とある碧空の暴風族(ストームライダー)
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幕間
Trick@02_賭けろよ、あんたの誇りを
「さてと、必要なのはこれだけかな」
信乃は夜の街を歩いていた。理由は冷蔵庫の牛乳がなくなったからである。
ついでに他の必要なものも買い、今はコンビニからの帰路についていた。
その日は夏休みになったばかりだが、夜の街を歩く学生は少なかった。
「ま、夏休みと言えど学園都市では風紀は厳しいからな。夜遊びはあまりしないか。
あれ?」
意味もない独り言をつぶやいていた信乃は、あるものを感じた。
魔力
魔力を使うのは魔術師だけ。しかし、魔術師は科学を、学園都市を嫌っている。
だが、魔力を感じるのは学園都市のど真ん中。
不審に思った信乃はその方向へと足を向けた。
「うるっせえんだよ、ド素人が!!」
魔力が発生している場所、正確には魔術を使って人払いをしている中心。
そこに到着した信乃が聞いたのは、女性がむき出しの感情を叫んだ言葉だった。
どこにでもあるような交差点の車道。人払いされているせいで車は全く通らない。
そのど真ん中に2人の人物が立ち尽くしている。
1人は学生服を着た少年。頭はウニのようにツンツンにとがった髪型をしている。
歳は高校生ぐらい。その体には打撲痕と切り傷が無数にあった。
1人は奇妙な服を来た女性。半袖の白いTシャツを脇腹の方で縛りヘソを丸出しにしている。
ジーンズの左脚の方を太股の根元からバッサリと切られている。
手には2メートルはある刀を持っているが、抜かずに鞘に入ったままである。
こちらの女性は完全に無傷、疲労さえ感じない。
先程の叫び声は彼女だ。
2人が立っている車道は、何かに切り裂かれたような跡があり、一部のアスファルトが
剥がされて破片が辺りに散らばっている。
少年が女性に一方的に攻撃されて怪我を負っているという状況を確認した信乃だが、
一番に驚いているのは、こんな所で知り合いに会うとは思わなかった事だ。
「知ったような口を利くな!! 私達が今までどんな気持ちであの子の記憶を
奪っていったかと思ってるんですか!? わかるんですか、あなたなんかに一体何が!
あなたはステイルが殺人狂だと言ってましたけどね、アレが一体どんな気持ちで
あの子とあなたを見ていたと思ってるんですか!? 一体どれほど苦しんで!
どれほどの決意の下に敵を名乗っているのか! 大切な仲間のために
泥をかぶり続けるステイルの気持ちが、あなたなんかに解るんですか!!」
女性は先程と同じように少年に向かって感情をぶつけた。
ただ違ったのは、言い終わると同時に少年に向かって蹴りかかった。
少年との間の数メートルの距離を一歩で跳躍し、左足が少年の顔を捉える
その直前に信乃は少年の前に立ち、蹴りを止めた。
「「!?」」
信乃が近づいていた事に全く気付いていなかった2人は同時に驚く。
しかし女性は驚きで固まることはなく、激情のままに4発の蹴りを続けて蹴りつけた。
その全てを腕を使いガードした信乃だが、蹴りは一撃一撃が女性から出しているとは
信じられないほど重く、鍛えている信乃ですら気を抜いたらガードごと飛ばされるほどだ。
蹴り終わった後、女性は少し冷静になったのか、または攻撃が通用しないことに
警戒したのか、蹴りかかったときと同じように一歩で数メートルを飛び、後ろに下がって
距離をとった。
「だれですか!? 邪魔をしないでください!!」
信乃は腕をおろし、女性を真正面から見る。
頭をガードしていた腕をどかしたことで彼女に自分の顔を見せた。
そして女性は一瞬歯ぎしりをした。
「すみませんね。このあたりに変な感じがしたので寄ってみれば、
なんとまぁ、顔見知りの人が戦ってるじゃありませんか。
私個人としては喧嘩を止めるつもりはないですけど、
一応は風紀委員ですから乱入させてもらいました」
「おまえ、何でこんな所に!? つか、この状況で呑気な言い方だな・・・」
信乃の後ろにいるツンツン頭の少年、"上条 当麻"(かみじょう とうま)は
知り合いに会った驚きと共に、殺伐とした雰囲気の中で笑顔を浮かべてしゃべる少年に
呆れていた。
「それにしても久しぶりですね」
信乃は神裂から目を離さず、後ろの上条を見ずにしゃべる。
「あ、あぁ。デパートの爆破事件以来だから、1カ月ぐらい会ってなかったか?」
「本当に久しぶりですよ。あれこれ1年ぶりじゃないですか。
ねぇ、"神裂 火織"(かんざき かおり)さん?」
上条を見ずにしゃべったのは当然。話し相手は彼ではなく彼女だった。
「・・・・・ええ、学園都市に来ているとは聞いてましたが、こんな場面で
会うとは全く思っていませんでした」
「お、お前ら知り合いだったのか!?」
「彼女は私の恩人です。私が今ここに生きているのも彼女のおかげですよ」
友好的な表情を浮かべる信乃と違い、神裂は少年2人を睨んでいる。
「私の邪魔をするんですか?」
「邪魔をするつもりはありませんよ。ですが、まずは事情を説明してもらえませんか?
もしかしたら手伝えるかもしれませんし、何より争いはよくありませんよ」
「あなたには関係ない事です。引っこんでいてください!」
相も変わらず、信乃と、その後ろの上条を睨みつける。
「・・・・神裂さん、私はあなた達の所でお世話になったのはたった半年ほどです。
しかし、あんたの性格を、争いが嫌いということをよく知っています。
それなのに話せないということは、それほどまでの事情があると勝手に想像します。
今のあなたの状態だと、どう説得しても話してくれないでしょうね」
信乃の言葉に神裂は沈黙で返した。この場合の沈黙は肯定と同じ。
はぁ、と神裂の強情さにため息をし、信乃は覚悟を決めて再び神裂に言った。
「それなら、力ずくでも話してもらいますかね。
先程も言いましたが、この学園の風紀を乱すことを放ってはおけませんから」
そう言うと信乃は背中に隠し持っていた40cm四方の銀色のケースを取り出し、
その中にあるA・T(エア・トレック)を自分の足に装着し始めた。
A・Tは一見すればただのローラーブレード。遊び道具を着けている信乃に
上条は驚いた。
「西折、お前ローラーブレードなんか着けて遊んでる場合じゃないだろ!」
「遊ぶつもりはないですよ。これが私の一番の道具であり相棒です。
遊び道具というのも完全否定はできませんが」
装着し終わると数歩前に出る。これから怒る戦いに上条を巻き込まないために。
「神裂さん、あなたが勝てば何も関わらずにここから去りましょう。
上条さんをミンチにしようと魚のえさにしようと何も言いません」
「おいおい、それじゃ上条さんはどうなるっていうんでせうか?」
「しかし、私が勝った場合ですが「無視かよ!」 外野は黙っててください。
私が勝った場合は事情の全てを、一般人にまで手を出すほどの事情を
説明してもらいます」
「私がその勝負を受けるとでも?」
「受けてもらいますよ。なにせ、性格も体も聖人のあなたが言えない程の事情が
関わっている。それほどの重大な事を背負っている。
神裂さんの信念が、誇りがそこにある。
それならこの勝負に賭けろよ、あんたの誇りを 」
すでに笑みは消えた信乃は神裂を指さした。
「まさか、誇りを賭けた勝負を断るなんてことしませんよね?」
「・・・良いでしょう。信乃、あなたを叩き伏せて退場してもらいます。
ですがその体で戦うつもりですか? 見たところ足を怪我していたようですが」
「庇っているつもりはなかったんですがね。やはりあなたほどの人なら気付きますか」
信乃が歩いた数歩の間に、数週間前の足の重度の筋肉断裂を言い当てた。
神裂はそれほどまでの実力者だということを、信乃は改めて痛感させられた。
「それに今着けているもの、1年前の模擬戦で使った電動機が入った靴でしたよね。
忘れたんですか? 戦いの結果は私が圧勝だった事を。
そんな状態で私に挑むというのですか?」
「私の状態ですか、確かに通常ではありませんね。
『SkyLink』がない、ただの高性能モーターと高性能サスペンションがついただけの
ローラーブレードであなたに惨敗しました。今着けているA・Tは模擬戦の時に
比べてマシになりましたが、あなたと戦うのに役不足でしょう。
玉璽を組み込んでいないので威力が足りません。
ただ耐久力だけを上げて多少無茶をしても壊れない事だけが取り柄のA・Tです。
玉璽が無いのであれば牙も轟も走れそうにありませんし。
さらに神裂さんの言うとおり、数週間前の戦いで足を怪我しました。
怪我自体は完治しましたが、少し違和感のようなものもありますし、
治療中は静養していたので運動不足になっています。
足が怪我している上に、聖人相手に全力を出せる道具が無い。
つまり、ベストコンディションってことですよ」
信乃は不敵に笑った。
言葉の中には神裂が知らない『SkyLink』や玉璽という言葉が出たが、
それでも信乃の出す威圧感に、言葉に意味が無いと悟る。
今目の前にいるのは、裏の世界で戦い勝ち続けた歴戦の戦士であることを悟る。
「・・・・目を碧くしないのですか?
原理はよくわかりませんが、本気になった証拠とも言える状態のはずですよ」
「別に必要ないでしょう?」
「・・・私を甘く見ないでください!!」
信乃の挑発に簡単にのった。
神裂は刀を抜かずに腕を高速で動かし、それと同時に7つの斬撃が走る。
七閃
後ろにいる上条が怪我をした攻撃、一度として避けることも防御することもできなかった。
刀に繋がった7本の極細ワイヤーを使った攻撃が信乃に迫る。
だが、信乃はその攻撃をA・Tさえも必要としない最小限の動きで回避した。
「!?」
避けられる事は予想していたが、ここまで簡単に避けられたことに神裂は驚いた。
そしてもう一度、いや、数度と同じように七閃を繰り返すが全て結果は同じ。
信乃は斬撃で飛んできた地面の破片さえも当たっていない。
「神裂さん、忘れましたか? そのワイヤーの攻撃を完成に近付けたのは私です。
攻撃が通用すると思っていますか?」
言うと同時に信乃はA・Tの加速力で一気に距離を縮める。
「そういえばそうでしたね。ですが、これならどうです!?」
信乃は残像さえ見える速度で動いたが、神裂はワイヤーを自分の体の周り展開した。
近付けばワイヤーに切断されるので信乃は突撃を止めて、一度距離を置く。
「なるほど。攻撃なら簡単に読めますけど、防御に使われてしまえば物理的に
近づくことができない。飛び道具があれば別ですけど、残念ながら
今は武器を持ち合わせていないんですよね」
「あなたのその靴、移動手段としては面白いですが攻撃には使えない。
さて、どうしますか? 私はあなたが疲れるまで攻撃を続けますが」
刀を抜いて攻撃するつもりはなく、七閃だけで勝負するつもりだ。
そして再び斬撃が走る。
「それならもっと速く移動します」
今度は残像を残さず、足元に小さな火柱が上がると同時に陽炎のように消えた。
炎の道(フレイム・ロード)
Trick - AFTER BURNER -
「な!?」
神裂は完全の信乃の姿を見失った。
地面との摩擦で炎が出るほどの高速移動をする。人の目に映らない程の高速で。
だが彼女の戦士としての本能が、とっさに左側からの攻撃を防御した。
A・Tで加速してのハイキック。それを間一髪で止める。
信乃は続けざまに攻撃を繰り出す。
「“時”よ 止まれ」
炎の道(フレイム・ロード)
Trick - Quick-Acting Aeon Clock -
「 体が!?」
途端に神裂の体が動かなくなった。
“時”
それはA・Tで加速した蹴りや平手で動作の起点となる“動き出し”を止め
さらに連続して顎の先端や後頭部、首筋の根元の神経節を打つことで
運動中枢の自由を奪うことができる。
頭を打った時に目がかすみ炎のような陽炎が見え、
意識ははっきりしていても体は動かずに灼けつくような熱さを感じる。
運動中枢の自由を奪うと同時に、相手に炎を感じさせるのが“時”。
一撃一撃に重さを乗せることができない代わりに、目で追うことが不可能な
高速で連続の攻撃をくらわせ、相手の動く時間を止める。
神裂の目には信乃がかすんで見え、体中が炎の中にいるような熱さを感じていた。
体を動かせない隙に一撃を入れようとした信乃だが、神裂はそれをさせない。
神裂は聖人と呼ばれる特殊な人種。魔術だけでなく身体的にも常識を超越している。
拘束が出来たのは一瞬。止められた“時”を力ずくで破り、鞘を振る。
「“時”を力ずくって、あなたはみかんさん、もといゴリラですか!?
くそ! ならこれはどうです!?」
驚いたものの、すぐに平常を取り戻して横薙ぎの攻撃を上に跳んで避ける。
さらに着地すると同時に高速のストップ&ダッシュを繰り返し始めた。
走りながらあえて速度を落とし、かく乱するための残像分身を出す。
残像の数は50を超えた。
前後左右、そして上。神裂の視界を無数の信乃が埋めた。
かく乱を狙った動き。神裂はいち早くそれに気付き、反撃に出ずに神経を研ぎ澄ます。
「気配をたどれば難しくありません」
再び後ろからのハイキック。最初の急加速での奇襲とは違い、今度は完璧にガードをした。
ガードした鞘で、そのまま信乃の腹を叩きつけるように振り下ろす。
信乃は体を無理矢理ひねって避け、刀には当たらなかった。
「危なかっ !?」
だが、本命の攻撃に気付くのに一瞬遅れた。刀を振るのは
七閃
最速の動き、炎の道で避けたが、それでも遅かった。信乃の左足からは鮮血が溢れる。
傷は大きいが幸いにも出血は少なく、戦闘は続行できる程度。
一瞬で体の状態を確認し、すぐに反撃に入る。
「この程度で終わりだと思わないでください!」
パァン!!
翼の道(ウイング・ロード)
Trick - Flapping Wings of Little Bird -
自分の前の空気の面を、両手で叩いて風の爆発を起こす。
「その技なら以前に見てます!」
斜め後ろに跳び、見えない風の攻撃を避ける。
『手を叩く』という意外な予備動作からの攻撃。普通なら予想外のあまりに避けることもできない。
だが神裂には以前に、1年前の模擬戦で見せた事があった。
当然、難なく避けらる。避けるのも信乃の計算の内だった。
「残念ながら距離を取るのが目的です」
神裂が後ろに引いたことで空いた距離。
その距離の空気の面を、手で螺旋を描くように全て自分の前に集める。
全ての風を一点に集め、そして
「風の面を相手にたたきつけるように・・・
足で蹴り抜く!! 」
翼の道(ウイング・ロード)
Trick - Pile Tornado!! -
「竜巻!? そんなバカな!?」
蹴り抜かれた空気は竜巻となり襲いかかる。
一直線に突き進んでくる竜巻に神裂は驚いた。風を出すことができるのは知っていた。
しかし、この技は格が違う。
直撃を受け、体に裂傷ができる。
周りの地面はえぐれ、後ろに飛ばされそうになった神裂はどうにか踏みとどまった。
風により切り傷が体中にできたが、それでも全てが信乃の左足よりも軽傷。
今の信乃が出せる最高の技でも聖人の神裂にはそれが限界だった。
「やっぱ強化なし(ノーマル)のA・Tだとこの程度か。ならもう一発!」
再び両手で螺旋を描き出したが、
「そうは・・・させません!!」
神裂が距離を詰め、刀を横薙ぎに振って攻撃を止めさせる。
信乃は下にしゃがみ込み、立ち上がる力とA・Tの加速を加えた蹴りを
顎に向けて出したが、上半身を後ろに反らして避ける。
反らして上半身を元に戻す力を利用して再び七閃が信乃に向かう。
「ち! “時”よ!!」
知り尽くしているワイヤー攻撃とはいえ、至近距離からの攻撃はさすがに無傷は
不可能だった。
手を連打してワイヤーの“時”を止める。自分の手が切れないギリギリの力加減で
威力を相殺していく。
防御が間に合わないワイヤーには、連続で細かいサイドステップを踏んで回避した。
それでも信乃は傷を負った。かすり傷とはいえ、左手の甲、右のふくらはぎ、
そして右の肩から少しだけ派手に血が飛んだ。
さすがに危険を感じて、体勢を整えるために後ろに下がる。
もちろんそれを許す神裂ではない。信乃と同じ速度で突き進み距離を詰める。
「距離が取れないなら、接近戦に!」
信乃と神崎の接近戦の実力は、技術だけで言えばほぼ互角。一年前の模擬戦でも
魔術なしの縛りをした神裂とはいい勝負をした。
今は神裂にはその縛りはない。その代わり信乃にはA・Tがある。
現にA・Tの“時”は、一瞬とはいえ聖人の神裂に勝った。
それを駆使して挑めば勝負は分からないと信乃は考えた。
しかしその考えも裏切られる。
「近づかせません!」
七閃のワイヤーを全て自分の周りに展開し、物理的に接近できないようにする。
神裂が常に保つのは中距離。
七閃のワイヤーが十全に使え、遠距離の翼の道も、近距離の“時”と格闘技も使えない
微妙な距離を神裂は保ち続ける。
最速の炎の道を使えば離れることができるが、あの技は前方向への移動。
その進む正面には神裂がいる。まさか戦いの最中に背中を見せるわけにはいかない。
背中を見せればただの的になってしまう。
信乃は引くも近づくも許されずに、避け続ける形で戦いは均衡した。
7本のワイヤーの3本を信乃への攻撃と動きを封じる牽制に、
残りの4本を近づかせないように防御に使いペースを握り続ける神裂。
信乃はワイヤーを避けるのと、時折できる少ない空間で、手を叩いて風の衝撃で
攻撃する。ワイヤーを擦り抜ける、この技だけが唯一の攻撃だった。
その攻撃も神裂に知られているので簡単に回避される。
この技の弱点は前方にしか出せず、予備動作のために足の踏ん張りが必要だ。
踏ん張りの体勢を信乃が取れば、神裂ほどの実力者であれば攻撃のタイミングを
読むのは難しい事ではない。
完全な不利な状態だが、信乃の頭の中は冷え切っていた。
(どうする? 足が万全なら“牙”が出せたけど、無茶な動きをしすぎて
筋肉断裂がぶり返してる。確実に撃てない。
それ以前に移動がまともにできなんじゃ、牙も風も炎も無理か。
轟なら足を高速で振るだけだから、移動は必要なけれど玉璽なしじゃ
さすがに無理。
あとの道で出来そうなのは・・・・さすがに玉璽なしでアレは
時間掛かる。やるなら炎でかく乱させて、攻撃を受けないようにしないと。
ん、かく乱? あ、動かなくても出来るかく乱があるな。
“師匠”みたいに舌先三寸口八丁、いや、足八丁で行きますか)
戦闘で冷静にしかなれない信乃は、自分の欠陥製品っぷりに感謝しつつ
作戦を決めて実行する。
「流れを変えますか・・・新しいトリックを使わせてもらいます!!」
信乃は再び自分の前で手を叩き合わせるように振りかぶる。
神裂は当然、突風が来るのを予想して回避動作に移る。
その瞬間に信乃は距離を詰めてきた。空間が空いていなければ、あの技を
出すことができない。それなのになぜ?
疑問を持った神裂だが、
自然に“考える”(あたま)よりも“防御するワイヤー”(からだ)を動かした。
再び七閃を使った結界防御。
「“時”よ!」
「!? 無理に接近戦に持ち込むつもりですか!」
一度は“時”でワイヤーを防御された。ならばワイヤーを排除することも可能だ。
神裂はワイヤーの張りをさらに強くする。
“時”の正体が連打である事を神裂は予想していた。“時”が解けた後にある
体の痛みが、戦闘で経験してきた打撲傷を受けた感覚に近かったからだ。
確証がないが、信乃は“時”を使ったときには腕を主体に攻撃している。
それなら間違ってはいないと確信を持ってる。
腕の攻撃なら、ワイヤーに触れる必要がある。
だが、限界まで張りつめたワイヤーに少しでも触れれば、傷つくのは信乃の生身の手の方だ。
よりワイヤーを強く張るために、しっかりと地面に足を踏ん張る。
それこそが信乃の狙いだと気付かずに。
ワイヤーに触れる寸前、正確には最後の一歩を踏みこむ直前にA・Tの向きを横にして
地に足を着けた。
当然、A・Tは横に向かう。
全身が戦闘体勢だが、足首だけが方向を変えることで急転換した。
「フェイント!?」
すさまじい速度で急に横に行ったことに、神裂の体は反応できなかった。
なにせ足は完全に地面に踏ん張っている。体重が両足に分散した状態では素早く動くことは
絶対に無理だ。
距離をとることに成功した信乃は、悪い笑みを浮かべる。
「言ったでしょ? 騙し(トリック)を使うって。戯言だけどね」
言い終わると同時に火柱を上げると共に消えた。
炎の道(フレイム・ロード)
Trick - AFTER BURNER -
今度は神裂に向かっての火柱ではなく、周りに規則なく発生した。
道路はもちろん、その上にある歩道橋。街灯の柱。少し離れたビルの壁までもが
信乃の移動範囲だった。
火柱が消えるたびに新しく別の場所に無数に発生する、それが繰り返された。
周りの時が止まったと感じるほどの速度で動く信乃。動きながらも思考は
止めずに新たな作戦を練っていた。
しかし攻める方法は決まっていた。神裂の騙されやすさを利用すること。
本当は戯言をあと5個用意していた。その中には騙すタイミングで
逆に実行する、虚実を織り交ぜてかく乱して今のように距離をとる戯言も用意していた。
合計7個の戯言は神裂の実力を計算した結果の数だ。全てを使っても成功率は60%。
神裂には通用しないかもしれない、とも思っていた。
しかし、それが2個目で離れることができた。信乃の実力の“おかげ”ではない。
神裂の実力の“せい”だ。
今の神裂は違う。信乃の知っている、世界最強クラスの戦士ではない。
どこか焦っている。ならば狙うならそこ。そしてアレを繰り出す。
ワイヤーを避けながら考えていた中で、時間がかかるから却下した
あの技を。
神裂は目を閉じて動かずに待っていた。
再び火柱と共に消えた敵の気配を、神裂は皮膚の神経を研ぎ澄まして捜す。
攻撃に来れば殺気を放ち、それを手掛かりに反撃をする。
最善の対策を取った。
それは自分に攻撃が出されたときに有効な手だったが、
信乃の行動は攻撃でないために、反応が遅れてしまった。
炎の道(フレイム・ロード)
Trick - GRAND SLIDE SPIN BURNING WALL 1800°!! -
神裂の後ろに強烈な炎の壁が上がる。
A・Tのホイール摩擦で炎を生み出す炎の道。
回転しながら滑ることで、地面の沸点を超える摩擦で炎の壁を作る
最高技。
わざと神裂に直撃しない近くの地面に対して繰り出した技なため、
神裂へ殺気は送られない。神裂の反応は遅れ、気付いた時には技が終了した後だった。
「っ!? ですがこの程度の炎ではやけど一つしません!!」
攻撃ではないと同時に、これが煙幕または囮であることに警戒する。
炎の壁に体を向けて立っているが、信乃の性格を考えて
逆に何もない背後から来ることを想定、神経を後ろにも散らして攻撃を待っていた。
次の信乃の攻撃、それに対する自分の防御、回避、反撃のあらゆるパターンを
考えて対処できるようにシュミレートする。
(さあ! いつでも来てください!)
刀を握り直して、信乃の攻撃を今かと待ち構えた。
その考えは裏切られた。
神裂にとっては長い時間に感じた。
だが、実際には炎の壁が消える20秒にも満たない短い時間。
その間にも全く攻撃は来ない。
そしてついには炎の壁が霧散し、その向こう側に信乃が立っていた。
「・・・・・意外でしたね。炎の壁を使って攻撃すると予想していましたが、
まさか何もせずに炎の向こう側に立っていただけとは思いませんでした」
距離にして10メートルほど。
どちらかといえば中距離ともいえる空間は信乃にとっては不利だ。
だが、そこから一歩も動かず、動く気配すらなく神裂を見ている。
「そうですね。作戦を変更します。このまま攻撃しても私の攻撃は届かない。
だから私は、あなたの攻撃を効かない状態になります」
「攻撃が効かない、ですか。何を言ってい!? ようやく本気になりましたね!!」
神裂が言い終わる前に、信乃は集中力を今以上に上げて目を碧色に変える。
だがすぐに攻撃をすることはなかった。戦いの最中だというのに呑気に話を始めた。
「あなたに助けられて以降の3年ほど、私は世界を旅してきました。
そこで本当にいろんな体験をしてきましたよ。
手紙で色々と報告してきましたけど、実はまだ秘密にしていた事があります。
いえ、正確には秘密ではなく言えなかった事ですね。
自分の先祖について、驚くべきことを知ってしまいましたからね・・・・」
信乃は暗い顔をして神裂を見た。
「・・・・それは今、言うことなんですか?」
「まぁ、聞いてくださいよ。本当にびっくりしたんですから。
実はですね、私の先祖なんですけど、何と妖怪“ぬらりひょん”だったんですよ」
「「は?」」
驚いたのは神裂だけでなく後ろの上条もだった。
「いえね、神様がいるなら、悪魔もいるんじゃないかって思ってたんですけど。
まさか自分に流れている血に人外のものが混ざっている事にはショックを受けました。
この碧い眼も、それが理由みたいです」
「ですから、それは今言うことなんですか!? ふざけている場合ではないですよ!!」
七閃
神裂は斬撃を飛ばした。
そしてその斬撃の全てが信乃の姿のど真ん中に当たり、手足が胴体から離れた。
「にしおりーーーー!!」
「な、何故避けないんです!?」
上条は叫び、神裂は驚いた。真正面からの攻撃だから避けると思っていた。
しかし致命傷に、即死になるほど真正面から攻撃が当たった。
だが貫かれた信乃の姿は、斬撃の余波が無くなると同時にゆっくりと煙のように
元に戻っていく。10秒ほどすれば元通りの五体満足の姿になっていた。
「き、効いていない!?」
「西折、おまえ・・・・・」
攻撃が当ったことに焦った神裂は、信乃が無事である安堵よりも、
それ以上に不明な技を使った事にさらに焦りを加速させた。
「ぬらりひょんの血をひく者の技、≪鏡花水月≫です。
これが発動している間は鏡に映った花に触れることができないように、
水面に映った月に触れようとしたときに波紋が立って消えるように、
どんな攻撃さえも私には通用しない」
「ぬらりひょん・・・・そんなのいるわけが」
「目の前の事を否定するのは構いませんけど、戦いは続いていますよ」
信乃はそう言って一歩一歩、神裂に向かって歩き出した。
A・Tを使わずに、普通に歩く速度で。
「ありえない、絶対にありえません!!」
もう何度目になるか分からない信乃への攻撃。
予想通りというべきか残念な結果というべきか、
一つ前の攻撃と同じく信乃の姿を貫き、そして煙のように元に戻る。
「な、なんで・・」
神裂はもう、がむしゃらに攻撃した。
七閃
七閃
七閃
七閃
七閃
七閃 七閃 七閃
七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃
七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃
七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃
七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃
七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃
七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃
何度も何度も振り続ける。ワイヤーを出し続ける。すべての結果が同じく等しく
信乃には効かない。
ゆっくりと近づき続ける。焦りはもう、限界に来ていた。
信乃はついには2メートル手前まで来た。殴ってでも届く距離まで。
ついに、神裂の焦りは限界を超えた。完全に冷静さを失った。
「Salvare000!!!!」
誇りをかけた勝負とはいえ、相手を殺すときに名乗る『魔法名』を言った。
そして今まで鞘から取り出さなかった刀を引き抜く
「チェックメイト」
引き抜く寸前、静かな声が神裂の後ろから聞こえた。
首筋には何か金属を当てられた冷たさを感じる。
そして刀を引き抜こうとしていた腕が強制的に止まった。
驚いて止めたわけではない。まるで体が石になったように動かなくなった。
「大地の道(ガイア・ロード)
Trick - Storn Wand -
石の振動で動きを止めさせてもらいましたよ」
神裂の首筋に当てられているのは、A・Tの整備に使うために常備していたスパナ。
その金属棒を通して“石”の振動を神裂の体に伝える。
伝える振動周期は体と同じ。それにより、神裂の体は共振して微動だにできない。
共振作用による物質の固定能力で固まったように感じたのだ。
「私の勝ちでいいですよね。返事は返せないと思いますけど」
神裂の首筋に当てたスパナを離して、開放する。
糸が切れた人形のように神裂は膝を着いた。
「おい西折! 大丈夫なのか!?」
離れたところで勝負を見続けていた上条が走ってこちらに来た。
「問題ありません」
激しい戦闘の後だというのに、何事もなかったかのように信乃は言った。
だが体には無数の傷がある。表情が笑っていなければ満身創痍にしか見えない。
未だに座り込んでいる神裂から小さな声が漏れた。
「なぜです・・・なぜなんですか?
確かにあなたは強い。覚悟もある。
ですがそれは私も同じ。いえ、強さでいえば私の方が確実に上のはずです。
それなのに、なぜ・・・」
「簡単な事、あなたは冷静ではない。本来の実力を出し切れていない。
ただそれだけです。私の挑発にも簡単に乗り、戯言にも簡単に騙される。
その精神状態なら私でも勝てますよ」
戦闘前の挑発、戦闘中の駆け引き、最後の技への対応。その全てが万全の状態の
神裂の姿の欠片さえもない。
「勝負は私の勝ちです。事情を教えてもらいますよね?」
一瞬、唇をかんだ神裂だが、ゆっくりと、静かに話し始めた。
禁書目録と呼ばれる少女。
彼女は頭の中には10万3000冊の魔道書が記憶されている完全記憶能力者。
学園都市に迷い込んだ彼女は、偶然にも上条当麻に助けられた。
そして彼女を保護しに来た神裂ともう一人の魔術師。
インデックスから見れば自分の記憶を悪用する敵に見え、そして上条は彼女を
救うために神裂たちと対峙した。
上条と神裂がここにいたのも、彼女が上条を説得(という名の暴力)をしていたから。
神裂が必死になってまでインデックスを連れ戻そうとする理由
神裂が信乃に事情を話せなかった理由
それは
今からインデックスの記憶を消さなければならないからだった。
インデックスの脳の85%が10万3000冊の魔道書によって埋められている。
そして完全記憶能力者は忘れることが“できない”
常人よりも覚えてしまう量が多いのにすでに85%が使われている。
残りの15%だけで生き続ければ、いつかは容量がパンクして彼女は死ぬ。
15%だけ覚えられるのは1年だけ。その期日が2日後に迫っていた。
本来なら同僚であり親友であるインデックスと神裂だが、インデックスが逃げているのは
1年前からの記憶が無くなっているからだ。インデックスにとって神裂は
自分の魔道書を狙う魔術師にしか見えない。
記憶消去は今回が初めてではない。以前から神裂は記憶を消してきた。
だからインデックスは神裂の事を知らなかったのだ。
大切な友人を助けるためには自分との思い出を自分の手で消さなければならない。
ひどく醜い行為を、信乃に知られたくなかった。
ひどく醜い行為だと解っていても、インデックスのために消すしかない。
そんな自分が神裂は嫌だった。
心の毒を吐き終わり、神裂は黙り込んだ。
上条も、信乃が来る直前に説明を聞いていたが、何度聞いても気持ちが
良くなるものではない。神裂と同じように黙り込んでしまった。
そして、同じく黙っている信乃。この事態に驚愕してはいたが、
驚愕していたのは記憶を消さなければならないことではなく、
記憶を消す処置を“させていた”ことだった。
信乃はすぐに気がついた。記憶を消すのはイギリス清教の罠であり、
禁書目録という“道具”を管理するための嘘であることを。
答えをゆっくりと神裂に話し始めた。
「・・・・・神裂さん。これは世界で一番科学が進んでいる、
脳の研究がされている学園都市で出されている結果なんですけど、
『人間の脳は140年分の記憶に耐えられる』らしいですよ」
「まじかよ!? だったらインデックスはもっと覚えても大丈夫なんじゃ!?」
「・・・・それは普通の人の話で、彼女には・・・」
喜びの声を上げた上条とは逆に、神裂にはこの程度の事は希望にもならない。
記憶量が異常に多ければ、最大容量などすぐに埋まると思ったからだ。
「記憶というのは様々な種類があります。『意味記憶』『手続き記憶』『エピソード記憶』
その全ては簡単にいえば記憶する入れ物が違うんですよ。
事故で記憶喪失で全てを忘れた人が、言葉までもしゃべれなくなるわけじゃありません」
確かにそうだ。完全記憶能力者は少ないが、記憶喪失患者はそれよりも確実に多い。
この研究結果は否定できない。
「だから問題ないです。ハッキリ言えば神裂さんは騙されたみたいですね」
イギリス清教に、とは言わなかった。
答えを言ったも同然だが、言葉にして神裂の絶望を強くする必要はないと
思って言えなかった。
神裂に少し希望の表情が浮かんだ。
だが、すぐにそれを自分の答えで打ち消す。こんな簡単な答え、
学園都市が出した答えでは、信用できない。
一瞬の希望のせいで、より絶望を感じた神裂は声を荒げて反論した。
「しかし、それは常人の話! 完全記憶能力を持った人間には
当てはまらないかもしれないじゃないですか!!
彼女は目に映った全てを忘れることができない! 街路樹の葉っぱの数から
ラッシュアワーで溢れる一人一人の顔!
空から降ってくる雨粒の一滴一滴まで覚えているんですよ!!」
「そうですね。脳科学はあくまで常人を対象に研究されています。
いくら理論上は大丈夫とはいえ、完全記憶能力者に絶対に当てはまるとは
断言できないところもあります」
「なら!!」
「ですが、私の知り合いの完全記憶能力者は30年以上も生きているんですよ。
1年で脳の容量の15%を使うのであれば、6歳で死ぬ計算になります。
つまり、インデックスさんの脳が1年しか持たないというのは矛盾が生じるわけです」
「!?」
「反論される前に付け加えますけど、人間の指紋を詳細に覚えられるほど
記憶能力も記憶密度も高い人です。視認で指紋認証できる異常者です。
インデックスさんよりも覚える量が少ないから、脳への負担が少なくて
長生きしているというわけではありませんよ」
インデックスと同じ境遇にいて、まだ生きている人がいる。
これはまぎれもない希望だ。
「本当に・・・あの子は記憶が原因ではないんですね?」
「ええ、他の原因、魔術的な細工が彼女の体にしてあると思います」
「・・・・・・」
神裂は喜びで涙を流し、顔を伏せながら「よかった」と小さく何度もつぶやいていた。
しばらくして、神裂は落ち着きを取り戻して信乃に礼を言った。
「ありがとうございます。あなたには何度お礼を言っても足りないですね」
「神裂さんへの恩もありますし、一人の人間として当然のことをしただけです」
「人間として、ですか。そういえば本当に驚きました。
まさかあなたがただの人間ではなかったなんて」
「魔術師がいるなら、もう何が来ても驚かないと思ったけど
妖怪まで出るとは、すっげーなおまえ」
2人が言っているのは戦いの時に戯言のことだった。
「あ~、ごめんなさい。ぬらりひょんとかは嘘です」
「「は?」」
「あの技はこうやって出しました」
信乃のA・Tが回転して地面と摩擦をおこし、一瞬だけ炎を散らす。
そして信乃が右に一歩、進む。すると“左”の方から信乃が現れた。
右に移動した信乃の姿も見えなくなっている。
「な、なんですか!?」
「ぶ、分身の術!? 瞬間移動!? お前は忍者なのか!?」
「違います。ホイールの摩擦熱で空気を熱してレンズを作ったんですよ。
ほら、たき火の上の景色がゆらゆらと揺れるアレ。
うまく使ったらこんな風なことできるんですよ」
「あ、温度差の屈折ってやつか」
万年落第生の上条が珍しく正しい答えを言う。
「ぬらりひょんの嘘に使った時のレンズは、攻撃されても元に戻るように精密に作りました。
そのためには高温が必要だったので、突撃する前に周りを火柱を立てて温めたんです。
仕上げに炎の壁。全ての熱を一つにまとめると同時に、レンズに入る瞬間のズレを
目くらましにも使いました。今みたいに、右に行ったのに左に出てきたのでは
神裂さんなら気付かれますから」
「そうですね。さすがに今のようなズレを見れば、答えは出せなくても騙されることは
なかったと思います」
「な、なるほど?」
納得した神裂とは逆に中途半端な回答の上条。やっぱり落第生の上条だった。
「上条さん、疑問形ですけど大丈夫ですか? 続けますよ?
で、私は神裂さんに勝ちたいけど、できるだけ怪我をさせたくない。
強い攻撃を一度当てただけで倒せないのは戦っている間にわかりました。
ですから動きを封じることにしたんです」
「あの金属を使った技ですか」
「はい。共振動を使って体を無理矢理動かせなくしました。
体と同じ周波数の振動を受けると、まるで体が石になったように
固まってしまう現象があります。
その現象をスパナに振動を詰め込むことで神裂さんの体に起こしました。
ですが、あの技を出すにはホイールの振動周期の調整に時間が
かかるうえに、接近してスパナを触らせなければならない。
だから攻撃をさせて意識を前に集中させるために、炎のレンズで攻撃の無効化、
そして『ぬらりひょんという化物と戦う』ありえない状況での混乱を
狙ったわけです」
もっとも、玉璽があれば瞬時に共振動を起こせる、とは言わなかった。
「・・・・さすがですね。前の模擬戦の時とはまるで別人です。
たまには最大主教に顔を見せに来てください。
所属していないとはいえ、あなたも魔術師ですから」
「そうですね。手紙はたまに出してますけど、何より忙しいですから当分は無理です。
代わりによろしく言っておいてください」
「忙しい・・・ですか。今は暴力の世界でも仕事を請け負っていると噂で聞いてます。
あなたほど生きている世界が混ざり合った人はそうはいませんね。
表の世界で育ち、科学の街で成長し、混沌を経験して、魔術師として学び、
表の世界の最高峰で揉まれ、暴力の世界を対峙し、全ての世界を駆け巡り
今は財力の世界に所属している」
「ついでに付け加えれば生まれは政治力の世界らしいですよ」
「それは・・」
「まあ、戯言ですけどね」
神裂に質問される前に、笑って誤魔化した。
ふと、辺りを見渡す。激闘のあとで、道路はかなりの範囲でエグれて壊れていた。
「ここのあと始末ですけど、私に任せてお二人はインデックスさんの所に
行ってください。私はこの場所を直していきますから」
「直すって、そんなこと出んのかよ!?」
「あ、上条さんいたんですか」
「いたよ! いましたよ!! 2人が魔術師だか話していて完全に蚊帳の外だったから
何も言わずに黙っていたんだよ! 少しは感謝しろ」
「アリガトウゴザイマシタ、クウキ」
「棒読みか!? しかも空気言ったな! 感謝の気持ちはないんですか!?」
「まぁ、この人は放っておくとして、とにかくインデックスさんの所に行ってください。
修理の方ですけど、2つしか使えない魔術のうちの1つ、錬金術の形状操作をすれば
隠蔽できます。同じ材料のものを形を変えるだけなんで、言いかえれば優れた加工技術
ですから。道路も割れた道路と飛び散った破片を集めて元通りにします」
「ごめんなさい。ここを壊したのはあなたよりも私の方が多いのに・・・」
「気にしないでくださいよ。命の恩人なんですから、この程度はお安いご用です。
あ、ひとつお願いがあるとすれば、人払いの結界を修繕が終わるまで解かないで
もらえませんか? そんな初歩ですら使えない私なので」
信乃の恥ずかしそうな笑いに、神裂もつられて微笑した。
「わかりました。結界を張っているステイルには連絡しておきます。
あなたがこの場を去った後に解除されるように言っておきます」
「お願いしますね。さ、2人は早く行ってください。早く救ってきてください」
「・・・・・本当にありがとうございます」
神裂が深々と頭を下げ、
「西折、今度会ったらお礼にメシをおごらせてくれ。サンキュな!」
「そうですね。今度じっくりと話をしたいですね」
妹分と仲良くして欲しいし。と小声は聞こえないように言った。
別れの後、上条と神裂はインデックスの元へ走って行った。
「さーて、三流魔術師なんで何時間かかるやら。ぼやいても始まらないし
さっさとやりますか」
その後、日にちが変わる直前まで修理に時間をかけてしまった。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
カチャ
信乃は帰宅し、玄関のドアを静かに開けた。
美雪がすでに眠っているはずなので、起こさないように注意を払う。
だが、その心がけは無駄になった。
美雪は玄関からすぐ見える台所、そのテーブルに座ったまま帰ってきた信乃を睨んでいた。
帰ってくるまでずっと玄関を見ていたに違いない。そんな眼力で信乃は固まってしまった。
「・・・・コンビニは少し遠いから、遅くなる。先に寝てろって言ったはずだけど?」
「覚えているよ。嫌な予感がして待っていただけ。別にいつまで起きようと私の勝手でしょ?」
美雪は、眠いのに無理矢理起きているとすぐにわかるような表情だった。
「眠いんだったら今からでもさっさと寝ろ」
「大丈夫。それ見て、目が覚めたから」
美雪は信乃を見ていた。正確にいえば信乃の体中の怪我。
七閃で切られた傷だけでなく、飛び散った破片で切って血がにじんでいる場所が
無数にあった。服の下も、打撲の跡がある。
「早くお風呂に入ってきて。汚れたままじゃ寝れないでしょ。
服は私が脱衣所に持っていくからすぐにお風呂場に行って」
「・・・・わかった、頼む。持ってきたらすぐに寝ろよ」
反論する理由もないし、無理に眠るように言えばまた口論になりかけるだろう。
美雪の言葉に信乃は素直に従った。
しみるのを我慢しながら傷口を洗い、汚れと血を落とす。
体をタオルで拭き、籠の中の着替えを見るとパンツ一枚しかなかった。
「美雪さん・・・地味な嫌がらせですか?」
着替えを持ってきたのは美雪、今は眠っているはずから文句も言えない。
そして着替えが置いてあるのは彼女が眠っている寝室。(信乃は別室のソファーで寝ている)
仕返しをしたいとはいえ、さすがに眠るのをがまんして
待ってくれた人の安眠を妨害したくない。
「今日はこの格好で寝るのかよ」
諦めをぼやきながら脱衣所を出ると、まだ部屋には明かりがついていた。
そして信乃が眠るのに使っているソファーには美雪が待っていた。
「さ、早くそこに座って」
信乃をパンツ一枚の格好にしておいて、彼が眠っている場所で待っていた。
普通ならいかがわしいことをするのでは、と思うのだが、ソファーの側の
テーブルには救急治療セットが置いてあった。
治療するために衣服を脱がなければならないので、その手間を省くために
美雪はパンツだけを持っていったのだ。
「針と糸もあるってことは縫うのか?」
「その方が治りは速いよ。その体だとこれ以上傷痕が増えても気にならないでしょ」
「ま、確かに」
さらけ出されている上半身には傷痕がいくつもあった。
戦場で受けた傷。そしてこの1年で増えた傷。その傷痕は重症と思われるひどいものは
なくても、細かいものがいくつもあった。
実は水着撮影会の時、男性物の水着でサーファーのウェットスーツを着ていたのは
これを隠すためだ。
「痛いだろうから反射神経のスイッチをオフにして」
「了解、頼む」
「ごめん。前々から作り始めているんだけど、まだ信乃に効く麻酔が完成してなくて」
「あやまるな。悪いのは薬が効かない俺だよ」
「・・・・うん」
それから美雪は黙々と治療に取り掛かった。
傷を縫い終わった後はかすり傷と打撲痕に薬を塗って包帯を巻く。
そのあと、A・Tの使いすぎで再び筋肉断裂の炎症を起こしている足にも
薬を塗ってマッサージをする。
信乃は「治ったばかりなのにまた怪我して何考えてるの!?」と怒られると思ったのだ
美雪は何も言わずに治療を続けた。
「ん、終わり・・・・」
足のマッサージが終わり、信乃はソファーにうつぶせの状態から普通に座り直す。
美雪もソファーの空いた場所に座って治療道具を片づけ始めた。
「なんでそんな顔してんだよ」
美雪の顔を見て信乃は言った。
無表情、だけど泣きそうなのを我慢している。そんな顔を美雪は浮かべてた。
「信乃、これからも、また怪我することあるよね?」
片づけの手は止めたが信乃の顔を見ずに聞いてきた。
「そうだな。学園都市に来たのは戦うため。未熟な俺だと怪我は当たり前だな」
「・・・・・・」
「まさか怪我の治療だけで何も手伝いができない事が歯痒いとか考えている?」
目を下に向け、そして小さくうなずいた。
「お前バカだろ?」
「な!? 人が本気で悩んでるのに何言うの!!」
「やっぱバカだ。治療だけしかできない? 治療してくれるだけで大助かりだよ。
本当なら全治1週間の怪我だろうけど、傷に塗るお前の薬のおかげで
数日で治る。それのどこが治療“だけ”なんだよ」
信乃の言葉を聞きながら、美雪の頬は赤くなっていった。
そして聞き終わると顔をうつむいて聞きとるのがやっとの小さい声で言った。
「・・・・あ、ありがとう。励ましてくれて」
「やっぱバカだ。俺のセリフ先に取るなよ。
ありがとう、美雪。本当に感謝している」
美雪の頭を撫でた。高校生を相手にこの行為は子供っぽくて失礼だが思わず手が伸びた。
サラサラの、細くて柔らかい髪の感触は相変わらずだった。
美雪が落ち込んだ時、泣いた時にいつもやっていた癖が思わず出た。
少しして、ようやく自分が何をしているかに気付き、すぐに手を引っ込める。
「さて、パンツ一枚の男が女の子と2人きりってのは危ない状況だから服着てくる」
顔を赤く、表情を緩めた美雪から逃げるようにして服を置いてある寝室に行った。
信乃は男性だから服を着るのに時間がかからない。
それに寝るとき格好のTシャツと短パン、着替え終わるのに2分も掛からなかった。
だが、その短い時間の間に美雪は寝入ってしまった。
ソファーで寝るために戻ると、美雪が寝息を立てていた。
「お~い。ダメだ、完全に熟睡している」
軽く肩をゆすり、耳元で声をかけても表情に全く変化はない。
信乃を待つのに無理をしたことと、治療後の言葉で安堵して一気に眠気に襲われたのだ。
「しかたない。道具片づけた後に運ぶか」
ソファーに、美雪の隣に座ってテーブル上の治療道具を救急セットに収め始めた。
すると、左肩に重みがかかった。
信乃が座ったことでソファーが沈み、その方向に美雪の体がずれた。
そして信乃に倒れ込んだのだ。
思わずドキッとした。家にいるときなので、いつもの不似合いなメガネはない。
可愛さを誤魔化すものが何もない美少女の顔が目の前にきている。
しばらくして信乃は何事もなかったかのように、でも美雪が起きないように体を
動かさないで片づけを続けた。
「さて、お姫様はベッドに連れて行きますか」
膝の下と背中に手をまわして持ち上げる。いわゆるお姫様だっこをして静かに歩く。
ベッドに降ろす時も慎重に、起きないようにして寝かせる。
「おやすみなさい」
昔のような、再開してから一度も出していない
家族にしか見せない優しい笑顔で美雪の頬を撫でた。
つづく
後書き
作中で不明、疑問などありましたらご連絡ください。
後書き、または補足話の投稿などでお答えします。
皆様の生温かい感想をお待ちしています。一言だけでも私は大喜びします。
誤字脱字がありましたら教えて頂くと嬉しいです。
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