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鋼殻のレギオス 三人目の赤ん坊になりま……ゑ?

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第二章 ヨルテム編
初めての都市
  初めての友達

 
前書き
遅れましたぁあああああ!! というか五話構成とか思ってたら全然足りない!! プロット練ってないとこうなります、みなさんはご注意を。

ではどうぞ! 

 
「あれ?」
 シキは、呆然と何かの景色を見ていた。
 そこはシキにとって見慣れた景色であった。
「グレンダン?」
 だが、そこはグレンダンであってグレンダンではなかった。
 言うなれば、地獄だ。
 シキがよく訓練場所に使っていた都市外縁部にはおびただしい数の汚染獣らしき死体、そしてグレンダンの街が燃えていた。周辺からいくつもの膨大な剄を感じる。もちろん天剣授受者のものだ。
 戦っているのだ、グレンダンの全戦力が。
「嘘……だろ?」
 シキの脳内に、嫌な考えが通りすぎる。
 孤児院は? レイフォンは戦っているのか? ちゃんと避難できてるよな? 大丈夫なんだよな?
 次々と溢れ出る最悪の結果を想像して、シキは膝がつきそうになる。
 だからこそ、気づいた。自分の足元に弓が落ちていたのを。
「あ……れ?」
 その弓に見覚えがあった。それはティグリスの天剣だったからだ。
 シキは震えながら、それを拾う。
 そして見てしまった。
「あぁ、ぁあああ?」
 喉から出てきたのは、そんな言葉だった。
 そこに合ったのはティグリスに似た何かだった。そう表現しなければ、シキは正気を保っていられなかった。
 それほどまでに、ティグリスの遺体は酷く損傷していた。
全身から血が吹き出ていて、真っ赤でない部分はなかった。
 ふと、シキは空を見上げ、絶句した。
 エアフィルターを覆うように、巨大な何かが蠢いていた。悪寒や恐怖心が体を包み込む。
そして表面からは、生物弾とでも言えばいいのか。砲弾のようなものが発射され、天剣たちの剄弾や剄技に破砕されていく。が一部が地響きを立てて、グレンダンに落下する。
「……」
 当然、シキの場所にも生物弾は落ちてくる。
 シキは呆然とティグリスの死体を見ていた。このままでは、ティグリスのような無残な死体になるのがオチだろう。
 だが、そうはならなかった。シキの身体から剄が溢れ出る。その余波だけで、周囲の生物弾が次々と爆散していった。
「お前か」
 シキは顔を上げて、グレンダンの空を覆い尽くす化け物を見た。
「お前なんだな?」
 シキは、弓を構える。
 その時の衝撃で、大地にひび割れが出来、グレンダンが揺れた。
 ありったけの剄を込めた弓矢を形成し、弦を引きちぎらんとする勢いで引く。
 その余波だけで、周囲……いやグレンダン全域の生物弾が破砕されていく。怒りに狂いながら、シキは身体から溢れ出る衝剄を上空だけに向けて放っていた。
「お前が殺したんだな」
 荒れ狂うシキの心が反映されたのか、周囲は近づくだけで焼き尽くされそうな熱風が吹き荒れる。
 奥歯が砕ける音がし、口の中で鉄のような味がした。シキは、それを気にせずに化け物に狙いをつけ、弓矢を射った。
 真っ赤に染め上がった弓矢は、まっすぐ飛び化け物に大穴を――――


「ぎゃふん!?」
 そんな古いリアクションの声を出しながら、シキは打った頭を抱えながら痛みを堪える。
 武芸者であるシキだが、痛いものは痛いのだ。
 数分間、ゴロゴロと床にのたうち回ったシキはなんとか起き上がる。
「う、うぅ、ベッドから落ちるなんて何年ぶりだよ」
 頭を摩りながら、シキはため息をついて先程まで見ていた夢を思い出す。
 何やらとんでもないことになっていた気がするのだが、よく思い出せない。まぁ、夢だしと思ったシキはベッドに入って寝直そうとするが、完全に目が覚めてしまい寝る気は起きなかった。
「はぁ、着替えるか」
 シキはため息をつきながら、着ていたパジャマを脱ぎ、用意していた服を手に取る。
 エルミが作った戦闘服ではなく、普通の普段着だ。
何故かエルミが持っていたシキの服で、昨日事情を説明した際に持ってきたものだ。
 あくびをしながら着替えを済ませ、最後に机の上に置いてある剣帯を腰に付ける。別に着けなくてもいいのだが、着けてないと落ち着かないのは武芸者としての性か、それとも単にシキの精神安定剤みたいな役目なのか、それはシキ本人にもわからない。
 準備が完了したシキは部屋から出て、リビングに向かった。
「ありゃ?」
 リビングには誰もいなかった。
 どうしたんだろうと思ったシキだったが、リビングに置かれている壁時計を見て納得した。
「五時半、まだ寝てるよな」
 自室の時計を見れば良かったと思うシキ。まだ生活習慣がグレンダンにいた頃のままなのか、とも思ったが何年も続けてきた習慣は簡単に消えるものではないと判断し諦めた。
 一気に手持ち無沙汰になり、シキは皆が起き出すまで何をしようか悩んだ。
 まずは浮かんだのは素振りだが、この時間帯に素振りをするのは迷惑と考えて自制する。都市外縁部でやればいいじゃないかと思うかもしれないが、ここはグレンダンではなくヨルテムだ。同じように訓練したら目立つ可能性がある。
 そう考えるとグレンダンはいい修行場所だったんだなぁ、と改めて認識するシキだった。時々、サヴァリスなどが強襲してくるが。
 ソファに座り、シキは錬金鋼をテーブルに置く。
 軽い整備をしようと思ったのだ。本気で整備するならヨルテムのダイトメカニックかエルミに見せなくてはいけないのだが、時間を潰すのにはちょうどいいと思うシキであった。
 復元をしないように、棒状の錬金鋼を見ていく。
 復元する際の剄で起こさないよう配慮したのと、復元して床を傷つけたくなかったからだ。
 カチャカチャと音を立てながら、シキは錬金鋼を見る。
 剣は白銀(プラチナ)、刀は鋼鉄(アイアン)、鋼糸は青色(サファイヤ)、細剣は碧色(エメラルド)、手甲&甲掛は黒鋼(クロム)紅玉(ルビー)、銃は黒鋼と軽金(リチウム)の二種類、槍は白銀、弓は……。
「ん? おかしいな」
 シキは弓の錬金鋼を見て、首を傾げる。
 自分の弓は青色を使っていたはずなのだが、何故か今持っているのは白銀で構成された錬金鋼だ。
「……寝てる間に改造したのか? でも、部屋に入った瞬間、気づくはずなんだが」
 そう呟くが、ヨルテムに来る途中にやれ実験やら、やれ改造だわ、と色々とされてきたシキだ。おかげで、左腕が色々とおかしいことになっているが、便利なのでどうでもいい。
「まっ、いっか。後で調子確かめればいいし」
 そう言って、錬金鋼を剣帯にしまう。
 その時だった、リビングのドアを開けてアイナが入ってきた。
「あら、早いのね。それとも興奮して寝れなくなっちゃった?」
「おはよ。元々、この時間に起きてたんだ、習慣だな」
 シキは苦笑しながらアイナに言うと、アイナは感心したのか微笑む。
「偉いわねえ。朝ごはん作るから少し待っててね」
「手伝うよ」
 シキがそう言うと、アイナは首を振りながら言った。
「いいのよ。客人にやらせるほど、というか子供に手伝われると主婦の仕事がなくなっちゃうわよ」
 アイナがウインクをしながらそう言う。慣れた手つきでまな板と包丁を取り出した。
 シキははふぅ、とため息をつくとソファに座る。今日のところは出番は。
「あ、あら? あらら?」
 困惑した声が聞こえたので、シキはソファから台所を見るとコンロの前で頬を当てながら困っているアイナの姿が見えた。
「……もしかして壊れた?」
「そうみたいね。パンが焼けないわね」
 シキはニッコリと笑いながら、腕を捲りながらこう言った。
「火なら起こせますよ」


「うん、美味いな」
 メイガスはシキの作った目玉焼きを満足そうに食べている。
「にしても……化錬剄だったかしら? 便利ねー、それ」
 アイナはフライパンに張り付くように燃えている火を見ながら言った。
「本来はそうやって使うもんじゃないんだが……はむ」
 シキは、目玉焼きにソースをかけながら一口で飲み込む。
 その間もシキは化錬剄の制御を怠らない。師であるトロイアットから見ればまだまだだろうが、十分すぎる制御能力だった。
「……お、おいしいです」
 黒髪の少女、メイシェンは縮こまりながら料理を食べていた。
「いやー、凄いね、シッキーは」
「し、シッキー?」
 シッキーと、ツインテールの少女、ミィフィが言うとシキは脱力したくなる。
「化錬剄って言えば、大人でも扱いが難しいって言われる高等技術じゃないか」
 赤毛の少女はナルキ。最初の蹴りはメイガスとアイナに襲いかかっているように見えたからだそうだ。全力で土下座され、気まずくなったのを今でもシキは覚えている。
キリッとした顔なのだがソーセージを齧りながら、驚愕するのは中々シュールな光景だった。
「コツを覚えれば一気にバババ! って出来るんだがな、ナルもできると思うぞ?」
「……本当に同年代なのか、お前は」
「武者修行するにはこのぐらい実力なきゃな」
 シキはナルキと一番打ち解けあえた。同じ武芸者であったのもそうだが、きっぱりとした性格は、カナリスを思い出して親近感が湧いた。
 まぁ、常識だったのが一番の決め手だった。
「ちょっと味付けが濃いけどね」
 アイナがダメ出しするが、本当にちょっとだけなので苦笑しながら言う。
「うーん、俺はこのくらいがいいんだけどなぁ」
 五回目のおかわりをしながら、シキは頭を掻く。
 好きなだけ食べていいと言われたので、シキはホンの少しだけ食べていた。アイナの頬が引きつっているが、これでもシキは我慢している。
「シキ、今日の予定は?」
「十三時から訓練だけど、一時間くらいは個人訓練に当てるから十一時くらいにここを出るよ」
「いいなぁ、シッキーは学校行かなくて」
 ミィフィがそう言う。
 軽い気持ちで言ったのだろうが、メイガスの顔は曇る。対照的にシキは朗らかに笑いながら言った。
「まぁ、学校なんて行ったことないからなぁ」
 シキとレイフォンは学校に行ったことがない。
 そんな暇と金があったなら、孤児院に使っているからだ。行ったほうがいいことは、シキもレイフォンも分かっているがそんなことするなら武芸や家事の手伝いもするし、大会に出て賞金を受け取った方がいい。
 それに、シキに限って言えば学校に行くとクラリーベルが特別入学する可能性や天剣たちが悪ふざけで来る可能性もあるのだが、そこまでは考えが回らない。
 メイシェンは一瞬、あっ、という風に口を開けると泣きそうになる。
 昨日の時点でシキが孤児だということは、彼女たちには説明されている。
 シキは慌ててフォローに入る。
「別に気にしてないからな? それを不幸だと思ったことは……まぁ、あるけどさ」
 ズキリと食糧危機のことを思い出す。
 まだ空気が重かったのでシキは手を叩いた。
 戦声の応用で、音に剄を混ぜたのが効いたのか、全員がびっくりして先程までの空気を忘れた。


「じゃあ、シッキー、放課後にね!」
「……いってきます」
「行ってくる。あっ、シッキー帰ってきたら稽古をつけてくれ」
 そう言う三人を見送り、シキはリビングでお茶を飲んでいた。
 家事はアイナが全てやってしまうので、シキが出来ることは少ない。ならば、ソファの上で大人しくしているしかない。
「あー、平和だな。戦闘狂も来ない、うるさい姉も来ない、弟子も強襲して来ない、師匠たちが襲って来ない……うばぁー」
 ポヤポヤと、シキはお茶を口に含み蕩けていた。
 その様子は、一部の方々は抱きつくほど可愛らしかった。(実際、アイナが抱きついた)
 グレンダンでのシキは余裕がなかった。もちろん、休んでいたのだが毎日毎日厄介事や家事、大会、汚染獣と神経を尖らせていることが多かった。そこに、このヨルテムの平和さだ。
 今まで張り詰めていたシキの緊張が一気にほぐれるのも無理もない。
「……手紙、書くか」
 ポツリとシキは呟く。
 だが、待てよ? とシキの脳が止めに入る。
『さて、手紙書くか? 書かないか、どうする?』
 ここは、シキの脳内にある脳内会議場。主人格シキがそういうと、脳内会議場に座っているシキたちが次々と口を開く。
『というかさ。帰ればよくないか? あのバス奪って』
『一応、恩人だしさ。それには最終手段だろ?』
『馬鹿言うな! 義理に反するぞ! それでいいのか!?』
『いや、体改造されてるしさ』
『あー、左腕と臓器増やされてたねー、アハハハハハ』
『これ以上関わると、もう何かと合体させられるぞ』
『電子精霊や汚染獣とかさ』
『『『『それは嫌だな!』』』』
 主人格シキは、机に突っ伏す。
 なんだ、このカオス。
『でも手紙は必要だな。俺確実に死んだと思われてるぞ?』
『死んでませんがねー』
『むしろ汚染物質克服したわけだから、どうやって死ねって言うんだ?』
『そこじゃないだろ? むしろ、今帰ったら姉さんと義父さんに怒られるだろうな』
『『『『そりゃそうだ』』』』
 ほぼ全員が賛同する。
『しかし、都市回るのって楽しくないか?』
 一人のシキがそう言うと周辺のシキたちはざわめき立つ。
『確かにな。グレンダンじゃ体験できないこといっぱいあるだろうしさ』
『まぁ、戦い続けるグレンダンの環境も捨てがたいよなぁ』
 そりゃそうだー! とか、かもすぞー! とか言う好戦的なシキたちが立ち上がる。
『待て待て、平和が一番だろ!?』
 そうだそうだー! とか、働きたくなーい! とか言う平和的なシキたちも立ち上がり、好戦的なシキたちに掴みかかる。
 どっちも好戦的だよなぁ、とあくびをしながら主人格シキは両者の争いを見ながらポツリと呟いた。
『まっ、最終的な決定権は俺にあるんだがな』
 ピタリと争っていたシキたちが動きを止める。そして一斉に主人格シキを見てこう言った。
『待てよ? 主人格がヘタレだからこうなってるんじゃないか?』
『そっか……そうだよな!!』
 ヘーターレー! ヘーターレー! とヘタレ大合唱が巻き起こる。
 主人格シキの顔が引き攣っていき、机を叩き割る。
『キレちまったよ、かかってこいやぁあああああああああ!!』
『かかってこいやぁああああああああ!!』
『うぉおおおおっ!!』
 第三十次主人格争奪戦がここに始まった。
「……う、うわぁ」
 シキは頭を抱えながら、脳内の結果に絶望する。
 もうちょいまともな人格はいないのか? というか、俺ってそんなに好戦的なのかなぁと思った。
 たっぷりお茶が冷めるまで悩んだシキはポンと手のひらを叩いた。
「とりあえず、生きてることだけ伝えよう」
 脳内では主人格シキがガッツポーズを取りながら勝利していた。


「ふっ」
 円を描くように衝剄を放ち、シキは向かってくる武芸者たちをなぎ払う。
 時々、衝剄をいなそうとする者もいるが、込められた剄に圧倒され吹き飛ばされた。
「実際の汚染獣戦じゃ、百回死んでるぞ?」
 シキはワザと煽りながら、相手の戦意を上げる。
 内心、ため息をつきながらシキはただ武芸者たちを衝剄で圧倒する。ベテランも混じっているので、時々懐に潜り込まれるが体術でいなす。
 サヴァリスが直々に稽古(殺し合いとも言う)を、カナリスから気配の読み取りを、ルイメイからは重心の心得と天剣の面々から叩き込まれた技術だ。並みの武芸者では五秒も経たずに投げられる。
「シキくん、時間じゃ」
「あぁ、レストレーション06」
 バンクルトの声でシキは錬金鋼を復元する。
 あまりにもシキが強すぎて錬金鋼を使わないので、一定時間が過ぎたら錬金鋼を使うというルールが決められたときは、シキは呆れたため息を付いた。
 だから、シキは練度の低い銃を使うことにした。
「乱れ撃ちってな」
 白と黒の双銃から剄弾が交互に発射され、的確に急所を捉えられる。
『いいか、くそガキ? 銃はいかに相手の急所を撃ち貫くかで成否が決まる。特にクソ汚染獣とかな』
 バーメリンの言葉を思い出しながら、シキは黒鋼で作られた銃から小型の刃物を展開して剣の一撃を受け止めて、軽金で腹に極限まで手加減した剄弾を撃った。
 本来なら銃は一定の剄量がなければ撃てない仕様になっているので、一定の威力しか放てないという手加減があるのだが、エルミの改造により好きな威力を撃てるようにされた。
 これにより制御が面倒になったが、手加減にはもってこいだ。
『ただ撃ちまくればいいってもんじゃない。冷静に対処し、正確に撃って、ぶっ殺す。わかったか? くそガキ』
 天剣の一撃をモロに食らって、ボロボロになった際、バーメリンに言われた台詞だ。
 口が悪いが、面倒見が良かった師匠のことを思い出してシキは苦笑する。今、持っている銃もバーメリンが作ってくれたものだ。
『ぶっ壊したら殺す』
 そう言われたのに、次の日に来た汚染獣戦で調子乗って撃ちまくって壊したときは地獄を見た。文字通り鬼がいた、正直リーリンに説教される方が百倍マシだった。その日から、銃だけは壊さないと誓った。
「……」
 全員が床に倒れるのに対して時間がかからなかった。
 全身から力抜き、錬金鋼を剣帯に収める。
「惚れ惚れするのぉ」
「まだまださ、俺なんて猿真似しか出来ない」
「ほぉ? さて、次はワシ一人でやらせてもらおうかのッ!!」
 突然バンクルトの正拳突きが、シキに襲いかかる。
 だが、シキは身体を横に倒しそれを避ける。
「あぶなっ、不意打ちとか卑怯だろ」
「このぐらいはハンデじゃ。……本気で行くぞ」
 シキは地面を蹴って、距離を開ける。
 バンクルトは追わずに薙刀の錬金鋼を復元した。
「ゆくぞ、シキくん」
 シキは刀を復元すると残像を残しながら動く。
 サイハーデン刀争術、水鏡渡り。
 旋剄を超えた速度で近づいてくるシキを、バンクルトは勘で迎撃する。
 薙刀を振るうとバンクルトの目の前で火花が散った。
「さっすがジイさん。もうちょい速くするぞ」
 シキの姿が消えたり現れたりしているようにバンクルトの目には見えた。殺剄と疾影の繰り返しで感覚を騙しているのだろう。
 外で見ている武芸者でも、シキの動きを追える者はいない。
 バンクルトはむやみに動かず、時々接近するシキの攻撃をなんとか受け流しながらその技量に舌を巻いていた。
 どこか、剄量だけ馬鹿げている子供だと侮っていたが、身体の動かし方から武器の扱いまで一流だった。
 こりゃ、ホンマもんの化け物じゃな、とバンクルトは自身の負けを認めた。
 だが、ただ負けるのは自分でも納得できない。一太刀でも浴びせなければ部下たちにも示しがつかない。
 そう決心したバンクルトは、声に剄を乗せて叫んだ。
「かぁああああああっ!!」
 内力系活剄の変化、戦声。
 ビリビリと空気が震える。
 バンクルトの口から放たれた大音量の音撃は、今も高速で動いていたシキの動きを一瞬だけ止めることに成功していた。
「そこじゃっ!」
 バンクルトは手加減抜きの一撃をシキに向けて解き放った。
 これで倒せるとは思っていないが、傷の一つでも付けられる……はずだった。
「本物じゃないんだなぁ」
 薙刀が当たった瞬間、シキの体が煙のように薄くなり消えた。
 バンクルトは振り下ろした薙刀を引き戻し、シキの姿を探した。
 シキはすぐに見つかった。それも何人もだ。
「なん……じゃと!?」
 活剄衝剄混合変化、千人衝。
 およそ十人のシキが、刀を構えながら同時にニヤリと笑いながらバンクルトに言った。全方向からとんでもない速さで迫ってきているので、バンクルトに成すすべがなかった。
「終わりだ、ジイさん」
 そして、十人のシキが同時にバンクルトの身体に刀の柄を打つ。
 サイハーデン刀争術、波紋打ち。
 軽い衝撃を与える剄技で波紋抜きの簡易版だがそれが十も重なって襲いかかれば立派な殺人技になるので手加減を加える。
「ガッ!?」
 手加減を加えたと言っても、全身に受けた衝撃に耐え切れず、バンクルトは息を吐き出して床に倒れこむ。
 シキは息を吐きながら、バンクルトの前に着地する。
 周りで見たいた武芸者たちは口を開けて呆然とする。無理もない、自分たちの中で一番強い武芸者が成す術もなく、それも手加減された上でだ。
「……勝てるわけねえよ」
 誰かがポツリと言った言葉は、全員の気持ちを代弁していた。
 そこで、シキは足を床に叩きつける。
 訓練場全体が揺れるほど、凄まじい衝撃と音だったので、バンクルトを含めた全員がハッとした顔でシキを見た。
「ふっざけんな。子供一人にコテンパンにされて悔しくねえのかよ」
「あっ、そ、それは……」
 悔しくないわけではない。ここはヨルテムでも特に優秀な武芸者があつまる交叉騎士団だ。実力に自信がないものがいないわけがない。
「それとも、もしも汚染獣が来た時に俺に頼るか?」
 シキに頼る。
 そう、そうすれば簡単だ。シキの力を借りればほとんどの汚染獣が撃退できる。
「舐めるなッ!!」
 その時、先ほどシキと戦っていた武芸者の一人が叫び声と共に立った。
「我々は交叉騎士団の一員だ!! 子供に頼る事はない!!」
「そ、そうだ!!」
 次々と武芸者たちが立ち上がっていく。
 体がボロボロでも、その目に宿る闘士は先ほどと打って変わって燃え上がっていた。
 それを見たシキはニッコリ笑いながら、刀を振った。
「んじゃ、もう一セット行くか」
「「「「「えっ!?」」」」」
「ホーッホッホッホ!! まだまだいけるらしいぞ? シキくん」
 いつの間にか、バンクルトが笑いながら立っていた。
 全て仕込みだったのだ。シキの実力を思い知らせるのと、騎士団のやる気を上げるためバンクルトがシキに頼み込んでやっていた。
 当の本人は、バラしたのでキリッとした顔からいつものダベーッとした顔に戻っていた。明らかにやる気を失っていた。
「あれ? シッキー?」
 シキを呼ぶ声が聞こえたのでシキとバンクルトは後ろを振り向いて、表情が固まった。
 そこにいたのは、大勢の同年代の少年少女とミィフィやナルキ、メイシェンだったからだ。


「すごいじゃん! シッキーって、凄い武芸者だったんだね!」
「あ、あぁ」
「ちょっと記事にしていいかな? 外部からやってきた凄腕武芸者って!」
「い、いや止めてくれ」
 先程まで、大人相手に余裕で戦っていた人物とは思えないほど、シキは縮こまっていた。
 しおりと思しき紙を丸めて、足跡のインタビューマイクを作り、鼻先まで接近しているミィフィにすっかり萎縮していた。
『すまん! 今日は初等学校の見学が入っておったんじゃった!』
 小声で謝るバンクルトを思い出しながら、シキは内心舌打ちをする。
 こういう時のストッパー役であるはずのナルキだが、今回は武芸とあって興味津々と言った様子でシキの言葉を待っていた。メイシェンは目に涙を溜めながら、すぶりをしている武芸者たちの雰囲気に飲まれていた。
 味方いねええええええええええ!? とシキは絶叫する。
 幸いにも、他の子供たちが交叉騎士団の特訓風景に夢中になっていた。
「シッキー! 私は見直したぞ!! 仕事とか言ってたが、こういうことなんだな」
「い、いや、その話を」
「いいねえ、どうやって捏造するか。今月のスクープはこれで決定!」
「あ、あうあうあうあうあう」
 何故かミィフィのノリが苦手なシキは、苦笑いをしながらなんとか記事にしないよう努力していた。
 子供の記事と言い切れればいいのだが、子供が原因で大事になったことは数が知れない。
 最悪、シキの存在が露呈する可能性がある。
 ミィフィたちには、既に武門に入っていて訓練を特別に交叉騎士団の訓練場ですると言える範囲で言っていたので、安心していたらこれである。
 今も冷や汗を垂らしているバンクルトを睨みつつ、シキは息を吸って話出す。
「すまん、本当の事は話すから誰にも言わないでくれよ?」
「えーっ、せっかく記事が出せると思ったのに」
 シキの真剣な雰囲気を察したのはナルキだった。
「……話したらマズイんだな?」
「あぁ、ちょっと問題がある」
「み、ミィちゃん。やめとこ? し、シッキーにも事情あるみたいだし」
 声を震わせながら言うメイシェンの言葉に、シキは少し驚く。
 気弱で、ミィフィとナルキに守られていないとダメかと思っていたが、今のように自分の意見を言えるとは思っていなかったからだ。
 ミィフィはため息をつきながら、鼻先から離れて、ペタリと床に座る。
「わかったよー、ナッキ」
「ありがとうな、ナルキ、ミィフィ、メイシェン」
「ナッキでいいぞ。あと、二人はミィとメイでいい」
「う、うん。だってこれからウチに泊まるし、な、仲良く、な、なりたいし」
 後半が尻つぼみになっていたが、シキには聞こえていたので、微笑みながらこう答えた。
「あんがと、メイ、ミィ、ナッキ」


「じゃあ、シッキーは武者修行の一環で?」
「あぁ、と言ってもまだ始めたばっかだからな、面白い話とかできないぞ?」
 シキは、ホントと嘘を混ぜながらなぜ交叉騎士団の訓練相手をしているのか言った。
 それを信じきったメイシェンたちは納得した様子でうなづく。
(昨日、武者修行で旅してるとか言っておいてよかった)
 嘘でも言うもんだ、と学習した瞬間であった。
「しかし、凄いな。交叉騎士団といえば、ヨルテムの最高戦力なのに」
「まだまだだよ。今だって、バンクルトさんに負けちゃってさ」
 曲がりにも最高戦力に、手加減して簡単に勝ちました☆ なんて言えば、ミィフィに記事とされるのは目に見えている。だからこそ、シキは嘘をついた。
 活剄をしながら、話をハラハラしていたバンクルトは心の中でシキに謝っていた。
「で、でも、凄いとお、思います」
「本当だよ、ナッキのお父さんといい勝負できるんじゃないかな?」
 いい勝負どころか、圧倒されると思っているシキだったが、口には出さない。バンクルトと手合わせをしてわかったが、この都市にシキに勝てるものはいないだろう。
「へぇ、ナッキの父さんも武芸者なのか」
「警察官だけどな。私の憧れだ」
 そんな風に笑うナルキの顔を見て、シキは胸の奥に感じた痛みを誤魔化すように笑みを深める。
「でもさ、寂しくないの? シッキーだって友達とかいたんじゃないの?」
「……友達、ね」
 社交性があるリーリンと違って、シキは友達が少なかった。いやほとんどいなかったに等しい。
 ミィフィが苦手なのは、慣れていないということもあるのかもしれない。
「友達作るのは苦手だから」
「じゃ、じゃあ、シッキーと私たちって、は、初めてのと、友達?」
 震えながら言ったメイシェンの言葉に、シキだけでなくナルキたちもびっくりするが、笑いながら頷き合う。
「あぁ、そうだな」
「なんかいい雰囲気? もしかしてメイっち、シキに惚れちゃった?」
 ひゃ、ひゃい!? と顔を真っ赤にしながらあたふたするメイシェンの様子を見ながら、シキは声を上げながら笑う。
 手紙に書く事が増えたな、とシキは笑いながら思った。
「うんうん、じゃあシッキーの都市の話してよ! 私たちも話するからさ」
「そうだな、武芸の本場であるグレンダンの話は聞いてみたい」
「わた、私も聞きたい、です」
「そうだな、俺の師匠たちの話をしようかな」
 ワイワイと話し合う、シキの姿は年相応の子供そのものだった。
 バンクルトは息を吐くと、その光景から目を離し、部下たちを鍛えるため錬金鋼を抜いた。


 だが、シキの平穏は長くは続かない。
 
 

 
後書き
ようやく三人娘とシキを交流させることが出来た。
ちなみに、今回のシキのあだ名は私のあだ名を真似しました。○ッキーって多いよね、これにとある言葉入れると夢の国に(ハハッ)
おっと、いかんいかん危ない危ない。訓練と言ってもシキは仮想汚染獣の役割です。テキトーに衝剄撃つだけでも並みの武芸者近づけませんから。
ではまた次回、ちぇりお!


Q、最初の戦いって十四巻の?
A、ハイ、ちょっとばかし未来を見ました。

Q、化錬剄が料理専門になってるんですが……。
A、シキの練度向上のためですから、とりあえず、今は技術向上を目指します。

Q、そういえばシキのリミッターってどうなってるの?
A、練度が上がれば扱える剄が増える仕組みになっています。まぁ、今のシキの剄力だと名付きすら完封できちゃうんですよ(だから弱くしてます)

Q、バンクルト戦短くね?
A、原作にも書いてありますが、武芸者同士の戦いは長くないらしいです。それに剄量で圧倒されますからね。

Q、最後のフラグ?
A、汚染獣さんがアップし始めました。


シキ「本当に平和だ、なんも問題起きないだろ」
レイフォン「……あぁ、これがフラグってやつなんだね」

まぁ、何故か気分が乗ったので次回予告。

呑気にお茶飲んでいたシキだったが、突然の都震がヨルテムを襲う。
脚を取られ身動きがとれないヨルテムに幼生体が襲いかかる。だが、上空から四つの影がヨルテムに急接近していた。交叉騎士団に任せようと思っていたシキだったが……。
次回「シキあるところに汚染獣あり」

作者「平穏なんてなかったんや」
サヴァリス「まっ、シキは望まれすぎてるからね」 
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