駄目親父としっかり娘の珍道中
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第43話 日焼けにご用心
薄暗い場所。一言で言えばそんな場所だった。回りに見えるのは人間の背丈のおよそ2,3倍はあるであろう竹やぶしか見えない。そんな竹やぶの中を数人の浪人達が必死に走っていた。
彼等の手にはそれぞれ抜き放たれた鋭利な刀が握られている。普段ならば鞘に収められている筈のそれを握っていると言う事は余程の事である。
そして、今彼等はその余程の事の為に走っているのであった。
浪人達は今、一人の男を追っていた。遥か前方を走って逃げる男。その男を仕留めんが為に浪人達は必死に、息を切らせながら走り続けているのであった。
掛け声と共に、一人の浪人が先回りし、逃げていた男の前方に生い茂っていた竹やぶを切り捨てる。その様を目の当たりにした男の足が止まる。
その隙にと背後を走っていた浪人達も追いつき、周囲を取り囲む。
「追いついたぞ。さぁ、どうする? 此処で我等と一戦交えるか? それとも、侍らしく腹を切るか? 貴様も侍なら尋常に勝負いたせ!」
「尋常にだぁ?」
浪人のその言葉に反応したのか、男が笑みを浮かべる。腰に挿していたそれに手を掛け、今にも抜き放とうと構える。
咄嗟に浪人達が身構えた。何時切り掛られても対応出来る様にする。それが武士としての初動作でもあるのだ。
だが―――
「冗談じゃねぇ! ちゃんばらごっこがしたいんだったら近所の公園でガキ共としてな、この時代遅れ共が!」
捨て台詞を並べ、一目散にその男は逃げ去った。その光景に浪人達は唖然となる。
「逃げるのかよ! あんだけフラグ立てて置いてそれはないんじゃないの? 普通は此処で一戦交えてカッコいい殺陣を演じる場面じゃん! 読者の期待を裏切るな!」
「けっ、何が読者の期待だ? 廃刀礼のご時世にちゃんばらなんざ、ダボダボジーンズを履く奴みたいに時代遅れなんだよ! 今時の若者はそんなのには興味ねぇって事に自覚持てやこの時代遅れ共! だからてめぇらはモテねぇんだよ!」
等と情けない様な台詞を並べ挙げてその男、坂田銀時は逃げ出した。銀色の天然パーマに死んだ魚みたいな目がトレードマークの一切やる気を感じさせないこの物語の主人公の一人である。
まぁ、要するに殺陣を演じるのが面倒臭いので適当な理由を並べて逃げたのだ。
もし、これが時代劇とかなら、素直に刀を抜いて華麗に殺陣を演じるだろう。だが、この男は極力無駄な体力を使いたくない一心だった為にそんな理由を並べ挙げて逃げ出したのである。
全く情けないの一言に尽きる光景であった。
そうこうしていると竹やぶが終わり、目の前に聳え立つは白い壁で塗り固められた塀であった。
幸い高さはそれほどでもないので銀時は颯爽とその塀によじ登る。
「貴様! 我等と死合え!」
「悪ぃ、俺四時からやる洋画の再放送見なきゃならねぇんで帰らないといけないんだ」
要するに洋画見たさの為に折角の見せ場をふいにすると言うのだ。とことん情けない男である。
そんな訳で塀を飛び降りて一息つく銀時。何故彼が浪人達に追われているかを説明せねばなるまい。
「ぎ、銀さああああああああああああん!」
と、その前にそんな銀時を呼ぶ声がした。若い少年の声であった。
声のした方を見ると、これまた数人の浪人達に追われる少年の姿があった。白い着物に青い袴と言った井出達であり、黒い髪に眼鏡を掛けた全く目だった要素のない地味な少年こと志村新八が追われていたのだ。
「おいおい、何時になくモテモテじゃねぇか。俺はそんな趣味ねぇけど、お前そう言った姓癖の持ち主だったっけ?」
「そんな訳ないでしょ! 後ろの人達が勝手に僕の事追いかけてくるんですよぉ!」
「なる程、それじゃ後ろの人達は皆そんな姓癖の持ち主だって訳か。こりゃ逃げないと俺達の尻が危ないな」
納得するかの様に手を叩き、これまた一目散に逃げ出す銀時と新八。その際に、後ろで追いかけていた浪人達が「そんな訳ないだろうがぁ!」と豪語していたのは余談であるが。
合流した二人はそれこそ必死に逃げ回っていた。人道は勿論、狭い路地裏とかゴミ捨て場とか、そんな所を必死に逃げ回っていた。
だが、浪人達はかなりしつこい。未だに必死に追いかけてきているのだ。
「い、何時まで追ってくるんですかあの人達!」
「けっ、そんなに俺のお尻はプリチーかい? 確かに美尻にゃ自信はあるが、あんなムサイおっさん達に追われる趣味は持っちゃいねぇっての!」
勝手な事を抜かしながらも路地裏を抜けた二人。だが、抜けた際に出て来た場所は何と、車の通りの多い大通りであった。
当然車がガンガン通っている。そんな場所に飛び出したのだから当然車だって対応出来る筈がない。
運転手が突然跳び出して来た銀時達に対して真っ青になりハンドルを切る。
同様に真っ青になった銀時達が急ぎ歩道へと戻る。だが、戻って来た銀時達を待っていたのはちょっと息を切らし気味の浪人達であった。
かなり殺気をぎらつかせて刀をこちらに向けている。
「ふっ、此処までの様だな。潔く我等と勝負―――」
言葉を言い切るよりも前に側面にとんでもない衝撃を食らった。まるで乗用車に撥ねられた様な感覚であった。
だが、実際に撥ねたのは乗用車じゃなく、巨大な犬であった。そして、その巨大な犬の上には二人の少女が乗っていた。
「銀ちゃん、こっちには居なかったアルよ!」
半ば中華鈍りの喋り方をする少女。赤いチャイナ服を着ておりオレンジの髪に両端をボンボンで束ねている神楽。どうやら一同は何かを探しているらしい。
「そっちは何か見つかった? お父さん」
その後ろでは、白い柄に舞い散る桜の花びらの装飾が施された着物を着ているもう一人の少女。栗色の髪に両端を少し束ねた感じの髪型をしたなのはもいた。
一応銀時の娘と言う設定を持っているこの物語のもう一人の主人公である。
念の為に言っておくが、決してなのははヒロインじゃないので【銀時xなのは】のフラグは絶対に立たないのでご注意を。
まぁ、一応親子だしね。
「ねぇよ。こっちだってそっちに期待してたんだが、どうやら宛が外れたみたいだな」
二人の問いに銀時が返すように答える。期待はずれだったが為に半ば残念そうだ。が、隣に居る新八は青ざめている。
「どしたぁ、新八? う○こでも漏れそうなのか?」
「ぎ、銀さん……あれ、あれ」
新八が仕切りに指を指す。その方向に目をやると、其処には二人が跨っていた大型犬が浪人の頭を齧っている光景が見えていた。浪人の頭からは血が垂れ流されておりとても痛々しい。
この大型犬、定春はいわば万事屋のマスコット的存在でもある。愛くるしい顔と外見からは想像出来ないが、だれかれ構わず噛み付く癖を持つ狂暴な犬である。
尚、飼い主の神楽に似てか、案外毒舌だと言う噂もちらほら見受けられたりするが真相は定かではない。
「おいおい、やっこさん怒りの余り頭から血ぃ噴出してんぞぉ!」
「二人共、此処は早く逃げた方が良いよぉ!」
二人にそう告げて、銀時と新八は再度ロードランナウェイを実行した。そんな二人の言葉に疑問を感じた神楽となのはが視線を前に向ける。
すると、其処には全身ズタボロの状態となった浪人達がその怒りの矛先をこちらに向けている光景が見えた。
かなりご立腹なようだ。
「神楽ちゃん、どうする?」
「早く帰らないとレディース4が始まっちゃうアル。急いで帰るアルよ!」
と、言う訳でこの二人もまた浪人達をガン無視の上一目散に逃げ出すのであった。
「待て貴様等あああああああああああ! 其処は素直に戦えやぁぁ! 時代劇のルールとかガン無視って、それでも侍かぁぁコラァァァ!」
後ろで浪人達が怒号を張り上げる。が、そんなのに一々付き合ってられないのがこの世の常でもあったりする。
「それにしても、何であの人達あんなに怒ってるの? お父さん何かしたの?」
「さぁな、多分生理が近いんじゃねぇの?」
「お父さん、生理って女の人しかならないよ」
「じゃ、痔でも患ってんだろ? 俺達のこの美尻を見て発狂しちまったんだよきっとよぉ」
自分の尻を叩きながら銀時はそう言う。多分、いや、絶対にそんな内容で怒ってる訳ではなさそうなのだが。
「やっぱ、あの場所に忍び込んだのが不味かったんじゃないんですかねぇ?」
「あぁ? 何言ってんだよお前。あんな所に隠れ家的なのとか廃工場的な奴があったら迷わず忍び込みたくなるじゃん! 子供の鉄則って奴だよ! 入っちゃいけないって言われると余計に入りたくなっちゃう奴。俺の心は何時までも少年のままだからそう言った類の事しちゃうんだよ。つまり、俺は悪くない! 悪いのはあんな入って下さい的な感じの隠れ家を作ったあいつ等が悪い!」
等と、自分を正当化する為に禄でもない言い訳をしている銀時だったりする。どうやらこの二人。本編が始まる前に浪人達の秘密の隠れ家で何かをしでかしたらしく、そのせいで彼等の怒りを買ってしまったようだ。
そんな訳で浪人達から必死に逃げ回っていた四人と一匹だったが、結果的に袋小路へと追い込まれてしまい、逃げ道を失う結果となってしまった。
回り道をして逃げようとしたが、其処には既に浪人達が肩で息をしながら逃げ道を塞いでしまっていた。
「と、とうとう追い詰めたぞ!」
「なぁに言ってんだよ。必死に追いかけてるお前等が余りにも哀れっぽく見えたから仕方なく追い詰められてやったんだろうが」
「有り難く思えよこのサブキャラ共が! 主役様がわざわざお前等の道楽に付き合ってややるのって滅多にないんだからなぁ!」
等と、追い詰められておきながらもそのふてぶてしさは相変わらずなようだ。それが浪人達の怒りを更にヒートアップさせる事になるのは間違いないのだが。
「何、その言い訳にもなってない言い訳! ってか、俺等の事さりげなくサブキャラ扱いって何よ!」
「そもそも貴様等何者だ! 何所の手の者達だ? 切り捨てる前に聞いておいてやるから素直に白状致せ!」
武士の情け、と言う奴なのであろう。最後に切り殺す相手の名前を聞くのは一応礼儀の一つとして挙げられている。
まぁ、どうせ忘れるのだろうけど。だったら聞くなよ! って思うかも知れないが、それこそが悲しきヤラレキャラの心意気だったりするのだ。
「何者だぁ? そんなに知りたきゃ教えてやるよ!」
銀時が待ってましたとばかりに笑みを浮かべる。すると四人が一同に集まり胸を張り声を張り上げた。
”家事手伝いから迷子のペット探しまで! 困った事があったら迷わず来るアル! 一時が万事、金さえ払えば何でもやるよん! 任せて安心、お客様の信頼と安心を第一にします! 万事屋銀ちゃんたぁ、俺達の事よぉ!”
自信満々にそう答える四人。答えきった後、四人はこれまた自信に満ちた顔で浪人達を見ていた。が、浪人達は逆に呆気に取られた顔をしていたのではあるが。
「万事屋って、つまり何でも屋みたいな奴?」
「なるほど、読めたぞ! 貴様等我等の対抗勢力に雇われて、我等の隠れ家に潜入した密偵と言う事だな?」
「いや、全然違うし、そもそもお前等三下の事なんて知りたくもなかったから」
浪人達の推測に銀時は手を振って否定した。まぁ、実際彼等の事なんて知ったって一文の値打ちにもならないのは明白だったりするのだが。
「じゃ、一体何が目的なんだ!?」
流石に本当にマジ切れ寸前と言った感じだった。そんな浪人達と銀時達の間を横切るかの様に一匹の猫がやってきた。
全身黒一色の可愛い猫である。
「あ、こいつは!」
「間違いないよ! この猫がヤマト屋さん家の飼い猫のクロミちゃん(3才・オス)だよ!」
突如、猫を見た途端に銀時達の目の色が変わった。神楽が酢昆布をヒラヒラさせたり、なのはがねこじゃらしを用いたりして注意をそらしている。
その隙に銀時と新八が跳びかかり捕獲しようとしたが、一足違いで猫は再度逃走を始めた。
その猫はと言えば、浪人達の間を縫って大通りにまで逃げてしまった。
「馬鹿野郎! 何ボケッと突っ立ってんだてめぇら!」
「えぇ!?」
「捕まえろよ! てめぇらがぶら下げてるその侍魂は飾りかぁボケェ!」
何故か逆切れされてしまい対応に困る浪人達。この場合どうすれば良いのだろうか? 流石にそんな場面は時代劇でもないので対応に困ってしまったりする。
「どけどけぃ! 待ちやがれクソ猫ぉ!」
「それじゃ、お疲れ様でしたぁ!」
浪人達を押し退けて猫を追いかけに走る銀時達。その際に再び定春に跨ったなのはが後ろを振り向き浪人達に手を振って労いの言葉を掛ける。
その言葉に浪人達はただただ唖然としているだけだったのだが。
「もしかして……猫を追いかけてただけだったのか?」
浪人の一人がそう呟いた。
あ、今銀時がトラックに撥ねられて遥か彼方へと吹き飛んでしまった。そんな訳で、今日も江戸は賑やかな日常を送っているようでもある。
***
夜の料亭。其処では主に社長とその部下が食事を楽しみ、これからの会社の行く末を話し合ったりしたりするのに適した場所でもある。
だが、時として悪の密談に用いられたりする場合にも、こう言った夜の料亭は最適な場所とも言える。
そして、今宵もまた悪の密談が密かに執り行われているのであり―――
「これはこれはカリヤ様、わざわざ遠路はるばるご苦労様です」
「うむ」
貸切の部屋の中に四人。一人はまるでド○○エⅩに出てくるオ○ガ族に似ている姿をしているが服装は派手でアフロヘアーの姿をした天人であった。
その後ろには腕利きの用心棒と思われる男が一人控えていた。そして、部屋に控えていたのは出っ歯で眼鏡と言った如何にもずる賢そうな感じの男と恰幅の良さそうなボディにウクレレを装備した如何にも欲望の塊と思わしき男の二人が先に部屋にいた。
「して、例の計画はどうなっている?」
「その事に関しては、この計画書をご覧下さい」
出っ歯がトレードマークの下元がカリヤに差し出した企画書を差し出す。だが、それを渡された途端カリヤは不満そうな顔をしだした。
「ど、どうしましたかカリヤ様? 我等の企画に何かご不満でも?」
「いや、只こんな分厚い企画書を持ってこられても読む気にならんのだが。どうせならもうちょっと簡単に纏めてくれない?」
「いや、此処は小説っぽく小難しい感じに纏めようとしましたもので」
「あ、そう………って、そう簡単に俺が引き下がると思ったかボケェ!」
怒号と共に怒涛のアッパーカットが決まった。まぁ、至極どうでも良い話なのだが。
そんなこんなで、悪の会合が行われている料亭。しかし、其処へ駆けつけるのは何も悪だけじゃない。
今、一人こっそりと裏口に回った一人の若者が見えた。黒い制服に身を包み、腰には侍の魂とも言える刀を帯刀している。廃刀礼の中、腰に刀を挿している者と言えば浪人か、もしくは警察関係の者位だ。
そして、この男こと【山崎退】もまた、その警察関連の人間の一人なのであった。
物音一つ立てないように慎重な立ち回りをし、そっと裏口のかんぬきを外す。扉が静かに開き、開いた扉から姿を現したのは同じように黒い制服に身を包んだ集団であった。
最早御馴染み真選組の面々である。
副長の土方、一番隊隊長の沖田がいるのは勿論の事だが、その中に普段なら見慣れぬ者の姿もちらほら見受けられた。
まず目についたのは銀髪の男性だ。褐色の肌を持ち背丈も他の隊士達に比べて若干大きい。支給された制服を多少ラフに着こなしているようにも見える。恐らくサイズが合わなかったのだろう。
そして、もう一人は女性だった。ピンク色の長髪を後ろで束ねた髪型をし、鋭い眼光を持ち、手元には他の隊士達とはこれまた違った姿をした刀を持っている。
此処まで言えば分かると思うが、この二人は守護騎士のザフィーラとシグナムである。
今、守護騎士達は此処江戸に流れ着いてしまい、住む場所がないのでこうして真選組のところで世話になっているのだ。
だが、世話になってるだけでは申し訳ない、と言う訳でこうして彼等の仕事の手伝いをする事となっているのである。
「山崎、状況はどうなってる?」
「二階で会合が行われています。四人の内、商人が二名、天人が一名、それと、腕の立ちそうな浪人が一名居ます」
「上等だ、江戸に害を成す輩は即刻切り捨ててやらぁ、ザフィーラは別働隊と合流して退路を固めろ。犬一匹逃がすんじゃねぇぞ!」
「分かった」
静かに頷き、ザフィーラは他の隊士達と共にこの旅館の別の出口へと渡った。もし、取り逃がしたとしても退路を塞いでおけば逃げられなく出来るからだ。江戸に害を成す存在を見逃す訳にはいかない。
その為に自分達が居るのだから。
「よし、別働隊は退路を塞げ! 残りは1階を占拠、その後に俺、総梧、シグナムの三人で二階へ行く。手筈どおりに行くぞ!」
的確に、かつ素早く指示を送る。少しのミスも許されない。もし、奴等の会合が何かとんでもない悪事だったとしたら、それだけで多くの江戸市民が危険に晒される事となる。それだけはなんとしても避けたかったのだ。
料亭の入り口を強引に叩く。スライド式の扉が手で叩いた際に揺れ動き、衝撃で音を奏でる。
中に居た女将がそれに気づき、扉を開けようとした時、その扉は勢い良く開かれた。
「御用改めである。真選組だぁ!」
名乗りを上げるや否や、隊士達は突入した。驚き腰を抜かす女将を他所に、隊士達は一階を占拠する。危険がないか、他に奴等の手がないか? それらの危険性を排除する為だ。
「総梧、シグナム。俺に続け!」
「へい!」
「分かった!」
当初の予定通りに、参院は会談を駆け上がり会合が行われていたであろう座敷へと蹴り上がる。
「真選組だぁ! 神妙にしろぉ!」
ふすまを蹴破り中へと躍り出る。だが、其処は既にもぬけの殻であった。こうまで早く退散したとなると、恐らく退路を塞いだのも無駄に終わってるだろう。少々侮っていたか。
「逃げられたか……」
「チッ、以外に鼻が利く奴を雇ってたようだな」
続いてシグナムも座敷内へと入り苦言を漏らす。彼女とて世界は違えど今は住んでいる世界だ。その世界を悪党の好きにさせるのは彼女の騎士道精神が許さないのである。
二人は座敷内を歩き回り、何かてがかりがないかを探ろうとした。だが、その際に二人は気付くべきであった。背後で不適に構える沖田の存在に。
(グッバイ、副長……ついでにシグナム。あの世で仲良くマヨネーズでも啜りあって下せぃ)
ドス黒い感情を腹に持ち、沖田は迷う事なく引き金を引いた。爆音と共に、座敷に向けてバズーカの砲弾が放たれた。その一撃は座敷の窓を破壊し、外にまで爆発の煙が噴出す程だったと言う。
座敷一帯が黒煙に支配されている。これでは中がどうなってるかを知る事は出来ない。徐々に煙が晴れていく。その中で立ち上がる影が見られた。
「おい総梧、どさくさに紛れて何やらかしてんだ?」
それは土方だった。どうやら仕留め損なったようである。バズーカを肩に担ぎ、沖田は残念そうに舌打ちをした。
そんな仕草をした沖田に、土方が容赦なく切れる。
「何舌打ちしてんだてめぇ! 一辺殺すぞゴラァ!」
「いやだなぁ土方さん。ちょいとしたお茶目じゃないですかぃ。何時もの事ですよ。大体俺が土方さんを殺そうとするのは人間が呼吸をするのとそんなに大差ない事ですぜぃ」
「俺をそんな簡単に殺そうとするんじゃねぇ!」
人を息をするのと同じ感覚で殺されては溜まらない。土方の怒りは至極当然の事と言えた。
だが、そんな事とは全く別の怒りを腹にもった者がまた此処にも居た。
「おい、それじゃ私のこれはどう説明するつもりだ?」
「は?」
土方の隣から声がする。其処に居たのはシグナムだった。だが、先ほどとは明らかに何かが違う。
良く見ると、彼女の髪型は以前の綺麗なピンク色のポニーテールから一変し、巨大なアフロヘアーへと変貌を遂げていたのだ。
かなり気合が入っている髪形だと言えるだろう。
「あんららぁ、シグナムったらそんな気合の入った髪形にしちゃってぇ。ま、俺ぁ別に気にしませんけどねぃ。他の隊士達がもしかしたら泣くんじゃないんですかぃ?」
「誰のせいでこんな髪型になったと思ってるんだ? 大体貴様の狙いは土方だったのだろう? 何故私まで狙った!」
「偶々其処に居たから。ま、言い換えてみりゃ只の巻き添えって奴でさぁ」
「土方。この男を一度切り殺しても構わんか?」
怒りを胸にシグナムが自身の愛刀である刀型のデバイスであるレヴァンティンの柄に手を添える。
「遠慮するこたぁねぇ。一度と言わず十回位切り殺しても構わねぇ。俺が許可する」
シグナムの肩を軽く叩きながら土方が許可した。これで沖田を気兼ねなく抹殺出来る。そう思い沖田に視線を映すが、その時沖田はと言うと、そんなシグナムや土方の事をガン無視して、座敷の中にあった何かを手に持っていた。
「土方さん、こいつぁ一体なんでしょうかねぃ?」
「これは……」
沖田から手渡されたのは何かしらの設計図のようだった。かなり大掛かりなカラクリに見える。そして、これだけのカラクリを作るには相当な資金や技術が必要になるだろう。
とても商人程度が手を出せる代物じゃない。
「こりゃ、下手するとかなりヤバイ代物かも知れないなぁ」
手渡された設計図を手に、土方は呟いた。その呟きの中にとんでもない事件の匂いが匂ったのは言うまでもなかった。
が、今回のお話とは全く関係なかったりするので別に気にする必要はなかったりする。
***
時が経つのは早い物であり、つい昨夜に料亭で揉め事があった日から翌日の丁度昼過ぎ辺り。近くの公園では子供達が遊ぶ事に夢中になっている。昨今の子供達の楽しみと言えば白と黒のツートンカラーで彩られた球体を追い掛ける遊びが主流の様だ。
そして、その中に見慣れた少女の姿もあった。
「シュートォ!」
掛け声と共にその球体を目の前に聳え立つ巨大なネットの張られたかごへと蹴り込む。抉りこむように放たれたそれはその前に立っていた少年をかわし、見事ネットの中へと飛び込んでいく。
「やったぁぁ! また私のゴールだぁい!」
「ちぇっ、またやられたよ」
ゴールを決めたであろう少女はとても嬉しそうに跳びあがり、回りに居る味方の少年達も同様に喜び、反対に敵側の少年達はちょっぴり悔しそうな顔をしていた。
「相変わらず容赦ないシュートだなぁなのはちゃんのは」
「ふふん、かぶき町のエースストライカーとは私の事だよぉ」
鼻高々にそう呟くなのは。江戸の町では基本的に外遊びが主流となっている。無論、ゲーム機材とかそう言ったのも流行で出てはいるが、そんなの一庶民が一々買っていられる筈がない。
なので、大概の子供は未だに外遊びで時間を潰すのが主となっていたのだ。
「おぉい、今度こそ俺達が点を取るぞ! 何時までもあいつに舐められてんじゃねぇよてめぇら!」
キーパーをしていたちょっと小太りな少年が回りの少年達に指示を送る。それ程までに彼等はなのはを敵視していたようだ。
事実、幼い頃から遊びに関して全力全開で生きてきたなのはにはこの遊びも他の少年達に比べて郡を抜いた腕前を持っているのだ。
が、だからと言って何時までも彼女に負けっぱなしでは男が廃ると言う物。少年達は己の威信に掛けてでもなのはを叩きのめそうと躍起になっているのである。
そんな訳で再度ゲームが開始された。キーパーが渾身の力を込めてボールをフィールド目掛けて蹴り放つ。
だが、余程力んで蹴ってしまったのだろう。少年が蹴ったボールは見当違いの方向へと飛んでいってしまった。
公園の横には深い森林地帯が生い茂っており、気味悪い場所な溜に誰も近づきたがらない場所となってしまっていたのだ。
そんな場所にボールが飛んでいってしまった。これは由々しき事態である。
「何やってんだよよっちゃん! ボールはあれ一個なんだぜぇ!」
「しょうがねぇだろ! 行っちまったもんわさぁ!」
忽ち少年達で口論が勃発してしまった。折角の遊び道具であるボールを森の中へと放り込んでしまった。となれば、本来なら蹴り込んだ本人が探しに行かなければならない。
だが、その蹴り込んだ本人はどうも行きたがらなさそうに必死に言い訳を述べている。
が、そんな言い訳が通用する筈もなく、ついには殴り合いの喧嘩にまで発展しそうになりだしていた。
「ねぇ、ボール取りに行かないの?」
「い、行けたらとっくに行ってるんだよ! でもよぉ……」
普段は強気の少年達もあの森を見た途端沈み込んでしまった。そんな理由が分からずなのはは首を傾げている。
「あの森に何かあるの? やぶ蚊が凄いとか?」
「そんなんじゃねぇよ。実はさぁ、昔から良く言われてるんだけど、あの森……出るらしいんだぜ」
「やぶ蚊が?」
「お前は一回やぶ蚊のネタから離れろ!」
これもまたなのはの性格の一種である。普段はしっかりしている面があるのだが時たまにどうしようもないボケを連発する時もある。
シリアスな会話をしている際にそれをされると流石に苛立ちを感じてしまうのは仕方ないと言えば仕方ない。
「そうじゃなくて、出るんだよ! 幽霊とかそんな感じの類がさぁ!」
震える声で少年がそう告げる。その声色からどれ程彼等が恐れを抱いているのか容易に想像が出来る。
が、それは常識人であればの話。
「ふぅん、それで?」
「え?」
「ボールを取りに行くの? それとも行かないの?」
尚もなのはの催促は続いた。彼女にとってみれば幽霊よりもボールの方が心配なようだ。
「お、お前……話聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ。幽霊とかそう言う類のが出るって。でもそれでボールを諦めるのは嫌だよ! 折角点数取って勝ってたのに」
話にならないとはこの事であった。幽霊に出会って驚かされるよりも、ボールがなくて勝負がつかなくなる事の方がなのはには重大な問題だと言うのだから。
「そ、それじゃお前が取りに行けば良いだろ!」
「よ、よっちゃん!」
突如、逆切れの如くよっちゃんと呼ばれる小太りの少年が声を発してきた。
すると、なのははそれを待ってましたかの様に頷くと迷いなく森の方を見る。
「しょうがないなぁ。その代わり、ちゃんと待っててよね。負け逃げとかしちゃ駄目だよ」
「わ、分かった。分かったよ!」
釘を刺し、そのままなのはは見えなくなったボール探しを始めるのであった。公園の隣にあった森林地帯は思っていたよりも深いらしく、入ってから数メートルと歩かない間にすっかり回りは高い木々に覆い囲まれてしまっていた。
「え~っと、ボールボール~」
が、なのはにそんな事など気にする筈もなく、迷子のボール探しに夢中になっているのであった。
遊びに夢中な少女に深い木々や不気味な森林地帯などアウトオブ眼中なのであろう。
もしくは、単に現状を理解していなかったりするだけかも知れないのだが。
そんなこんなで深い森林地帯を歩き回った末の事であった。
先ほどまで目の前に生い茂っていた太い木々達が陰を潜め、変わりに広い空間が出迎えてくれた。
そして、その中央には古い寺の様な建物が建っている。
遠目からでも分かる位にその寺は腐食や老朽化が進んでおり、大きな地震一つで簡単に崩壊してしまいそうな位のボロ寺でもあった。
「うわぁ、見るからにボロボロな寺だなぁ」
身も蓋もない発言をしつつもそのボロ寺の回りを歩く。もしかしたらこの近辺にボールが転がってきたかも知れないからだ。
そんな風に歩き回っていると、やがてその寺の境内にまで歩いてきた時だった。
境内を登る階段に誰かが座っていた。
赤い袴と白い着物。所謂巫女さんみたいな服装をしたなのはより若干小さい女の子が其処に居たのだ。
髪は金のロングで、物静かだが何所か寂しそうな顔をしたその女の子は、白と黒の二色しかないボールを物珍しそうに見つめながら手の中で転がしていた。
間違いない。あれこそが探し回っていたボールであった。
「ボールあったぁ!」
思わず大声を挙げてしまった。すると、その少女はビクッと肩を震わせて声のした方に視線を向けた。
その仕草を見て、なのはも自分がその子を驚かせてしまった事に気付く。
「あはは、ごめんね。驚かせちゃって」
「………」
苦笑いを浮かべつつもその少女に謝罪をするなのは。しかし、少女の方はなのはにかなり警戒をしているらしく、少しでも近づけばすぐにでも逃げ出せるようにその両足に力を込めているのが見て取れていた。
(な、何か凄い警戒されちゃってる……ど、どうしよう……)
警戒している少女に対し、なのはもどう接すれば良いか必死に考えこんでいた。
下手に刺激してボールごと逃げられてはまた探さなければならない。そうなっては公園で待ってる他の人達が皆逃げてしまう危険性すらある。
折角勝ってたのにそれはあんまりでもある。
さて、どうすべきか。なるべくあの少女を怖がらせないようにしつつ穏便にボールを取り戻す方法。
幼い脳みそを使い必死に答えを導き出そうとなのはは額に汗を流しつつ考えこんだ。
(そうだ! こんな時はお父さんの真似をしてみよう! 万事屋やってるんだしこう言った事態でも万事解決してるだろうし)
そんな事を考えているなのは。その考え事態がヤバイ考えだと言う事は全く考えていないようだが。
とにもかくにも、脳内でもし坂田銀時がこんな事態に遭遇したらどう対処するか。
と言う内容をイメージしだす。そして、その結果で招きだした結果を実際に実行しだす。
「何しけた面してんだぁコノヤロー!」
「???」
「人生ってなぁ放たれた矢ぁみたいなもんだ。まごまごしてっと、あっと言う間に地面に突き刺さってそのままジ・エンドだぞぉゴラァ!」
等と、それからも続々と銀時らしい言葉遣いで少女に説得を試みるなのは。
しかし、それを聞いている少女にとってはその一語一句全てがちんぷんかんぷんだったらしく、仕舞いには首を傾げる始末だったりする。
「と、言う訳でだ……誰彼構わずそんな縮こまった態度をとってちゃぁ人生大損なんだよ! 分かったかぁ?」
「……良く、分かんない」
どうやら少女には銀時の口説き文句は理解不能だったらしい。少女の頭の上には大量の「?」マークが浮かび上がっては消えて行っている。
「あっれぇ~、おかしいなぁ? お父さんだったら毎回こう言って何時も納得させてるのに」
それは一重に言う相手による問題だと思われる。
思っていた結果が出なかったせいかその場で腕を組んで必死に悩み始めるなのは。すると、そんななのはを見てか、少女が静かに笑い始めた。
「お、笑ったぁ! 良く分かんないけど笑ってくれたぁ!」
少女が笑うのを見てなのはも満面の笑みを浮かべる。どうやら説得は成功したようだ。
これにて一安心である。
「ねぇねぇ、君は此処で何時も遊んでるの?」
「ううん、此処に住んでるの」
「え? 此処にぃ!」
少女の言い分になのはは驚く。住むと言うにも目の前にあるのはかなり古いボロ寺だ。
電気も通ってないのは勿論、水道も通ってなさそうだ。良くそんな所に住める物である。
まぁ、住めば都と言うことわざもある。何かして生活をしているのだろう。
「君は、何しに来たの?」
「ボール取りに来たの」
「ボール?」
どうやら少女はそのボールと言うのが何なのか分からないらしく、仕切りに首を傾げ続けている。
「ボールって知らない? 今君が持ってるそれだよ」
「これ、ボールって言うの?」
「うん」
「ボール………どうやって使うの?」
ボールが分からないのだから使い方が分からないのは至極当然であり。
「じゃ、私が教えてあげるよ」
「え? う、うん」
恐る恐る頷く少女と共にとりあえずボールを使った遊びを幾つかだがなのはは教えてあげた。
互いにボールをキャッチし合う遊びとか。ボールを空中で何度も蹴ったり頭の上でバウンドさせたりする遊びとか。
他にも幾つも遊びを教えてあげた。気がつくと最初は軽く教えてあげるだけだった筈が本気で遊びあってしまっていたようだ。
そして、それらが終わった後には二人揃って汗を流して大満足している状態になっていた。
「はぁ……こんな風に使うんだよ」
「へぇ……凄く面白いんだね! このボールって」
輝く瞳で少女は自分の手に持たれているボールを見ている。どうやらかなりkのボールが気に入ったようだ。
そんな光景をなのはもまた嬉しそうに見ている。
「良かったらそのボールあげるよ」
「良いの?」
「うん!」
それを聞いた少女の瞳が更に一層輝きだす。どうやら相等嬉しかったようだ。
喜んでくれてる少女を見てなのはもまた嬉しくなる。
「そう言えば、まだ名前言ってなかったね。私なのは!」
「久遠は、久遠!」
「久遠ちゃんかぁ……宜しくね、くぅちゃん」
「くぅちゃん?」
聞き覚えのない名前で呼ばれたせいか、またしても首を傾げてしまう久遠。
「そ、久遠ちゃんじゃ呼び難いから縮めてくぅちゃん……どうかな?」
「うん、良い! 良いよ!」
「そっかぁ、宜しくねぇくぅちゃん!」
すっかり仲良しになったなのはと久遠。ボール一個で友情の輪が深まると言うのはいかにも子供らしいと言えばらしいようだ。
「ねぇねぇ、また遊びに来ても良い?」
「うん、何時でも遊びに来てね! なのは」
「うん、また一緒に遊ぼうねぇ、くぅちゃん!」
本当はもっと遊びたい所なのだが、このままだと辺りが暗くなって帰れなくなってしまう。なので急いで帰らないといけないのだ。
そんな訳で無事公園に戻って来たなのはを心配な顔になった友達の皆が出迎えてくれた。
「お、おい! 大丈夫だったか?」
「全然平気だったよ! でも、ボールは見つからなかったみたい」
「そ、そうかよ。まぁ良いや、また買えば良いしな!」
何はともあれ、こちらも一安心だったようだ。
***
「すっかり遅くなっちゃった! お父さん心配してるかなぁ」
空には既に日が沈み、月が浮かんでいる。早い話が夜なのだ。
早く家に帰って飯を食べて風呂入って寝るだけである。
そんな事を考えながらスナックお登勢の前を通り過ぎようとした正にその時、突如轟音が響いた。
そして、それと同時にスナックの扉を突き破り男が跳び出して来た。
「あ、お父さん!」
「あ、なのは!」
倒れた銀時となのはが互いに名を呼び合う。
「くおぉぉの腐れ天パーがああぁぁぁ!」
が、その直後に今度は店から出て来たお登勢の急降下ダブルキックを銀時が諸に食らってしまっていた。
「ごぶぅっ!」
「今すぐなのはを探して来な! あの子にもしもの事があったら、あんたの金玉とか腎臓とか、とにかく内臓全部売っぱらってやるからねぇぇ!」
「ちょっ、ババァ! それだけは勘弁してくれぇ! それじゃ俺死んじまうからぁ!」
「死にたくないんだったら今すぐ探して来いってんだクソボケがああぁぁぁ!」
そのまま馬乗り状態となり激しい乱打を繰り出すお登勢。
哀れや坂田銀時。なのはの帰りが少し遅かっただけでお登勢に半殺しの目に逢ってしまったようだ。
ご愁傷様と言う奴である。
つづく
後書き
次回【寺子屋へ行こう】お楽しみに
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