アマガミフェイト・ZERO
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プロローグ
青い修道服に身を包んだ、彫りの深い顔付きの男は、鍛え抜かれた身体を震わせながら一つ一つ確認するように呟いた。
「これが、私の、望み?」
そう。いま心の中の空虚を埋めていくものを〝充実感〟と言うならば。
「こんな青臭い、顔を覆いたくなるようなものが、私の生きる道だと?」
そう。いま心の中で産声を上げた感情を〝喜び〟と言うならば。
熾烈を極めた第四次聖杯戦争の果て、言峰綺礼は、とうとう自分の真実を理解した。そして今その姿はないが、先ほどまで聖杯の光の中で見た少女の姿を探している自分自身に愕然とした。
空には桃色に輝く大きな穴が開いていた。先ほどの闘争で壊されかかった為、徐々に閉じているが、穴からは愛おしいくらいの優しい光が、滾々と溢れ出て、地上に落ちていく。
そして光は、周囲の光景を一変させた。辺りの家々に次々と光がともり、扉が開き、中から仲陸まじい様子の人々が次々と出てた。恋人に会いに来たであろう男女が、お互いの顔を見つけ、抱きしめ合う。
また、一目ぼれだろうか。何気なく歩いていた青年が、少女とすれ違ったとたん、二人して見つめ合ったまま、しばらく動かなくなった。
そんな周囲の様子を眺めながら、言峰は聖杯と共に消えた少女の事を思い出していた。
「あの少女は、確かに〝帰りたい″そう言っていた。……なら、この言峰綺礼が叶えてやらなければならんな。ほかならぬ、少女の願いなのだから」
聖杯戦争、それは広義に言えば、聖杯を巡る争い全般を示す。しかし、狭義に言うなれば、某県冬木市で、六十数年に一度、人知れず行われている、魔術師どうしの争いの事だ。そもそもは、アインツベルン家、遠坂家を始めとした、高名な七人の強力な魔術師が、どんな願いも叶えるという聖杯を、力を合わせて現実化させようとした試みであった。試みは成功した。しかし、同時に惨たらしい事実を魔術師達に突き付けた。
「願いを叶えられるのはただ一人」
かくして、七人の魔術師の壮絶な戦いが始まった。彼らは聖杯の協力を得て、伝説や歴史に名の残る英雄たちを、使い魔として召喚し、争った。ただし、聖杯の助けがあっても、英雄を自由に扱える訳ではなく、彼らをある一定の形となる寄りしろを定めて、始めて召喚が叶った。セイバー(剣士)、アーチャ―(弓兵)、ランサー(槍兵)、ライダー(戦車使い)、バーサーカー(狂戦士)、キャスター(魔道師)、アサシン(暗殺者)。それは、太古の英雄豪傑達のイメージ(クラス)を抽象化したものだ。こうして現界した特殊な存在を称して、サーヴァントと彼らは呼んだ。
また、聖杯を現実化するのにはアインツベルン家の特殊な魔術で作られた〝器″が必要である。その器は、毎回当家からもたらされる事になっている。
ただ、お互いに敵対しあう者どうしだけでは、表社会への情報隠蔽は二の次にされかねない。そこで、魔術師とは別組織である聖堂教会が、監督役として、贔屓無く戦いを見守り、事実を社会から隠蔽する役目を負うことになったのだ。
そのような説明を、言峰綺礼は目の前にいる二人の少女に行っていた。教会の待合室の椅子に座る制服姿の二人は、言峰からすればどう考えても少女であった。
(なぜこのような、年はもゆかぬ少女達に、この役目を託すのだ)
内心、疑念を抱きながらも、それをおくびにも出さずに綺礼は話を続けた。前回の聖杯戦争からはや五年。文章の残せぬ聖杯戦争についての情報は、自らの口で伝えねばならず、今となっては考えるより先に言葉が出て来る。
(それにしても、冬木以外の地が聖杯戦争の舞台となるとは……)
言峰は聖杯戦争の真実を知っている。だがそれを報告はしていなかった。何故か。言峰は前回の戦争の最後、聖杯の正体を垣間見た。その正体は、話に聞いていたものとはまったく異なるものであったが、言峰は、これは果たされなければならない、と強く感じたのだ。だが上層部に報告すれば、場合によっては聖杯の消去もありえる事実であった。その為、言峰は、聖杯の真実を自分の胸の内に秘めることにしたのだ。
(しかし、またしても聖杯戦争に参加することになるとはな……。やはり聖杯の解放は、神のご意思であり、私に課せられた使命ということなのか)
言峰の思考は、そもそも輝日東の地に来ることになった経緯について思いを巡らし始めた。
一週間前の十一月十九日、突然、言峰の所属する聖堂教会が、輝日東町にある教会に赴くよう指令が来た。教会にとって忙しいこの時期に、出張とは何事かと憤りを感じたが、口頭で伝えられた出張目的に、言峰は驚いた。
曰く、アインツベルン家から次の聖杯戦争は輝日東で行われる、と連絡が入ったとの事だった。アインツベルン家は、そもそも聖杯の現実化に必要な魔道装置を準備した一族であり、彼らの情報は聖杯戦争に関して言えば非常に信憑性が高かった。すぐさま聖堂教会も独自の調査を開始し、その情報の裏も取れた。だが急なことだった為、輝日東教会独自での対応は困難を極めた。そこで、前回の生き残りであり言峰に白羽の矢が立ったのである。
「なるほどねぇ。よぉく解りました」
「納得、納得」
眼前の二人の少女の声に、言峰は意識を目の前に戻した。
二人の少女は、どちらも同じ制服を身に付けている。お互いに名乗った時、制服について尋ねると、輝日東高校の生徒との事だった。先に喋った方が、眼鏡をかけたやや茶の混じったショートカット。ややゆっくり口調の、後にしゃべった方の少女は、色白で肩にかかるくらいの長髪だ。
(高校生が、聖杯戦争の監督役とはな。世も末か。)
「それで、監督役として一応確認させてもらいますが、あなたは今回もまた、聖杯によって参加者であるマスターに選ばれたのですね?」
「間違いないですね?」
言峰が頷く。
「そして、あなたが既に召喚したサーヴァントはアサシンですね」
「そうですよね」
言峰は驚愕を覚えた。
「独自に調査をされていた、ということですか?」
二人の少女が、にやりとほほ笑む。
「田舎とはいえ、輝日東教会も聖堂教会のはしくれ。これくらいはお手のものですよ」
「……お茶の子さいさい」
それで、とショートカットの少女が続けた。
「参加者である言峰さんに、伝えることがあります。今回の聖杯戦争には禁止事項と、マスターになった方に自動的にある特殊能力の贈与が、あります」
「……絶対に犯してはならない約束事。そして魔力枯渇を無くす素晴らしい能力」
聞きなれない言葉に、言峰は眉をひそめた。
「マスターへの攻撃行為は、直接的、間接的を問わずいかなるものも禁止です。それと、今回の聖杯戦争においては、マスターの強い感情が自動的に魔力変換されます」
「攻撃は禁止。思いは力」
まず言峰の頭に浮かんだのは、誰の手が回っているのかであった。
「いったい、どうゆうことです? マスターへの攻撃が禁止? それに感情が魔力に、とは?」
「言峰さんはもちろん、〝冬木の奇跡″はご存じですよね?」
「冬木の、愛の奇跡」
もちろん、この眼で奇跡の瞬間を見たのだ。忘れる筈が無い。だがそれが何の関係が?
少女が話を続ける。
「第四次聖杯戦争の終結時、冬木の空に一時間程度だけ出現した桃色の輝き。それを、神がもたらした愛の輝き、と呼ぶ人もいるようですが、ともかく。その日から約一週間、冬木市のお役所に異常とも思えるくらい、婚姻の届け出がありました。また追加調査によると、十ヶ月後の出産数も例年の五倍にもなったそうです」
「……少子化の憂いは消えた」
その事実は驚くものではない。なぜなら、言峰も既に調べ、知っていた事だ。
「教会は聖杯戦争の結果として起きたであろうこの現象に、疑念を持ちました。それで、秘密裏に精密な現地調査を行い、見事聖杯の欠片を回収することに成功したのです。」
「聖杯の正体判明」
すぅっと言峰の眼が細まった。教会の精密調査や聖杯の正体を掴んでいるという情報は、初耳だった。
「欠片を調査した結果、血に反応して力が弱まるという性質と、特定の範囲内での感情の魔力変換が観察されました。そしてこれらの事実から聖杯が変質してしまった原因についてもおおむねの推測が出来ました」
「聖杯を変質させた原因? それはいったい……」
「それは、一日で終結した第三次聖杯戦争の勝者、ラバー(愛の使い)だと推測されます」
「愛の戦士、愛の化身」
言峰は、自分の中であの日見た第三次聖杯戦争については、言峰は亡き父から聞いたことがあった。アインツベルン家が必勝を狙って、本来存在し得なかった第八のクラス、ラバーの召喚を成し遂げ、その圧倒的な力でたった一日で他の全てのサーヴァントを葬り去ったという話だ。だが、ラバーのすさまじい力で、聖杯を現界化させるのに必要な〝器″が壊れ、結局第三次聖杯戦争は失敗に終わった。
「ラバーの正体、それは〝女神″です」
「愛を体現した超状的存在」
(なるほど、そこまで掴んでいる訳か。では上層部は、どうするというのだ。主なる我らが神以外を神と認めぬ教会が、女神に対してどう動く?)
表情を変えずに言峰は少女に先を促す。
「サーヴァントの召喚には、ゆかりの品等の繋がりのあるものを魔法陣に供えることで、特定の英雄を呼びだすことが可能です。第三次において、アインツベルン家が使用したのは、永久凍土から発掘され当家が回収した〝氷付けの女神″であると推測されます」
「地上に残された眠れる女神」
「それは、第三次以降〝氷付けの女神″が消失したことから推測出来ます。むろん、アインツベルン家は、奥に閉まっているだけだと白を切っていますが、それまでずっと感知で来ていた反応そのものが、第三次から途切れているのです」
「明らかにあやしい」
「結論を言えば、教会は女神に影響された聖杯、言うなれば〝女神の聖杯″の確保を決めました」
「確保して研究三昧」
言峰は眉をひそめた。
「破壊ではなく確保? 教会が、主以外の神を認めるということですか? いや、そんな事はありえませんね」
少女達が、ふふっ、と笑った。
「もちろんです。聞くところによると、異端審問の例の厄介者達が、無理を押し通したそうですよ」
「格好の研究材料。女神は最高、実験体として」
「それでですね、破片の調査で分かった、血で力が減じるというのを、極力避けるために、マスターの殺害禁止が決定されたのです。おわかり頂けましたか?」
「なるべく完全な状態で確保したい、それが厄介者達の言い分」
(そういうことか。なら、おそらくは……)
胸中の疑問に答えを得て、言峰は次に下されるであろう指示があらかた予想できた。
「そこでですね、今回再び聖杯戦争の参加者に選ばれたあなたに、教会より聖杯確保の任が下されました。という訳で、今回のルールを順守して、我らが教会へのお勤め、よろしくお願いします」
「あなたの腕の見せ所」
言峰は、予想通りの命令を二つ返事で引き受けた。
(これは好都合だ。奪還の任がわたしということであれば、少女の願いの成就を教会に邪魔されることはない。やはり、これも主のお導きというものなのであろう)
輝日東教会を出て、教会の用意した住まいに向かって歩きながら、言峰は胸の高鳴りを感じていた。
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