方にお目にかかる為にあの伝説にすがられるのです」
「伝説にか」
「そうです。あの樫の木は魔術師や妖精の集まる場所」
 欧州にはそう言われる場所が結構多い。ましてやここはドルイドがいたかつてケルト人の場所だったイングランドだ。こうした話は無数にある。
「あの木の枝で黒い狩人が首を吊りまして」
「初耳だぞ、それは」
 ファルスタッフは随分この街にいるがそれは知らなかった。
「そんなことがあったのか」
「その亡霊が出るとも言われています」
「亡霊が?」
「そうです」
 イングランドはこういう話には事欠かない。ファルスタッフも当然こうした話は非常によく聞いている。今回も興味深くそれを聞きはじめていた。
 
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