駄目親父としっかり娘の珍道中
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第33話 絆の数字は【4】
それは、紛れも無い現実の出来事だった。
目の前に聳え立つは悪魔を模した巨大な怪物。その全長はパッと見ただけでも10メートル以上はある様に思える。
正確な全長は分からないが、放たれるその威圧感からそう感じ取れた。
そして、もう一つ映っているのは、一人の少女だ。
若干9歳位の小さな女の子である。違う所と言えば、その少女はこの世界にある技術の結晶を身に纏っていると言う事だ。
魔力で構築された鎧、バリアジャケット。
色は白を基本としており、その形はフェイトのスピード重視のそれとは正反対の仕様であった。
そして、その手に持たれているデバイス。形からしてそれは恐らく砲撃戦用の物だと思われる。
その二つを身につけた少女が、今フェイトの目の前に姿を現していたのだ。
「なのは……なの?」
掠れるような小さな声で、フェイトはそう呟いた。もしかしたらこれは夢なのかも知れない。正常な意識に戻った途端霧の様に消えてしまうのではないだろうか。
そう思えてしまった。
だが、其処に映っていたのは紛れも無い現実だった。目の前に立っていたのは紛れも無くなのはであり、そして、彼女が自分と同じ魔導師として覚醒していたのだ。
「あれ、フェイトちゃん……どうしたの? そんな顔して」
「無事だったんだね? 死んでなかったんだね?」
「当然! 私が居なくなったら、万事屋が成り立たなくなっちゃうからね」
胸を大きく張り、自信有り気になのはは答える。鼻を鳴らしているその顔は正しく自信の塊にも見得た。
だが、なのははまだ知らない。その万事屋のメンバー達がどうなってしまったのかを。
そして、それとは対照的にフェイトは知っている。万事屋のメンバー、銀時達がどうなってしまったのかを。彼等の今の状況を。知っているのだ。
「なのは、実は……銀時達は、もう……」
「大丈夫だよ。お父さん達は死なない。死んでなんかいない」
「え?」
真剣な声色だった。その目には一切の迷いも、疑いもない。真剣で、子供らしくて、とても澄んだ目をしていた。
こんな目をしていたんだなと、フェイトは今更ながら思った。
「だって、私を助けてくれたのはお父さん達なんだから、そのお父さん達がこんな所で倒れる筈がない。絶対に立ち上がってくる。だから、それまで私が頑張るんだ」
「でも、なのは一人で挑む気?」
「一人じゃないよ。皆が付いてるから」
そう言い終えると、自分の胸に手を当ててそっと目を閉じる。
「私の中に、皆の思いが篭ってる。【負けるな】【頑張れ】って。だから、だから私は戦える。心の中に皆の熱い思いがあるから」
「なのは……」
「見ててね、今度は私が皆を守る番だよ!」
強く、芯の篭った言葉を放ち終えると、なのはは前に出た。目の前には先ほどの閃光の影響が未だに残る化け物が居た。
身長の差は歴然、だが力の差はどうだ?
化け物の強さはそれこそ常識はずれの強さだ。しかし、今のなのはの強さは未知数。正直言って今回がなのはの初陣なのだから。
突如、怪物が咆哮を挙げた。
更なる邪魔者が増えた為だろう。その雄叫びには苛立ちも感じられた。虫の息だった軍勢の中にまた一人元気な外敵が生まれた。それが更なる苛立ちを募らせたのだ。
怪物の鋭い眼光がなのはを捉える。同時になのはの目線も怪物を見据えていた。咆哮を挙げ終えるとほぼ同時に、怪物の巨大な腕が唸りを上げた。
同じ動作だ。こいつもまた先ほどの奴等と同じ様にこの一撃で粉々にすれば良い。そう考えつつ、怪物の巨大な拳が真っ直ぐ迫ってきた。
咄嗟に避けるように叫ぼうとしたフェイトだったが、その言葉は喉の途中で止まってしまった。
目の前で、なのはは避ける素振りを見せないどころか、両足を地面に深く押し込むようにどっしりと構える。そして、デバイスを持っていない空いていた方の手を引き絞るように背中まで回す。堅く握り締めたその拳に光が集まっていく。先ほどの桜色の閃光だった。その閃光が拳の周囲をコーティングする様に纏わりつくと、一際大きく、強い光となった。
そして、その光を纏った拳を、迫り来る巨大な怪物の拳に向かい叩き付けた。
堅い物質同士がぶつかり合った際の音が生じた。怪物の巨大な拳となのはの小さな拳が互いにぶつかり合ったのだ。
信じられない光景が其処にあった。怪物が押し負けたのだ。
今まで、どんなに戦っても後退させる事の出来なかった怪物を、なのはが始めて後退させたのだ。
「もう、いちどぉぉ!」
渾身の力を込め、再度拳を握り締める。先ほど以上に強い光が拳を包み込む。閃光で目がチカチカする。
怪物も負けじともう一方の腕を振るう。今度はそれに打ち合う事はなかった。放たれた拳を上昇する形で回避し、その腕に飛び乗り駆け上がる。
咄嗟に怪物が先ほどの手を広げて叩き落とそうとしたが、既に遅かった。なのはは一直線に怪物の顔面間近まで駆け上がると。その怪物の眉間目掛けて拳を叩き込んだ。
叩き込まれた拳の位置を中心に顔の肉全体がめり込む感覚を覚えた。そして、今度は其処を中心に後頭部へと突き抜ける程の衝撃。
それを一身に受けた怪物は抵抗する事など出来ず、そのまま仰向けに地面に倒されてしまった。
転倒した際の地響きが響き、砂煙が舞い上がる。
圧巻。正に圧巻とも呼べた。天を突く程の巨体な怪物を相手に、なのはは互角、いや、それ以上の戦いをしているのだ。
倒れた怪物より少し離れた位置になのはが降り立つ。戦いの時間は計算すればほど一瞬だったと思われる。だが、それを見ていたフェイトにとってはその一瞬が一時間、下手したら一日掛かりの壮絶な死闘の様にも感じられた。
微動だにしない怪物。今ので倒したのだろうか?
そう思った矢先、怪物の尻尾が突如唸りを上げた。尻尾の先端がなのはの右足を捕らえる。そして、そのまま上空高くへと持ち上げたのだ。
「わわっ!」
突然の攻撃に慌てるなのは。そして、砂煙の中から怪物が起き上がった。眉間の辺りに損傷が見られるがいたって軽症だ。寧ろ、傷つけられたせいで返って怒ってるようにも思える。
怪物となのはの視線が一瞬会った後、尻尾が撓るように動いた。猛烈なスピードで尻尾の先で捕らえたなのはを壁に叩きつけて行く。
壁にめり込み、砕け、破壊されていく。
しかも、一度だけじゃなく、何度も何度も別の壁や、天井、果ては床などに容赦なく叩き付けた。なのははまるで片足を持たれて振り回されてる蛙の様に成すがままだった。右足を軸にして尻尾の主導権を握られ、そのまま叩きつけられる。
「なのは! もう止めて、これ以上はなのはが、なのはがぁぁ!」
フェイトが叫ぶ。それと同時に尻尾が思い切り円を描き、そのまま捕らえていたなのはを遠くへと投げ飛ばす。
地面に激突し、小さな砂煙を巻き上げる。死んだのか? それとも生きているのか? 判別は分からない。
だが、この小娘が恐ろしい強敵だと言うのは怪物でも理解出来た。故に、手加減など出来ない。
怪物は床に両手を突き刺すと、そのまま地面を持ち上げた。巨大な岩盤を両手に抱え上げ、そのままなのはに向かいそれを投げつけた。
小さな砂煙の上に巨大な岩盤が圧し掛かる。重さ数十トンはあるだろう巨大な岩盤だ。常人ならまず生きてはいない。全身をぺしゃんこにされ醜い屍をその場に晒すだけだ。
岩盤が動いた。小さく動いた。だが、確かに動いたのだ。
一瞬見間違いかと思った矢先、その岩盤が持ち上がったのだ。岩盤の下にはそれを両手で持ち上げているなのはの姿がある。
彼女は健在だった。だが、無傷じゃない。
白いバリアジャケットはところどころ損傷しており、額から血を流している。それでも、彼女の目は死んでいない。寧ろ、先ほど以上に熱い闘志が宿っているようにも見えた。
「いっけええぇぇぇ!」
お返しとばかりにその岩盤を怪物目掛けて投げ返した。剛速球の如き速さで岩盤が怪物目掛けて突っ込んで来る。
しかし、それを怪物は腕を使わず、頭部だけでそれを破壊して見せた。頭突きである。
頭突きを食らった巨大な岩盤は中心から亀裂が生じ、瞬く間に粉々に砕け散った。
この程度で俺を倒せると思うなよ、小娘が!
そう言いたげな顔をしてニヤリと微笑む怪物。砕けた岩盤の破片が飛び散る中、其処に映ったのは、一直線に突っ込んで来たなのはだった。
岩盤を投げつけたとほぼ同時に自分も飛んできたのだ。
身構える暇などなかった。何故なら砕いた岩盤の後すぐに現れたのだから。
何で来る?
拳か? それとも蹴りか?
身構えた怪物は全く異質な攻撃を受ける事になった。
なのはが大きく背を反り、そして思い切り自分の眉間を怪物の眉間に叩き付けたのだ。同じだった。怪物が岩盤を打ち砕いたのと同じ頭突きで攻撃してきたのだ。
これには予想外とばかりに再度怪物はその場に倒れこむ。
だが、倒れた直後、今度は尻尾が唸りを上げて襲い掛かってきた。
鞭の様に撓る尻尾が直撃する。脇腹に痛みが走った。もしかしたらあばらが何本か持って行かれたか?
だが、そんな事気にしていられない。
叩きつけられた尻尾を脇に抱え、それを軸にしてなのはは回転した。尻尾を中心にして怪物が今度は上空へと持ち上げられる。
信じ難い光景だった。
僅か9歳の女の子が、全長10メートル強の怪物を軽々と振り回しているのだ。
ジャイアントスイングの要領だった。遠心力の力を利用し、巨大な怪物を竜巻の様に振り回していく。
そして、先ほど自分が受けたのと同じ様に怪物を壁に向かい放り投げた。遠心力の勢いもあり、弾丸の如き速さで怪物は壁に激突する。
そしてそのまま壁を突きぬけ、玉座を通り越し螺旋階段の間へと突き抜けていった。
螺旋階段が怪物の激突により大きく破壊されていく。流石の怪物も無事ではなく、いたるところから不気味な色の血を垂れ流している。
だが、まだ参ったと言うような顔をしていない。
そんな怪物に向かいなのはは向った。双方ともにかなりの痛手を被った筈だ。なのに、この両者は一向に引き下がる気配が見られない。
なのはもまた螺旋階段の間へと到達した。その後に展開されていたのは激しい乱打戦だった。
もうこの戦いに策略も戦略もない。ただただ力と力のぶつかりあいだった。
怪物の両拳と、なのはの両拳が激しくぶつかりあう。
怪物の巨大な手がなのはを壁に叩き付ける。かと思えば、なのはの右拳が怪物の鳩尾にたたきつけられ、同じ様に壁に叩きつけて行く。
拳だけじゃない。打撃技と呼べる打撃技が其処では展開されていた。
辺りに鮮血が飛び散る。赤と別の色。二色が入り混じった鮮血が壁に塗りつけられて行く。
赤いのはなのはの血だ。だが、もう一方のは怪物の血であった。
互いが傷つき、ボロボロになりながらもそれでも引き下がろうとはせずに、ただただ食らいついて行く。まるで獣だ。そう、これは人の戦いじゃない。まるで獣同士の戦いだった。
「なのは、何で? 何でそんな戦い方をするの?」
フェイトは疑問に思った。おかしい。なのはの戦い方じゃない。そう察する事が出来た。
最初に見たなのはのデバイスから分かるように、なのはは本来砲撃戦用。即ち遠距離戦闘が得意なタイプなのだ。
だが、今なのはが行っているのはゼロ距離での打撃戦だ。これでは明らかに彼女が不利である。何故有利な遠距離戦闘で戦わないのだろうか?
それに、彼女は余り魔法を使っていない。バインドや他の魔力弾などを一切使っていない。只魔力を拳に宿して叩き付ける。それしか行っていないのだ。
其処にフェイトは疑問を感じた。
「何でなの? 何で魔法を使わないの、なのは?」
「違うよフェイト。使わないんじゃないんだ」
「え?」
背後から声がした。振り返ると、其処に居たのは本来上層階に行った筈のクロノと真選組の面々であった。
「クロノ、それに皆!」
「御免、遅れたみたいだね」
「良いよ、それよりどう言う事なの? 何でなのはは魔法を使おうとしないの?」
それが疑問だった。何故もっと有利な戦いをしないのだろうか。何故怪物の独壇場とも呼べる接近戦で戦っているのか。それが知りたかった。その答えは、意外な程簡単な内容だった。
「使わないんじゃない。使えないんだ」
「使えない!?」
「考えてもごらん。なのはは本来銀さん達と同じ江戸から来た人間だ。魔法とはほぼ無縁の世界。その人間がいきなり魔法の力を手に入れたからって使える筈がないんだ」
「そ、それで……」
納得が行った。それと同時に唖然にもなった。自分達にとっては至極常識とも呼べる魔法の知識。それがなのはには全くないのだ。幾ら魔導師として覚醒したとしても、幾ら高い魔力と素質を持っていたとしても、その使い方が分からなければ意味がない。
優秀な武器だけでは戦場では勝てない。それを有効に利用出来る逸材があってこそ、その武器は輝くのだ。
今、なのはは正にその状態なのだ。優秀な武器を持っていてもその使い方が分からない。そんな状態だった。
「どうすれば良いの? 私には、何か出来る事はない?」
「残念だけど、今の僕達が戦いに参加したところで、邪魔にしかならない」
厳しいようだが、筋の通った言葉が投げ返された。その通りだ。なのははあの怪物とほぼ互角に戦っている。
だが、自分達はどうだ。あの怪物に全く手も足もでずに敗北したのだ。そんな自分達が行った所で何が出来る。何も出来ない。それが現実だった。
「何暗い顔してんだ」
「土方さん……」
「お前に出来る事ならあるだろうが。あいつの勝利を願ってやるって事がよ」
煙草を吹かしながら、土方は告げた。良く見れば、土方も既にボロボロだ。いや、土方だけじゃない。
沖田や、近藤。それにクロノも皆ボロボロの状態だ。最上階もきっと激戦だったのだろう。
それを終えて此処まで駆けつけてくれたのだ。
「悔しいが執務官の言う通りだ。今の俺達が束になったところで、あの化け物にゃ勝てる道理なんざねぇ。多分、アイツを倒せるのはあの栗毛だけだ。その栗毛が今、命掛けで戦ってるんだ。だったら、お前は精一杯あいつの勝利を願ってやれ。アイツが笑顔で帰って来るのを祈ってやれ! それが、今お前に出来る最上の事だ」
「祈る……事」
その言葉をフェイトは何度も頭の中で呟いた。祈る。ただそれだけの事だった。
「おぉおぉ、何か凄い戦いになってんなぁ。凄ぇなぁこりゃ」
「え?」
また別の声がした。その声にフェイトは勿論その場に居た殆どの者も反応した。其処に居たのは先ほど致命傷で倒れていた筈の銀時だった。
だが、不思議とその銀時の体に外傷はない。
一体どうしたのだろうか。確かフェイトの目の前で心臓付近を貫かれた筈だ。その証拠にその付近の服が破れている。が、その奥に見える胸板には傷後が見られない。
「ぎ、銀時?」
「んだよ。そんな素っ頓狂な顔しやがって」
「だって、だって銀時……あああ、あの時確か……」
「っせぇなぁ。俺だって分かんねぇんだよ。何がなんだかさぁ」
どうやら銀時も分からないようだ。しかも、立っていたのは銀時だけじゃない。
回りを見れば新八や神楽。それにアルフやユーノまでもが特に外傷も無く立ち上がっている。しかも、ユーノの右腕がちゃんとあるのだ。
一体どうした事だろうか。
「ねぇクロノ。これって一体?」
「いや、なのはは回復魔法なんて高度な魔法は使えない。恐らく発動した際に散布された余剰魔力のせいだよ」
「余剰魔力?」
「なのはは今の今まで魔力を発散する方法がなかった。聞いた話だとそれを発散する為に放熱状態になる事が度々あったみたいだよ」
これを読んでいる人はお分かりだと思われるが、なのはは過去数度に渡りこの放熱状態に陥った事がある。本書では記載されていないが、初めて放熱状態になったのは3歳の頃だ。
医者がお手上げと言い手の施しようがなかった状態。あれこそが溜まった魔力を放出させる為に行っていた状態だったのだ。
そして、覚醒した際にそれを一定量放出したのだ。
その余剰魔力を浴びたが為にその間近に居たメンバー達は致命傷から回復したと推測される。
「そんな事が、そんな事ってあるの?」
「普通に考えたら有り得ない事だよ。そんな事したらまず僕達の魔力が尽きてしまう。僕の推測だけど、なのはは僕達のとは比べ物にならない程の魔力を有してるんだ」
その推測が当たっているかは分からない。だが、これだけは言える。なのはは桁外れの強さを持った魔導師として覚醒したと言う事に。
***
どれ程の打ち合いが続いたか。拳同士のぶつかり合いを最後に怪物となのはが互いに距離を置いた。
どちらもかなり息が乱れている。あの驚異的な強さを誇った怪物でさえ、かなりの損傷を被っていた。
しかし、それ以上になのはが酷い状態だった。白いバリアジャケットは鮮血で赤く染まり、まともに立っているのすらやっととも言える状態だった。
初めて魔導師として覚醒し、その初陣がこれなのだ。まだ戦いなれていない以上仕方ないと言える。
なのはの膝が折れた。まさか、此処に来て。魔力が尽き始めたのか。
膝が地面に当たる。息をするのもかなり苦しそうだ。それでも、目は死んでない。
まだ立ち上がれる。まだ戦える!
自分自身に叱咤し、膝を持ち上げて立ち上がる。左右の拳を堅く握り締めて怪物を見据える。怪物もまた、まだその闘志の尽きていないなのはを睨む。
この小娘を黙らせるにはその命の炎を刈り取る他ない。その屈強な魂を根元から粉砕するしかない。
そう判断したのだ。
なのはの背後の壁が崩れる。瓦礫の崩壊する音と共に崩れ落ちる壁。その壁の奥から飛び出てきたのは巨大な二本の腕だった。
怪物のより一回り位小さいその二本の腕が小さななのはを捕える。
姿を現したのは大型の鎧だった。銀時達が倒した鎧とほぼ同格のそれと言える。だが、その大きさは桁外れになっている。
しかも、その力はかなりの物らしく、その上魔力も切れる寸前だった今のなのはにそれを振り解く力は残っていない。
必死に巨大な鎧の腕の中でもがくだけだった。
怪物がニヤリと笑みを浮かべる。今を逃してあの白い魔導師を葬る好機はない。そう判断したのだ。
怪物が大きく口を開く。口の奥が光り輝く。その奥から放たれたのは高出力の魔力砲だった。
戦艦の主砲を連想させる、その不気味な白光は大型の鎧諸ともなのはを包み込んでいく。
壁を貫通し、時の庭園を突き抜けていく。
不気味な光が止んだ後、其処にあったのは形をなくし瓦礫となった大型の鎧と、その付近で無造作に倒れるなのはの姿だった。
全身を激しく打ちつけ、微動だにしない。大地に背を預ける形で、なのはがその場に倒れ伏していたのだ。
怪物が雄叫びを挙げる。勝利の雄たけびだ。
勝った。遂に勝った!
そう確信したのだ。
後は残る雑魚を葬るだけだ。踵を返し玉座の方へと戻ろうとする怪物。だが、その時異変を感じ取った。
再度怪物がなのはを見る。光っていたのだ。
大地に倒れ、その命の炎を刈り取ったかと思えたなのはの体が光り輝いていたのだ。
それだけじゃない。光っているなのはを中心として、周囲の光の粒子が集まっているのが見える。
魔力を吸収しているのかと思ったが、違った。その粒子からは一切魔力を感じないのだ。
では何を集めているのか?
その粒子から連想出来る物。それは光。
そう、なのははその体一杯に光を集めていたのだ。
やがて、大量の光をその体一杯に浴びると、まるで何事もなかったかの様になのはは立ち上がった。
まるでゾンビの様に再び両足で大地に立つ。さらに、それだけじゃない。
体を包んでいる光がなのはの傷と言う傷を塞いでいるのだ。
傷だらけだった筈の体が、僅か数秒足らずで元通りへと変貌していく。バリアジャケットも同様だった。
まるで何事もなかったかの様に、初戦の時同様の状態へと戻っているのだ。
光が収まると、今度はなのはが目を開いた。その目にはより一層の闘志が燃え上がっている。ボロボロの怪物とは対照的に、ほぼ全快状態になったなのはが其処には居た。
***
「光を……吸収した!?」
その光景を見ていたフェイトやクロノは文字通り驚かされていた。今のは回復魔法ではない。言ってしまえば自然治癒。その類だった。
だが、それにしては回復速度が尋常じゃない。それに、あの時の光の粒子からは一切の魔力が感知されなかった。
それから察するに、あの時なのはが集めていたのは魔力ではなく、周囲を照らしている光のエネルギーだったのだ。
「とんでもない子だ。あのなのはって子は、光さえあればほぼ無敵にも近い状態なんだ」
「それって、どう言う事?」
「強い光の中でなら、なのははどれだけ魔力を消費してもすぐに充填出来る。幾ら致命傷を受けても、瞬時に再生、復元が出来る。全く、いんちき並だよ。あの子は」
クロノが愚痴る。それもそうだろう。明らかに既存の魔導師のスペックを遥かに超えているのだから。魔力を吸収するのではなく。周囲の光を吸収し、それを体内で魔力に変換する。それは即ち光さえあればほぼ無尽蔵に戦える事を意味している。
更に、その光を用いて受けたダメージや致命傷を瞬時の内に治癒してしまう圧倒的な自然治癒能力。正しくいんちき以外の何者でもないスペックを持った魔導師になのははなってしまったのだ。
だが、そんななのはでも欠点はある。
「でも、このまま戦ってたんじゃ意味がないよ」
「そうだ、幾ら凄い能力を持ってても、それを生かせなかったら意味がない。只の打撃じゃジュエルシードを封印できない」
そう、あの怪物を倒し勝利する為には体内にある二十個のジュエルシードを封印する必要がある。だが、その肝心の封印魔法をなのはは使えないのだ。
それどころか、今の所使ってるのは短時間の飛行魔法位と打撃補助の魔法しか使ってない。ほぼ無知の状態だったのだ。
「面倒臭ぇ話だなぁ」
銀時が頭を掻きながらそう愚痴っていた。そして、地面に突き刺さっていたなのはのデバイスであろうそれを手に持つ。
「銀時?」
「知らないんだったら教えるしかねぇな。あいつに戦い方を。魔法って奴を」
「でも、そんな瞬時に覚えられる物なの?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。あいつは俺の娘だ。あいつを信じろよ」
そう言って笑みを浮かべてみせる。だらしない顔からの笑みだったが、その笑みが何所か頼もしく見える。そう思うフェイトだった。
***
ほぼ完全回復したなのは。これで再び戦うことが出来る。だが、その先に勝利がないと言う事をなのはもまた理解していた。
確かに怪物もダメージは負っている。だが、これを繰り返すだけでは勝利には辿り着けない。完全な勝利を勝ち取る為にはやはり魔法を使うしかないのだ。
だが、今のなのはに魔法の知識は殆ど無いと言える。ほぼ無知の状態なのだ。
どうする? どうやって戦う?
只殴る蹴るだけでは怪物にダメージを与える事は出来ても倒す事は出来ない。もっと決定的な一撃が欲しい。そう思えていた。
「なのは、落し物だぞぉ!」
「え?」
突如聞こえた銀時の声と共に投げつけられたのは何時落としたのか、なのはが最初に持っていたデバイスだった。それを受け取ると、其処には銀時以外の誰もがこちらを見ていた。
「お父さん、それに皆!」
「何悩んでるんだよ。戦い方なんて教わって覚えるんじゃねぇ。今までの経験から自分の戦い方を構築していきゃ良いんだ」
「今までの経験から……」
なのはの脳裏に蘇る戦いの記憶。銀時、新八、神楽、真選組、それに加えてこの世界で知り合った者達の戦い方。それら全てが頭の中を過ぎっては消えて行く。
これが戦いの経験と言うのだろう。
「何となく分かるよ。お父さん!」
「そうか、だったら行って来い! お前の背中は俺達が守ってやる。今までとは逆にな」
「え?」
銀時の言葉になのはは首を傾げる。今までとは逆? 一体どういうことだ?
「お前は何時もそうだったな。俺達が好き勝手暴れられるように後ろから見守っててくれた。今度は俺達が見守っててやる。だから気兼ねなく暴れて来い! 万事屋四人目として恥じないように、悔いの残らないように戦って来い!」
「万事屋……四人目?」
「そうだ、お前は俺達万事屋に欠かせない四人の仲間だ! 俺達の家族だ。そして、俺の娘だ! だから思い切り行って来い! お前の思い描いた戦いってのをやってみせろ!」
言い終えた後に見せる銀時の笑み。その笑みが今までなのはの中にあった暗雲を振り払ってくれる思いがした。戦い方なんて知らなくて良い。魔法なんて戦いの中で覚えれば良い。
そう言ってくれた銀時の言葉が、なのはの胸に大きく作用してくれた。
「万事屋だけじゃないぞ。俺達真選組も居るぞ!」
「僕達も居るよ!」
「私達も居るからね!」
皆の声援が届く。声が響く。魂が震え上がる。心が燃え上がってくる。闘志が沸きあがってくる。力が漲ってくる。
もう迷う必要なんてない。後は戦うだけだ。
デバイスを手に持ち、なのはは歩みを進めた。
怪物との戦いに決着を付ける為に。この事件に終止符を打つ為に。
つづく
後書き
次回【思い出は遠き彼方へ・・・】お楽しみに
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