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トリスタンとイゾルデ

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第一幕その二


第一幕その二

「私に選ばれ私から失われ気高くして健気でかつ勇敢な、それでいて臆病なあの男は」
「それは一体」
「死に捧げられた心と身体を持つあの男は」
「誰のことですか?」
「この船にいる勇士のことよ」
 またブランゲーネに話した。
「あの黒い髪と瞳の男は」
「トリスタン様のことですか?」
 ブランゲーネは少し考えたうえでイゾルデに対して尋ねた。
「それは」
「そうよ」
「あの素晴らしい御方のことですか」
「勇士ではありません」
 イゾルデはまずこのことを否定した。
「己の主君の為に死骸の花嫁を得た故にいつも何かされはしないかと逃げているような男は」
「また何を仰っているのですか?」
「この意味がわからないのならあの男をここに」
 またブランゲーネに告げた。
「呼んで来るのです。主人である私の元へ」
「その様な御無体なことを」
「名誉の挨拶を忘れ礼をないがしろにし私の眼差しを避けているあの男を。それが何故かは自分自身が最もよく知っているというのに」
「あの方に貴女に挨拶するように御願いするのですか?」
「主人たるイゾルデが召使たる臆病者に命じるのです」
 あくまで彼を勇士とは認めないのだった。
「さあ、早く」
「わかりました」
 ブランゲーネはその言葉を受けて意を決した顔になって一旦部屋を出た。そうして船の指揮の場所にいる濃緑の、森の色を思わせる服とズボン、マントを羽織った男に声をかけた。彼は背は高く逞しく黒く豊かな髪に澄んだ黒い瞳を持ち顔は引き締まりそれでいて気品がありまさに英雄の顔であった。その彼に声をかけたのである。
「イゾルデ様が私に」
「そうです」
 ブランゲーネはイゾルデに告げた。
「御呼びです」
「貴女を通じてですね」
「そうです。御会いしたいと」
 またトリスタンに話した。
「是非にと」
「間も無く上陸です」
 トリスタンはいささかいぶかしむようにしてまずこう話した。
「長い旅路が終わるというのに姫様は塞ぎこまれたまま。その姫が」
「姫は望まれています」
 ブランゲーネはさらに彼に話す。
「ですから」
「この青い海から間も無くの緑の陸地では王がお待ちです」
 トリスタンの声は落ち着き良識のあるものだった。
「その王の下に姫をお連れするのが私の役目ですが」
「ですが姫は今貴方に」
「私は何処にいても女性の最高の誉れであるイゾルデ姫にお仕えしています」
 恭しく述べる。
「しかし今ここを離れたら」
 舵を見る。
「船は無事にコーンウォールに辿り着けるでしょうか」
「しかし姫は」
「いえ、それはなりません」
 ここでトリスタンよりいささか小柄で白い髪を短く切った初老の男が出て来た。警戒そうな暗灰色の服とズボンを着ており飄々とした顔に緑の目を持っている。
「クルヴェナール殿」
「よいですか、ブランゲーネ殿」
 ブランゲーネにクルヴェナールと呼ばれた彼はさらに言葉を続けてきた。
「コーンウォールの王冠とイングランドの富をアイルランドの姫君に委ねられる役をされるトリスタン様はそのアイルランドの姫様の意のままにはなりません」
「それはどういう意味ですか?」
「トリスタン様は王の甥です」
 それだけ高貴な者というのだ。
「そのトリスタン様はコーンウォールの名誉そのものですから」
「だから従えないと」
「クルヴェナール」
 トリスタンは彼の言葉を目で制しようとするがクルヴェナールはさらに言葉を続けるのだった。
 
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